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週間国際経済2020(1) No.212 01/01~01/10

今週のポイント解説(1) 01/01~01/10

アトランティックの孤立とユーラシアについての雑感 (その1.)

1.2020年を迎えて

最近、私立大学の学年末は慌ただしい。15回目の最終授業が終わった1週間後に定期試験があって、その1週間後には来年度のシラバス(授業計画)をWEB上に公開しないといけない。文科省の指導によるものだが、今年度受講生の理解度を測り、それを次年度に生かすための余裕が乏しいのが恨みだ。

シラバスは15回すべての授業内容を示して、それを守ることが原則だ。ぼくには後期に世界経済の時事問題を扱う授業があるのだが、その内容を1月中に決めなくてはならない。この難題ゆえに、個人的恨みはさらに深くなる。

ところが今年にかぎっては、年末世界経済のポイントが見えている。11月にアメリカ大統領選挙があって、12月末にはイギリスのEU離脱が期日を迎える。だれが大統領に選ばれるのか、どんなブレグジットになるのか、2020年世界はそこに引きつけられ、2021年世界はそこから始まる。大多数がそう考えているだろうから、それに合わせておけば見当外れのリスクは小さい。

年末年始、ふだん以上にボーッとしていたぼくは曖昧なイメージの中に居た。アメリカとイギリスの振る舞いに振り回されるだろう2020年の世界地図の上では米英アトランティックが孤立していくその一方で、ロシア、中国、イラン、トルコすなわちユーラシアが互いに接近していく。

そこにアメリカ軍によるイラン司令官殺害のニュースが飛び込んできて、ぼくは背中を押された。授業も終わったことだし、ぼくは自身の学力不足や見識の浅さを恥じながらも、この曖昧なイメージを雑感として書き綴ることにした。

2.大西洋憲章

アメリカの大統領選挙はアメリカ国内問題にとどまらない。ブレグジットはイギリスの国内問題にとどまらないのはもちろんヨーロッパ域内問題にとどまらない。その世界経済や国際政治に与える影響の大きさはもちろんのこと、「自国第一主義」ポピュリズムの盛衰を分ける出来事になるだろう。

いや、そこにさえとどまらない。けっして大げさではなく、戦後世界秩序の理念的土台に及ぶ問題だ。なんといっても「アメリカとイギリス」なのだから。

1941年8月、アメリカのローズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が大西洋上で会談を重ね、8カ条からなる「大西洋憲章」に合意した。ぼくたちは学校で習った。これが戦後の国際協調の基本構想となり、国際連合設立に繋がったと。大西洋憲章では国際協調の基礎として、領土不変更、民族自決、自由貿易、国際的な経済協力、武力行使の放棄などが示され、その大西洋憲章の基調はローズベルト大統領の議会教書「4つの自由」、つまり言論の自由、信仰の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由だったと。

その意図と背景に在るいかがわしさについては、長くそして多く指摘されてきた。とはいえその理念は国際社会で合意され、その合意が国際社会秩序を縛ってきた。その合意は世界恐慌から第二次世界大戦に至る「戦間期」世界の分裂と対立への反省によって形成されたからだ。そしてその原点は、こんにちで言えば地球環境問題や難民問題、地域紛争の平和的解決に対してアメリカとイギリスが共にリーダーシップを取るという約束が大西洋憲章だったということだ。

そのアメリカとイギリスが、トランプさんやジョンソンさんの政治的言動を支持している。国際協調とは真逆の方向を讃えている。それが現行の選挙制度上の多数となれば、戦後国際秩序は過去のものとなる。その結果彼らが得るものは栄光ではなく、「孤立」だ。

3.今年が最後の別れ話

イギリスのEU離脱問題について、ぼくが「なかなか別れられない別れ話」⇒ポイント解説№178を書いたのは2019年の4月だった。離脱賛否を問う国民投票が実施されたのが2016年6月、その結果を受けてイギリスがEUに離脱通告をしたのが2017年3月、最初の離脱期限は2019年3月だった。しかしこの期限は二度三度と延期されてきた。

ぼくは「なかなか別れられないのは、別れる理由がないからだ」と書いている。またイギリス議会が混乱を極めるなかで英ポンド相場が安定しているのは、市場が「どうせ別れられないだろう」と見ているからだとも書いた。

しかし今年12月末の離脱は、おそらく決まりだろう。ジョンソン英首相はフォンアライエンEU委員長と1月8日に会談し、離脱までの「移行期間」の延長をしないむねを伝えた。そして翌9日にイギリス議会下院はEU離脱関連法案を可決したが、そこでも延長禁止を明記した。さらに総選挙前までは明記していた「交渉の各段階で議会の承認を必要とする」という条項を削った。

こうしてジョンソンさんは、「合意なき離脱」も辞さないという態度を示すことで、EUの譲歩を引き出そうという計算があると言われるが、だとすればそれは計算違いだと思う。EU委員会は一貫してイギリスの「いいとこ取り」を許さない姿勢を崩していない。残るEU加盟国内部でのポピュリズム政党を勢いづけてしまうからだ。

また新たな英EU間FTA交渉も、移行期間の延長がなければ年内に妥結しなければならないが、EU委員長は「それは不可能だ」と言っている。ぼくもそう思う。FTAは通常数年かかる交渉だし、劇的な譲歩は双方の内部で承認されないだろうから。

トランプさんにそそのかされてか、ジョンソンさんはアメリカとのFTAに意欲的だが、その交渉は早くても来年からになる(離脱しないと始められない)。そしてトランプさんの再選が前提条件だ。

「合意なき離脱」という最悪のシナリオがリアルになってきた。ジョンソンさんには、そうなればEUも困るだろうという駆け引きしか見えない。これは国際協調とは真逆の方向だ。その方向は「大英帝国の再興」どころか、せいぜい「名誉ある孤立」しか待っていないリスクを膨らませる。それで満足できる人はいいとして、いきなり国際分業から孤立する人々の生活には、いったい誰が責任をとるのだろう。

4.アメリカの孤立

トランプ政権の「反国際協調」は徹底している。トランプさん個人がそうだというよりも、深刻なのは今のアメリカでその選挙戦略が有効だということだ。パリ協定離脱、イラン核合意離脱、TPP離脱、一方的関税引き上げ、移民排斥、通貨安圧力、ゴラン高原のイスラエル主権容認、これらすべてが戦後国際秩序の基本理念に逆行している。

そして2020年、アメリカはまったくの独断でイランとイラクの主権を侵して武力行使に踏み切った。北大西洋条約機構(NATO)事務総長は6日、この攻撃は「NATOの決定ではない」と強調した。さらにイランがアメリカに報復した場合、NATOとして集団的自衛権を発動するか否かの質問に答えなかった。まったく異例の対応だった。

1月15日、米中貿易戦争は「第1段階の合意」で正式に文書に署名した。これをマーケットは「休戦」と好感した。しかし、どうだろう。文書には中国がアメリカ製品の輸入を今後2年で2000億ドル分上積み(1.5倍増)することを盛り込んだ。

これは「保護貿易」から「管理貿易」へと、さらに自由貿易から遠く離れた段階を意味するのではないだろうか。アメリカは自国市場から中国製品を締め出すだけではなく、中国市場から日本、EU、新興国製品を締め出そうとしているのだから。

こうした行為が国際的な同感(sympathy)を得るはずがない。しかし、トランプ支持率は上がっている。だからトランプさんはますます「反国際協調」を選挙戦略として用いる危険性がある。トランプ支持者たちは一時的な株高や雇用増を、つまり「繁栄」を選択していると思っている。しかしその持続不可能な繁栄の先にあるのは、「孤立」だ。

5.中東のプーチンさん

ここまではイギリスとアメリカの孤立化、昨年何度も繰り返して指摘してきたことの言わずもがなの近況報告に過ぎないだろう。わざわざこれをアトランティックと括るのは、その対比としてのユーラシアの相互接近という曖昧なイメージの輪郭をなぞるためだ。

例えば、アメリカとイランの対立がすわ「第三次世界大戦」かと騒がれる中で、ロシアのプーチンさんは1月7日、シリアを電撃訪問しアサド大統領と会談した。翌8日プーチンさんはトルコのエルドアン大統領と会談し、アメリカとイランに共同で自制を求める一方でリビア内戦の全当事者に停戦を呼びかけることで一致した。さらに11日にはドイツのメルケル首相と中東情勢について協議する。この間中東外交で隠れたキーパーソンは、残念ながら安倍さんではなくプーチンさんだった。

じつは昨年末のニュースで、ぼくが最も興味をそそらされたのがオマーン湾でのロシア、中国、イランの海軍による合同軍事演習だった。この3カ国による合同演習は初めてのことで、12月27日から30日まで実施された。

その12月27日にアメリカ国務省は、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプライン建設計画について「早期に制裁対象を特定する報告書をまとめる」と発表し、計画中止を強く迫った。

次回(その2.)に続く。

ロシア、中国、イラン、トルコ、ドイツ。ぼくはアトランティックでそうしたように、「ユーラシア」で括ってみたくなっている。とてもそれを「解説」できる能力なんてぼくにはない(それはいつものことだが)。次回も「雑感」として読んでいただけるなら、うれしいやら、恥ずかしいやら。

日誌資料

  1. 01/01

    ・ゴーン元会長、無断出国 レバノンへ、保釈条件違反
    ・金正恩氏「長い闘争を決意」対米交渉譲らぬ構え 党中央委員会報告
  2. 01/04

    ・米軍、イラン司令官殺害(2日) ハメネイ師、報復の構え 中東緊迫の懸念
    原油価格高騰 円上昇、一時107円台 NY株233ドル安 金、4カ月ぶり高値
    ・日本車の米販売2.8%減 昨年の6社合計 2年連続前年割れ
    ・独、再生エネ発電が逆転 昨年46% 化石燃料上回る
  3. 01/05

    ・世界新車販売2年連続減 昨年4%前後 リーマン並み減少率
  4. 01/06

    ・米、イランと威嚇の応酬 トランプ氏「52カ所攻撃」 中ロは非難 <1>
    ・イラン、ウラン濃縮「無制限」 核合意破り拡大 米に脅威誇示
    ・イラク議会「米軍撤収を」決議案採択 米イラン対立波及
    米、イラクに制裁警告 トランプ氏、米軍撤収再考求める
    ・大発会急落スタート 中東懸念 日経平均、一時500円安
  5. 01/07

    ・米、危うい中東分断 シーア派反発、偶発的衝突も <2>
  6. 01/08

    ・ボルトン氏、ウクライナ疑惑で議会証言意欲 トランプ氏に打撃も
    ・米の独断攻撃、応酬苦慮 飛び火を懸念「NATOの決定ではない」
    ・イラン、米に報復攻撃 駐イラク基地標的 弾道ミサイル10数発
    米「あらゆる手段取る」 日経平均一時600円安 原油・金価格が急上昇
    ・プーチン氏、シリア訪問 アサド氏と会談 中東で影響力誇示
  7. 01/09

    ・イラン報復 緊張一段と ハメネイ師「米に平手打ち」
    ・米「軍事力行使望まず」 対イラン追加制裁へ トランプ氏表明
    円下落109円台後半 日経平均、一時450円超上げ
    ・英、移行期間延長せず EU離脱 首相、欧州委員長に伝達
    ・イラン「戦争望まない」 国連大使、安保理に書簡
  8. 01/10

    ・米・イラン衝突回避に思惑 大統領選を意識 体制存続を優先 市場安堵で株高
    ・ロシア、中東関与へ意欲 イランを支持、シリアで協力 <3>
    ・英、EU離脱法案可決 下院 今月末に実現へ
    ・訪日客2.2%増3188万人 昨年 8年連続増、伸びは鈍化 <4>
    ・対中協議第2弾「すぐに」 トランプ氏、妥結は大統領選後でも
    ・米下院、大統領権限制約を決議 対イラン軍事行動 法的拘束力、意見分かれる
※PDFでもご覧いただけます
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