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週間国際経済2022(18) No.311 06/03~06/09

今週のポイント解説 06/03~06/09

資源インフレ

1.さてこれはグッドニュースでしょうか

石油輸出国機構(OPEC)にロシアなどを加えた「OPECプラス」は6月2日、アメリカの強い要請に応えて7月と8月に原油を日量約20万バレル増産すると発表した。これに対しホワイトハウス報道官は「歓迎する」と表明した。世界は原油高に苦しんでいる。対ロシア制裁で供給量が大幅に減っているからだ。しかし、同日のNY市場では原油先物が前日比2%強、上昇した。

月のお小遣いが5000円のお父さんが家計を握るお母さんに値上げをお願いし、やっと月50円上げてくれた。喜ぶだろうか、むしろ失望するだろう。市場も同じだ。やっと原油増産を決めたと思ったら、まるで足りない。原油はこれからも高くなるだとうと先物価格が上がる。バッドニュースだったのだ。

2.欧州のガス価格高騰が止まらない

ヨーロッパは天然ガスの半分をロシアに依存している。もちろんロシアの資源が豊富だからということもあるが、陸続きだからだ。幾本もパイプラインを敷設すれば、あとはガス管をひねるだけでよい。そのロシアに経済制裁を科したから、ガスをアメリカから輸入しなければならない。

しかしアメリカとは海を隔てている。天然ガスを液化してタンカーに乗せて運び、備蓄施設も新たに必要になる。つまり、そうとう割高になる。そのうえ制裁を受けたロシアから反撃を受けやすい。やれルーブルで支払えとか、修繕作業が遅れたとかでドイツに対するガス供給は6割削減された。ドイツは「不安をあおり、価格をつり上げる策略だ」と批判しているが6月16日、欧州の天然ガス相場が急騰し、なんと週の初めから8割も上昇した。

ヨーロッパがずいぶんと苦労する対ロ制裁だが、それで割安になったロシア産原油を経済制裁に加わっていないインドと中国が買い支えている。インドなど今年1月にはロシア産原油の海上輸入量はゼロだったのが5月には日量70万バレルになっている。中国も1月に比べ4割増やしている。しかも国際価格は高騰しているのだから、ディスカウントされているとはいえロシアの原油ガス輸出収益は大幅に増えている。

これでは制裁に、なっていない。安くなったものを中印が買い、高いアメリカ産をヨーロッパが買っているだけのことだ。もちろん世界的に価格が急騰しているのだから、非産油国はどこも苦しい。

3.ところがアメリカも苦しくなってきた

さぞかしアメリカのガス会社は笑いが止まらないことだろう。今年1~4月のアメリカの液化天然ガス輸出量は前年同期比で21%増え、このうちヨーロッパ向けは72%を占めている。量換算で2倍以上だ。そのうえバイデン政権は、ヨーロッパがたいへんなのだから日本が調達した液化天然ガスをヨーロッパに少し回せといい、岸田政権はこれに従う。

ところが世界最大の産油国アメリカも、ガソリン価格高騰に苦しみだした。コロナ禍からの経済再開で需要が高まる中で、高くても買ってくれる(買わざるを得ない)ヨーロッパ市場があるものだから、生産したものを国内で売るより輸出したくなる。そのぶん国内供給は細る。需要が高まる国内で供給が増えないのだから、価格は上がる。アメリカの天然ガス価格は14年ぶりの高値になっている。14年前と言えば「シェール革命」前だ。昨年と比べても2倍になっている。

そこでバイデン氏は国内エネルギー会社を批判しだす。6月10日の演説では「エクソンモービルは神より稼いでいる」と。ちょっと何言ってるかわからないと指摘されたのか、15日には大手石油会社7社に非難書簡を送りつけた。たしかにアメリカの石油精製企業はコロナ前より3割高い利益を上げている。でも米石油協会は、脱炭素を目指したバイデン政権が今になって増産圧力をかけるなど「ご都合主義だ」と、反発を強めている。

4.食料でも同じことが起きている

国際食糧政策研究所(米シンクタンク)によると、6月7日時点で実質的な食料輸出禁止に踏み切った国は20に達した(6月9日付日本経済新聞)。自国の食料確保を優先しているのだ。インドは小麦と砂糖、インドネシアはパーム油、マレーシアは鶏肉、アルゼンチンは牛肉など。

もちろんこうした「自国優先」のきっかけはウクライナ戦争だ。ウクライナの穀物が黒海に出られず、肥料価格が2倍に高騰して新興国の収穫が減っている。タイは自国コメ農家の収入を確保するためにベトナムと協調して米価の国際価格引き上げに動いているという指摘もあるという。国連によると5月の世界食糧価格指数は前年同月より22.8%高い。

こうした食料価格高騰で、食料生産国経済が潤うわけではないのだ。必要な食料のあれもこれも国内で生産している国はない。アメリカの天然ガス同様、国内生産食料の輸出比率が高まれば国内供給不足から価格が上昇する。さらに輸入する食料高騰が家計を圧迫する。かといって輸出を禁止すれば、農家も国も外貨収入を失う。

そしてこうした食料供給不足の根本には、熱波、豪雨といった気候変動があることを忘れてはいけない。

5.資源インフレと環境

ヨーロッパのロシア産天然ガスの安定供給は、EUの大胆な脱炭素政策を支えてきた。天然ガスはその他化石燃料より燃焼時の温暖化ガス排出量が少ないからだ。これをアメリカ産の液化天然ガスに置き換えるということは、シェール採掘時の環境負荷を見て見ぬふりをするということになりかねない。

そして、石炭だ。じつは昨年、石炭火力発電量が20年比9%増の10.4兆キロワットと過去最大となっていることがわかった(6月4日付同上)。パリ協定では世界の平均気温上昇幅を産業革命前にくらべて1.5度以内に抑えることを目標にしている。そのためには石炭火力を毎年8000億キロワット減らす必要があるというが、逆に1兆キロワット近く増えているのだ。

21年はコロナ禍からの経済再開で電力需要が2年ぶりに増えたからだ(20年比5%増)。こうした温暖化ガス排出量のリバウンドはリーマンショック後にも経験している。22年はさらに経済が動き、しかし天然ガス供給は減る、あるいは環境負荷の高いシェールガスの依存度が高くなる。そしてガス価格が高止まりすれば石炭回帰は避けられない。ついにドイツが石炭火力発電拡大に転換した(6月9日)。

6.もっと「NO WAR」の声を

第2次世界大戦後も、人類は多くの戦争を経験してきたが、国際世論が「反戦」ではなくひたすら当事国の一方の「勝利」を求めることは極めて例外的だ。ウクライナ戦争は特別な戦争なのだ。しかし「勝利」の声が「反戦」の声をかき消すようならば、不幸は深まる。

資源インフレは、間違いなく飢餓と貧困と環境破壊の悪循環を加速させる。ウクライナ戦争がその契機となっているのならば、一刻も早い「停戦」が求められるはずだ。しかしポーランドのドゥダ大統領の「第2次世界大戦中、ヒトラーとこのように話した者がいただろうか」という独仏首脳批判などに対する同調が高まれば、あらゆる対ロ交渉が「背信」となってしまうだろう。

最近、国際政治経済分野で隠れたトレンド・ワードとなっているのが“ウクライナ疲れ”だ。ウクライナ連帯の土台は「西側の結束」だが、その西側各国内世論が「ウクライナより物価高」に振れ始めている。この内向きの傾向が、例えばフランスの下院選(6月19日開票)などにも如実に表れている。減税、給付、最低賃金引き上げといったポピュリズムが躍進する。それが実現できるかどうかではなく、票になるのだ。

ゼレンスキー氏は6月7日、ロシア軍を侵攻開始前の境界まで押し返すことが「重要な暫定的勝利」だと述べた上で、クリミア半島を含む領土の完全回復が最終目標だと強調した。

これに対してアメリカはロシアとの停戦交渉を有利にするためにも軍事支援を強化する必要性を訴える。さらにウクライナからの穀物輸送停滞を打開するために、ウクライナ軍に地上配備型の対艦ミサイル供与を決定した。ジョンソン英首相はキーウを訪問し、イギリスの新しく支援する武器のために必要な訓練を提供し続けるとゼレンスキー氏に約束した。果たして、そういう問題なのだろうか。

反戦の声を届けなくてはならない相手は今、プーチンだけでもなさそうなのだ。

日誌資料

  1. 06/03

    ・9月利上げ停止「困難」 FRB副議長 0.5%継続も示唆
    ・原油増産拡大で合意 OPECプラス 米要請に応じ 日量64.8万バレル <1>
    従来の43.2万バレルから約20万バレル増 4月ロシア計画に対して134万バレル未達
    NY原油上昇、一時117ドル台 供給不安なお 米の在庫減も買い要因
  2. 06/04

    ・出生率6年連続低下 昨年1.30、最低に迫る 出生数最小 対策、空回り
    人口維持には2.06~07必要 家事・育児、女性偏重続く 同じ役職でも賃金に格差
    ・世界の石炭発電過去最大 ウクライナ侵攻、ガス代替需要 <2>
    昨年、初の10兆キロワット時 気温上昇「1.5度以内」目標に暗雲
    ・米クリーブランド連銀総裁「9月まで0.5%利上げも」 NY株反落348ドル安
    ・NY州、仮想通貨採掘制限 上院で法案可決 脱炭素に移行
  3. 06/05

    ・米ガス高「シェール前」水準 先月末14年ぶり高値 欧州輸出で需給逼迫 <3>
  4. 06/06

    ・企業・雇用支援、米欧区切り コロナ後見据え廃止・縮小 長引く日本 <4>
    ・米、対中関税下げ検討 商務長官「日用品など候補」
    ・銃規制、割れる米国 リベラル州、厳格化 保守州、教職員向け緩和
  5. 06/07

    ・円安20年ぶり132円台 日米金利差拡大で <5>
    ・4月実質賃金4ヶ月ぶり減 1.2%マイナス、物価高響く
    ・アジアで外貨準備減少 ドル高・資源高で通貨買い介入 金融市場波乱の芽に
  6. 06/08

    ・ロシア原油 中印が下支え 買い手減り大幅安 米欧制裁、実効性薄れる <6>
    ・英首相、政権運営綱渡り 与党議員4割超が不信任 外出規制下でパーティ
    ・人への投資 世界水準遠く 3年で4000億円 骨太方針決定 生産性向上急務
    ・EU、女性取締役登用義務 上場企業 社外4割以上 26年半ばまでに対応
    ・経常黒字55%減 4月、エネルギー高騰響く 貿易赤字6884億円(前年同月は黒字)
    米貿易赤字、4月15%減 輸出が過去最大 天然ガス・石油製品が伸び
    ・ゼレンスキー氏、侵攻前境界が「暫定的勝利」
  7. 06/09

    ・食料輸出規制20ヵ国に インド小麦やマレーシアの鶏肉 侵攻、自国優先に拍車
    政権批判を警戒 気候変動も要因
    ・米「ウクライナを優位に」 対ロ停戦交渉 軍事支援強化で
    ・米「対中関税を再構成」 財務長官、一部解除を示唆
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