今週のポイント解説(29) 10/14~10/20
中国経済減速をどう見るか
1.経済成長率が6年半ぶりに7%割れ
中国国家統計局は19日、7~9月のGDPが前年同期比6.9%増になったと発表しました。四半期成長率が7%を下回ったのはリーマンショック後の2009年1-3月以来のことです。生産・投資・輸出などがすべて縮小しています。
さて、中国のGDP統計を信用している専門家は世界に一人もいなくなったと思います。李克強首相ですら地方幹部時代には「人為的だ」といっていたほどです。そう、人為的なのです。それなのに今年の政府目標である7%成長を下回る数値を発表したその「人為」は何なんでしょう、ぼくはそこに関心があります。
2.「新常態」とはなにか
1990年代中盤以降、中国の驚異的な経済成長は対米輸出の急増がもたらしたものでした。国内では改革開放路線が固まり対外的にはWTO加盟を果たし、豊富な労働力を原動力にして中国は「世界の工場」になっていきます。転機はリーマンショックです。アメリカの消費は大幅に縮小したため中国経済は成長のエンジンを輸出から投資へと転換させていきます。2008年11月に中国政府は4兆元(約57兆円)もの公共投資で景気を支える方針を打ち出します。
この巨額の財政支出は結果的に悪いものと良いものを生み出します。悪いものは過剰投資とバブルです。良いものは所得と消費の急増です。習近平政権はこの悪い面は胡錦濤前政権がもたらした異常な状態、つまりアブノーマルだから、これをニューノーマルに転換させると言い出します。これを中国語に直訳したのが「新常態」です。つまり過剰投資を整理し、バブルが爆発する前に軟着陸させ、高度成長から安定成長へと移行させていく、そのために輸出と投資に依存する経済を消費依存型へと変えていくのだと。悪いものを是正して良いものを生かすということですね。
経済構造の移行期には成長率の減速はやむを得ない、「5年間は苦難が続く」と先月のG20に出席した中国財務相も表明しています。新聞の扱いは小さくあまり注目されませんでしたが、じつは中国は先月、GDPの算出方法を見直し今回が新基準での初めてのものとなりました。これまでは「参考値」だったけどより正確なものにしたというのです。だとしてもなぜこの時期に、ぼくはそう考えてしまいます。
3.新常態の現状
上の表は中国国家統計局が発表した1-6月と1-9月の対比です。生産も投資も伸び悩んでいることがわかります。とはいえ他の国と比べれば突出して高い伸びではあるのですが。不動産投資はかなり縮小していますね。ただし個人消費は堅調です。可処分所得は8%近いペースで増え、ネット通販は36%伸びたということです。
10月22日付の日本経済新聞では産業構造の変化について解説がありました。世界の工場だった2005年と今年を比較すると、製造業を軸とする第2次産業のGDPに占める比率は46.9%から40.6%へと低下し、反対にサービス業や小売業などの第3次産業は41.4%から51.4%へと大幅に拡大して、その比率が逆転しています。ぼくも少し意外でした。今年になっても第2次産業の成長率が6%だったのに対して第3次産業は8.4%と、この傾向はますます顕著になっています。
ですから最近の経済減速による雇用不安はそれほど大きくないと言うのです。実際にこの数年は求人倍率が1を上回っているのですが、一人っ子政策の影響で労働人口の増加にブレーキがかかったことと、それだけサービス業の雇用吸収力が大きいからだと分析しています。なるほど個人消費が底堅いこともうなずけます。海外旅行者の爆買いも顕在でしたしね。
すると「新常態」は上手くいっているようにも見えてきます。たとえ実際の成長率が5%台だったとしても、中国のGDPは世界で2番目に大きいのですから、そして人口13億人の個人消費が増え続けているのなら。安心したいところですが、そうともいきません。なにしろ巨大な経済が成長を減速させているのは事実ですから。
4.減速の対外的影響
中国は多民族国家であり、かつ世界で最も多くの国と国境を接している国のひとつです。政治的安定のために強力な中央権力が存在し議会制民主主義は機能せず、民族問題や人権問題などで多くの問題を抱えています。この不満を高度成長によってかわしてきたということができます。心配なのはこの経済成長減速が社会不満を増大させ、したがって国内的には人権弾圧が強化され、対外的には軍事的強硬姿勢が強化されることです。つまり新常態への移行が国際社会との摩擦をともなう可能性があるということです。
次に、中国国内の生産と投資の伸び悩みが世界経済に与える影響です。中国の輸入額は11カ月連続で前年水準を下回り、今年1-9月の累計では前年同期比で15.3%減っています。日本からの輸入は12%減、インドネシアからの輸入は20%以上減っています。鉄鋼石も石炭も40%以上の輸入額減少ですからオーストラリアなど資源国への影響は絶大です。韓国も鉄鋼大手のポスコが26%、現代自動車は25%の営業減益となりました。
5.人民元の国際化
それでも習近平政権は景気テコ入れに大規模な財政出動を行う気配がありません。人民元引き下げによって輸出拡大をもくろんでいるという論評が目立つのですが、ぼくはそうにも見えません。実際この夏(7-9月)中国は約2290億ドル(約27兆円)にものぼるドル売り人民元買い為替介入をしたこという米財務省の報告が発表されました。つまり中国は元安を食い止めているのです。なぜでしょうか。
第一に、大幅な人民元安は中国の輸出を伸ばす前に中国からの資金流出を招くからです。すでに今年になって中国からの資本流出超過は4775億ドルに達し、この額は過去最大です。海外からの投融資が減り国内からは富裕層の資金逃避が起きています。もちろんアメリカの利上げ観測の影響です。ぼくは、もしかしたら今回の成長率7%割れ発表もFRBに対する牽制球かもと勘ぐっています。FRBは中国経済の不安定さを利上げ見送り理由にしてしまったからです。
第二に、こちらが大切です。習政権は人民元の国際化を戦略的課題にしています。そのためにもIMF準備通貨(SDR)への人民元採用を狙っています。そうなれば人民元の国際的信認は飛躍的に高まるでしょう。そのためには人民元がドルに対してどんどん安くなっては困るのです。
そして信認のある強い人民元による対外投資を拡大し、その外需拡大をも(個人消費拡大による)内需拡大とともに成長のエンジンとしようと考えているのだと思います。アジア投資銀行(AIIB)はそのために重要な役割を果たすでしょう。「一帯一路」構想によってアジア、アフリカにプラント輸出を促進することで製品輸出の減少を補う作戦です。タイとインドネシアで高速鉄道建設を受注するなど、この作戦は具体化しています。アジアだけではありません。今回の習主席訪英ではなんとイギリスが計画中の原発に中国製の原子炉を導入し、高速鉄道でも企業間連携を強めることで両国首脳が合意しました。
こうした人民元国際化戦略に対してIMF理事会は一貫して好意的なコメントを出しています。アジア投資銀行の総裁(予定)と世界銀行総裁は協調融資などで協力していく方針を確認しています。
6.日本の立ち位置
中国経済減速の鮮明化が、新常態という高度成長から安定成長への過渡的現象であるとしたならば、日本はこれにどう向き合えばいいのでしょうか。
TPPで中国を包囲し、尖閣および南シナ海で軍事的緊張を高め、海外投資合戦に挑み、輸出減少を眺めながらサービス業拡大に乗り遅れるのだとしたら、厳しい消耗戦を覚悟しなければなりません。
ぼくは中国経済が不安定である最大の理由のひとつが日中経済協力関係の弱さだと見ています。日本にとっても最大の貿易相手国であり投資先である中国経済の構造変化に積極的に関わらないことは、たとえばTPPの成否以上に重大な問題だと思います。同じくアメリカの同盟国であるイギリスは、アメリカが大統領選挙を迎えて中国に対して強腰の態度を見せなければならないスキを上手く突いていると思います。そのアメリカも選挙が終われば変わるでしょう。
日中経済協力関係が進展することは日本の経済成長にとって重要であることは言うまでもありません。相互依存が深まり安定することは東アジアの平和と安全に大いに貢献するでしょう。日本が中国の内需主導型経済構造転換に助力することは、中国の人権弾圧を和らげ民主主義を前進させることに貢献することになるでしょう。これは東南アジアにとっても韓国にとっても(そのときの政権ではなく国民にとって)期待される日本の立ち位置なのだとぼくは信じています。
日誌資料
10/14
・中国内需伸び悩み9月 新車販売2.1%増も安値競争激しく <1><2>
輸入減少鮮明に20%減、11カ月連続前年水準下回る 国内生産低迷続く
・安倍首相、軽減税率を指示 「消費増税と同時」検討 財務省案は撤回
・日本企業物価9月3.9%下落 5年10カ月ぶりの大きさ
・VW、エコカー戦略転換 ディーゼルから電気へ 排ガス不正受け投資削減
10/15
・中国、海外初の元建て国債(ロンドン市場) 「国際化」IMF準備通貨狙う
10/16
・TPPで日本、全ての野菜関税撤廃 工業品は87%即時撤廃
・アフガン米軍、撤退を撤回 16年末オバマ大統領、過半残留を表明
10/17
・官民対話、設備投資増ですれ違い <3>
政府「高収益の今こそ」 経済界「規制緩和が先」 子育て支援財源など強まる企業頼み
・欧州、中国人観光客誘う ビザ発給迅速化 百貨店案内を中国語で放送
14年中国人観光客支出1650億ドル(2位米国に500億ドルの差)世界高級品市場の30%以上
10/18
・新興国、陰るマネー吸引力 資本流出入、27年ぶり流出超(約65兆円)の見通し
国別では中国が4775億ドルと過去最大の流出超過 海外投融資減+富裕層資金逃避
危機対応は充実 外貨準備高、15年で11倍に(約900兆円、7兆5000億ドル) <4>
・米韓首脳会談 韓国、米中バランスに苦心 <5>
北朝鮮対応は結束も対中姿勢で温度差 朴大統領、TPPに意欲
10/19
・中国成長7%割れ(7-9月6.9%)6年半ぶり 生産・投資伸び悩み
⇒今週のポイント解説
・GDP600兆円意外と近い?内閣府が16年末に推計方法見直し 20兆円上積み
研究開発費、兵器購入など加算 出生率、介護離職の道筋は不透明
・安倍首相、米空母に乗艦 現職で初 日米同盟の強化をアピール
10/20
・政府、TPP関税撤廃全容公表 自由化率過去最高に <6>
輸入関税の95%撤廃 農産品51%が即時最終的に81%
⇒ポイント解説(27)参照
⇒ポイント解説(28)参照
・中国リスク出口見えず 財政出動なお及び腰 統計の信頼性疑念も <7>
リーマンショック後以来の7%割れ 物価下落でデフレ状態 個人消費は堅調
・カナダ。政権交代へ 19日総選挙で野党圧勝 TPP批准に影響も
・中国、今夏27兆円の為替介入 米財務省為替報告書 人民元安食い止め図る
・郵政グループ株売り出し価格 ゆうちょ銀1450円 かんぽ生命は2200円