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週間国際経済2020(2) No.213 01/11~01/22

今週のポイント解説(2) 01/11~01/22

アトランティックの孤立とユーラシアについての雑感 (その2.)

1.トランプ政権の中東戦略

トランプさんの頭の中では、中東とは「イスラエルvsイラン」なんだろう。そしてどちらが票になるか、という恐るべき単純さなのだと思う。もちろんユダヤとイスラムのどちらがアメリカ政治で票になるかといった発想は、戦後トルーマン政権当時からあった。ただそう単純にいかない事情、中東原油依存という問題があった。

トランプさんの恐るべき単純さは、1月8日の演説に表れている。「アメリカはエネルギー面での自立を達成した。中東の石油は必要ではない」と言い切った。もちろんこれはアメリカの有権者向けのアピールだ。でも、世界中の人々にもその言葉が届いている。まず「中東の石油は必要ない」と断言すれば、それはイランだけではなくサウジアラビアを初めとする中東のアメリカ同盟国にも届く。原油供給と安全保障のバーターにアメリカが関心を持たなくなれば、イランと対峙するサウジアラビアにとっても不信感が生まれ戦略の調整が必要になってくる。

またトランプ政権は、イランを中心とするイスラム教少数派であるシーア派の孤立を狙っているようだが、それ以前にシーア派の団結が強まると見られている。まずイラク議会でアメリカ軍撤退が決議された。その決議通りにはならないだろうが、シーア派主導のイラク政権に対するアメリカの影響力は大幅に低下するだろう。

そしてなによりもトランプ政権の極端なイスラエルへの肩入れが、イスラム教内部の宗派の枠を超えた反感を買っていることは間違いないのだ。

2.東南アジアのイスラム圏

ぼくたちは、うっかりするとイスラム教といえば中東をイメージするが、じつのところ最大のイスラム圏のひとつは東南アジア、インドネシアとマレーシアだ。ここでもスンニ派が圧倒的多数だが、反シーア派感情は中東のスンニ派のように強いわけではない(軍事的衝突があったわけではない)。

ましてやトランプ政権は、露骨にイスラム圏からの移民を排斥し、イスラエル大使館をエルサレムに移転した。これは東南アジアのイスラム圏においても当然、宗派を超えた反米感情を刺激してきた。例えば殺害されたソレイマニ司令官は「コッズ部隊」を率いていたが、コッズとは聖地エルサレムを意味するという。

印象的だったのは、マレーシアのマハティール首相がソレイマニ殺害に関してアメリカを「国際法違反だ」と非難したときに、「カショギ氏殺害と同種の行為だ」と例えたことだ。ジャーナリスト、カショギ氏の殺害にはスンニ派の盟主サウジアラビアの関与が明らかになっている。マレーシア、インドネシアのサウジアラビアとの経済的結びつきは強い。ここで見えるのは、そうした事情を超えたアメリカに対するある種の嫌悪感だ。

さらに重要なことは、アメリカ軍が中東への増派を余儀なくされていることだ。トランプ政権は中東からの兵力撤退を公約としていたが、「中東の石油は必要ない」としながらもむしろ軍事的な関与を強化拡大しなければならない。矛盾に満ちている。

オバマ政権後期から、アメリカ軍は中東と東アジアの二面戦略をオーバープレゼンスだったと総括し、中東からの撤退と東アジア戦略の強化を目指してきた。つまりトランプ政権がここで中東増派に転換するということは、東アジアにおける軍事的プレゼンスが低下することになり、これは同時に中国の影響力の増大を意味する。

インド太平洋戦略とやらが実質的に宙に浮くことになれば、東南アジアは南シナ海問題でアメリカの軍事力を背景にして中国と対抗する戦略を見直さざるを得なくなる。それを見越してか中国は、南シナ海で利害関係のないミャンマー、ラオス、カンボジアに対する囲い込みを加速させている。

3.日本、韓国の負担増

こうした東アジアの空白を埋めるべく、トランプ政権は日本および韓国の安全保障負担増要求を加圧させてくるだろう。トランプさんは政権発足以前からこの両国の「安保ただ乗り」を持論としてきた。駐留アメリカ軍の経費負担増は選挙公約だ。それも4倍、5倍という法外な要求を引き下げないでいる。またこれを自動車制裁関税や為替操作国指定といった通商・通貨圧力と絡めてくるのだから、癖が悪い。

韓国ではGSOMIA騒動の後味の悪さもあって、アメリカに対する反発が再燃し始めている。2016年に高高度防衛ミサイル(THAAD)をアメリカの要望に屈して配備したことに対する中国の容赦ない報復を記憶している。米韓軍事演習は規模を縮小しても北朝鮮からの激しい反発にさらされている。

さて、これ以上のアメリカの安全保障コストの肩代わりを韓国は呑めるだろうか。ましてや米韓軍事協力は日米韓連携が前提となっている。昨今の日韓関係泥沼化がそこに影を落とす。総選挙から大統領選挙を迎えようとする韓国では、どのような世論が主流になるだろうか。アメリカの負担増要求に応えようとするだろうか。あるいは中国への傾斜を一段と強めるだろうか。

一方、心配なのは日本だ。在日米軍経費負担増ばかりでなく、中東ホルムズ海峡の航行安全も「自力でやれ」とトランプ政権に突き放され、国会承認を経ることなく閣議決定で海上自衛隊を派遣した。この前例が既成事実としてアメリカにつけ込まれる隙となりはしないだろうか。

インド太平洋構想のアメリカ負担の肩代わりは、あまりにも過重だ。尖閣諸島のみならず、台湾海峡および南シナ海へと中国との緊張関係を拡大延長させることはなんとしても避けなければ、政治的にも経済的にも持ちこたえられないと思う。

4.ヨーロッパの動揺

1月31日、ついにイギリスがEUを離脱した。年末まで移行期間が設けられているとはいえ、これでイギリスの欧州統合に対する直接的な関与が消滅した。戦勝国イギリスの影響力が著しく低下し、敗戦国ドイツの存在感がさらに高まる。ここでのアトランティックの孤立もまた、戦後世界秩序の終焉を感じさせるに充分だ。

さて、EUにとっての中東地政学リスクを一言で言えば、「難民」だ。そもそもブレグジットもそこから始まった。トランプ政権は中東における緊張を刺激し続けている。その結果、イランの核再開発はもちろん、地域的な武力衝突のリスクが高まっている。懸念されているのは、親イラン・シーア派勢力のシリア、レバノンでの動きだ。

EUの難民受け入れは心理的に飽和状態にある。これ以上の難民流入は、ブレグジット後のEU秩序を激しく動揺させるだろう。トランプ政権にはこのリスクを抑制する意思も能力もない(そもそもその資格がない)。

なんとも皮肉なことだが、その意思と能力を誇示しているのが、EUとウクライナ問題で対立しているロシアのプーチンさんなのだ。アメリカ軍によるイラン司令官殺害、イランの報復という緊張の最中、プーチンさんがシリア(7日)とトルコ(8日)を電撃訪問したことは前回にもふれた。

続いて19日、プーチンさんはベルリンでドイツ、フランス、トルコなどの首脳と会って、リビア停戦に向けた共同声明を発表した。さらに23日にはイスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長と相次ぎ会談した。

プーチンさんの調停者としての影響力がいかほどのものか、じつのところ疑わしい。しかし彼はその意思を強く示し、実際にわずか2週間足らずの間に関連主要国首脳と協議できる立ち位置を示した。

ブレグジットを煽り、中東での緊張をいたずらに刺激するトランプさんは頼りになるだろうか。消去法的にであれEUがプーチンさんに対する期待を高めても、それが自然な流れだろう。

この「雑感」シリーズは、はじめに言い訳したように、昨年末に思い浮かんだ2020年を展望するうえでのぼんやりとしたイメージを書き綴ろうという試みで始まった。2月になってはや、イギリス、アメリカというアトランティックの孤立は、雑感から実感へとその輪郭が浮かび上がるようになってきた。この傾向は11月のアメリカ大統領選挙、12月のブレグジットに向けて深まっていくだろう。だとすれば、戦後政界秩序の崩壊あるいは再編、いずれにせよ大幅な変化が避けられないと思うのだ。

一方でユーラシア、つまりヨーロッパ&アジアはどうだろう。アトランティックの孤立から相対的にその影響力は増大していることは観察できる。しかしEUもロシアも中国も、内部に大きな揺れを抱え、新たな軸を形成するほどにも思えない。それでもなお、ユーラシア内部の相互接近が重要なトレンドになっていることは間違いないと感じている。

次回はそのユーラシア内部の相互接近について、最近の材料を整理していくことにしよう。

日誌資料

  1. 01/11

    ・イラン、撃墜認める ウクライナ機「人的ミス」と声明
  2. 01/12

    ・台湾総統、蔡英文氏が再選 過去最多得票 香港問題が追い風
    台湾、中国離れ加速 米中摩擦、依存見直し
    ・海上自衛隊哨戒機、中東へ 緊張下、日本船の安全確保
  3. 01/13

    ・「黒字リストラ」拡大 昨年9100人 デジタル化に先手 早期退職で人員見直し
  4. 01/14

    ・経常黒字75%増加 11月、輸入大幅減で貿易赤字が縮小 <1>
    ・米、中国の「為替操作国」解除 貿易交渉進展で <2>
    ・中国新車販売8%減 昨年、2年連続マイナス
  5. 01/15

    ・中国、関税合戦の傷深く 対米輸出、19年は2ケタ減 <3>
    ・日米外相・防衛相 相次ぎ会談 中東情勢悪化回避へ努力
  6. 01/16

    ・米中、第1段階合意に署名(15日ワシントン)「中国、対米輸入5割増」<4>
    トランプ氏、成果誇示 大統領選へ「公約実現」 合意効果は限定的
    ・グーグル、ネット利用者の閲覧データ提供取りやめ 個人情報保護を優先
    ・EU、脱化石燃料へ一歩 官民、10年で120兆円超投資
  7. 01/17

    ・中国、ハイテク企業国有化 昨年44社 産業保護強める
    ・中国、6.1%成長に減速 貿易戦争響く 昨年、29年ぶり水準
    高齢化も進む 昨年出生数1465万人、58年ぶり低水準
  8. 01/18

    ・米軍艦が台湾海峡通過 トランプ政権、蔡政権支持を強調
    ・独、4州と脱・石炭合意 38年までに実現へ4.8兆円支援
  9. 01/20

    ・安倍首相施政方針演説 全世代型社会保障目指す 改憲へ議論呼びかけ
    ・リビア停戦へ共同声明 独仏ロ・トルコなど 武器禁輸を強化
  10. 01/21

    ・ロシア大統領、改憲法案提出 体制移行準備、異例の迅速さ
    ・気候変動「金融危機招く」 BIS、市場混乱リスクに警鐘
  11. 01/22

    ・中銀発行のデジタル通貨研究 日銀・欧州中銀など連携 <5>
    中国・リブラに対抗 年内に報告書
    ・韓国、昨年2%成長 輸出低迷で金融危機後で最低
    ・米、欧州車に高関税検討 トランプ氏、貿易交渉要求
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