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週間国際経済2023(2) No.336 01/10~01/18

今週の時事雑感 01/10~01/18

*後期授業が終わりました。授業期間中このブログは副教材でしたので「解説」としていましたが、休みの間は「雑感」として徒然なるままに書きたいと思います。また4月の前期授業開始まで週間ではなく旬間(10日おき)になります。引き続きこの拙い閑話にお付き合いいただければ幸いです。

民主主義のための戦いで、民主主義が失おうとしているもの

アメリカが揺り動かす地政学的リスク

水と油のようなトランプ政権とバイデン政権だが、いくつかの脈絡を見ることができる。まずはアフガン撤兵による中東へ軍事的直接関与の終結だ。これで増額が繰り返されたアメリカの軍事予算は縮小すると見ていた。それが民主党政権によって格差解消および地球環境投資に振り替えられることを期待していた。

ところが脈絡は他にも見られた。ひとつは執拗なウクライナのNATO加盟へのけしかけだ。これはプーチンの神経を逆なでした。そしてひとつは台湾への武器供与の増額と独立派推しだ。もちろん習近平の逆鱗に触れた。地政学的リスクは激しく揺り動かされた。

一方で、トランプ政権とバイデン政権のコントラストは同盟軽視と同盟重視だ。バイデン政権の同盟重視とは、この地政学的リスクのコストを同盟国に負担させていくことだった。そしてアメリカ経済最大の製造業である軍事産業は、衰退の淵から蘇った。2023会計年度アメリカ国防予算は前年比10%増となった。

平和主義と経済成長

この地政学的リスクの同盟国コスト負担は、その経済規模に比例するようになる。ヨーロッパではドイツ、アジアでは日本だ。そう、かつていわゆる“民主主義国陣営”と対峙し、地域の軍事侵攻を拡大し、そして敗戦国となった両国だ。したがって戦後、民主化と軽武装が戦勝国によって課せられた。戦前の強大な軍事産業は、その設備および技術を直ちに民需産業に移転することが求められ、軽武装ゆえの財政余力がそれを促進した。

東西冷戦による軍事的緊張に対してドイツと日本は、軍事物資ではなく民需物資で後方支援に回り、輸出競争力を回復させる。財政均衡と貿易黒字は、周辺地域への開発援助資金の源泉となり、それがまた外需を育成していく。その周辺地域はかつての被侵略国であるから、その警戒を解くためにも徹底した平和主義を高く掲げる必要があった。

こうしてドイツと日本の平和主義はその経済成長と密に連動するようになる。そしてその両輪が民主主義という車台を支えてきた。

この両輪の逆回転が始まる。ヨーロッパではリーマン危機に対する財政支出急増から、2010年前半以降には財政再建に向けて国防費支出を縮小させてきた。これがウクライナ戦争で急増するようになる。なかでもドイツの2023年度国防費は前年比17%増となる。日本も23~27年度防衛費43兆円を決定したが、これは前期防衛力整備計画から60%増になる。軽武装は、過去のものとなった。

ドイツの戦車がロシア国境に進む

ウクライナは独ソ戦によって第二次世界大戦中最大の激戦地となった。ナチスドイツの終焉は、この独ソ戦からの敗走によって決定的なものとなった。今、ウクライナ戦争最大の激戦地に、世界最強と言われるドイツ製戦車「レオパルト2」が進撃しようとしている。

戦後ヨーロッパにおけるドイツの未来は、まずフランスとの和解こそが基礎となった。しかしソ連(ロシア)との和解がなければ、ドイツの歴史認識における罪悪感は晴れない。現ドイツ首相のショルツ氏は社会民主党であり、その社会民主党は東西冷戦期においてもソ連との対話を重視していた。冷戦崩壊後にはロシアとの関係改善は加速し、前メルケル政権時代にピークに達していた。経済的利益の追求が行き過ぎだったという批判もあるようだが、経済資源の相互依存による平和は、ヨーロッパにおける戦後ドイツの成功体験だった。

結果、ドイツのロシアに対するエネルギー依存は決定的に深化していた。ウクライナ侵攻に対する対ロシア制裁でこのエネルギー依存を断ち切ることは、ドイツからすればそうとうな覚悟を世界に示したつもりだったはずだ。

しかし戦争が長期化し、戦線が硬直化するなかで、ウクライナ政府の火力で圧倒するための支援要求に「西側」は態度を決めなくてはならなくなる。殺傷能力のない装備限定の供与から、さらに踏み込んでも防衛装備に限定するというドイツの平和主義がNATO内でやり玉に挙がる。驚きだ。ショルツ独首相は「時代の転換点」と語っていたが、こうしたヨーロッパの対ドイツ認識の転換までは予想できなかったのだろう。

「転換点」は周辺だけではなく、内部でも起きる。レオパルト2供与に対するドイツ世論調査で賛成が反対を上回る。連立政権を組む社会民主党以上に平和主義的と見なされていた緑の党も変節する。原発稼働延期も含めて同党のポピュリズム化が著しい(ここではとくに公明党を揶揄しているわけではない)。

ドイツではナチスの教訓からどの政党も単独で政権を担うことができず、他党との連立が求められる。それが今、大衆迎合主義に隙を与えているようだ。「エネルギーも食料も高い。早くロシアをなんとかしろ」という世論を、粘り強く平和主義と民主主義を説得する猶予は失われた。それは「より良い選択」をドイツが主導しようとする立場の放棄でもある。

日本が中国に届くミサイルを持つ

日本政府は12月16日、新たな「防衛3文書」を閣議決定した。3文書とは、2013年策定から初めての改定となる安保戦略と国家防衛戦略、防衛力整備計画だ。文書改定の目玉は「反撃能力の保有」だ。それまで政府は「敵基地への攻撃手段を保有しない」と説明してきた。次に自衛隊と米軍との「常設統合司令部」の創設、そして1976年以来GDP(当時はGNP)の1%を上限としてきた防衛関連費を2%に増やすとした。その財源は増税で賄うという。

戦後安全保障政策の大転換だ。驚き満載だが、なかでも驚いたのは反撃能力としてアメリカ製ミサイル「トマホーク」を購入すると言う。ぼくがうっかりしていたのか、かつて反撃能力がわかりやすく「敵基地攻撃能力」とされていたとき、それは迎撃不可能な北朝鮮ミサイルに対応するため、その射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ・ミサイル」の必要性についての議論だったと思う。しかし今回の防衛3文書は、中国に対する「最大の戦略的な挑戦」という認識が前提になっている。

ぼくがトマホーク導入に驚いた理由の第一は、日本が中国に届くミサイルを持つと決めたということだ。トマホークミサイルの射程距離は1600km、北京が射程に入る。そして3文書のひとつである国家防衛戦略では、「東西南北それぞれ3000kmに及ぶ領域を守り抜く」と記している。中国内陸部まで射程に入れるという意思表示だ。

理由の第二は、トマホーク先制攻撃用のミサイルだからだ。ぼくは兵器についてもまったくの素人だが、トマホークは正確だが最も速度が遅いミサイルだということは知っている。最新式のものでも1000km飛ぶのに1時間ほどかかるという。「反撃能力」というからには相手が撃つより先に撃たないといけない。どうみてもトマホークは「敵基地攻撃能力」だ。

それと関連するが理由の第三は、シビリアンコントロールの問題だ。まず敵のミサイル発射情報は、アメリカの衛星情報解析能力に依存しなくてはならない。また、目標の設定には高度なレーダー・システムが必要で、それもアメリカ軍に依存する。そして「統合司令部」が創設されるのだから、いったい誰の判断で発射するのかが心配になってくる。

1月11日、日米両政府はワシントンで外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2)を開き、「反撃能力」について日米が「共同で対処する」と確認した。ここでも中国を「最大の戦略的な挑戦」と位置づけた。1月13日には日米首脳会談が開かれ、岸田首相は防衛3文書と防衛費大幅増額を報告し、バイデン大統領は諸手を挙げてこれを称賛し、日米同盟を「現代化する」と表明した。また台湾有事を念頭に、中国に対して「共同で抑止する」と確認した。

そして岸田首相は1月30日の衆院予算委員会で、このミサイル発射「反撃能力」について「存立危機事態」、つまり日本と密接な関係にある他国への武力攻撃で日本に危機が及ぶ事態でも、発動可能との認識を示した。もう逃げられないのか。台湾海峡で武力衝突が起きた場合、日本は自動的に中国とのミサイル撃ち合いに巻き込まれるのか。

平和主義と民主主義を同時に葬り去った岸田政権

岸田氏は、アクセルとブレーキを踏み間違えたかのごとくだ。アクセルを底まで踏み込んだままトップスピードで暴走する。戦後日本の安保政策の大転換は、平和主義の大転換を意味する。平和主義は日本国憲法の大原則だ。これを選挙どころか国会も開かないまま、アメリカと約束してきた。いったいどの主権者が、どの立法機関が、一介の総理大臣にその権限を与えたというのか。

この日本の防衛体系と防衛装備計画は、当然アメリカ軍の、もちろん中国軍の有事シミュレーションに組み込まれる。幾十ものシミュレーションのなかで共通する最初の標的は、まさにこの日本の「反撃能力」になるだろう。

防衛問題の専門家たちは、だから中国の台湾への武力侵攻を思いとどまらせる抑止力となる、したがって日本の安全保障に大きく寄与すると胸を張る。だとすれば、その体系と装備が整う以前の危機はさらに高まる。あるいは「反撃能力」の起動を図るために、中国の瀬戸際的な挑発が繰り返されるだろう。

こうした地政学的リスクの急激な高まりのなかで、日本の経済成長は持続可能なのだろうか。日本経済だけではない。韓国も東南アジアも、そう台湾もまたしかり。東アジア経済の相互依存的経済発展における、これまでの日本の平和主義の貢献を過小評価してはならない。またそれが、アジア諸国の民主化のひとつの前提ともなってきたのだ。

ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』を「惨事便乗型資本主義」という日本語に変換したのは、けだし名訳だった。ウクライナ戦争という惨状、そのショックに便乗する安全保障論を、ぼくたちは最大限警戒するべきなのだ。

日誌資料

  1. 01/10

    ・ブラジル議会襲撃 ボルソナロ前大統領支持者が選挙結果抗議
    保守中間層の不満噴出 貧困層優先に反発
    ・東京都区部物価4%上昇 12月、40年8ヶ月ぶり伸び率 <1>
    ・消費支出、11月1.2%減 6ヶ月ぶりマイナス 買い控え進む
  2. 01/11

    ・中国、日韓にビザ発給停止 ビジネス往来打撃 日本政府は抗議
    ・ファーストリテイリング、人件費15%増へ 年収最大4割上げ 国際人材獲得狙う
  3. 01/12

    ・反撃能力 日米で「協力深化」 2プラス2 宇宙でも対日防衛義務
    ・生涯子供なし日本突出 50歳女性の27% 「結婚困難」が増加 <2>
    ・「財団肩代わり」韓国公表 元徴用工問題 賠償の解決案
    ・外貨準備昨年に大幅減 世界、で1割減 日本は13% ドル高自国通貨買い支え
    ・経常黒字、16.4%増1.8兆円 11月 海外からの配当拡大 貿易赤字は1.5兆円
  4. 01/13

    ・日米 反撃へ衛生情報共有 日本、問われる覚悟 <3>
    基地・弾薬庫、平時も共同使用 2プラス2
    ・米消費者物価6.5%上昇 12月、1年1ヶ月ぶり7%割れ 市場予測通り
    ・国債、海外勢の売越額最大 昨年10兆円 売買シェア4割越え 金利に上昇圧力
    ・企業年金 金利上昇で打撃 10~12月利回り、20期ぶりマイナス
    ・中国新車販売2.1%増 昨年2686万台 EVはプラス81.6%
    ・世界のPC出荷3割減 10~12月、落ち込み幅最大 首位レノボ 2位HP 3位デル
    ・TSMC「最大5%減収」 1~3月、4年ぶりマイナス予測 米IT企業の失速響く
  5. 01/14

    ・中国、輸出が急ブレーキ 10~12月7%減 米欧利上げ響く <4>
    ・中国、9億人感染か 北京大推計 累計、総人口の64%
    ・長期金利上限超え0.545% 終値0.5% 日銀、国債購入5兆円 <5>
    懸命の国債買い 2日で10兆円、金利操作限界 投機筋、ゆがみ突く 円、一時127円台
  6. 01/15

    ・日米首脳会談 対中「共同で抑止」 日米同盟、新段階に <6>
    進む「統合抑止」 統合司令部、一体運用 宇宙・サイバーも協力
  7. 01/16

    ・台湾与党、混乱下の再出発 統一地方選大敗から新トップを信任投票で選出
    ・企業物価12月10.2%上昇 9ヶ月連続過去最高 昨年は9.7%、過去最高 <7>
    ・長期金利、日銀上限超え0.510% 2営業日連続
  8. 01/07

    ・中国、2.9%成長に失速 10~12月実質 コロナで混乱 通年3.0%、政府目標未達
    ・61年ぶり人口減 昨年末 21年末から85万人減 働き手、今後10年で9%減
  9. 01/18

    ・日銀国債購入最大、17兆円 1月、長期金利上昇で
    ・金融正常化、財政に試練 金利1%上昇で国債費3.6兆円増 低金利の放漫ツケ重く
    ・日銀、緩和修正見送り 決定会合 長期金利上限0.5%維持 綱渡りの異次元緩和
    金利抑制へ資金供給拡大 物価見通し22年度3%に上げ
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