「 週間国際経済 」一覧

週間国際経済2020(25) No.236 09/04~09/12

今週のポイント解説(25) 09/04~09/12

EUの中国離れ

1.米中が争っているのは、「覇権」なのだろうか

振り返ってみると、今年の「ポイント解説」は、「アトランティックの孤立とユーラシアについての雑感」で始まった(⇒ポイント解説№212参照)。11月にはアメリカの大統領選挙でトランプさんの「自国第一主義」が問われ、12月末にはイギリスのEU離脱期限が訪れる。この米英の孤立化に対して、ユーラシア(ヨーロッパ+アジア)に相対的な求心力が生まれるのではないかと。それも疑わしいので「雑感」とごまかしたのだが、でもそれが今年の世界経済動向に対するぼくの観察軸だった。

しかし、その後またたく間に新型コロナ感染がパンデミック化し、この「アトランティック」シリーズは中断した。そして6月、ぼくは「アメリカではないが、だからといってもちろん中国でもない」を書いた(⇒ポイント解説№227参照)。

新型コロナ感染拡大の震源地と見られ、しかし早期にそれを収束させた中国は、内外に対して強硬姿勢を激化させていく。それは南シナ海と香港で如実に表れた。世界がパンデミックの混乱のうちにある隙を突いて、もあるだろう。都市封鎖による経済縮小に対する国内の不満を抑え込むため、もあるだろう。

一方米中対立は、貿易不均衡や知的財産権侵害といったレベルを突き破って、「体制間対立」に昇華していく。例えばハイテク分野の主導権争いなどについては、これを「覇権争い」と表現しても違和感はない。それらの分野におけるデファクト・スタンダードは(一定期間)覇権と呼ぶにふさわしい。

しかし政治的(国際政治的)概念として覇権という言葉を使うなら、イタリアの政治学者アントニオ・グラムシの「覇権(hegemony)とは合意による支配」という定義に、ぼくは従う。

6月のポイント解説№227で書いたように、世界は覇権国によるパクス(秩序)なき「Gゼロ世界」に向かっている。米中対立に勝者はいないとぼくは思うし、かりに勝敗が決したとしても、勝者の支配に対する世界的合意は生まれないと思うからだ。

2.EUのアメリカ離れ

トランプ政権になって、アメリカとヨーロッパの距離はかつてなく遠くなっている。対EU制裁関税(と報復関税)、「パリ協定離脱」、デジタル課税に関する利害対立などなど。それが、安全保障分野にまで及ぶようになった。

NATO(北大西洋条約機構)内のアメリカとヨーロッパの亀裂が深まる。トランプさんはヨーロッパ各国の軍事費支出が足りないと不満なのだ。ついに6月半ばにはドイツ駐留米軍の削減を表明するようになる。7月29日、エスパー米国防長官がドイツ駐留米軍の3分の1にあたる約1万2000人を削減する計画を発表した。

エスパーさんは「戦略的柔軟性を高める」ためだと言うのだけれど、トランプさんは「ドイツは金を払っていない。もうだまされない」とあからさまにこれが罰だと示した。これはたいへんなことだ。第二次世界大戦後秩序の基軸は米英の大西洋憲章であり、NATOであり、すなわちアメリカ軍のドイツ駐留だった。

ところがドイツのメルケル首相は、まったく騒がない。メルケルさんは、アメリカではなくトランプさんを相手にしなくなった。ドイツではこれを「戦略的忍耐」と呼ぶ。つまりトランプさんに反応せず、政権交代を待つ。こうしたメルケルさんの「嫌米」姿勢に、ドイツ政界の親米派は何も言えないでいた。

3.独中「蜜月」に批判

「嫌米」には抵抗できないがしかし、行き過ぎた「親中」も見過ごせない。そうした空気が新型コロナ感染拡大とともにドイツおよびEU域内で広がっていく。

メルケルさんと習近平さんは、毎年首脳会談をしてきた。ドイツ経済は対中輸出で大幅な黒字を出している。「ドイツはいいよな」、EUのなかにも不満が強くなる。そして7月、ドイツはEUの議長国に就き、メルケルさんはそのさい「中国とは対話を継続したい」と語った。

これは問題だ。香港問題について具体的な言及がなかったからだ。中国全人代(国会に相当)は6月30日、「香港国家安全維持法案」を可決し、7月1日に施行、そしてその日に違反者を逮捕した。アメリカ上院本会議は7月2日に対中制裁「香港自治法案」を可決している。

EU議長国が「言論の自由と人権、法の支配」侵害に対して目を背けるならば、EUの根幹に関わる。ドイツは、トランプ政権を相手にしない「忍耐」だけではすまなくなった。どちらにつくも、どちらを切るもできない「板挟み」だ。

4.ドイツ、中国依存を転換

ドイツ政府は9月2日、初めて「インド・太平洋外交の指針」を閣議決定した。「大国の覇権を受け入れず、開かれた市場を重視する」、これは明らかに中国を意識した表現だ。ドイツのメディアはこれはアジア政策の「急転回」だと指摘する。

ドイツにとって、そのインド・太平洋貿易の50%が対中国だ。フォルクスワーゲンが2019年に世界で販売した乗用車の38%(約404万台)、ダイムラーは29%(約69万台)、BMWも28%を中国市場が占めている(9月9日付日本経済新聞)。

しかも今、ドイツの製造業は対中輸出に大きく依存するかたちで回復の兆しを見せている(8月12日付同上)。ドイツのGDP輸出依存度は47%と高い(日本は18%強)。その輸出が対ユーロ圏が前年同期比11%減、対米が同20%減のなか、対中は15%以上伸びている。

それでもやはりドイツにとって、自由・人権といったいわゆる普遍的価値観の優先順位は高い。経済的利害だけで、はいアメリカと離れて中国に頼るというわけにはいかないのだ。

こうしたドイツの脱中国という「急転換」は、もちろん容易ではないのだが、その姿勢を見せたことは、EU全体外交の方向性に大きな影響を与えた。

5.EU、対中関係を軌道修正

9月14日、EUと中国は首脳会議(テレビ会議)を開いた。EUからはミシェル大統領とフォンデアライエン欧州委員長、そしてメルケルさん(EU議長国として)、中国からは習近平さんも出席した。

ここでEU側は、香港や新疆ウイグルの問題で懸念を伝えたほか、南シナ海では国際法に従うよう促した。とはいってもトランプ政権のような強硬な姿勢ではないし、アメリカと同調したというわけでもなく、あくまで対話による解決を目指している。

もちろんドイツが変わればEUも右にならえ、というものでもない。たとえば中国に対してなんらかの具体的対応をとるならば、加盟27カ国で合意しなければならない。コロナ禍にあって、中国経済に依存を深めるEU加盟国も少なくない。

それでもEUが、EU理念を譲らないと中国に対してはっきりと表明したインパクトは決して軽いものではない。

習近平さんは会議終了後の会見に参加せず、共同声明も見送られた。ロイター通信によると習さんは、中国の国内問題、とくに人権に関する干渉を拒否し、「中国人民は『指図』を受け入れない」(新華社通信)と発言したという。

6.覇権なき秩序の再建

世界が今、アメリカにつくか中国につくかの二者択一を迫られているという図式に、ぼくたちは囚われすぎてはいけない。コロナ・パンデミックは人権問題をはじめ、深刻な社会的不条理を浮き彫りにした。中国の人権問題は、中国の国内問題ではなく国際問題だ。アメリカの「Black Lives Matter」がそうであるように。

人の移動の制限は、EUの存在理由に関わる問題だ。パンデミックは、そこを徹底的に攻撃する。EUは、EU理念を求心軸として自らを立て直そうとしているのだろうが、その道のりは険しい。

しかし、理性によって秩序を再建しようとする試みは、EUだけが向き合っている試練ではないのだ。

日誌資料

  1. 09/04

    ・NY株、一時1000ドル超下げ アップルなどIT急落 日経平均一時360円安
    ・米貿易赤字7月過去最大8.5兆円 輸入が急伸12%増
    ・ワクチン「11月までに」 米政権が通達 野党、政治介入と批判
  2. 09/05

    ・米失業率改善、8.4% 5ヶ月ぶり10%下回る 失業第2波なお警戒 <1>
    FRB議長「低金利、何年も続く」 雇用・景気回復に時間
  3. 09/07

    ・対EU交渉「来月15日期限」英首相 決裂ならFTAなし意向
    ・中南米GDP、軒並み急減(4-6月) ブラジル11%、ペルーは30%
  4. 09/08

    ・英、離脱合意骨抜きも 国境問題で揺さぶり <2>
    ・7月消費支出7.6%減 経常黒字25%減 所定外給与16%減
    感染拡大で消費落ち込み、残業減 海外からの配当金も減少
    ・トランプ氏、中国との経済分離「損失少ない」 強硬姿勢鮮明
  5. 09/09

    ・独、中国依存を転換 アジア政策 日本などと連携 <3>
    企業の脱中国難路 VW,世界販売の4割
    ・「ワクチン、安全最優先」新型コロナ 欧米製薬9社が声明 承認急ぐ動き警戒
    アストラゼネカ、深刻な副作用で治験一時中断
  6. 09/10

    ・対ファーウェイ供給、米規制で日台韓の部品2.8兆円停止も
    ・温暖化ガス濃度最高 国連発表 コロナで排出減、限定的
    ・トランプ氏、コロナ過小評価 米著名記者が政権内幕本
  7. 09/11

    ・米中、ASEAN関連会合で南シナ海対立関係国取り込み 正面衝突避け支援外交
    ・英、離脱の修正法案にEU反発「国際法違反」 閣僚協議へ
    「月内撤回を」EU要請 英政府は反発 FTA交渉、合意遠のく
    ・欧州中銀、量的緩和を維持 ラガルド総裁、ユーロ高「注視」
  8. 09/12

    ・英欧FTA再び危機に 離脱修正案 内外から非難殺到
    ・TikTok技術分断を象徴 売却交渉、先行き混沌 <4>
    米、国内利用禁止も視野 中国、AI「禁輸」で対抗
    ・イスラエルと国交正常化 バーレーンも合意 トランプ氏発表 <5>
    対イラン圧力、中東で一段と 米が仲介、外交成果急ぐ
※PDFでもご覧いただけます
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