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週間国際経済2020(22) No.233 07/31~08/11

今週のポイント解説(22) 07/31~08/11

デジタル・マッカーシズム~TikTok狂想曲~

1.インドが禁止した

若者に人気の動画投稿アプリ、TikTok。この手のトレンドには周回遅れのぼくがこれに注目したのは、突然インドが使用禁止にしたからだ。インド政府は6月29日、「インドの主権や国防、社会的秩序に損害を与える59のアプリを禁じる」と発表した。「利用者のデータを不正に盗む」からだという。ここにはウィーチャットやアリババ系のウェブプラウザーが含まれる。

これを報じた日本経済新聞(6月30日付夕刊)は、「国境での衝突影響か」という小見出しだった。たしかにこの2週間前には中印の領土を巡る係争地域で両軍衝突があり、インド軍に45年ぶりに死者が出た。でも、その報復にしてはお門違いな感じがある。

インドのモディ政権は5月、「自立経済圏」構想をぶち上げた。新型コロナ感染拡大が深刻な中での経済再建をアピールするためのものだろうけど、なにが「自立」でどの範囲の「経済圏」なのかよくわからない。推察するに、中国への依存からの脱却を意識しているようだ。

たしかにインドの貿易赤字の3割は対中国だ。とくに通信や半導体部門での対中依存が顕著だ。でも、この分野での「自立」の道はそうとうに険しい。ただ遅れるだけだろう。

ぼくは、モディさんは対中依存脱却を他の何かへの依存に置き換えることを「自立」と言っているように思えた。

というのもこの間、アメリカ巨大IT企業の対インド投資がめざましいのだ。グーグルCEOはモディ首相と7月15日に会談し、今後5年から7年でインドに約100億ドル(約1兆円)を投資すると表明した。アマゾンも2025年までにインドの中小企業向けに10億ドルを投じ、フェイスブックはインド大手財閥通信会社に57億ドルを投資した。

2.そして「ポンペオ演説」

英紙フィナンシャル・タイムズは7月16日、アメリカ政府がTikTokを配信する中国ネット大手バイトダンスを事実上の禁輸リストに加えることを検討していると報じた。TikTok配信が始まったのが2016年、まず日本で流行ったようだが、あっというまに海外ユーザー数はインドとアメリカで急増している。アメリカでは5人に1人が利用しているという。

興味深いのは、この制裁論、例によってのトランプさん発ではなく、米議会発なのだということだ(7月18日付日本経済新聞)。「利用者のデータを中国政府に渡す恐れがある」という議会の懸念が、トランプさんに圧力をかけたということらしい。

節目となったのは、ポンペオ米国務長官の7月23日の演説だろう。ポンペオさんは、わざわざカリフォルニアに出かけてニクソン元大統領(1972年ニクソン訪中のニクソンさん)ゆかりの博物館を選んで演説した。「私たちが共産主義の中国を変えなければ、彼らが私たちを変える」、なんとも切羽詰まったことを言い出した。

そして、「習総書記は全体主義イデオロギーの信奉者だ」と名指しで警戒感を示し、中国共産党に行動転換を促すために「自由主義諸国が行動するときだ」と宣言、さらに「とくにインド太平洋地域の民主主義国家の尽力が必要だ」と主張。なんとなく、話がつながってきた。

でもそんな大きな話なのに、当面の標的は動画投稿アプリなんだから、ぼくはまだ合点がいかない。

3.中国の自縄自縛

8月4日付日本経済新聞は、TikTokが狙われたのは中国ネット統制の「自縄自縛(じじょうじばく)」だという。というのも中国は、2017年にインターネット安全法を施行し、同28条で「ネット運営者は国家安全を守る活動や捜査活動に協力しなければならない」と定める。また同じく2017年に施行された国家情報法でも第7条で「いかなる組織および個人も国の情報活動に協力しなければならない」と定める。

なんとも薄気味悪い。でもこうしたネット上の個人情報の政府への提供が本人の同意なく認められる法律はアメリカにもある(外国情報監視法など)。でもネット企業がそれを断ることもできるという建て前だ。

それにしても2013年のエドワード・スノーデンさんの告発も記憶に新しいが、アメリカや中国など、法律なんかなくてもこっそり個人データを取得しようと思えばできそうなものだろう。なのに中国は、わざわざこうした法律の存在をあからさまにする。

やはり中国にとって「国家安全」の脅威は、海外というよりもどちらかといえば国内にあるのだろう。自由や人権を求める国内の人々に対する恫喝の意味合いもあってのことなんだろうと、ぼくは想像する。

ましてや中国政府は、香港国家安全維持法を成立・施行してしまった。いったいどんな具体的な行為が対象になって、それにどんな刑罰が下されるのか、それすらわからないのだからたまったものではない。国内ネットは、おおいに萎縮するに違いない。

そんなやり方が海外の、とくに自由民主主義といわれる国々で警戒されてもしかたがない。それが中国のネット大手の海外進出を阻むならば、それは自縄自縛なんだろう。

4.トランプ流ディールが出てきた

トランプさんが仕切りだして、話はややこしくなっていく。トランプさんは7月31日に、TikTokのアメリカ国内利用を禁止すると表明したが、8月2日にマイクロソフトがTikTokのアメリカ事業買収を検討していると発表。するとトランプさんは3日、「買うのは構わない」と軌道修正したが、その期限は9月15日まで、しかもその売却益を政府によこせと言い出した。

トランプさんの理屈はこうだ。「TikTokはアメリカで成功を収めており、大家であるアメリカは『テナント料』をもらう権利がある」。もちろん、これに法的根拠はない。でもトランプさんは気に入らないのだ。何がというと、バイトダンスはアメリカの動画サービスを約10億ドルで買収してTikTokを始め、これをマイクロソフトに300億ドルほどで売ることになるとされている。中国にすれば、大儲けなのだ。

中国もフェイスブックの国内利用を大幅に制限しているのだから、アメリカがやり返しても文句は言えない。でも売却益を召し上げるとなれば話が違う。「公然の窃盗だ」とか反撃し始めた。

あぁ、ややこしい。でもこの話はもっとややこしくなる。

5.エスカレートし、周囲を巻き込む 「デジタル・マッカーシズム」?

そもそもこの狂想曲の始まりは、TikTok利用者の個人データ、名前とか顔認証とか電話番号や位置情報を中国政府に提供するならば、それがアメリカの安全保障上の大きなリスクだという認識だ。かりにそうだとしてそうならば、中国の通信関連事業すべてがリスクになるはずだ。

だから、なのかどうかわからないが、アメリカ国務省は8月5日、国内通信分野つまりスマホアプリからクラウドサービスはては海底ケーブルにいたる5分野で中国企業を排除する新たな指針を発表した。しかも「自由を愛するすべての国と企業に参加するように求める」と、まわりを巻き込みだしたのだ。

ポンペオさんは、対話アプリのウィーチャットは「アメリカ国民の個人情報に対して大きな脅威だ」、アリババやバイドゥ、テンセントは「外国の敵がアクセスできる」と訴え、中国の海底ケーブルも「情報を不正入手させてはならない」と主張する。そう、どれもこれも、「共産主義の脅威」なのだという。

これはもう、「デジタル・マッカーシズム」だ。しかし、5分野の中国企業の存在感はかなり大きい。下の表にあるように、ここ数年の海底ケーブル完成分総距離のの3分の1だし、ゲーム・アプリ、クラウド・サービスさらに携帯電話契約件数そして、TikTok。

いうまでもなく、これらの分野ではアメリカ国内と海外市場が不可分につながっている。アメリカだけが排除すればアメリカの個人情報が漏れないというものではない。だからポンペオさんは、これら中国企業の排除を30ヵ国を越える「クリーンな国」に同調を求める。

みんな困っている。まずアメリカ自身がいつからどのように、これら中国企業を排除するのかまるでわからない。ここは、息を潜めて11月(大統領選挙)の結果を待つほうがよさそうだ。だからなのか、中国の反応も冷静だ。TikTok(バイトダンス)も、そそくさとマイクロソフトとの交渉を始めている。

6.その政策は有効なのか

トランプさんは8月14日、「バイトダンス(TikTok)がアメリカの安全保障を脅かす可能性があると確信させる証拠がある」として、アメリ国内での事業を90日以内に売却するよう命じた。

ぼくが納得いかないことが、少なくとも2つある。ひとつ、その「確信させる証拠」があるとして、「事業売却」は安全保障政策として有効なのか、ということだ。ましてや売却益をよこせという。さらにTikTokはアメリカだけで事業を展開しているわけではないから、例えばマイクロソフトはオーストラリアやニュージーランド事業も買収し、しかもそれらをバイトダンスのみならず関連サービスからも分離しなければ意味がない。

ふたつめ、膨大な個人情報が巨大IT企業に集中するなか、それが「共産主義の脅威(ポンペオさん)」であろうとなかろうと、プライバシーの保護は共通した課題だ。中国企業だけを切り離して、売却や利用禁止をすれば済むという問題ではない。

日本経済新聞に翻訳掲載された(8月12日付)英フィナンシャル・タイムズのコラムに激しく同感した。タイトルは「強権より無策憂う米国民」。コラム氏は言う、「有権者がトランプ氏の不支持を表明してるのは、同氏が民主主義社会の規範を踏みにじっているからではない。(中略)トランプ氏が事態を掌握してないことが許されないのだ」。

貿易戦争も「国境の壁」も、なにより新型コロナ感染対策においてトランプさんの政策は結果として「無策」だった。そのキャラクターや政治手法に好き嫌いがあるとしても、政策が有効でない。これは誰にとっても不利益だ。ましてやパンデミックの中ではそれが浮き彫りにされる。これは今日の、いわゆるポピュリズム政治に共通する傾向ではないだろうか。

ぼくはこのTIkTok狂想曲を聴きながら、そうした政治的風潮の曲がり角を観賞しているかのような気分になっている。

日誌資料

  1. 07/31

    ・世界経済V字回復困難  米GDP32.9%減(4-6月) <1>
    米雇用回復急ブレーキ 失業保険、申請・受給とも増加
    ・失業率6月2.8% 求人倍率1.11に低下 非正規104万人減 休業者236万人
  2. 08/01

    ・米IT大手、コロナ下で増益 デジタル化需要で弾み 寡占警戒、足かせも<2>
    アップル11%増収 リモート需要 アルファベットは初の減収 企業、コロナで広告絞る
    ・産油国、今月から減産縮小 財政厳しく「見切り発車」
    ・ユーロ圏GDP40.3%減(4-6月、年率) 南欧の落ち込み際立つ 過去最悪を更新
  3. 08/02

    ・米、失業給付の増額失効 米家計、大幅減収の危機 週1.5兆円、短期でも打撃
    ・ドル、10年ぶり下落率 7月4%超、米景気懸念 復興基金受けユーロに買い
  4. 08/03

    ・セブン&アイ 米コンビニを2.2兆円買収 店舗網を拡大
    ・米財務長官 TikTok米事業「存続させず」 利用禁止か売却
  5. 08/04

    ・TikTok買収 トランプ氏、条件付き容認 早期決着や全株取得 <3>
    中国ネット統制 自縄自縛 国家情報法施行 米中の分断加速
    トランプ氏、強権を乱発 中国企業の排除拡大 中国はファーウェイ時より冷静
  6. 08/05

    ・英BP 低炭素エネ投資10倍 石油・ガス生産4割縮小 30年までに
  7. 08/06

    ・人口減最大50万人 11年連続減 外国人は最多286万人 <4>
    減少幅は調査開始以来最大 生産年齢人口は3年連続6割以下
    ・米、中国系通信排除へ指針 アプリやクラウド制限 他国へも同調呼びかけ
    通信、アプリ、クラウドサービス、海底ケーブルなどで中国企業の排除目指す
  8. 08/07

    ・中国対外融資が膨張 途上国へ強まる支配力 重債務68ヵ国向け4年で倍
    ・米、中国企業の監査厳格化 基準未達で上場廃止 財務省など 大統領に提言
    ・米、カナダのアルミ一部に10%関税 輸入増で再発動
  9. 08/08

    ・米、TikTokバイダンスとの取引禁止 大統領令で45日後
    ・米、香港長官ら制裁 中国共産党批判一段と
  10. 08/10

    ・安倍首相「再宣言回避へ」(9日、長崎) 感染対策と経済両立協調
    ・米、大統領令で財政出動 コロナ対策 失業給付上乗せなど
    トランプ氏「越権」、議会挑発 法廷闘争リスクも 生活者支援には力不足
  11. 08/11

    ・台湾総統・米厚生長官会談 断交後、最高位の米高官派遣 蔡氏「大きな一歩」
    ・香港紙創業者ら逮捕 国安法違反疑い 活動家の周庭氏も
    ・経常黒字6月86%減 貿易収支、輸出25.7%減で赤字に <5>
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