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週間国際経済2023(19) No.353 06/16~06/23

今週のポイント解説 06/16~06/23

デリスキングが動き出した

EUの対中デリスキング

「パートナーであると同時に競争相手であり、体制上のライバルでもある」。若いときにはそんな人間関係も少なくありませんでしたが、この歳になると神経が疲れてとても付き合いきれません。EU首脳会議が6月30日に閉幕し、中国に対する新たな方針文書でこのように合意しました。対中デリスキングを定義したのですね。デリスキングはフォンデアライエン欧州委員長が3月に表明し、これはG7広島サミットの首脳宣言でも明記されましたから、いわばお墨付きです。でも「リスクの低減」とは何なのかは具体化されませんでした。

EUは首脳会議に先立って6月20日に欧州委員会を開いて新たな経済安全保障戦略を発表しました。面白いのは、中国を名指しせず(中国であることは明らかな)、という気配りです。EU加盟27カ国全会一致というのは、なかなか根回しがたいへんです。

EUは、中国と一般的な貿易・ビジネスや気候変動の取り組みでは関係を重視するけど、先端技術の軍事転用については強く警戒し、また例えばEVなどに不可欠なリチウムなどの中国への依存からは脱却するというものでした。

この同じ6月20日にはベルリンで、ドイツと中国の首相を交えた政府間協議が開催されています。ウクライナについては協議するけど台湾については言及しないというなかで、気候変動問題への連携強化を中心議題にするという距離感です。でもドイツにとって中国は7年連続で最大の貿易相手国です。デリスキングとは決してデカップリングではない、という相互確認が大切だったのでしょう。

日本経済新聞の見出しでは「独中、打算の協調」(6月21日付)とか「経済安保と貿易、両立苦慮」(7月2日付)とありますが、ぼくにはEUがアメリカに遠慮することなく独自の利益を基本にして、中国との関係を再構築していく体勢が固まったように見えます。またそれはアメリカにとっても決して不都合なことではないと思っています。

アメリカの対中デリスキング

じつはバイデン政権の対中外交は加速しています。G7広島サミットで「デリスキング」が合意された5月、すでにアメリカの商務長官やUSTR(米通商代表部)代表が訪中して中国の商務相と会っています。そしてCIA長官が極秘で訪中し、6月にはオースティン米国防長官が中国の李国防相とシンガポールの会合で握手しています。そして6月19日、ブリンケン国務長官が訪中しました。アメリカ国務長官の訪中は5年ぶりのことです。

ブリンケン長官は秦剛外相と7時間半もの長時間会談し、その後中国外交トップの王毅政治局員と会談し、そして習近平主席と面会しました。そこで何が決まったわけではありません。台湾問題や人権問題は平行線です。ただブリンケン国務長官は、米中の「競争」が「対立」に発展しないように管理する重要性を強調したようです(アメリカ国務省)。また習氏も「中国は米国の利益を尊重している。米国に挑戦したり取って代わったりしない」と話したと言います(中国外務省)。

中国がアメリカとの対話を重視していることがわかった、それがまずデリスキングだったのです。そのうえで米中首脳会談のセッティングが可能になります。そこでバイデン大統領はブリンケン訪中について「彼は素晴らしい仕事をした」、「我々は正しい道筋にある」と讃えたのです。その舌の根も乾かないうちにバイデン氏は、カリフォルニア州で開いた資金集めの集会で「習近平氏は独裁者だ」と発言しています。

バイデンさんは副大統領のときから失言癖が指摘されていて、とくに最近何を言い出すか予測できません。高齢のせいだとも言われていますが、よくわかりません。わかっていることは、すでにアメリカは来年11月の大統領選挙に向けて動き始めているということです。すると有権者ウケを狙った中国批判が連発するでしょう。対中弱腰は致命的ですから。

だからこそ、中国との外交パイプを正常化し、「対決ではなく競争」としっかりと中国に伝えておく必要があったのだと思います。こうした「双頭の鷲」作戦もまた、まさしくアメリカ的なデリスキングなのだなと思います。

経済界は訪中ラッシュ

6月16日のビル・ゲイツさんの訪中、習氏との会談は大きなニュースになりましたね。2022年はマイクロソフトの中国進出20周年でした。ビル・ゲイツさんは「世界中の人々のために中国がどのような役割を果たせるか話し合った」といいます。5月末にはイーロン・マスクさんも訪中して秦外相と会談し、「デカップリングに反対し、中国事業を引き続き拡大する」と、相変わらずはっきりとものを言います。続いて米銀最大手JPモルガン・チェースのダイモンCEOも上海を訪れ、「良いときも悪いときも中国にいる」と語りました。そのほかにも3月にはアップルのティム・クックCEOが、インテルのCEOも訪中済みです。

そして今、イエレン米財務長官の訪中が確定的です。そもそも米中間で安全保障問題だけならアメリカの商務長官やUSTR代表の訪中は必要ないような気がしますが、アメリカのインフレは、どれだけ利上げしてもなかなか収まりません。イエレン財務長官は以前から対中制裁関税の引き下げがインフレ対策として有効だという見解を示しています。アメリカのビジネス界にとっては願ったり叶ったりでしょう。もちろん景気回復が鈍い中国にとっても、関税引き下げは大きな利益です。

韓国ははしごを外されやしないか

韓国は、政権交代後に外交方針が180度転換した感じです。前政権は対北融和、対中依存そして反日でした。それが今の尹政権になって北朝鮮を「敵」と認識し、中国とは「対峙」し、そして日本とは急速に接近しています。背景には韓国政治の特徴がありそうです。というのも保守とか革新とか呼び方はさておき、政権交代するたびにあらゆる政策が正反対になりがちな印象があります。問題は、はたしてそれが現在の世界情勢に合致しているかどうかです。

尹大統領は4月26日に訪米し、驚くほどの厚遇を受けました。バイデン政権になって国賓待遇で招かれたのはフランスのマクロン大統領、インドのモディ首相、そして尹大統領だけです。それですっかり取り込まれたわけでもないのでしょうが、シンプルに「デカップリング」なのです。日本との関係改善は、やり方はともかく方向性としては歓迎するべきことだとは思います。だからといって中国に対する態度の豹変は危なっかしくてなりません。

中国の駐韓大使が野党の代表との会談の席で、尹政権の外交姿勢を批判したとして猛反発しました。そこまでは程度の問題かもしれませんが、6月7日に発表した国家安保戦略で中国に「断固たる対応をとる」と記述したことには驚きました。またベトナム、インド、フィリピンなど中国と緊張関係にある国々に武器輸出を急増させていることも心配です。

尹さんには意地と信念はあるのでしょうが、ぼくには戦略が見えません。とにかく今国際社会で、外交上もっともブレ幅が大きいのは韓国ではないでしょうか。

日本はデリスキングを理解しているのか

一方で、ブレなければいいというものではないというのが日本です。「デカップリングではなくデリスキング」の合意が形成されたのはG7広島サミットでした。いうまでもなく日本は議長国でした。しかしこの潮目の変化から日本は蚊帳の外にあったようは気がします。岸田さんは相変わらず「民主主義陣営の結束」を訴えてご満悦の様子でした。

EUもアメリカも中国経済との相互依存の深さから、デカップリングは非現実的で不利益だという当たり前のことからやり直そうとしています。その中国経済との相互依存性はEUよりもアメリカよりもはるかに日本経済が深いのです。本来ならば、この「デカップリングではなくデリスキング」の波にどこよりも早く乗るべきだと思うのですが。

どうも日本は「アメリカについていけばだいじょうぶ」的な空気から脱け出していないようです。だとして、アメリカの対中外交が目に見えて活発化しているなかで、それにはついて行けていないのではないでしょうか。岸田さんは6月18日、まさにブリンケン国務長官訪中直前に母校の早稲田大学で講演をし、学生からの質問に答えて「訪中についても考えていく」と答えました。驚きました。そんな話、国会では聞いたことがありません。こうして米欧が中国との対話を進めれば進めるほど、対話のない日本外交が目立っていきます。

ぼくはデカップリングであれデリスキングであれ、アメリカの対中政策は自国第一主義だと思っています。脱中国サプライチェーンにしても経済安全保障戦略にしても、アメリカだけが得をする方向にあると。

バイデン政権は昨年8月、半導体国内生産に500億ドルの補助金を投じると決めました。またEV車購入の税額控除には日欧韓のメーカーが除外されました。やはり昨年8月のインフレ抑制法に基づきエネルギーと気候変動関連に53兆円支出すると決め、世界の自動車大手10社が2028年までに北米で計画する関連投資は20兆円を超える見通しです。6月4日付日本経済新聞は「脱炭素の中核技術や産業基盤が米国に流出する懸念が強まってきた」と指摘しています。

バイデン大統領は5月の講演でこれら補助について「すべてアメリカの製造業、製品、従業員のために使われる」と強調しています(7月2日付同上)。デカップリングをデリスキングと言い換えても、アメリカにとってそれが「自国第一主義」であることに違いはありません。大統領選挙に向けて、その傾向はいっそう強まっていくことでしょう。

EUの対中デリスキングは、一方でこうしたアメリカの自国第一主義に対するデリスキングでもあるわけです。さて、韓国や日本のデリスキングはどうなっていくのでしょうか。

日誌資料

  1. 06/16

    ・欧州中銀、0.25%利上げ 8会合連続 景気後退でも物価安定優先 <1>
    ・円の独歩安加速 対ドル今年最安値 対ユーロ15年ぶり水準
    ・中国景気、回復鈍く 1~5月の不動産開発7.2%減 需要不足で冷え込み
    ・防衛財源、安定確保見えず 計3.5兆円の剰余金頼み 税収に連動、ぶれやすく
    ・韓国、対中姿勢「対峙」に転換 経済・国民感情にも変化 <2>
  2. 06/17

    ・日銀、大規模緩和を維持 物価・賃金上昇見極め <3> <4>
    植田総裁、政策修正に含み 長短金利操作修正「サプライズも」
  3. 06/18

    ・緩和継続、円売りに拍車 市場は為替介入意識
    ・米EV急速充電 テスラ式標準に GM・フォードが採用 日本、中国規格と連携
  4. 06/19

    ・米中外相会談(北京18日)7時間半 衝突回避へ対話継続
    米国務長官の訪中は5年ぶり
    ・米中外交トップ会談(19日)ブリンケン国務長官と王毅共産党政治局員
    ・習主席、米国務長官と面会(19日) 首脳会談へ対話維持 「関係安定に期待」
  5. 06/20

    ・米中対話再開 重なる思惑 台湾問題は平行線 米国務長官「11月にも首脳会談」
    米、ロシアとの二正面を回避 中国、封じ込め打開し経済回復
    ・中国、10ヶ月ぶり利下げ 0.1%、景気回復が鈍化 不動産を下支え
  6. 06/21

    ・飲食業値上げ「今年度も」5割超 9割が自給上げ 人手なお足りず <5>
    ・独中、打算の協調 ベルリンで政府間協議 独、供給網見直し、利益は追求
    ・EU、対中念頭に投資規制 AIなど軍事転用防ぐ 5Gで中国2社排除
    ・バイデン氏息子、罪認める 税務巡る不正行為など
  7. 06/22

    ・バイデン氏、資金集め会合で「習近平氏は独裁者」 中国は猛反発
    ・ジェンダー・ギャップ指数(世界フォーラム発表) 日本146カ国中125位
    ・ウクライナ支援 世界400社 英で開幕 汚職まん延、投資に懸念 必要額58兆円
  8. 06/23

    ・英、利上げ幅0.5%に再拡大 政策金利5%に EU離脱で粘着インフレ
    ・トルコ6.5%利上げ 2年3ヶ月ぶり緩和転換 市場「不十分」リラ、対ドル4%安
    ・米印、打算の接近 首脳会談、防衛協力合意 米、陣営引き込みへ国賓待遇 <6>
    インド、軍需産業育成の実利 対ロ兵器依存に陰り モディ首相「米印連携が21世紀決める」
    ・米連邦取引委員会がアマゾン提訴 競争の源「プライム」に的
    米成人人口の66%が有料会員 意図せず登録、故意に解約手続き複雑化
    ・日本株、海外勢最速の買い 12週累計6兆円 先物は利益確定の売り
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