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週間国際経済2019(10) No.178 04/02~04/08

今週のポイント解説(10) 04/02~04/08

なかなか別れられない「別れ話」

1.「合意なき離脱」へのカウントダウン、再び

イギリスのEU離脱をメイン・テーマにしたポイント解説は、昨年11月上旬以来ほぼ半年ぶりのことだ。まことに恐縮だが、まずはそれを読んでいただきたい⇒№163、「無秩序離脱」へのカウントダウン

さて、どうしてそんなお手数をいただいたのか、ご理解いただけただろうか。そのとおり、状況はなにも変わっていないのだ。この瀬戸際政治のカウントダウンは、再びやり直されることになった。

イギリスが突然、EUに離脱という「別れ話」を切り出したのが2016年6月の国民投票の結果を通告した2017年3月29日。それから2年後の今年3月29日が離脱の期限だった。残すところ1週間となった3月21日、その期限が延長された。すでにEUと合意している離脱案(はじめに読んでいないかたは、ここでクリック⇒№163)が議会で可決されれば5月22日まで、それが否決されたなら4月12日まで。5月23日からは欧州議会選挙が予定されている。それまでにイギリスは態度を決めなくてはならない、事実上の「最後通告」だった、はずだ。

しかしEU合意案は、部分修正を繰り返してイギリス議会で三度否決され、メイ英首相は再延期をEUに申請した(4月5日)。EUは4月10日の臨時首脳会議で10月31日まで再延期することを決めた。もちろん欧州議会選挙に参加することが条件だ。不参加ならば6月1日が期限となる。

こうしてまた、カウントダウンが再開されたのだが、見通しはまるで立っていない。

2.別れる理由がない

なかなか別れられない。別れる理由がないからだと、ぼくは思う。イギリスとEUとの間に、離脱するほどまでの決定的な対立があったわけではない。そもそもイギリスのほうから加盟申請したものでもあるし、1973年のEC(欧州共同体)加盟からEU結成(1993年)を経て、現在までイギリスはずっと欧州の一員だった。

ただキャメロン政権のときに、与党保守党内の反EU派との議論を棚上げにするために「EU離脱・残留」を国民投票にかけるとかわし、その結果「まさか」の離脱支持多数となっただけのことだ。

一国の国民投票の結果を「だけのことだ」と一蹴すればお叱りを受けるかも知れないが、離脱支持といっても、どのように離脱するのかについて何かが語られていたわけではない。イギリスとEUはモノ、カネ、ヒトすべてで一体だった。このすべてをどう断ち切るのか、それがどのような影響をもたらすのか、民主的に議論されたわけではない。

どっちだと聞かれて、聞かれたら「離脱だ」と答えた人が、わずからなが多かったという話だ。そんな別れ話で、なかなか別れられるものでもないだろう。

この国民投票の結果を受けて、イギリス外交はまずEUとの条件交渉に出た。「イギリスが離脱したらEUもたいへんでしょう?」という戦術だ。でもEUはここで甘い顔をすれば、他の加盟国内の反EU勢力を勇気づけることになってしまう。そこでメイ首相は議会に対して「合意なき離脱になればたいへんでしょう?」と脅かす戦術に切り替えた。これもうまくいかない。

途方に暮れたメイ首相は、じゃあEUとの合意案以外に対案を出してよと開き直った。その対案の「人気投票」を議会に諮ったら、もっとも人気があったのは「恒久的にEUとの関税同盟に留まる」、その次は「国民投票のやり直し」だった。

どれも過半数に届かず否決されたが、なるべく別れたくないということなんだなという、議会の本音がばれたのだ。それでもイギリス議会は「別れかた」を話しましょうという。理由は、「国民投票の結果を尊重する」ということだけなのだ。

3.どうせ別れられないだろう

なかなか別れられない別れ話は、周囲をウンザリさせる。はじめは慌てたがそのうち、どうせ別れられないのだろうと思うようになる。慌てた理由も、どうせ別れられないだろうと思う理由も、同じだ。別れたら、たいへんなことになるからだ。

これだけ混乱しているのにもかかわらず、なぜか英ポンドの相場は安定している。大幅に下落してもよさそうなものだけれど、どうせ別れられないだろうという楽観が上回っている。もちろん為替市場のことだから、ひとつの材料だけで動くものではない、いくつにも重なる。

わかりやすい材料は、アメリカ(FRB)の利上げ路線が転換して利下げもうかがえるようになってきたこと、同時にユーロ圏(ECB)も利上げが展望できないこと。この材料にイギリスが離脱延期を申請するという材料が重なったことだ。イギリスの財政はユーロ圏よりはるかに健全だ。トランプ政権はドル安に誘導しようと躍起だ。新興国の債務は危険水域だ。ポンドを売って、なにか他の通貨を買う材料が弱い。

だから金融市場は、離脱延期を織り込み、さらなる延期まで予想している。為替の予想に論理的な根拠はそれほど重要ではない。投資家の多数がそう予想すれば、為替はそう動く。またおかしなもので、離脱による流通の混乱に備えて、在英企業の在庫は急激に増えている。統計上、在庫は投資にカウントされる。だから景気指標は「水増し」される。しかしそのぶん、この在庫の急激な取り崩しは景気指標の悪化を加速させる要因となる。

これが、危ない。離脱騒動という材料通りにポンド相場がじわじわと下落していれば、ショックを吸収できるのだが、行き過ぎた楽観は、行き過ぎた悲観へとジャンプする。

今のポンド安定は、急落のリスクを膨らませているのだ。そしてこの暴落を、投機のチャンスと狙っている莫大な資金もまた参加しているのが、金融市場というものだ。

4.別れさせたい人もいる

イギリスの「合意なきEU離脱」を望んでいるトランプ米大統領の内政干渉は、露骨だ。2018年7月に訪英したトランプさんは、イギリス・メディアに対して「(EUとの合意案は)米英FTAの可能性を潰すだろう」、「EUを訴えろ。交渉すべきでない」と言い切った。さらに早期離脱派の代表であるジョンソン前外相を「非常に能力のある人物だ」と褒め称えた。今年の3月になって、イギリス議会がEU合意案の対案を検討し始めたら「(国民投票のやり直しは)最初の投票で勝利した国民に不公平だ」と横やりを入れた。

トランプさんの非常識には何度も驚かされるが、これもありえない話だ。これもディール(取引)だと説明する人もいる。アメリカとEUとの貿易摩擦は過熱している。そこでEUから離脱したイギリスに有利な貿易協定を結んでEUを揺さぶろうということらしい。

ぼくは、かりにそうだとしても、かなり時間のかかることだと思うし、トランプさんの大統領再選が前提となっている。でも間違いないのは、これを含めてトランプさんの内政干渉がイギリス国内の早期離脱派をそうとう勢いづけているというこだ(アメリカにだけは喜んで服従する「愛国者」はイギリス以外にもいるように)。

さて、もう少し長く広い観点から見れば、英欧関係は米英関係と表裏の関係にあると言うことができる。先にふれたように、イギリスのEC加盟は1973年だが、ECの前身であるECC(欧州経済共同体)への加盟をイギリスは1963年に申請して断られている。フランスのド・ゴール大統領が、イギリスの背後にいるアメリカの影響力を警戒したからだ。 欧州共同体の父といえば、オーストリアのクーデンホーフ・カレルギーとフランスのジャン・モネの名がすぐに挙げられるのだが、戦後政治家として「ヨーロッパ合衆国」設立を提唱したのは、皮肉なことにイギリスのチャーチル首相だった(1946年)。東西冷戦下でソ連の影響力拡大を阻止するために西ヨーロッパの結束が重要だと考えたからだ。

この発想は当時のアメリカも相違なかったが、その後の西ヨーロッパ戦後復興のテンポが予想外に速く、いっきにアメリカのライバルに成長した。するとイギリスはEECに参加せず、EFTA(欧州自由貿易連合)を結成してこれに対抗したのだった。

その後、アメリカの経済的優位はドル危機で後退し、1971年のニクソン・ショック、1973年のオイルショックでその衰退が明らかになった。そこでイギリスはECに加盟申請して、これが受け入れられたのだ。さぞかしアメリカ外交にとって屈辱だったに違いない。

トランプさんの「自国第一主義」なるものが、イギリスのEU離脱問題に圧力となっていることは明らかだ。フィナンシャル・タイムズにフォーリン・アフェアーズのギデオン・ラックマンさんが寄稿している(4月12日付日本経済新聞)。そこでラックマンさんはトランプ政権を「EUに対して史上初めて敵対的な姿勢をとった米政権」だと指摘している。それは、例のボルトン大統領補佐官の文章に明らかだという。

「ボルトン氏は、国際法を通して各国が協力するというイデオロギーが、米国の覇権と主権の脅威になると考えており、EUをその代表例とみなしている」。

どうやらことは、イギリスとEUとの別れ話では済まないようだ。なかなか別れられないのは、別れる理由がないからだ。それなのに別れ話が続くのは、別れさせたい人がいるからのようだ。そしてかれらの攻撃標的は、国際協調だというではないか。

もちろん、それぞれの国々の民主主義は尊重するべきだ。さて、なぜ尊重されるべきなのか。自国第一主義的な対立のためなのか、あるべき国際協調のためなのか。その答えは民主主義の歴史が教えてくれる。またその教えは同時に、世界経済大混乱の歴史の教訓でもあるのだ。

日誌資料

  1. 04/02

    ・英離脱代替4案否決 議会「合意なし」現実味増す 有効策なお見えず
    最も賛否が拮抗したのがEUとの「関税同盟」に恒久的に残留する案→EU域外とのFTが結べない
    次に賛否の差が近かったのは「2度目の国民投票」→離脱撤回につながる可能性
  2. 04/03

    ・英、EU離脱再延期探る メイ首相、与野党協議呼びかけ
    ・世界貿易3%増に減速 18年、WTO(世界貿易機関)発表 米中摩擦影響し鈍く
    ・高齢者、2050年に世界16% 国連推計 社会制度揺るがす恐れ
  3. 04/04

    ・英「合意なき離脱」リスク 金融市場なお楽観も <1>
    企業、事業継続に躍起 操業休止前倒し、在庫最高水準に

    ・野村、国内店舗2割削減 デジタル化で 拡大戦略を転換・トヨタ・GM・フォード連携 自動運転者の基準づくりで・ビットコイン売買「95%偽装」 世界の取引、活発にみせかけ? <2>米運用会社、米SEC(証券取引委)に報告

    ・フェイスブックのデータ5億4000万件がアマゾンのクラウドに放置・5G「世界初」米韓が主張 米ベライゾン「前倒し」→韓国勢が察知、対抗

  4. 04/05

    ・米中、貿易協議を再開 関税撤廃時期など詰め 月内の最終決着目指す <3>
    米中協議結果「4週間で」 トランプ氏、合意へ進展強調 追加関税なお溝

    ・2月毎月勤労統計 実質賃金1.1%減

  5. 04/06

    ・米中貿易協議、再び持久戦 首脳会談で月内決着難しく
    ・米雇用19.6万人増 3月、市場予想(17万人)を上回る
    平均時給3.2%増 製造業は自動車産業を中心に6000人減
    ・英首相 離脱再延期を申請6月末まで 欧州議会選挙(5月)参加に含み <4>

    ・対中路線でも溝鮮明 NATO、米欧結束に乱れ 外相理事会閉幕 <5>

    ・トランプ氏、危うい政治介入 FRB理事に側近2人指名へ米連邦準備制度理事会(中央銀行) 大統領、改めて利下げ要求 金融市場ゆがみ懸念

  6. 04/07

    ・英離脱再延期 EUに温度差 条件付き容認・理由が不明確
    「最大1年延期」案も浮上
  7. 04/08

    ・英ポンド、奇妙な安定 市場「合意なき離脱ない」 楽観に潜むリスク
    離脱案「早期成立は困難」 英首相、与野党協議が難航
    ・経常黒字2月25%増 2.6兆円、原油安で輸入減
    輸出前年同月比1.9%減も輸入は6.9%減少し貿易黒字が2900億円拡大
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