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週間国際経済2024(14) No.388 05/17~05/23

今週のポイント解説 05/17~05/23

アメリカの内向き姿勢は、EUと中国との関係にどのような影響を与えるのか

欧州のジレンマ

EUの欧州委員会は2月6日、温暖化ガス排出量を2040年に1990年比で90%削減する目標案を提示した。これは「2050年排出実績ゼロ」達成に向けた中間地点に位置づけられているという(2月8日付日本経済新聞)。コロナ・パンデミックからの経済再建を目指すグリーン・ディール政策の柱でもある。

そこで問題になっているのが、再生可能エネルギー分野での安価な中国製品の大量流入だ。EV自動車、太陽光パネル、風力発電部品、どの分野でも中国製品の世界シェアは圧倒的だ。そこに依存していいものか、EU域内業界団体の要望を受けて欧州委員会は、中国製EVに不当な政府補助金支援がないか調査を開始し、域内太陽光パネルメーカーへの支援を検討しているという。

これは、保護主義的傾向を強めているということもできる。すると、前回見たアメリカの保護主義と歩調を合わせるのだろうか。いや、いくらなんでもEUが「一方的制裁関税」や「輸入制限措置」といった国際貿易ルールを無視した強硬手段に出るとは思えない。とはいえ中国のデフレ輸出でこの分野の中国製品はますます安くなっていく。温暖化対策と経済(域内産業保護)、これが第一の、ジレンマだ。

第二のジレンマがあって、それは安全保障。言うまでもなくウクライナ支援ではアメリカとの結束が大前提だった。しかしどうだろう今、アメリカのウクライナ支援財政支出は、移民制限のための国境警備費用とバーター取引の対象になってしまっている。大統領選挙に向けた「内向き」姿勢は明らかだ。対してウクライナ支援は、欧州にとってそれこそ国境問題だ。ウクライナが敗北すれば、1000キロメートルを超える国境にロシア軍が迫り来ることにもなりかねない。

ましてや「もし」トランプ被告が政権を握ったらどうなるのか。そのトランプ被告は2月の支持者集会で、大統領在任中にNATO加盟国首脳に対して「(軍事的負担が不十分ならば)ロシアに好きなようにするよう促す」と言ってやったのだよ、と明らかにした。これはジョークだと受け止められてはいない。直ちにNATO事務総長が「我々全員の安全を損なうものだ」と反発した。そして実際のところ当時、議会トランプ派の抵抗によってウクライナ追加支援予算案は可決できないでいたのだった。

2月17日のミュンヘン安全保障会議でのドイツのピストリウス国防相の指摘は、欧州安全保障担当者の覚悟を示すものとして印象的だ。いわく「アメリカの関心はインド太平洋地域に移りつつある」、つまり欧州は単独でロシアの脅威に向かわねばならないということだ。その同じ日、そこでフォンデアライエン欧州委員長は、防衛担当の欧州委員ポストの新設構想を表明した。

EUが警戒しているのは、そして備えているのは、アメリカがウクライナ支援からインド太平洋重視へと戦略転換しようとしていることだ。そうならば欧州に、アメリカのインド太平洋戦略と付き合う余裕は残されるのだろうか。欧州独自の安全保障構想の範囲は限定され、中国は安全保障上の脅威というよりもむしろ、ロシアに対する抑止力として交渉するべき対象として再設定される選択肢もありうるのだ。

アメリカの内向き姿勢の泥沼化

バイデン氏とトランプ被告の「内向き合戦」は泥沼化している。中国への関税を2倍にするぞ、なにをこっちは3倍だぞ。どちらになろうと、アメリカの保護貿易主義への傾倒は避けられない。バイデン政権のイスラエル肩入れは粘り強い。それは世界に、国際世論より国内支持基盤(選挙資金を含む)を重視しているという印象を深く刻む。このアメリカの国際世論軽視という「内向き」はまた、ウクライナ支援姿勢に対する国際的疑念を増幅させるだろう。さあ、それなら欧州は、中国とどう付き合っていくつもりなのだろうか。

ドイツのショルツ首相が4月16日、BMW社長らドイツ企業トップとともに訪中し、習近平氏と会談した。世界第2位、第3位の経済大国の首脳会談だ。ショルツ首相は「ドイツは保護主義に反対し、EUと中国の良好な関係促進へ役割を果たしたい」と語り、ロシアに侵略をやめさせるため働きかけるように習氏に求めた(4月17日付同上)。ぼくが言う「ジレンマ」を、ひとつ突き抜けた出来事だったと思う。

そして習氏は中国製EV、太陽光パネル、リチウムイオン電池について「世界の供給体制を豊かにしただけでなくインフレ圧力を緩和した」と力説したという。ぼくはおそらく唯一、ここだけは習近平さんに同意する、あるいはここには反論できない。

再生可能エネルギー分野での安価な中国製品が、世界の脱炭素コストを押し下げたことを、誰が否定することができるだろうか。また「過剰供給」といわれるが、中国の生産増大は明らかに急増するだろうこの分野の世界的需要に対応したものだ。台湾の半導体メーカーが必要とされる半導体を大量に供給したからといって、それを世界は「過剰供給」問題とは言わない。

中国の巻き返し

ドイツとの首脳会談で好感触を得たのだろう習近平氏は、5月6日にパリでマクロン仏大統領とフォンデアライエン欧州委員長との3者会談に臨んだ。ここでもあの決まり文句を繰り返した、「中国のエネルギー産業は世界の供給を豊かにし、インフレ圧力を緩和した」、そして気候変動対策にも貢献していると主張した。

フランスには中国に接近する動機があると5月8日付日本経済新聞は言う、中国への輸出拡大で貿易赤字を削減できれば景気のテコ入れや雇用の創出につながると。マクロン氏は習氏を国賓待遇でもてなした。

フォンデアライエン欧州委員長はしかし、安い中国製EVを問題視している。そこで中国は昨年12月にあのBYDの生産拠点をハンガリーに新設すると発表している。つまり、輸出ではなく現地生産だ。そしてあのハンガリーだ。EU全会一致原則の悩みの種、ハンガリーだ。

そして、安全保障だ。マクロン氏は、習氏からロシアに武器を売却しないという確約を得たと述べた。その確約を信じるも信じないも、外交だ。習氏はマクロン氏に「中仏は独立・自主を堅持し『新冷戦』や陣営間の対立を共に防がなければならない」と伝えたという。「多極化」共同の呼びかけだ。呼びかけた、呼びかけられた、それだけでも外交だ。

独仏安保協力拡大

それぞれに習近平氏と会って話したショルツ独首相とマクロン仏大統領が5月28日、ベルリンで会って話し合った。欧州の防衛産業を強化することで合意し、共同声明で「国境を越えた大きな統合を目指す」と明記した(5月30日付同上)。

ここしばらくの間、ショルツ首相とマクロン大統領の関係は、ウクライナに対する支援を巡ってぎくしゃくしていた。フランス大統領のドイツ国賓訪問は、24年ぶりのことだ。そこで「欧州の国際競争力とレジリエンス(回復力)を高める」と表明したのだ。日本経済新聞の記事の見出しには「米大統領選にらみ結束」とある。

欧州は、「内向き」のアメリカに安全保障を委ねるわけにはいかないだろう。もともとドゴール主義者のマクロン氏は「欧州軍」構想支持者だ。アメリカでどちらが大統領になろうとも、もちろんトランプ復権が最悪のシナリオだろうが、そうでなくてもアメリカ政治は混乱し、その外交に安定は求めることができない。そこでNATO加盟国防衛費の対GDP比2%を、そうだどうせ目指すのなら、欧州防衛産業の統合を探るほうが自主的であるし安定も期待できる。独仏にそう覚悟させたのは、他でもないアメリカの内向き姿勢の泥沼化なのだ。

「多極化」なのか、それは「無極化」なのか、ぼくにはまだわからない。しかし「極」というなら「軸」が必要で、その軸が今、世界には見当たらない。アメリカは内向きとなることで、一方の軸であることを手放したようだ。

さて、そうしたなかでアジアはどうなのだろう。アメリカ大統領選挙後のカオスに備えはあるのだろうか。次回は、その問題について観察することを試みたい。

日誌資料

  1. 05/17

    ・NY株一時4万ドル 「年2回利下げ」観測再び 米経済「軟着陸」に回帰
    消費者物価や小売売上高、インフレ沈静化サイン 終値は反落
    ・過度な円安は一服 「介入観測」以降に投機縮小
    ・「中ロ、技術・供給網で協力」 習氏、プーチン氏と会談(16日、北京) <1>
    ・中国工業生産6.7%増 4月、新エネ車など好調
  2. 05/18

    ・中国、住宅在庫買取り 不動産市場テコ入れ 下限金利は撤廃
    ・イスラエル、政権内で対立 ガザ戦後統治 パレスチナ関与巡り
    ・欧州6月利下げは「適切」 ECB専務理事インタビュー 7月以降は慎重姿勢
    ・NY株、終値初4万ドル テック・金融けん引 米経済に軟着陸期待 <2>
    15年で6倍超上昇 時価総額、世界の半分
  3. 05/19

    ・少子化、欧州でも再加速 仏・フィンランド、出生率低下 過去最低水準 <3>
    価値観の多様化、広がる社会経済の先行き不透明感
    ・脱炭素技術、中国が台頭 CO2回収特許数トップ 米の3倍 <4>
    ・ロシア戦時体制 GDP押し上げ 1~3月、5.4%増 長期化で軍事関連頼み
  4. 05/20

    ・イスラエル、亀裂一段と 前国防相、ガザ戦後統治計画要求 戦時内閣の離脱警告
    ・日中韓三国協力事務局長 李氏(韓国) 輸出規制の応酬「愚行」 最後は双方敗者
    ・米大統領「ガザは人道危機」 米大学で講演 学生デモに理解
    ・ラファ侵攻自制を要請 サリバン米大統領補佐官 ネタニヤフ氏と会談
  5. 05/21

    ・国際刑事裁判所(ICC)ネタニヤフ氏の逮捕状請求 戦争犯罪容疑 ハマス指導者も
    ・ライシイラン大統領死亡 ヘリ墜落、外相も死亡 内政・外交に影響
    ・台湾「中国と現状維持」 頼清徳総統就任式 「台湾独立論」封印 中国刺激を回避
    ・マイクロソフト 生成AI特化のパソコン 通信なしで機能 アームと新半導体
  6. 05/22

    ・EU、AI規制法が成立 生成コンテンツに明示義務 <5>
    ・貿易赤字4月4625億円 2ヶ月ぶり 資源輸入額膨らむ <6>
    ・ロシア、戦術核演習 ウクライナや欧米を威嚇
    ・米、国際刑事裁に対抗措置 ネタニヤフ氏逮捕状請求「誤った判断」
    ・ビットコイン、7万ドル台回復
  7. 05/23

    ・「数ヶ月後の利下げ支持」 FRBのウォラー理事 インフレ抑制に自信
    ・英総選挙7月4日 スナク首相、下院解散を表明
    ・「米は保護主義ではない」財務長官 環境分野の補助金で
    ・AI普及へリスク規制 開発者に報告義務 安全性評価など、法整備検討 <7>
    ・長期金利、11年ぶり1%台 背景に早期の利上げ観測 インフレ、日銀に圧力
    国債買い入れのさらなる減額、7月会合の利上げ予想、強まる
    ・輸出8.3%増の8.9兆円 4月 米向け車・部品伸びる
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