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週間国際経済2020(21) No.232 07/21~07/30

今週のポイント解説(21) 07/21~07/30

ぼくが今、EUを応援したくなる理由(わけ)

1.米中二者択一

中国に対する反発はどんどん強くなる。でもトランプさんのやり方にはとても共感できない。それでも世界は、アメリカと中国の二者択一を迫られている。「新冷戦」とか言うけれど、どちらかにつけば安心というものではない。というのも、どちらも言うほど強くはないからだ(これはまた別の機会で取り上げる)。

ただ、どちらも言うほど強くはないけれど、こちらにつかなければあちらとされて、またそのイジメがキツイのだ。困ったものだ。新型コロナとの戦いでは米中の協力が「あるとない」では大違いだ。対立がエスカレートすれば、米中を含めて誰も得はしないのに。

ぼくが今、EUを応援したくなる理由(わけ)は、米中二者択一に「第3極」の選択肢を与えているというほどのものではない。EUはEUで、米中どちらつかずの中で、自分たちのことで精一杯だ。

むしろEUはここ近年、とくにコロナ禍のなかで、その「存在理由」が大きく揺らいでいた。その立て直しのありかた、EU各国それぞれの立て直しではなく、EU全体の立て直しの「ありかた」を、ぼくは応援している。

2.欧州共同体理念崩壊の危機

「欧州統合の父」ジャン・モネの言葉、「我々は国々を同盟させるのではない、人々を結びつけるのだ」にあるように、欧州共同体理念の基礎は人の移動の自由だ。シェンゲン協定(EU加盟国と完全に重複するわけではない)によって入国審査なく国境を移動することができる。

この基礎を揺るがしたのが2015年以降に激増したシリア難民の流入だった。それが2016年6月のイギリス国民投票による「まさか」のEU離脱支持にもつながった。ヨーロッパ各国で「反移民」ポピュリズムが台頭し、これはそのまま「反EU」勢力となっていく。

内向きのヨーロッパをパンデミックが襲う。今流行の言葉で言えばエピセンター(感染震源地)が中国・武漢からイタリアへ、そしてヨーロッパ全土へと広がっていく。ヨーロッパの国境は、封鎖された。

統合されたヨーロッパとはいえ、感染被害の深刻さも、医療体制も財政力も国ごとに大きな違いがある。イタリア国民はEUから見捨てられたと感じた。見捨てられたヨーロッパの国々に、中国が医療覇権やマスク外交で手厚い支援を送る。EUは求心力を失い、むしろ遠心力が加速していた。

残酷なほど皮肉にも、感染危機が深刻化する南欧諸国は、かつてPIGSと揶揄されたように財政力が乏しく、かつ観光収入に対する依存度が高い。EU委員会は支援を募るのだが、比較的財政余地のあるドイツやオランダなど北欧諸国が、南欧の借金肩代わりにつながることを拒む。EU内で南北の対立が鮮明になる。イタリアのコンテ首相は「EUは存在理由を失うだろう」と吐き捨てた。

3.ドイツの方針転換

ドイツ紙は、「メルケル氏の180度ターン」と報じた。5月18日、独仏首脳会談後の記者会見でメルケルさんは「EUの歴史で最も深刻な危機には、それにふさわしい答えが必要だ」と語った。欧州経済復興のための60兆円規模の基金設立で、マクロン仏大統領と合意した。

それまでドイツは、EU全体で借金をして他国債務を支援することに反対だった。しかし、EUは分裂の危機にある。ドイツにとってEUは主要輸出先であり投資先だ。EU全体の復興なくして、ドイツの経済回復もありえない。

なるほどEU支援はドイツの利益と相反しない。しかし財政が健全なオランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデンはドイツのような大国でもなく、「倹約4ヵ国」と呼ばれるように財政規律を重んじて、いわば我慢してきた国々だ。ドイツとフランスが合意したからといって、EUの意思決定には加盟27ヵ国の同意が必要だ。

しかもEU復興は、ドイツの一人勝ちを招きかねない。EUは単一市場の競争条件の公平性を守るため、政府による企業支援を制限してきた。しかしコロナ禍に対応するためこれを大幅に緩和した。するとEU全体の企業補助金の4割以上をドイツが占めるようになってしまった(7月14日付日本経済新聞)。

つまり、財政力の差で企業が延命できるかどうかが決まり、そうなればEU単一市場の利益を歪めることになる。

4.債務の共通化とEUの独自財源

このように、EU復興基金創設について内部には対立がある。その最大の争点は、やはり財源だ。EUは予算の3分の2が加盟国の拠出金で、残りのほとんどがEU域内への関税だ。6月19日に開かれたEU首脳会議では、新規財源について検討された。

ぼくは、応援したくなっていく。その骨子が、エコ・反独占だったからだ。欧州委員会の提案は、①EU排出量取引制度の航空業などへの拡大、②国境炭素税、環境基準の緩い国への関税、③プラスチック新税、再生利用できないプラスチックに課税、以上3つがエコだ。加えて④EU市場から大きな利益を出す企業への法人新税(ドイツの一人勝ちをけん制している)、⑤巨大IT企業へのデジタル課税、これらが反独占だ。

さらに応援したくなる理由は、この復興基金創設の大半をEU自らが債券を発行して市場から資金を調達し、EUの独自財源の充実によってその返済に充てるという立て付けだ。そして、その規模は過去のユーロ建て起債と比べものにならないほど巨大だ。しかも、おそらく高い格付けを得ることだろう。これまでユーロは、安全な大規模資産がじゅうぶんにともなっていないという弱みがあったが、これも補えるだろう。

超国家発行体の出現と、EU加盟国個別の財政危機の予防は、ユーロのみならず国際金融市場全体の安定に寄与すると期待できると思う。

5.そしてEU首脳は90時間議論した

7月21日、EU首脳は5日間の激論の結果、7500億ユーロ(約92兆円)の復興基金を創設することで合意した(7月22日付日本経済新聞、日誌資料<1>および<2>参照)。その内訳は、返済の必要がない補助金が3900億ユーロ、融資が3600億ユーロとなった。当初より融資の割合が増えたのは「倹約国」への譲歩だ。さらに倹約国には、かつてイギリスにだけ認められていた払い戻し(リベート制度)を提示し、その額を積み増した。

合意は、譲歩だけでなし遂げられたのではない。EU共通の「理念」を基礎としたからだ。そのひとつが「環境」。復興基金に2021~27年の通常予算を加えれば総額1.8兆ユーロに達するが、この30%を気候変動対策にあてるとした。EUの2050年に域内温暖化ガス排出を「実質ゼロ」にするという目標を実現するためにだ。

これは応援しなければ。前にも書いたように(⇒ポイント解説№229)、コロナ感染の連続的発生と地球環境は無関係ではない。その地球環境は「後戻りできない」瀬戸際にある。気候変動対策には莫大な資金が必要だ。EU中期予算の30%がここに向かえば、世界のグリーンボンド(環境分野に特化した資金調達のための債券)市場は倍増するという試算もある(S&P、ロイター通信)。

もうひとつが、「法の支配」だ。倹約4ヵ国は、資金供与にあたって対象国が「法治国家」かどうかを条件にするよう求めていた。強権的政治が著しいハンガリーやポーランドを事実上名指ししたものだった。議長国ドイツのメルケルさんは、内向きのこれら東欧諸国に対して「共通の価値観」を迫った。

6.ユーロ・ペシミズム

ぼくたちの学生時代(1980年前後)、ヨーロッパは本当に影が薄かった。低成長、失業増大、そして米ソ冷戦に挟まれて国際政治的地位も落ちぶれていた。カルロス・サンタナの「哀愁のヨーロッパ」の旋律も落とし込まれて、まさに「悲観」というイメージがぼくのなかに根付いていた。

しかし突然、ヨーロッパは動き出した。1987年に単一ヨーロッパ議定書を発効させ、1992年末に市場統合を完了するという方針を示した。そして1989年にはベルリンの壁を打ち崩し、その1992年にマーストリヒト条約によってEU(欧州連合)を生み出した。

ぼくは思う。たしかに欧州統合の源流は世界大戦への総括だったが、それを加速させたのは「ユーロ・ペシミズム」だったと。当時の舞台の主役も独仏連合で、イギリスは観客にすぎなかった。

べつに歴史的アナロジーにこじつけるつもりはないのだが、コロナ禍のもと米中二者択一の板挟みに苦しむ世界のなかで、ぼくはヨーロッパの「底力」に期待し応援したくなっている。トランプさんか習近平さんか、どちらかを選べなんて、ありえない。土壇場で踏みこたえたEU結束の軸は、環境、反独占、法の支配だった。米中への当てつけではない。どちらつかずを抱えながらもただEUは、強くEUの存在理由を示しているのだ。

フォンデアライエン欧州委員長は、イタリアに謝罪した。「だれも手を差しのべなかった。心から誤りたい」と。困っている仲間を見捨てるとみんなが困ることになる。ヨーロッパが世界大戦の戦禍から学んだ教訓は「利他性」だったはずだ。メルケルさんは議長としての中立性を踏み超えて説得にまわった。もちろん、ドイツの利益があってのことだ。しかし国際協調とは、自国の利益を全体の利益に翻訳する外交技術なのだ。

EUは、利害対立を覆い隠さず熟議し、少数意見とも妥協し、全体で合意した。compromise with は、より良い結論のためのプロセスだ。ただし、その成否の前提は共通の理念だ。こうしてぼくは今、EUを熱烈に応援したくなっている。

日誌資料

  1. 07/21

    ・米、中国11社禁輸対象に 衣料や家電 ウイグル族弾圧受け
    ・EU、復興基金の協議難航 倹約派、地位低下に焦り
    ・英、香港との犯罪人引き渡し条約停止 国安法施行で 中国は強く反発
    ・中国、5G排除ならノキア・エリクソンに報復検討
  2. 07/22

    ・EU、財政統合へ一歩 首脳会議 コロナ復興92兆円基金合意 <1> <2>
    亀裂越え結束示す EU復興、環境・デジタル軸 使途を監視、首脳会議で
    ・バイデン氏 育児・介護対策83兆円表明 雇用300万人創出
    ・ポンペオ米国務長官訪英(21日) 「対中連合を」欧州に連携促す
  3. 07/23

    ・米「中国領事館閉鎖を」 異例の撤退要求 中国側も対抗措置検討
    トランプ氏「追加閉鎖も」
    ・エスパー米国防長官、訪中に意欲 偶発的衝突回避探る
  4. 07/24

    ・仏もファーウェイ排除 仏紙報道 5G製品、28年までに
    ・テスラ躍進 支えは中国 4~6月最終黒字110億円 米のEV工場停止補う
  5. 07/25

    ・米総領事館を閉鎖 成都市 中国が通知
    ・米航空3社、1兆円赤字(4-6月最終) 感染再拡大、現金確保急ぐ
  6. 07/26

    ・中国領事館が閉鎖 米高官「知財窃盗の拠点」 報復応酬の恐れ
  7. 07/27

    ・南シナ海 中国が演習 米「航行の自由」を威嚇
    ・新興国、国債発行倍増へ コロナ下、財政出動賄う(今年) <3>
    中銀頼みの消化鮮明 市場混乱の火種に
  8. 07/28

    ・金、9年ぶり最高値 コロナ不安で資金流入 急伸に警戒感も <4>
    ・ドル指数、2年ぶり低水準 米経済停滞の長期化懸念
    ・米、1兆ドル追加対策案 共和党が提示 現金再給付、来月にも
  9. 07/29

    ・アジア投資銀伸び悩み 投融資200億ドル、想定の半分以下
    ・慰安婦問題「首相の謝罪像」 日韓の亀裂さらに
    ・今年度GDP成長率政府見通しマイナス4%半ば 来年度プラス3%台 <5>
    ・米豪、中国に「深刻な懸念」 香港や海洋進出 強権批判で足並み
  10. 07/30

    ・巨大IT独占巡り応酬 GAFA4社CEO、米下院公聴会で証言
    ・解雇・雇い止め4万人超 コロナ関連、厚労省が集計
※PDFでもご覧いただけます
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