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週間国際経済2017(32) No.117 10/02~10/08

今週のポイント解説(32) 10/02~10/08

不都合な争点 (後半)

1.ユリノミクスとアベノミクス

今週は前回の後半だけど、タイトルは替えた。理由は2つある。まず「ユリノミクス」なんてもう誰も言わなくなった。思い出し笑いの種になるくらいなものだ(せめてコイケノミクスとでもしてくれていれば笑うなんて失礼なことはしなかったのに)。

次に何よりも今回は任期前解散だから、政権与党が自らへの審判を仰いだとみるべきであり、アベノミクスそのものを問うべきだと思うからだ。

安倍政権は二度の消費税率引き上げ延期によって衆議院選挙も参議院選挙も圧勝した。デフレ脱却は道半ばでありアベノミクスの「エンジンをふかす」ためだと説明されていた。そうして成長を加速させることによる税収増で財政再建を果たすと約束していた。

しかし昨年はプラス成長下で税収はマイナスとなり、2020年基礎的財政収支黒字化の公約も破棄されたばかりか、今回の選挙ではその財政再建が争点にすらなっていない。「低負担・高福祉」という魔法のような呪文を唱えているばかりだ。

財政再建は不都合な争点なのだ、それが先週のポイント解説だった⇒ポイント解説№116

まだ隠された不都合な争点がいくつかある。それを争点にすることが誰にとって不都合なのか、またそれが争点にならないことが誰にとって不都合なのか、考えてみよう。

2.なぜバラマキ財政は可能なのか

予定されていた増税を延期することは事実上の減税だ。払うはずの税金を払わなくていいと国家権力が言うのだから、有権者たちは「好都合だ」と判断した。さらに子育て支援だとか低年金者給付だとかきめ細やかにバラまいてくれるものだから歓迎していた。でも、おごってもらっているというのは錯覚で、みんなツケで飲み食いしていたのだ(しかもこのツケには金利が付く)。

しかしツケで飲み食いできるのも悪くない。それが「できる」としたら、だ。先週のポイント解説では、政府は公共財の生産など価格メカニズムに依らない経済主体だと説明された(だから選挙で決めるのだと)。

ただし政府の経済活動がどこまでも価格メカニズムと無関係であるわけではない。バラまけば財政は赤字になって国債を発行するのだが、この国債は市場で取引される。財政赤字の拡大は政府の信認を低下させるから国債価格は下落する。国債価格が下落すれば長期金利が上昇する。金利が上がれば景気は悪くなる。

こうした国債という市場商品の価格と利回りのメカニズムによって、本来バラまきは続かないのだ。市場が出すサインによって、政府も有権者も財政の緩みによる負担に気が付くからだ。

ではなぜアベノミクス5年間のバラマキでも金利は上がらないのだろうか。国債価格が下落しないからだ。なぜ国債価格は下落しないのだろうか。日本銀行が国債を買いまくっているからだ。

これは持続可能なのだろうか。持続できないのならば、それはいつ頃であり、そうなればどうなるだろうか。こうした大問題を「中央銀行量的緩和の出口」問題と呼ぶ。この「出口」問題こそ、次の「不都合な争点」なのだ。

3.アコード

「出口」政策は日銀の問題だろう、なんてとんでもない。アベノミクスの掲げる目標とは「円高デフレの克服」であり、そのための「3本の矢」政策の第一は「量的緩和」だった。

アベノミクスはこう考えた。景気が悪いのは物価が上がらないからだ。企業投資も民間消費も手控えられる。物価が上がると思えばそれらは回復するだろう。理論的には通貨供給量が急増すれば物価は上がる(通貨価値が下がる)。でも政策金利はもうゼロ%、これ以上引き下げは難しい。だったら日銀が国債を大量に購入してその代金として通貨を供給すればいい。物価も上がってデフレは克服できるし、円安にもなって大企業にとって好都合だ。

経済学を学んだ者は皆、これは「禁じ手」だと習ってきた。制御不能なインフレーションを招く可能性が大きいなどの理由からだ。しかも政府は物価を「2%」上げるまで量的緩和を実施しろという。2%なんてバブルピークの数値だ。日銀は頑なに拒み続けていた。「日銀法」は中央銀行の政府からの独立性を保証している。すると安倍首相はその日銀法を改正すると迫った。日銀は折れた。

こうして2013年1月に「政府・日銀共同声明」が発表され、日銀は物価上昇率2%を目標に量的緩和を実施する。その後安倍首相に近い黒田氏が総裁になって、それを2年間で達成するために通貨供給量を「2年間で2倍にする」と言い出した。サプライズだ。「異次元緩和」と呼ばれた。

実際に通貨供給量は2年間で2倍に膨らんだ。日銀が国債を毎年80兆円購入し続けたからだ。しかし物価は上がらない。賃金が上がらなければ消費が増えないから物価は上がらないという当然の結果だった。物価上昇率2%という目標達成時期はもう6度も延期された。今年になっても物価上昇率は1%にも及ばない。

この現状の危険性はこれまで何度も繰り返しポイント解説で指摘してきたが、ここで大切なことはこの異次元緩和が「政府・日銀共同声明」に基づいているということだ。そこには財政再建が明記されている。第3項「政府は財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取り組みを着実に推進する」とある。

つまり日銀は、消費税率引き上げが予定通り実施されることを前提にしていた。なんといっても異次元なほど国債を買うのだ。財政が再建されなければ国債価格が下落して政策の「出口」が見えなくなってしまう。

この共同声明は「アコード」(政策協定)と呼ばれた。1951年にアメリカで財務省とFRBが共同声明を出したことに由来する。でも当時の日銀幹部はこの「アコード」という言葉を嫌った。日銀の独立性がゆがめられることを警戒していたのだ。

しかし9月21日の日銀金融政策決定会合のあとの記者会見で黒田総裁は、「アコードは現在も有効だ」と、あえてアコードという用語を使った。そして「財政健全化に向けた取り組みは重要だ」と訴えた。

安倍さんも小池さんも、この問題に一切触れない。小池さんはロイター通信のインタビューで(日本のメディアはそんなこと興味ないのだろうか)日銀金融政策について「現在の方向性を支持する」と述べた。「急激に変えると株式市場に影響する」からだそうだ。それでも消費税率引き上げ凍結する。

ようするに争われない、不都合な争点なのだ。

4.まだある不都合な争点

各報道機関はそれぞれの政党公約を比較して紹介し、争点の中に「原発」の欄を設ける。たしかに争点の薄いなかで「原発ゼロ」から「再稼働」まで各党の相違として見ることもできる。ただ、この争点はまるで盛り上がらない。なぜならこれも、不都合な争点だからだ。

9月23日にトランプ政権は来年7月に更新期限を迎える「日米原子力協力協定」を自動延長する方針を明らかにした(9月25日付日本経済新聞)。これが選挙争点どころが全くと言っていいほどニュースにならない。日米は原子力で「協力」しているのに。

1988年に発効したこの協定では、核兵器の非保有国で唯一日本だけに使用済み核燃料の再処理を認めている。イランや北朝鮮ではこれで直ちに経済制裁を受けるのだが。ともあれ、これで日本はプルトニウムを利用した「核燃料サイクル」が可能になっている。

それも不思議なことだが、さらに不思議なことに、そのプルトニウム燃料を使う高速増殖炉「もんじゅ」は昨年廃炉が決まり、既存原発でプルトニウムを燃やす「プルサーマル計画」も行き詰っている(同上)。

莫大な税金をつぎ込んだ使用済み核燃料の「平和利用」は、今後の見通しがまったく立たないでいる。それでも日本政府は協定延長を求めていたのだ。

そうでなくともこの「日米原子力協力協定」は、日本の意思では破棄や終了ができない代物だ。日本経済新聞では「どちらか政府が6カ月前に通告すると協定を終了できる」としているが、これは正確ではない。第12条4項では協定の終了には日米両政府は「是正措置をとるために協議しなければならない」、「慎重に検討しなければならない」とある。かなりハードルが高いのだ。

協定第16条がもっとすごいことになっている。「いかなる理由によるこの協定の終了の後においても、第1条、第2条、第3条から第9条まで、第11条、第12条および第14条の規定は、引き続き効力を有する」。

つまり日本は自らの意思で「原発ゼロ」に向かうことはできないのだ。福島第一原発事故を受けて、日本政府は少なくともこの協定の改定交渉を今からでも始めるべきではないのだろうか。それを国会で問題にもせず、選挙で争うこともなく、メディアで取り上げることもなく、不都合な争点として埋もれてしまっているのだ。

長くなりすぎるので内容に立ち入ることは別の機会にするが、集団的自衛権を容認した新安保法制のもとで「日米地位協定」をどう見直すのか、これも避けては通れない政策的問題ではないのだろうか。もちろん「不都合な争点」の最たるものだろうけど。

5.再び、誰にとって不都合なのか

今週も有権者学生を前に話す機会があるゆえに、そしてかれらがこれを読むだろうゆえに、特定の政党の特定の政策に是非を問うことは避けるとしたが、じつのところ彼ら政治家が避けているのだ。この日本の将来にとって重大な課題を議論することを。

これらを争点にすることは与党にとっても野党にとってもアメリカにとってもメディア・スポンサーにとっても不都合だろうことはわかる。

しかしこれらを争点として主権を行使できないことは、有権者にとって極めて不都合なことなのだ。

日誌資料

  1. 10/02

    ・カタルーニャ州住民投票「独立賛成9割」州政府発表 スペインGDPの約2割占める
  2. 10/03

    ・ラスベガス、銃乱射58人死亡 515人以上負傷
    ・GM、電動車にシフト 23年までにEV・燃料電池車20車種 売上の4割弱が中国市場
    ・EU・南米4ヵ国(メルコスル)FTA交渉再開 米抜き自由貿易推進 <1>
    ・米の対北朝鮮ズレ大きく 国務長官は対話路線探る トランプ氏「時間の無駄」
    マティス国防長官は対話路線に賛同 国務長官辞任の見方広がる
  3. 10/04

    ・柏崎刈羽原発、安全審査に「合格」 東電で初、再稼働時期は見通せず
    ・日銀、デジタル通貨研究 黒田総裁が意向 世界の中銀と協力
  4. 10/05

    ・トルコ、イラン打算の接近 対クルド・米けん制で歩調 4日首脳会談
    ・米韓、FTA再交渉へ 米の要求に韓国合意
    ・社会保障費抑制、道半ば 来年度予算 まず1800億円削減へ <2>
    社会保障費の伸びを年5000億円に抑制 22年から団塊の世代が75歳以上に
    ・家計の外貨預金高水準 6兆円超え、高金利狙う
    16年3月末から約5000億円増 ネット銀行「外貨預金手数料は大きな収入源」
  5. 10/06

    ・サウジ国王、ロシア初訪問 対米・イラン思惑交錯 5日首脳会談 <3>
    エネルギー協力2200億円合意 2大産油国、価格支配狙う
    ・希望の党公約 消費増税を凍結 原発ゼロ、30年までに <4>
    内部留保課税「修正も」 首相候補は検討中
    ・太陽光20円弱に下げ 産業用買い取り(FIT)業者自立促す 欧米よりなお割高<5>
    独仏、米などは日本の半分から4分の1 太陽光発電導入費用も日本1キロワット30万円、欧州の2倍
    ・大廃業時代の足音 中小「後継未定」127万社 優良技術断絶も <6>
    2025年中小企業経営者の6割以上が70歳超 休業・廃業は07年2.1万件から16年は2.9万件以上に
    オンリーワン技術喪失でものづくり基盤打撃
    放置すれば25年までに累計約650万人雇用と22兆円GDPが失われる恐れ
  6. 10/07

    ・核廃絶「ICAN」ノーベル平和賞 国連核兵器禁止条約主導のNGO
    International Campaign to Abolish Nucler Weapons
    ・米イラン核合意、行方混沌 トランプ氏、批判姿勢替えず <7>
    ・米、対日FTAで圧力 貿易赤字削減で成果狙う
    ・菅官房長官 消費増税、雇用・為替も条件 再延期に余地
  7. 10/08

    ・安倍首相、憲法9条に文民統制の明記検討
    小池氏「議論避けられず」 公明山口氏「国民の理解が伴うことが重要」

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