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週間国際経済2024(16) No.390 05/31~06/06

今週のポイント解説 05/31~06/06

地球温暖化と自国第一主義

小さな記事が伝える大きな出来事

「小さな記事」とは6月6日の夕刊だ。EUの気象情報機関「コペルニクス気象変動サービス」が、今年5月の世界平均気温が15.91度で、5月としては1940年からの観測史上最高だったと発表した。なぜこれが大きな出来事だと言えるのか。昨年7月、国連のグレーテス事務総長が「地球温暖化の時代は終わりました。地球沸騰化の時代が到来したのです」と語ったことは「大きな記事」だった。そのときこの「コペルニクス気象変動サービス」が、世界の平均気温が7月6日に史上最高を更新したと発表していたのだった。

それがなぜ今回は「小さな記事」だったのか、それは見出しで分かる、「5月の気温も史上最高」、そう「も」なのだ。つまり史上最高更新は、昨年6月から12ヶ月連続なのだから。でもやはり、これは「大きな出来事」なのだ。「パリ協定」では産業革命前の推定平均気温からの上昇幅を1.5度に収めることが目標だが、この5月は1.52度高かった。地球温暖化対策の国際枠組みで合意された目標が、達成困難になっているのだ。この大きな出来事はどうして小さな記事なのか。結論から言えば、「記事の大きさは関心の大きさに比例する」ということだ。

アメリカ大統領選挙

前回のアメリカ大統領選挙では、バイデン候補の「同盟重視」とトランプ候補の「自国第一主義」が争点のひとつであり、その象徴的で具体的な政策は「パリ協定」への復帰だった。気候変動対策は国際協調が前提だし、国際協調の動機付けは気候変動対策だ。さらにバイデン政権は、コロナ・パンデミックからの経済再建の柱に脱炭素を据えた。「インフレ抑制法」に基づく、いわゆるグリーン・ニューディールがそれだった。

こうした構図は、今はすっかり影が薄くなっている。今年になってからのビューリサーチセンター世論調査では、大統領や議会の最重要課題として「気候変動対策」を挙げたのは36%、4年前の52%から大きく低下した。そして今この気候変動対策が、いわゆる激戦区の勝敗を左右する要素になっている。そのスイング・ステートのひとつがペンシルバニア州、全米第2位の天然ガス産出州だ。もうひとつはミシガン州、いうまでもなくその中心は自動車の街デトロイトだ。ここで脱化石燃料は、徹底したEV化推進は、票になるだろうか。

バイデン陣営では、トランプ候補との「争点ぼかし」戦術が目立ち始めているが、不法移民対策と脱炭素政策で著しい。すなわち「内向き姿勢」だ。確認したように、気候変動対策と内向き姿勢は相反する。

欧州議会選挙

5年に1度の欧州議会選挙が6月6~9日に投開票され、新聞各紙やネットニュースでは「極右躍進」の文字が並んだ。この表現は正確ではない、そのことは記事の内容でも語られているように欧州の極右はかつての極右ではないからだ。それでもなお、極右の極右たる所以は、その軸は変わっていない。それは「EU懐疑主義」という「自国第一主義」ポピュリズムだ。

欧州ポピュリズムはまず「反移民」として台頭した。しかし今ブリュッセル(欧州委員会本部)が強力に推し進めているのは移民受け入れではなくグリーンディール、脱炭素投資を軸とした雇用創出、経済活性化政策だ。

5年前の欧州議会選挙(2019年)では、当時「グレタ世代」とも呼ばれた環境派の若者たちの活動が、今から思えば、最盛期だった。しかし今回、極右が伸張した反面で「緑の党」の若者の得票率は前回から23ポイントも下がり、11%に落ち込んだという。

緑の党といえばドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」の得票率急増には驚いたが、彼らが支持されたのは、2035年にエンジン車の新車販売を原則禁止するEUの決定に反対したことだったという(6月12日付日本経済新聞)。

また年初から欧州では、EUの環境政策に対する農家の抗議活動が広がっていた。欧州域内の温暖化ガス排出量の15%程度は農業分野だと言われている。そこで欧州委員会は全加盟国で化学農薬の使用半減を義務付けようとした。しかし、抗議の前にこれを断念した。

この5年間で、もちろん欧州も変わったのだ。コロナ・パンデミックによる行動制限を経て、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格高騰のなか、コスト増につながるブリュッセルの厳しい環境規制に対する反発を、極右ポピュリズムが取り込んでいった、その結果が今回の欧州議会選挙だったのだ。

このようにして欧州でも、反EUという内向き姿勢が拡散し、それはどこまでも気候変動対策と相反するのだ。

そういえばESGはどこへ行った?

ぼくは、こうも簡単にそれも短期間のうちに、国際的な気候変動世論に曲がり角がやってくるとは思っていなかった。もちろん政治家に期待していたわけではない、SNSで関心が満ち引きする若者たちに委ねきっていたわけでもない。鍵は資本動向だった。投資家資金が化石燃料に向かわず、化石燃料は座礁資産になるだろうという見通しに、説得力を感じていたからだった。

ESG(環境・社会・ガバナンス)投資は、2015年の「パリ協定」採択から世界の金融市場で主役に躍り出ていた。ESGと銘打ったファンド投資額は、2022年には世界で30兆ドルを超えていたとされている。いやむしろESGをまったく考慮しない投資は、よくよく探さないと見当たらないほどだったのだ。

もちろんアメリカ共和党トランプ派にとって、ESGは目の敵だった。テキサスやフロリダなど共和党が支持基盤をもつ州では、投資に関してリベラルな価値観の押しつけを許さないという「反ESG法」制定が続いていた。5月6日付日本経済新聞では、こうした「文化戦争」が繰り広げられていたが、今ではもう反発を通り過ぎて無関心が広がっており、世界最大の運用会社ブラックロックのCEOであるラリー・フィンク氏が、ESGという言葉を「もう使うつもりはない」と述べてからまもなく1年がたつ、と指摘している。

1年なのだ。そう思うとき、ESGブームの潮の満ち引きは脱炭素世論の潮の満ち引きに先行しているとまでは言わずとも、並行しているように見える。巨大エネルギー会社の逆襲もあっただろう。あるいは、そうだ、再生可能エネルギー分野であまりにも中国がシェアを伸ばしすぎたこともあるのかもしれない。ぼくはどうも中国の「過剰供給」議論に馴染めない。この分野に需要があれば過剰供給ではなく、脱炭素コストの軽減だと単純に考えてしまう。

イタリアで開催されたG7サミットでも、この中国の過剰供給問題に対する米欧の強硬な姿勢は大きく注目された。その一方で、今回のサミットでは気候変動対策は主要なテーマにならなかった。そのことは、なぜ注目もされないのだろう。

もう後戻りできないのか

地球温暖化が気候変動の原因だと考える科学者たちは、温暖化には「不可逆的な変化を起こす臨界点」つまりもう後戻りできない地点として、いくつかのティッピング(tipping)・ポイントがあると指摘している。

冒頭の「小さな記事」が伝えていることは、どう考えても「大きな出来事」に違いない。

日誌資料

  1. 05/31

    ・トランプ氏に有罪評決 全34件 大統領経験者で初 7月11日に量刑決定 <1>
    きしむトランプ岩盤層 「投票可能性低い」支持者でも6% 激戦7州の勝敗直結
    ・マイナ全機能、スマホ搭載 改正法成立 口座開設の利便性向上
    ・NY株続落330ドル安 1ヶ月ぶり安値 GDP下方修正で
    ・新築マンション価格上昇率4月 東京・大阪が世界首位1.5%
    資材・人件費 円安などを背景にした投資マネー底上げ 価格は香港・ロンドンの半分以下
  2. 06/01

    ・円買い介入最大、9.7兆円 4、5月の実績公表 市場冷淡「時間稼ぎ」
    ・定額減税、実感乏しく 物価高・エネ補充終了、負担増 <2>
    ・インドGDP8.2%増 23年度実質 インフラ支出けん引
    ・米消費者物価 4月は2.7%上昇 インフレ加速せず
    ・「裁判所と政権は結託」 トランプ氏、有罪判決に反発
  3. 06/02

    ・イスラエルが新停戦案 復興まで3段階、ハマスは前向き 政権内に異論
    ・太陽光パネル1年で半値 中国メーカー過剰供給 欧州では経営危機相次ぐ <3>
  4. 06/03

    ・月裏側、中国が先手 探査機、19年以来の着陸 初の土壌採取へ前進
    安保・資源競争優位に
    ・TikTok トランプ氏開始 規制強化の姿勢転換 若年層掘り起こし
    ・原油協調減産 来年まで OPECプラス、価格下支え <4>
    自主減産縮小 原油、供給過剰の観測 欧州指標4ヶ月ぶり安値
  5. 06/04

    ・車認証不正 立ち入りへ 国交省 トヨタなど5社 6車種の出荷停止
    ・メキシコ、左派政権継続 初の女性大統領シェインバウム氏当確 対米に難題
    ・イスラエル首相 ガザ恒久停戦案を否定 米発表と認識にズレ
    G7「新案全面支持」 ハマスに受け入れ要求
    ・有罪評決受けトランプ氏「実刑なら民衆は限界」 裁判の量刑判断に圧力
  6. 06/05

    ・インド与党 議席大幅減 総選挙 モディ氏の求心力低下 過半は維持 <5>
    成長持続に試練 製造業振興やインフラ整備急務 若者失業批判強く 強気の外交に影
    ・基本給29年ぶり増加率 4月2.3% 賃上げ効果、夏以降 実質賃金はマイナス
    ・バイデン氏、難民申請制限 不法入国対策 選挙にらみ大統領令
    ・米求人、市場予想下回る 4月805万件、過熱感収まる
  7. 06/06

    ・出生率1.20で最低 昨年、東京は1割れ 人口減に拍車 <6>
    公的支援 子育て先進国も限界 出生数72万人 東アジアで深刻
    ・ネタニヤフ氏苦境深まる 極右・穏健派が政権離脱示唆 停戦描けず、退陣圧力
    ・エヌビディア時価総額2位 3兆ドル超、アップル抜く 株価1年で3倍 <7>
    ・カナダ中銀利下げ 4年ぶり インフレ鈍化 G7で先行
    ・5月の気温も史上最高 世界平均、12ヶ月連続更新 EU気象情報機関
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