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週間国際経済2023(9) No.343 03/26~04/01

今週のポイント解説 03/26~04/01

国際分業の利益は今、

国際分業の利益っていうけれど

第1回目の授業では、経済学の目的は限りある資源の効率的配分だということからアダム・スミスの「分業の利益」について学びました。そしてポール・サミュエルソンの比較優位に基づく国際分業の利益は経済学者の「唯一の一致点」だという言葉も紹介しました。資源に乏しく国土も広くない日本に住んでいれば納得がいきますよね。さらにウイン・ウインの相互依存関係を説く国際経済学は、広義の「平和学」の体系に属しているというぼくの考えも話しました。

さて、課題レポートでは、少なくない受講生から国際分業は本当に相互利益なのかという指摘があり、これはとても嬉しい驚きでした。たしかに今、グローバリゼーションの歯車は逆転し始め、世界経済は分裂と対立による「ブロック化」に向かっているように見えます。だからこそ今、国際分業の利益についてあらためて問い直す意味があると思います。

この問題については、後に「貿易の基礎知識」の授業でもう少し詳しく扱いますが、今回は今週の世界経済トピックスのなかから、特徴的な動きを観察してみることにしましょう。

ブレグジット

2020年1月のイギリスのEU離脱(Britain+exit=Brexit)についてはまた別に説明することになると思いますが、ここではまず4月3日付「英の産業競争力低下鮮明」という記事を見ます。イギリスの自動車生産は昨年、前年比約10%減の約77万台で、かつて200万台近くあったものが66年ぶりに低水準に落ち込んだという話です。

イギリスの自動車生産は、EUから部品を輸入して完成車を輸出するというサプライチェーン(供給網)で成り立っていました。国際分業の利益ですね。これがブレグジットによってかつては必要なかった通関手続きなどが発生してコストが増え、生産拠点としての魅力が薄れた。自動車産業のみならず、金融産業でも同じような陰りが目立つということです。実際にイギリスに対する外国企業の投資は、2017年から21年に76%も減っています。

またイギリスの2月の消費者物価は10.4%上昇しましたが、ユーロ圏やアメリカの6%台と比べて突出して高くなっています。イギリスは北海油田を持つ産油国であるにもかかわらずです。自動車部品だけではありません、たとえばイギリス人が大好きなフィッシュ・アンド・チップスですが、素材のタラの身もジャガイモもそれを揚げるための油も大陸から輸入していました。また移民を厳しく制限することで人手不足になり、輸送など人件費コストが、あらゆる商品の物価上昇の要因となっています。

イギリスの対EU貿易は全体の50%前後を占めていたのです。イギリスは3月31日にTPP(環太平洋経済連携協定)に加盟しましたが、日本とはすでに2国間の経済連携協定(EPA)を結んでいるので、その利益は限定的だと見られています。

近隣市場との国際分業から分離することは、たいへんな不利益だという実例です。

半導体「ブロック化」鮮明

これは4月1日付日本経済新聞の見出しです。バイデン政権は中国を「競争相手」だと規定しています。一般にアメリカ人がcompetitorと言うとき、それは互いに高め合うというポジティブなニュアンスがありますよね。でもアメリカは今、自身が強くなるというより相手を弱くする競争を仕掛けているようです。半導体は、その典型的な例のひとつです。

バイデン政権は昨年10月に、先端(汎用ではなく)半導体製造装置の中国への輸出を禁じ、その範囲は技術から人材までに至ります。ただ問題になるのはアメリカ企業だけがこれを遵守しても、アメリカ以外の海外企業が中国に輸出しては効果が期待できません。先端半導体製造装置のシェアは、第1位がアメリカ企業、第2位がオランダ企業、そして第3位が日本企業(最大手は東京エレクトロン)です。

バイデン政権は、こうした脱中国サプライチェーン構築を「フレンド・シェアリング」と呼び、友だちなのだから足並みを揃えようよと要望していました。これに日本が応えたということです。まぁ「強い者イジメ」に加担したわけですが、これが他の分野にも拡大しやしないかと心配です。1月の日本の貿易赤字は3兆円を超えて過去最大になりました。得意分野のお得意様を失うのは、痛いですよね。

中国は今ヤバいから安全保障上しかたがないという意見も有力ですが、一方でこうした動きが中国の自給体制を加速させるだけだという見方もあります。さらに中国のことですから報復もしてくるでしょう。4月6日付の記事では、さっそく中国政府がレアアースを使った高性能磁石などの製造技術の輸出を禁止する方向で検討に入ったと報じられています。この種の分野では、自給することも難しいのでつらいところです。

どちらにせよ、国際分業の利益からどんどん遠のいているという話題です。

TikTokとかSHEINとか

第2次世界大戦後、分裂した世界経済を再建しようとアメリカ主導で貿易自由化が推進されてきました。自由というのは、政府からの自由です。関税を一方的に引上げたり、輸入制限をしたり、自国産業に過大な補助をしたり、そうした政府の介入をなくしていこうという合意が形成されました。この貿易自由化合意にはいくつか例外規定があって、その一つが「安全保障上の重大な利益」なのです。

これを拡大解釈したのが、トランプ政権による中国産鉄鋼に対する一方的で大幅な関税引き上げでした。中国の安い鉄鋼に依存していたら、アメリカの軍事産業が自立できない、だから安全保障問題だという理屈でした。この理屈が押し通せそうだと見るや、それをハイテク分野に広げてきたのです。ファーウェイ(華為)の5G機器を使うとデータが抜き取られるからファーウェイ製品を締め出すとかといった具合に。

さて、今アメリカで問題になっているのが、中国発の動画共有アプリTikTokです。利用者のデータが中国共産党に流出しているから禁止するべきだと。利用者データで言えば買い物アプリも同様でしょう。アメリアでのダウンロード数第2位は、日本でも話題になっている中国発のSHEIN(シーイン)です。若者に人気だそうです。

アメリカにはTikTokユーザーは1億5000万人います。ワシントン・ポストによれば18~35歳の59%がこれを楽しんでいます。これを禁止できるでしょうか。レモンド米商務長官は、これを禁止したら「35歳以下の有権者を永遠に失うことになる」と警告しています。

アメリカでは来年、大統領選挙があります。安全保障上の重大な利益というのですが、どうやら「選挙で票になるかならないか」という都合でことは左右されているようです。

自国第一主義

トランプさんは「自国第一主義」で支持を得ました。対してバイデン政権は「同盟重視」あるいは「民主主義国の結束」を呼びかけています。

先ほど、貿易自由化のなかで自国産業に対する政府の過大な補助はよくないという合意があると言いました。バイデン政権は脱炭素政策を重視し、そのため昨年8月に2023年からEV(電気自動車)購入者が最大7500ドル(約100万円)の税額控除が得られる措置を適用すると決めました。これはかなりの補助ですが、そこまではさほど問題はないかもしれません。程度の差はあれどの国でもやっていることですから。

ところが3月31日、アメリカ財務相がこの税優遇を北米で組み立てられた自動車に限定すると発表しました。これに対してフランスのマクロン大統領は、「西側の分裂をもたらす」と強く反発しています。気持ちは分かります。同盟重視どころか、あからさまな自国第一主義ですからね。

でもしかたがないのでしょう。トヨタ自動車は4月7日、2026年までにEVの世界販売を年間150万台にすると発表しましたが、アメリカでの生産が中心になります。電池もアメリカで工場を新設するといいます。韓国現代グループの起亜自動車もやはりアメリカでのEV生産を始めると表明しました。トヨタのレクサスは、エンジンなど主要部品を日本で生産していましたが、EVシフトで投資も雇用もアメリカに移転することになります。

イギリスとアメリカは、どの国よりも国際分業の利益の恩恵に浴してきました。その英米が今、国際分業の利益に背を向けていることは皮肉な話ですし、納得がいきません。国際経済学は「平和学」の体系に属すると言いました。もちろんそれは、国際分業によって平和になるという単純な話ではありません。しかし国際分業の断絶は平和を危ういものにするでしょう。それが、経済ナショナリズムと経済のブロック化が第二次世界大戦につながった歴史が示す、大切な教訓なのです。

日誌資料

  1. 03/26

    ・米の中小銀、預金流出最大 リーマン時の2倍 流動性の不安高まる <1>
    政府・FRB(米連邦準備制度理事会)、沈静化急ぐ 欧州銀株2~3割安、2月末比
    ・米、130~430万人相当働けず 15%はコロナ後遺症が関係
    ・イランとサウジアラビア国交正常化 国際秩序、米中がしのぎ <2>
    グローバル・サウス焦点 イスラエル外交に逆風
  2. 03/27

    ・ホンジュラス、台湾と断交 中国が国交、米台にくさび
    台湾と外交関係、蔡英文政権7年間で22ヵ国から13ヵ国に 「断交ドミノ」歯止めなく
  3. 03/28

    ・114兆円予算成立 23年度 過去最大 新規国債35兆円発行 <3>
    財政改善、世界に遅れ 米英の赤字7~8ポイント減 日本は0.7ポイント
    ・米発電、再生エネが石炭抜く 昨年 風力・太陽光の導入増
    ・ドイツ、主力戦車引き渡し 「レオパルト2」ウクライナへ18両
    ・イスラエル、司法改革延期 ネタニヤフ首相表明 抗議デモ激化で
    ・台湾の蔡総統訪米へ 前任の馬英九氏は訪中 来年1月総統選、影響力競う
  4. 03/29

    ・EU(欧州連合)、エンジン車容認合意 35年以降も  EVと併存へ <4>
    自動車業界の主張を受けたドイツ政府の意見を踏まえ修正 合成燃料限定で
    ・ブリンケン米国務長官、中国仲裁案に警戒 停戦協議「ワナの可能性」
  5. 03/30

    ・ゼレンスキー氏、習氏をウクライナ招待「会う準備できた。彼と話をしたい」
    ・ミャンマー、民主化遠のく 選管、スーチー派政党を解党 軍主導で民政移管
    ・米高官、相次ぎアフリカ訪問 中ロが先行、挽回急ぐ
    ・中国 初の人民元建てLNG(液化天然ガス)取引
    ・ドイツが追加軍事支援 ウクライナに1.7兆円規模
  6. 03/31

    ・TPP(環太平洋経済連携協定)、英国の加盟合意 初の新規参加国
    7月署名目指す 世界GDP15%に相当 欧州含む経済圏に 自由貿易圏拡大に弾み
    ・トランプ氏を起訴 NY大陪審 米大統領経験者で初 会計処理、不正か
    ・フィンランド、NATO(西太平洋条約機構)加盟確定 トルコ議会が批准 <5>
    ・サッカーU-20W杯 インドネシアの開催権剥奪 イスラエル参加に反対 運営に疑問
    ・政府、半導体装置23品目規制 中国念頭、米と足並み 先端品、輸出困難に
    半導体「ブロック化」鮮明 企業に戦略修正迫る
  7. 04/01

    ・少子化対策「たたき台」給付が先行 踏み込み不足 「こども家庭庁」発足 <6>
    ・米、EV税優遇 日欧などの生産車に適用せず メーカーに打撃
    日本勢、米でEV生産急ぐ
    ユーロ圏物価6.9%上昇 3月 伸び鈍化も基調(食品、エネルギー除く)は最高
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