「 週間国際経済 」一覧

週間国際経済2018(7) No.134 03/06~03/15

今週のポイント解説(7) 03/06~03/15

トランプ「貿易戦争」ゲームの危うさ

1.貿易戦争に勝者はいない

「国際分業の利益」は、経済学の大命題だ。だから本来このテーマは、こうした論理によって正面から論じられるべきものなのかもしれない。しかし、その気になれない。

ぼくは、いわゆる「貿易摩擦」を扱う場合(授業でも拙著テキストでも)、この言葉は経済学用語ではなく政治的用語に分類されるべきだと断じている。今回のトランプ政権による輸入制限措置は、そのもっとも極端なケースだ。

3月1日、トランプ大統領は鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課す輸入制限方針を表明した。これはまず、あからさまな中間選挙対策だ。次に、安全保障上の脅威という理由付けにもまったく説得力がない。さらに、その具体的な実施内容についても言うことがころころ変わっている。

2.露骨な選挙対策

アメリカ商務省が、この鉄鋼とアルミニウムの輸入制限案をトランプ大統領に提案したのは2月16日だ。その内容については3つの案があり、大統領が4月中旬までに判断するとされていた(2月17日付日本経済新聞夕刊)。それが大幅に前倒しされて、提案からわずか2週間後の3月1日に方針表明がなされた。

なぜ、こんなに急いだのか。3月13日にはペンシルベニア州で下院補選がある。鉄鋼の街、ピッツバーグ近郊が選挙区だ。有権者の多くは、トランプ氏の貿易保護主義に期待している。昨年12月に行われたアラバマ州上院補選では共和党は負けている。ここは全米屈指の保守の牙城だった。ペンシルベニア州で連敗すれば(民主党候補が勝利宣言をしている)、今年11月の中間選挙に大きな逆風が吹くことは間違いない。

トランプ大統領はもう、なりふり構ってはいられない。2月25日には、それまでは2019年末までとされていたイスラエルのアメリカ大使館エルサレム移転を、1年半も前倒しいて5月にすると発表した。3月8日には突然、5月までに米朝首脳会談を行うと表明した。金正恩委員長の提案を特使として持参した韓国高官にトランプ大統領は「4月にやろう」と言い出し、特使たちを慌てさせた。

トランプさんは、なぜそこまで中間選挙を恐れるのだろう。このブログでは、トランプ大統領就任のときに、「少なくとも3つの致命的弱点がある」と指摘した。それは、低い支持率、ロシア疑惑、利益相反だった。

ただでさえ中間選挙は、過去100年間で与党の勝率は1割ほどだ。トランプさんの支持率は低空飛行で、ロシア疑惑追及は進み、それが進めば利益相反も炙り出される可能性がある。そうしたなかで、共和党が大敗すれば、トランプさんにとって最悪の事態が浮上する。

大統領弾劾だ。もちろん議会の大統領弾劾裁判には高いハードルがある。下院の単純過半数の賛成で訴追し、上院の出席議員の3分の2の賛成で決定される。現在、上下院とも与党が過半数を占めているが、中間選挙では下院の全議席、上院の約3分の1が改選となる。

支持率30%台のトランプ政権が、果たして過半数の「信認」を得ることができるだろうか。弾劾裁判まではいかなくても、議会喚問はじゅうぶんに予想される。トランプさんは、心配でしかたがないのだろう。

3.説得力のない輸入制限理由

WTO(世界貿易機関)は一方的な輸入制限を禁じているが、安全保障が理由であれば例外扱いとなる。そしてアメリカには、通商拡大法232条、安全保障を理由に貿易制限をする権限を大統領に持たせるという国内法がある。

では、なにが安全保障を脅かすのか。今回の説明は、こうだ。鉄鋼やアルミが不当に安く輸入されれば、いずれ国内供給能力が落ち、武器製造や防衛技術の維持が困難になる、という理屈だ。

まったく説得力に欠ける。まず、アメリカの鉄鋼消費量のうち防衛産業の割合は3%に満たないとされ、現時点でも国内だけで供給可能だ(3月9日付同上)。次に、アメリカの鉄鋼輸入相手国のほとんどが安全保障上の「同盟国」だ。ロシアの比率は8%。今回標的とされている中国の比率は2%に過ぎない。

上位から、カナダ、ブラジル、韓国、メキシコ、トルコ、日本などが、そろってアメリカ防衛産業に鉄鋼の供給をストップさせることなど想定できるだろうか。WTO例外規定をルールの「抜け穴」とする屁理屈に過ぎない。

4.内部から反発を受けてころころ変わる実施内容

ロス米商務長官は、この輸入制限は「非常に幅広い構想」と述べ、すべての国に適用する可能性を示唆していた。3月4日には、政府高官が国内メーカーから調達できない高付加価値製品を対象から除外する方針を示唆した。(それこそ防衛産業需要ではないかとツッコミを入れたくなるのだが)一方で、国単位での除外は改めて否定した(3月5日付同上夕刊)。

反発は、必至だ。EUは、対米報復3分野の検討に入った。中国と共同で対抗することもあるという。するとトランプ大統領は「欧州車に関税をかけるだけだ」と応酬する。中国はもちろん「絶対に座視しない」と、報復を強く示唆した。

アメリカ国内からも懸念が広がっていった。与党共和党の下院議員100人以上が連名でトランプ氏に再考を求める書簡を送った。鉄鋼、アルミ関連消費財の値上がりは有権者離れとなりかねないし、アメリカ農産物への報復関税は大打撃となりうるからだ。

全米商工会議所の会頭も、「世界全体に新たな関税を課するのは控えるよう」求めた。アルミ協会ですら、「中国に標的を絞るべき」と強調しだした(中国からのアルミ輸入額は全体の9%余りだ)。国防総省も、「同盟関係にひびが入る」との懸念が出る。ついには、政権中枢のコーン国家経済会議委員長が、輸入制限に反対して辞任すると発表した。

それでも3月8日に、トランプ大統領は輸入制限を発動を命じる文書に署名した。ただし、カナダとメキシコは当面猶予するという。NAFTA再交渉が「合意できるか見極めるため」ということだ。翌9日には、オーストラリアを適用除外とする調整に入ったと、ツイッターで明らかにした。オーストラリアに対してはアメリカが貿易黒字だからだ。安全保障上の理由という根拠はどこに行った。もう、グダグダだ。

貿易赤字相手国には強硬姿勢を崩さない。輸入制限を免除してほしければ代替措置を示せと言い出した。EUは、「何が基準なのか不明だ」と指摘、もっともだ。日本は、「同盟国だから」とすがる以上のことは言わない。

5.世界経済成長に影を落とす

トランプ劇場の「茶番」だった、ではすまないのだ。2017年の貿易量は前年比4.5%増と、世界経済の成長率3.0%を上回った。貿易の伸びが成長率を下回る、いわゆる「スロートレード」が6年ぶりに解消された(3月17日付同上)。ただしこれは、半導体牽引による先行き不透明はものだ。

トランプ発の保護貿易主義が、ようやく回復を見せる世界貿易の勢いの足かせになることはじゅうぶんに考えられる。その一例が、アジアの中国鋼材流入に対する警戒心だ。アメリカが輸入制限を実施すれば、アメリアにとっては全体の2%に過ぎない中国鉄鋼輸入であったとしても、これが行き場を失ってアジアに流れてくればたいへんだと慌てている。

インドやタイは、鋼材輸入に対する緊急輸入制限(セーフガード)やアンチダンピング(不当廉売)課税といった措置を強めている。インドネシアも鉄鋼関税引き上げの検討を始めた。

EUとの交渉も、とても一筋縄ではいかないだろう。国際貿易に関する価値観にも及ぶ問題だ。ブラジルや韓国に適用されれば、大打撃を被るだろう。単独で逆らえなければ、EUとの共闘を模索するだろう。そうなればいっそう面子の張り合いともなりかねない。

こうした混乱を材料として、関連企業株価にも影響が見られている。「適温経済」の変調が表れるなか、トランプ氏の「貿易戦争」ゲームは大きなリスクとなっている。それでもトランプ氏は、このゲームをやめられない。

6.対中強硬へシフト

一連のドタバタのなかで、中国の反応は強いものではなかった。もちろん全人代(全国人民代表大会)の最中だったこともあるだろう。そしてなんといっても、たいした経済的影響を感じていなかったのだろう。中国の対米鉄鋼輸出額は近年大幅に減少し、今やアメリカ向け比率は1%程度のものだ。

しかしトランプさんは、振り上げたこぶしを降ろせない。もとよりトランプさんの「アメリカ第一主義」は、中国敵視をベースとしていた。対中貿易赤字が、アメリカの雇用を奪っているという被害妄想を煽ることで、有権者の支持を得てきた。そこに議会も産業界も、中国に対象を絞れと騒ぎだした。

トランプ大統領は3月12日、ブロードコムのクアルコム買収に禁止命令を出した。そして中国の知的財産権の侵害を理由に、広範な中国製品の関税を引き上げる検討に入った。さらに、中国に対して、もうあれこれ含めて対米貿易赤字をざっくり1000億ドル減らせと要求しだした。

自由貿易を尊重するコーン氏も、国際協調を基本とするティラーソン氏もホワイトハウスから去る。残ったロス商務長官は、大統領選で「中国に45%の関税を課す」といった公約を考えた人だ。ナバロ通商製造政策局長は、「中国がもたらす死」と題した自作映画を持つ人だ。コーン氏の後任として国家経済会議委員長に指名されたクドロー氏は、中国の知財侵害を問題視し、対中制裁も辞さないと表明している。ティラーソン国務長官の後任はポンペオCIA長官だ。ホワイトハウスは対中強硬派で固められた。
 

トランプさんは、たいした考えもなく(通商・外交スタッフが決定的に不足しているからそう断言できるのだが)、「貿易戦争」ゲームを仕掛けてきた。それは間違いなく世界経済にとってマイナスなのだが、やはり間違いなくアメリカ経済にとってプラスにならない。それはやがて有権者にバレる。不発「犬笛」だ。だから「中国・ロシア・安保」の犬笛を吹きまくりだした。

そこで、「台湾旅行法」だ。トランプ大統領は3月16日、アメリカと台湾の政府高官相互訪問を促す法案に署名した。輸入制限も知的財産権も交渉の対象だし、これに対する中国の反応は比較的穏便だった。しかし、「ひとつの中国」問題を逆なですることは、習近平政権の「虎の尾」を踏むことになる。

こうして中間選挙での劣勢が明らかになればなるほど、ロシア疑惑の真相解明が進めば進むほど、トランプさんは対外的緊張を煽ることで国内世論を分裂させ、その一方を固めるというゲーム戦術を、なりふり構わず連発させてくるのだろう。

困ったものだ、ではすまされない。

日誌資料

  1. 03/06

    ・中国全人代開幕 「習経済」過剰債務が重荷 軟着陸へ統制急ぐ <1>
    成長目標6.5%維持 鉄鋼年産能力3000万トン削減へ 国防費8.1%増、4年ぶり伸び拡大
  2. 03/07

    ・南北首脳来月末に会談 非核化へ「米と対話」 北朝鮮ミサイル発射凍結<2>
    ・米経済政策トップ辞任へ コーン国家経済会議委員長 輸入制限に反対
  3. 03/08

    ・1月経常黒字、前年同月比6.4倍の6074億円 海外からの配当最高
    ・中国、対米黒字35%増(1-2月)
    ・米貿易赤字拡大 1月9年半ぶり水準 前月比3.8%増の765億ドル
  4. 03/09

    ・トランプ大統領、鉄鋼とアルミニウム輸入制限決定 23日発動 <3><4>
    米の保護主義実行段階 関税免除「各国に代替措置要求」 中国、対抗措置を示唆
    ・TPP、11か国署名 早期発効へ国内手続き
    ・欧州中銀、緩和出口へ軸足 拡大へ逆戻り否定 総裁「物価上昇を確信」 <5>
    ・日銀、大規模緩和を維持 景気判断据え置き「緩やかに拡大」
  5. 03/10

    ・米朝交渉、トップの賭け トランプ氏が5月までに会談の意向表明
    ・米雇用、2月31万人増 市場予測(20万人)上回る 月内の追加利上げ濃厚
    ・米輸入制限、豪を除外へ 発動前、他国にも可能性 EU「除外求めて対話」
    ・独新政権、親欧州が鮮明 社会民主党シュルツ氏財務相に ユーロ圏改革に追い風
  6. 03/12

    ・中国、国家主席の任期撤廃 憲法改正、習氏3期目可能に 集団指導体制に幕
    ・森友14文書書き換え 財務省報告 昨年2月以降
  7. 03/13

    ・ブロードコムのクアルコム買収 米大統領が禁止命令 安全保障理由に
    ・アジア、鋼材流入を警戒 米輸入制限、余る中国製 インド・タイなど課税検討
    ・習主席「米朝対話に期待」 韓国高官と会談 積極関与を強調
    ・米、EUと貿易協議表明 制限除外を交渉カードに
  8. 03/14

    ・米大統領、ティラーソン国務長官を解任(13日) 後任にCIA長官
    米外交一段と混乱も 歯止め役失う 米朝会談に影響も
    ・米輸入制限、知財で二の矢 中国製品、関税上げ検討 月内にも決断 <6>
    ・森友問題が円高の材料に アベノミクスの出口「アベグジット」意識
  9. 03/15

    ・対中貿易赤字「10兆円減を」 トランプ政権が要求
    ・中国経済、輸出頼み鮮明 1~2月 不動産不信で消費伸び悩み <7>
    ・米、インドをWTO提訴

※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf