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週間国際経済2017(28) No.113 8/29~9/8

今週のポイント解説(28) 8/29~9/8

北朝鮮リスクとトランプ・リスク

1.リスクとは不確実性

リスク(risk)を「危険」と訳せば、北朝鮮はリスクに違いない。しかし国際金融市場ではリスクは「不確実性」と訳したほうが意味が通りやすい。なにせリスクオンとは「リスクを取る」ということだから。

すると「北朝鮮リスク」と言う場合、北朝鮮が何を考えているのかわからない、なにをやりたいのかわからないという状態を表している。今や、これはおおむね検討がつくようになってきている。

北朝鮮は、核弾頭を積んだミサイルをアメリカ本土まで届く距離まで飛ばすことができる能力を見せることによって、アメリカと直接対話をして、アメリカと核保有国である北朝鮮との間に平和協定を結ぼうとしているのだ、と。

さて、アメリカはどう対応するのだろう。トランプ政権は「すべての選択肢はテーブルの上に乗せられている」と繰り返す。これはどう理解すればいいのだろう。

「今日の晩ご飯は何?」と聞いて、「すべての選択肢は冷蔵庫の中にある」と答えられたら、「あぁまだ何も決めていないんだな」と理解するだろう。トランプ氏のように「そのうちわかる」と言われたならば、献立は晩ご飯のテーブルについて初めてわかるということになる。

これは、まったく「不確実」だ。つまり、リスクだ。

すると北朝鮮リスクとは、アメリカの対応が不確実だという、つまりはトランプ・リスクなのだということができるとしよう。トランプ氏が何を考えているのかわからない、なにをやりたいのかわからないという意味だ。

国際金融市場における投資家たちは、北朝鮮がミサイルを撃ったり核実験をするたびに北朝鮮の意図ではなく、それに対するアメリカの反応の不確実性をリスクとしてとらえていると考えるのが、マーケットに向き合う視点としてより適切だと思う。

そしてそれが、最大の材料なのではない。トランプ政権の不確実性は何も北朝鮮リスクに対する反応に限ったことではない。その不確実性は、つまりトランプ・リスクはますます大きくなり複雑になってきている。その理解の中でまた、北朝鮮リスクを理解しなくてはならない。

2.動かなかったマーケット

7月の日経平均は上下に270円しか動かなかった。前月末の株価に値する変動率は1.3%と36年ぶりの低さだった(8月1日付日本経済新聞)。7月29日には北朝鮮がICBMを発射したが、それでも8月上旬までは12年ぶりの低変動率だった。

理由はとてもわかりやすい。ひとつには、外国人投資家が円高を警戒して買い控える中で、株価が下がれば日銀が買い支えているからだ。さらに日経平均に影響が大きいNY株価もまた、やはり8月上旬まで23年ぶりの低変動率を記録していたからだ。

そのNY株が8月2日、初めて2万2000ドル台に乗せた。昨年11月の大統領選後の上昇率は2割に達しているが、株価のけん引役はくるくる交代している。初めはトランプ相場とも言われたように、トランプ政権の減税、インフラ投資、金融規制緩和関連の銘柄が買われた。これが下落し出すと移民入国規制のあおりを受けて下落していたIT関連株が回復、そして最近ではトランプ政策に関係なく好決算が評価されるようになった。

景気は順調に回復している。4~6月期も年率2.6%成長に加速した。こうなると心配なのは、利上げだ。ところがFRBによる追加利上げ観測が遠のいた。その材料が「トランプ政権の不透明さ」だから面白い。つまり政策が停滞しているあいだはインフレ圧力が弱まり、そのぶんFRBは利上げに慎重になると見られたからだ。

トランプ政策が進まない→利上げが遠のく→長期金利が上がりにくい(債券価格は下がりにくい)→株式にマネーが流れやすい+ドルを押し下げやすい→企業収益に期待が大きくなる、といった具合だ。

トランプ・リスクが株高・ドル安の材料になっている。このことを背景として理解したうえで、前回のポイント解説「ミサイルと円高」を読み直して欲しい。

3.なにもできないトランプ政権

半年前までマーケットは「トランプ相場」に沸き返っていた。トランプ氏の公約は、大幅な法人税引き下げ、大規模なインフラ投資、金融規制の緩和、オバマケアの見直し、保護貿易、パリ協定離脱、移民入国規制などだ。そう、なにもできていない。

最初に相場を沸かせたのは減税+インフラ投資だった。もちろんこれには財源が必要だ。しかしその財源にするつもりだったオバマケア(医療保険制度)の廃止は与党共和党の造反によって挫折した。法人税の国境調整も見送られた。これで大型減税は宙に浮いた。

パリ協定からの離脱表明はしたが、そもそも調印から1年間は離脱通告ができないし、通告後3年間は離脱が認められない。つまりトランプ氏の任期中に離脱はできない。

保護主義もそうだ。TPPからは離脱を表明したが、それに代わる2国間交渉はまるで進んでいない。日米経済対話も麻生さんがミサイルに備えると言って(ヒトラー発言が理由ではないらしい)キャンセルしたままだ。中国との「100日間計画」も中身がなく、カナダ、メキシコとのNAFTA(北米自由貿易協定)見直しも、韓国とのFTA見直しも少しも前に進まない。

こうしたトランプ流「孤立主義」はアメリカ産業界になんら利益を与えず、国際協調枠組みにおけるEUや中国の台頭の余地を広げている。北朝鮮問題についても「中国にまかせる」、「100%日本とともにある」などまったく当事者意識を示さない。

金融規制の緩和もFRBの強い抵抗にあっている。イエレン議長はもちろん反対だ。フィッシャー副議長は規制緩和を批判して辞任してしまった。次期議長候補と言われていたコーン国家経済会議委員長とトランプ氏との溝も深い。

4.分断が深まるアメリカ

トランプ氏の支持率は30%台半ばだ。こんなになにもできないのに、この支持率は下がらない。誰が何を支持しているのだろう。考えたくもないが、それは白人至上主義者と移民排斥主義者だ。

バージニア州で発生した衝突に関する白人至上主義擁護ととられる発言も軽率というよりも意図的だろう。バノン氏の解任はホワイトハウス内部の確執が理由だと見られている。アリゾナ州での支持者集会ではメキシコ国境の壁を「たとえ政府を閉鎖しなければならない事態となっても建設する」と強調してマーケットを揺らした。最近ではおもにメキシコからの不法移民の子供たちに在留を許可する制度の撤廃を決めた。

深刻なのは、共和党支持者の7割ほどがこうしたトランプ氏の人種差別的言動を支持しているということだ。もちろん産業界でも議会でも反発は強い。だからこそ、アメリカの分断は深まっていると言え、分断が鋭くなるほどトランプ支持は固まる傾向がある。

北朝鮮リスクとトランプ・リスク。これは絶対権力国家と国民分断国家との外交だというリスクなのだ。

日誌資料

  1. 08/29

    ・北朝鮮ミサイル、日本通過 襟裳岬東1180キロに落下
    安倍首相「これまでにない脅威」 円一時4か月ぶり高値
    ・EU離脱第3回交渉 通商協議、秋開始に黄信号 英、清算金の立場曖昧
  2. 08/30

    ・安保理、北朝鮮を非難 議長声明 追加制裁に中ロ慎重
    ロシア「米韓軍維持演習が一因」 中国「対話が唯一の解決法」
    ・来年度予算、概算要求101兆円規模 3兆円圧縮へ攻防 <1>
  3. 08/31

    ・TPP11凍結項目で溝 著作権や政府調達など 来月会合で詰め
  4. 09/01

    ・米法人税「20%代前半」軸 トランプ氏「15%に下げ理想」 代替財源なく縮小
    ・防衛省、概算要求5.2兆円 2.5%増 ミサイル迎撃強化 <2>
    ・待機児童2万6000人に増加 施設整備追いつかず 20年ゼロ目標なお遠く<3>
  5. 09/02

    ・米雇用8月15.6万人増 市場予想(18万人)下回る 失業率上昇4.4% <4>
    7月物価は1.4%上昇 追加利上げに逆風 ユーロ圏も8月1.2%、ECB目標遠く
    ・米新車販売8月1.9%減 8カ月連続 市場予想下回る
  6. 09/03

    ・アジアの外貨準備膨張 通過高阻止へ為替介入も 米欧引き締めがリスク
  7. 09/04

    ・北朝鮮、最大の核実験 ICBM用水爆と発表 制止無視、6回目強行
    米、圧力一段と トランプ氏「取引国と貿易停止も」 韓国、文氏「別次元の対応必要」
    中国、面目丸つぶれ BRICS会議開幕
    円上昇109円台前半に 日経平均一時200円安 金、10か月ぶり高値圏 地政学的リスク警戒
  8. 09/05

    ・安保理、石油禁輸で攻防 対北朝鮮、日米「強力制裁を」
  9. 09/06

    ・米、不法入国者の子80万人への強制送還の猶予撤廃
    全米で抗議デモ 訴訟の動きも 経済損失50兆円規模 米議会、紛糾必至
  10. 09/07

    ・米債務上限12月までの引き上げ合意 財政危機ひとまず回避
    大統領、野党案丸呑み 共和党指導部と溝深く NY株は反発
    ・国連安保理北朝鮮追加制裁、米決議案配布 石油禁輸、正恩氏の資産凍結 <5>
    トランプ氏、軍事力行使「第一の選択肢ではない」 日韓首脳「異次元の圧力を」
  11. 09/08

    ・欧州中銀、緩和縮小来月決定へ 買い入れ年明け減額 <6>
    ユーロ2年8カ月ぶり高値 ECB総裁、ユーロ高をけん制

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