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週間国際経済2019(43) No.211 12/17~12/31

今週のポイント解説(43) 12/17~12/31

トランプ自作自演の瀬戸際リスク

1.緩和マネー・カジノ

「なにしてるねん!」。ぼくの2020年はブチ切れで始まった。アメリカ軍は1月2日(現地時間3日)、イラク領内にいたイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を空爆で殺害した。記憶にない名前だが、なんでもイランでは英雄視されているカリスマだという。

2019年末のブログでバレているように、ぼくはビクビクしていた。世界の「あらゆる」資産価格が不気味に上昇しているからだ。日誌資料<6>に見るように、先進国株だけではなく新興国株やREIT(不動産投資信託)、ハイイールド債(低格付け債)もずいぶんと値上がりした。

だから世界の投資家たちがリスクを取っているのかと言えば、本来リスクオフで買われる金も国債も値上がりしている。供給がダブついている原油などが一番値上がりしたりしている。そう、FRBの利下げにつられて世界の緩和マネーの膨張が加速して、「あらゆる」市場に選別なく流れ込んでいるのだ。

なにも資産価格だけで経済を語るつもりはない。でもスーザン・ストレンジ教授が30年以上前に『カジノ資本主義』で書いたように、グローバルな金融市場ではカジノの入退場が自分の意思ではないのだ。そしてあらゆる資産価格は「浮動性」を帯び、実体経済から乖離してバーチャル化し、激しいボラティリティ(変動幅)を見せるようになった。

みんなのおカネは常に逃げる準備をしている。しかし逃げ場は見当たらない。ショックは連鎖する。まともな権力者なら、ショックを与えないように配慮するべきだ。

トランプさんのことをまともだと思っている市場関係者が少ないからトランプ・リスクという言葉が頻繁に使われる。それにしても、「なにしてるねん!」。

2.「最も極端な」選択肢

ニューヨーク・タイムズによれば、ソレイマニ司令官の殺害はアメリカ軍が示した選択肢の中で「最も極端なもの」だったという。そりゃそうだろう、いやよくも選択肢に入っていたものだ。言うまでもないことだが、国連憲章では国連の議決をともなうか、個別的集団的自衛権の行使以外の武力行使を禁じている。またアメリカ国内法でも大統領令で暗殺は禁じられている。

トランプさんは3日、ソレイマニ司令官が米大使館や米兵を標的にした「差し迫った悪意ある攻撃を計画していた」と指摘し殺害を正当化した。米国務省高官によると、数百人のアメリカ人が殺害される可能性があったという。だから「自衛」だと言いたいのだろう。 ひとりの司令官にそれだけの力があるのか、イランにとってその計画の動機は何なのか、その計画が本当だとしたら司令官殺害で危険性は除去できるのか。だとすれば、それほど差し迫った状況で、なぜ米軍はそれを「最も極端な選択肢」にあげたのか。

これらは答えのない問いなのだろう。ポンペオ国務長官はこの「差し迫った脅威」に関する米メディアのインタビューに対し、「時間や場所はわからない」と語った。エスパー国防長官も「そんな情報は知らない」と語った。開いた口が塞がらない。

答えのありそうな問いを試みよう。トランプさんが今、「選挙第一主義」だという前提に異論のない方は次の問いに進む。彼が今、何に最も関心を払っているのだろう。「ウクライナ疑惑」による弾劾裁判だ。共和党多数の上院で大統領罷免となる可能性は極めて低い。問題はイメージダウン、支持政党のない浮動票の評価だ。だから弾劾裁判は早く終わらせたい。野党民主党はそうはさせじと証人証言を求めて、手続きを進めない。

爆弾は、ボルトン前大統領補佐官だ。彼はウクライナ軍事支援を停止しようとするトランプさんと対立していた。クビになった。そして議会証言に意欲を示している。明白な証拠を示すこともできるだろう。

トランプさんと共和党は、この弾劾裁判に対する世論の関心をそらしたい。「最も極端な」選択肢は、「最も効果的な」選択肢だったのかもしれない。まさかとは思うのだが、こうしたまさかをトランプさんは数えきれないくらい重ねてきている。

3.一見「お見事な」イランの報復

「瀬戸際リスク」が瀬戸際で踏みとどまるかどうかは、ひとつ対決している国同士にしっかりとした外交ルートがあるかどうかにもかかっている。ぼくはアメリカとイランの関係で、それは絶望的だと思っていた。実際イランは、攻撃の事前通告をイラクを通じてアメリカに伝え、攻撃後は正面衝突を回避したいとのメッセージをスイスなどを介している。これでエスカレーションを避けることができたのは、いくつかの偶然による結果だと思う。攻撃を受けた直後にトランプさんがツイッターで「All is well. So far so good(今のところすべて順調)」とつぶやいたのは、たぶんホンネだろう。

まるで示し合わせたかのようだった。イランは8日(日本時間)、10数発の弾道ミサイルをアメリカ軍イラク駐留基地の人的被害のない場所に打ち込み、この作戦名を「殉教者ソレイマニ」とし、最高指導者ハメネイ師は「アメリカの顔面に平手打ちを浴びせた」と自賛した。これが「目には目を歯には歯を」ということで収めようということだ。

一方トランプさんも「アメリカ人に犠牲者はいない。基地がわずかに攻撃を受けただけだ」と演説し、軍事行使は避けて追加の経済制裁を科すと表明した。手打ちだ。アメリカの世論調査では、ソレイマニ殺害に対する賛否は半々に分かれたが、共和党支持者では8割以上の支持を得た。ウクライナ疑惑で揺れていたキリスト教福音派(親イスラエル、したがって反イラン)の支持固めにも役立っただろう。しかし全面衝突については7割以上が反対だったから、しない。

イランにとっても、ソレイマニ氏を殉教者に祭り上げて経済疲弊に対する国内の不満を抑え込めるかもしれないし、隣のイラクからアメリカ軍が撤退すればありがたい。ウラン濃縮を核合意制限を超えて進める大義名分を得て、国内強硬派にもメンツが立つ。

こんな危険な茶番に世界は振り回されたのかと、腹ただしい反面、安どしていた。

4.野蛮な圧力と誤射の悲劇

強大な権力者がツイッターで意志表示をすることは、常に最悪の事態をもたらすリスクが付きまとう。公式声明のように専門スタッフの助言もないし、記者会見のように質問による誤解の払しょくもない。ましてやアメリカの大統領が、ましてや外交問題でこれを乱射するのだからたまったものではない。

トランプさんは8日、イランが報復した場合「イラン関連の52か所を攻撃する」とツイッターに書き込んだ。「52」というのは1979年のイラン革命の際、テヘランのアメリカ大使館が占拠され人質になったアメリカ人職員の人数だ。数字合わせをしている場合ではない。52か所ということは軍事施設以外も標的になるということだ。トランプ・ツイッターでは「目標のいくつかはイランの文化にとって非常に重要なものだ」とある。

ぼくはこれほど野蛮な外交圧力を聞いたことがない。イランにはペルシャ文化を代表する世界遺産が20以上ある。人類の遺産だ。これらを破壊すると脅かすのだ。イラン政府とイラン国民にとっては、自らのアイデンティティが攻撃の対象となったのだ。

イランによる報復攻撃の数時間後、テヘランの空港を離陸したウクライナ機が墜落した。当初イラン当局は技術的なトラブルだと説明していたが、その3日後にイラン軍がウクライナ機をアメリカの巡航ミサイルと誤認して撃墜したと認めた。イラン人82人を含む176人全員が死亡した。なんという悲劇だ。

イラン政府は、この悲劇の真相を隠ぺいしようとしたと見られた。イラン各地のデモ隊のシュプレヒコールは「アメリカに死を」から「嘘つきに死を」に転じた。

5.地政学リスクの拡散

殺害されたソレイマニ司令官はイラン国民にとってカリスマ的存在だったとメディアはそろって報じていた。しかし革命防衛隊に対するイラン国民の感情は複雑だ。革命防衛隊はたんなる宗教指導者の親衛隊ではない。イラン経済のあらゆる利権を握っている。

経済制裁は対象国の穏健派を後退させ強硬派を台頭させる場合が多いが、イランはその典型だ。革命防衛隊は経済制裁によって外国資本との競争を免れ、肥大化していた。すでに昨年11月の燃料価格大幅引き上げによってイランでは反政府デモが多発していた。ソレイマニ殺害は、そうしたイラン世論を反米で固める契機となったが、ウクライナ機撃墜によって反政府感情は再点火されたのだ。

ぼくは心配だ。イラン政府はこうした国内の動揺を収めるために、それを反米で固めるための行動を起こしかねない。また中東にはイラク、レバノン、シリア、イエメンに親イラン・シーア派武装勢力が点在している。ソレイマニさんはこれらの統括者でもあったという。イラン政府はこれら武装勢力をコントロールできるのだろうか。

アメリカとイランの全面衝突は避けられた。リスクの拡大は避けられた。しかしリスクの「拡散」は、避けがたい。

ぼくは心配だ。一方のトランプ政権は、要人殺害を外交手段の成功体験として認識しかねない。また混乱するイラン情勢を経済制裁の効果と分析するかもしれない。その経験則が、「選挙第一主義」のもとでトランプさんの自作自演を誘発しないだろうか。

安倍政権は、中東への自衛隊派遣を国会審議なく閣議決定し実行した。一触即発の地域に閣議決定で自衛隊を派遣するという既成事実は、重く暗い。トランプさんがまた、いつどこで「自衛」を名目に瀬戸際リスクを起こしたとしても、集団的自衛権を容認した新安保法制のもとでの日本政府は、戦後経験したことのない厳しい判断に追い詰められる。安倍さんは中東への自衛隊派遣について「サウジアラビアの理解を得た」と胸を張る。また国民が置き去りにされた。

日誌資料

  1. 12/18

    ・輸出、12カ月連続減少 11月7.9%減 2カ月ぶり貿易赤字 <1>
    ・英ポンド大幅安 離脱移行期間「延長せず」に嫌気
    ・来年度予算案102兆6600億円 過去最大
    ・インド「国籍法」で混乱拡大 移民に国籍、イスラム教徒は除外 全土で抗議デモ
  2. 12/19

    ・米農家の倒産増加 洪水に対中摩擦追い打ち 8年ぶり高水準
    ・11月の訪日客2カ月連続減 韓国、官営悪化で65%減
    ・米大統領を弾劾訴追 下院で決議、史上3人目 トランプ氏「いかさま」と批判
  3. 12/20

    ・米中協議、第1段階合意 中国「署名後に内容公表」
    ・スコットランド首相、英政府に独立へ住民投票要求
    ・習氏「マカオは成功」誇示 返還20年式典 親中政策、香港と対照的
  4. 12/21

    ・米中首脳、第1段階合意「評価」 電話協議で
    ・福音派、トランプ氏批判 ウクライナ疑惑 支持にほころび
  5. 12/22

    ・NY株年間上昇幅最大 連日の史上最高値 景気楽観へ急転換 <2>
  6. 12/24

    ・日中首脳会談(23日北京)「平和に責任」共有 <3>
    ・日中韓首脳会談 北朝鮮非核化連携を確認 RCEP早期妥結めざす <4>
  7. 12/25

    ・出生数最少86.4万人 19年人口推計 自然減は最多51万人 <5>
    ・日韓、元徴用工で協議継続 1年3カ月ぶり首脳会談 韓国、輸出管理撤回を要求
  8. 12/26

    ・仏、反「年金改革」スト越年へ 深まる対立、政府譲歩せず
  9. 12/27

    ・中・ロ・イランで軍事演習 オマーン湾付近 米有志連合にらむ
  10. 12/28

    ・中東派遣を閣議決定 海自艦、2月に出発 船舶安全確保、日本独自で
    ・米、独ロ天然ガス制裁警告 輸送管計画の中止迫る
  11. 12/29

    ・新興国通貨 強まる選別 外貨準備・債務で明暗
    タイ7%高 アルゼンチン37%安(トルコ、チリも下落)
  12. 12/30

    ・米IT,日本で直接納税 アマゾン、18年法人税150億円 節税批判に対応
  13. 12/31

    ・緩和頼みの世界資産高 景気は停滞、膨らむ副作用 <6>
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