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週間国際経済2022(33) No.326 10/18~10/23

今週のポイント解説 10/18~10/23

そして習近平さんだけが残った

鄧小平

鄧小平は、中国の徹底した政治・経済の中央集権体制に未来はないと考えていた。その象徴である毛沢東の死後、「現代化」と「改革・開放」に着手した(1978年全人代)。共産党指導の下で部分的に市場経済を導入しようとするものだった。しかし既得権益層の反発と、市場すなわち競争原理の導入による所得格差という2方向からの軋轢を生む。これが最悪の結果として表れたのが1989年の天安門事件だった。

中国共産党内部の路線対立は熾烈を極めたが、鄧小平は「南巡講話」(1992年の南部都市での連続講演)で改革・開放を訴え、妥協の産物として「社会主義市場経済」という言葉が合意された。政治的には共産党の一党支配は堅持するが、中央集権的計画経済は下級機関および地方に権限を委譲していく。中央指令支配からネットワーク支配への移行だ。

したがって政治も共産党の集団指導体制が必要になる。個人崇拝を排除し、党トップは任期5年2期までとし、指導部は派閥のバランスを重視し70歳停年、一部勢力ましてや個人に権力が集中しないシステムを取り入れた。

グローバル化

なんとも中途半端なシステムだ。しかし南巡講話以降、中国経済は猛烈な勢いで成長していく。東西冷戦が崩壊しグローバル化が加速していく。ドイツ統一でマルクが弱体化し、バブル崩壊でジャパンマネーが収縮し、ソ連崩壊によって唯一の超大国となったアメリカに国際資金が集中するようになった。アメリカ経済は空前の好景気を持続させる。しかしこの景気は、流入する資金を海外に再投資しなければインフレで腰を折るに違いない。

見れば中国の市場開放は、絶好の投資先だ。莫大な低賃金労働力と各種優遇措置を目当てに対中直接投資が激増し、中国はあっという間に「世界の工場」となり、消費が過熱するアメリカに輸出を急増させていく。

このグローバル循環は歓迎された。香港が中国に返還され、台湾の対中経済依存が深まり、中国は2001年WTOに加盟する。その2001年アメリカで同時多発テロが起こり、アメリカの軍事的関心は中東に集中する。2008年のリーマン危機に際しても、アメリカの4兆ドル金融緩和マネー供給と中国の4兆元投資が、経済回復への「両輪」とされた。

オバマ政権は、このグローバル化が中国の民主化を促すだろうという期待から、中国を「囲い込む」のではなく「取り込む」ことにした。「関与政策(エンゲージメント)」だ。

逆流

アメリカ大統領選挙に挑むトランプ候補は、民主党地盤である製造業就業者の票を目当てに、対米貿易黒字国への制裁を掲げた。トランプ政権の一方的な制裁関税とそれに対する中国の報復関税の繰り返しは「米中貿易戦争」を過熱させ、対立は投資および先端技術における「デカップリング(米中経済切り離し)」にエスカレーションしていく。

一方、中国経済内部でも大きな変化が生まれる。1990年代半ば以降のグローバル化は同時にIT化の波でもあった。IT企業の利益の源泉はデータだ。中国のプライバシーなき13億人市場は個人データ集積の宝庫となる。アリババ、テンセントなどの巨大IT企業が生まれ、瞬く間に急成長していく。

中国共産党は、これを恐れた。集積された個人データは彼らの国民管理システムにとっても譲れない資源だ。しかも中国巨大IT企業は、「社会主義市場経済」、つまり地方における共産党指導の枠を容易に超えていく。さらに金融分野にも触手を伸ばし始めた。警戒すべき対象は、完全に抑え込まれる。

グローバル化の大波は「社会主義市場経済」や「一国二制度」に内在する矛盾をも飲み込む勢いだったが、デカップリングという逆流が起きたのだ。この逆流は中国の「改革・開放」そのものに対しても逆流となり、その波は不可避的に「集団指導体制」に及ぶ。

予想通りだが予想以上

中国共産党大会(5年に一度)が10月16日に開幕した。国家主席2期10年の憲法条文はすでに撤廃されている。習近平3期目は、言うまでもなく予想通りだ。異例の3期目を正当化するために「台湾統一」が強調されるのも予想通りだ。活動報告で「改革・開放」が大幅に後退したのも予想通りだ。

予想以上だったのは「習1強」人事だった。李克強首相と汪洋全国政治協商会議主席(次期首相候補だった)が中央委員の名簿から外れた。中国「集団指導体制」では70歳定年、党大会時に67歳はセーフ、68歳はアウトだった。習氏は69歳、李氏と汪氏は67歳だ。期待を集めていた胡春華副首相(59歳)も政治局員から外れた。

外れた3人はいずれもエリート集団である共産主義青年団の出身(団派)、分類すれば改革派で習氏と距離を置いていた。その団派のレジェンドである胡錦濤前総書記が党大会閉幕式中に習氏の隣の席から引きずられるように退席させられる動画には戦慄が走った。胡錦濤氏が総書記だったのは2002~2012年、まさに改革・開放の絶頂期だった。党大会では政治局員を党幹部の選挙で選んだこともあった。つまり集団指導体制の絶頂期でもあった。

習氏の徹底した「改革派」一掃は、予想以上だった。

知らない人ばかり

ぼくは中国共産党ウォッチャーではない。知っている人たちはおおむね党幹部から退席し、代わって席に着いた人たちは知らない人ばかりだ。一体どんな人たちなのだろう。10月29日付日本経済新聞で少し紹介されていた。習氏が精華大学時代のルームメイト、習氏が中央党校の校長を務めていた当時の副校長2人、父親同士が戦友、習氏が浙江省や上海市のトップだった頃の秘書長…。

知っている人が1人いた。党序列2位、副首相に抜擢された李強氏だ。上海市のトップ、2ヶ月間におよぶ都市封鎖で市民に吊し上げにあっていたのをテレビで見た。習氏が浙江省トップ時代の秘書長だった。彼は来年春には首相になると見られている。中国では首相が経済政策の責任者だ。だから1期5年間副首相を経験することが前例となっている。しかし李強氏は党中央の経験すらない。だから経済政策も習氏直轄と見られている。

さらに中国共産党の最高指導部である政治局常務委員7人(チャイナ・セブン)の中には、習氏後継者と目される人物が1人もいない。4期目もあるのか。「改革・開放」も「一国二制度」も「集団指導体制」も過去のものになった。

南巡講話から30年。そして、習近平さんだけが残ったのだ。

どう付き合うというのか

こうして10月23日、習近平3期目がスタートした。翌24日、外国人の中国本土株の売越額は過去最大となった。人民元も売り込まれ、対ドルで15年ぶりの安値を付けた。これが改革派なき指導部に対するマーケットの評価だ。

党大会では経済成長の長期的数値目標も出せなかった。共産党支配への不満を経済成長で納得させることにも無理がきている。基本的な計画ができないのだから、もう建て前としての社会主義ですらなさそうだ。総人口も2019年の推計より10年前倒しで今年から減少に転じ、少子高齢社会に入っていく。新体制は経済統制をいっそう強めていくだろう。さて、習近平さんだけが残った中国経済に、何の魅力があるというのか。

その不安を察したのか、日本経済新聞が「ゼロチャイナ」について特集記事を載せた(10月18日付および10月22日付)。まず、中国から日本への輸入の8割が2ヶ月間途絶えると、スーパーコンピュータ「富岳」の試算によると日本の生産額は約53兆円(GDPの1割)が吹き飛ぶ。そこで日本の生産や販売を結ぶサプライチェーンから中国を除外しようとするならば約13.7兆円のコスト増を負担しなければならないというものだった。

こうした問題は日本に限ったことではない。そもそも現在昂進しているインフレも、脱中国という世界のサプライチェーン分断を背景にしているのだから。もちろんゼロチャイナには軍事的緊張というコストも追加される。それでもアメリカは対中半導体規制に日本も追随しろと要求する。

じつは、ぼくは今の中国についてなかなか書く気になれなかった。でも書かざるを得ないのが中国だ。なかなか付き合う気になれないのが今の中国だが、付き合わざるを得ないのが中国なのだろう。これが日中国交正常化50周年の風景だ。どうせ無視できない相手なのだから、日本も世界も長い目でのしたたかさが試されているのだと、今日のところは溜息交じりに書き終えることにする。

日誌資料

  1. 10/18

    ・英減税策「間違い認める」 トラス首相、辞任は否定 <1>
    英経済政策、残る懸念 長期金利高止まり 年金基金の枯渇
    ・「世界の工場」分離の代償 ゼロチャイナなら国内生産53兆円消失 <2>
    中国から日本への輸入の8割が2ヶ月間途絶えたなら「富岳」で試算
    生産拠点移管・撤退で14兆円コスト増 トヨタ純利益5年分匹敵
    ・円下落、一時149円台 32年ぶり、米金利上昇で
    ・独、原発全基稼働可能に 電力安定へ方針修正 来年4月まで延長
  2. 10/19

    ・中国「成長第一」限界に 数値目標示せず GDP公表延期
    政策不況の批判警戒 外資の投資意欲そぐ
    ・シェール増産阻む資材高 油井管価格1.8倍、米で不足 インフレ圧力一段と
    ・米、石油備蓄1500万バレル放出 OPECプラスに対抗
    ・英中銀、国債売却を再延期 来年1月に 財政計画見直し発表後
  3. 10/20

    ・円「覆面介入」観測も 150円接近 黒田氏「急落、経済にマイナス」
    ・英内相が辞任 政権打撃 トラス首相への批判示唆
    ・貿易赤字 最大の11兆円 4~9月 資源高・円安響く 輸入膨張44%増 <3>
    原油高 4割は円安起因 金融緩和の効果「検証やるべき」日商会頭
  4. 10/21

    ・円150円台、32年ぶり 円安でも輸出停滞、輸入コストは膨張 <4>
    人材・資本 日本離れ招く
    ・トラス首相、辞任表明 就任44日、経済混乱で引責
    英市場、一時トリプル高 国債・通貨・株式 首相辞任、政策転換に期待
    ・消費者物価9月3.0%上昇 31年ぶり水準 円安・資源高響く <5>
    需要鈍くデフレなお 円安招いた「日本病」 賃金低迷・低成長のツケ
  5. 10/22

    ・円買い介入、7円急騰 151円から144円に 単独介入、急場しのぎ <6>
    ・邦銀の外債運用、逆ざやに 日銀リポート、金利上昇シナリオ 過半が赤字転落も
    ・欧州、イタリア新政権警戒 連立党首、ロシアと近く NATO部隊運用に影響
  6. 10/23

    ・習氏、3期目確定 中国指導部 李克強氏ら退任 指導部の年齢制限形骸化
    習氏に権力集中加速 「台湾独立反対」党規約に
    ・メローニ伊首相が就任 組閣で穏健路線を演出
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