「 2023年 」一覧

週間国際経済2023(5) No.339 02/11~02/21

今週の時事雑感 02/11~02/21

日銀人事とアベノミクス

「アベノミクスの継承」を問う人たち

ぼくは、あきれ果てた。2月16日の衆院予算委員会で岸田首相はアベノミクスを継承するのかと問われ、それは「日銀の新体制が判断する」と答えた。問うほうも問うほうだが、こう答えるほうも答えるほうだ。

言うまでもないことだが、アベノミクスとは政府自民党の政策であって日銀が唱えた政策ではない。安倍氏と二人三脚だった黒田日銀総裁ですら、アベノミクスという用語で金融政策を説明したことがない。それなのに岸田さんは、それを継承するかしないかは新しい体制の日銀次第だと横に放り投げたのだ。

一体誰がそんな愚かな質問をしたのか、調べないといけないと思っていたら2月27日、参院で次期日銀総裁候補の植田氏への所信聴取が行われた際、自民党参院幹事長の世耕さんが「アベノミクスを引き続き担う決意があるのか」と質問した。それも「アベノミクスに関わってきた者として確認しておきたい」のだそうだ。

だったらまず、アベノミクスとは何なのか、自ら説明するべきだろう。アベノミクス、すなわち「安倍経済学」。それを今、自民党はどう定義しているのか。かれらは過去10年間、アベノミクスを連呼しながら、それがどのような内容の経済学なのかについては語らないで済ましてきた。それなのに日銀総裁候補に「継承するのか」と問う。そして返答次第では、この日銀総裁人事を認めないかもしれないぞと、なんとも不遜な圧力をかけたのだった。

やっぱり安倍派だったのか。安倍会長を失ったこの自民党最大派閥には、めぼしい後継リーダーが見当たらない。だからそのまま「安倍派」を名乗り続け、「遺訓」で内部を統制し、次期会長を目指す人たちは、その遺訓への忠誠度を競っている。

たかがそんなことで、危機に直面する日本の金融政策に揺さぶりを掛けようとしている。

継承するもしないも、そもそもアベノミクスは持続可能な政策なのか

アベノミクスとは、金融ジャブジャブ財政バラマキ政策だ。安倍自民党総裁は2012年の衆議院選挙に「大胆な金融緩和で物価上昇率2%を達成しデフレを克服する」と、なんと中央銀行の専管事項である金融政策を公約に掲げ、政権に就くや日銀にその政党公約を丸呑みさせようと、共同声明で明文化させた。当時の白川総裁はしかし、そこで財政再建を政府に約束させた。日銀が大量に国債を購入して資金を供給する間に財政赤字が拡大すれば、緩和の出口(利上げと保有資産縮小による正常化)が閉じてしまうからだ。

安倍首相に指名された黒田日銀総裁は「異次元緩和」に踏み出す。年間80兆円規模の国債を購入し、通貨供給量を2年で2倍に膨張させた。いわば大量のカンフル剤で物価を刺激したのだ。しかし、物価は上がらなかった。この実験は、失敗したのだ。

ところが安倍政権は「アベノミクスの第2ステージ」と言いだした。黒田日銀は主要中央銀行で唯一株式の購入に手を付け、今では主要中央銀行で唯一維持されているマイナス金利導入に深入りし、その弊害を糊塗せんとイールド・カーブ・コントロールという泥沼に踏み込んだ(⇒時事雑感№334など参照)。こうした歴史的にも理論的にも異様な手法で金利を抑え込み、政府は利息なしの借金で財政赤字を膨らませていく。カンフル剤では効果なしと見るやモルヒネ投与に至ったのだった。

そこまでして財政支出を増大させながら、しかしデフレは克服されず、賃金は上がらず、新しい成長分野は開拓されないまま、再生エネルギーもデジタル化も先進主要国で周回遅れに甘んじている。その結果、日銀は発行国債の半分以上を購入し、売ることができない株式も大量に保有している。サプライチェーンの寸断と円安でコストが押し上げる物価は高騰しているが、賃上げと個人消費は停滞したままでデフレが克服されているわけではない。

それが、アベノミクスの結末だ。そのアベノミクスを継承するとはどういうことなのか。たとえ継承するとしたとして、再度問おう、それは持続可能なのか。市場は答える、「いや、それは持続可能ではない」と。海外投資家による日本国債売りが止まらない。

消えたリフレ派

リフレ派とは、中央銀行による資産購入や物価上昇率目標の設定によって期待(予想)インフレ率を引上げることで需要を刺激し、緩やかな物価上昇状態(リフレーション)を目指すという経済学説を支持する、一部の人たちのことだ。

大規模緩和政策は日銀だけではなく、アメリカ(FRB)でもユーロ圏(ECB)でも採用されたが、どこでもデフレ状態は微動だにしなかった。学説が否定されたとまでは言わないが、すくなくともこの時期リフレ派の実験は成功しなかったということは歴史的事実だ。

アベノミクスは、このリフレ派に支えられていた。もちろん黒田総裁はインフレ・ターゲットを重視していたし、安倍氏はその黒田日銀の政策委員会に次々とリフレ派有識者を送り込んだ。しかし、今回の次期日銀人事案では総裁と2人の副総裁はリフレ派ではない。あるいはリフレ派からはるか遠い。

日本経済新聞はこのことについて「岸田首相がリフレ派に距離を置いている」という市場の見方を紹介しているが、ぼくはリフレ派が「逃げた」と思っている。なにより次期総裁の本命と目されていた雨宮現日銀副総裁が、就任を固辞していたことは明らかになっている。

そして今回の植田総裁人事がサプライズだとされているのは、植田氏が日銀出身でも財務省出身でもないからだ。戦後の日銀総裁14人のうち日銀から8人、財務省(旧大蔵省)から5人だった。それもたすき掛け人事で、今回は日銀内部昇格の順番だった。その雨宮氏は「(緩和の)当事者で、客観的に公正な見直し作業ができるとは思えない」と新総裁就任固持の理由を語っている(2月14日付日本経済新聞)。

この言葉は重要だ。黒田日銀の中枢にいた雨宮氏が、次期日銀の仕事を緩和「見直し作業」だと認めているからだ。日銀も財務省もやりたがらない。リフレ派も消えた。それでどうしてアベノミクスを継承できると言うのだろうか。

植田新総裁

植田次期日銀総裁候補は、2月24日に衆院、27日に参院の所信聴取に臨んだ。岸田首相はこの人事案で重視した点として、①国際社会との対話力がある、②内外の市場に適切な説明能力を持つ、の2つを挙げた。ぼくは思わず吹き出した、「これってそのまま黒田批判やん」と。あの木で鼻を括ったような塩対応にはうんざりしていたものだから。

大先生の答弁を底辺研究者のぼくが採点するとは違和感の極みだが、その「対話力」と「説明能力」は、この度の国会所信聴取でも発揮されていたと思う。手柄目当ての安倍派議員やド素人議員たちの質問を丁寧になだめすかしていた。ド素人と決めつけるのは、政策修正の手法まで聞こうとしたからだ。それに市場が反応するという緊張感がまったくない。

植田氏は腹をくくっている。日銀エリートは逃げ去り、財務省エリートは火中の栗を拾わない。誰がやっても混乱が避けられない金融政策修正を、戦後初の学者出身日銀総裁に結果責任なすりつけようしている。そんなことは、もちろん承知の上だ。

だが、利上げの余地はほとんどない。日本経済の潜在成長率は1%未満だから中立金利(物価を冷やしも過熱もさせない金利)は低い。量的緩和は継続するしかないが、国債市場は薄い(購入できる国債が市場に少ない)。保有株は売れない(株価が暴落するから)、でもイールド・カーブ・コントロールは続けられない。しかしイールド・カーブ・コントロール撤廃で長期金利が跳ね上がれば、財政の国債費負担が急増し、投機筋との攻防によっては大量に保有する国債価格下落によって日銀の債務超過を招く恐れさえある。

正常化への難路の始まり

金融論の入門テキストでは「他の条件が一定とする」という仮定条件のもとではじめて正解が導かれる。しかし実際には他の条件(変数)が複雑で、これが正解というものはない。およそ経済学の学習とは(偉そうに語る資格はないが)、解を求めるのではなく「問い」を鍛えるところに目的があると考えてきた。

日本金融が向き合う変数は複雑でかつ変動が激しい。主要な変数のひとつであるアメリカのインフレ見通しも、政策当局者と市場関係者では意見が分かれる。インフレの粘着性いかんでFRBの利上げの高さと長さが変わる。ウクライナ戦争や米中対立のテンション次第で資源価格は大幅に上下する。国内的にも実質賃金や財政赤字動向はもちろん、統一地方選後の政局まで含めて、金融市場は逐一これらに敏感に反応する。

ぼくは植田氏の国会答弁を、講義を受けている学生の気分で聞いていた。そこで思わずノートした場面があった。国民の前原さんだったか「理想とする金融政策は」という失笑ものの質問に、しかし、植田氏はこう答えた。

「魔法のような金融政策を考えて実行することが、私の使命ではない」と。

植田氏には、過度な金融依存に対する根本的な疑念があるのだと感じた。金融政策の正常化とは、ゼロ金利から利上げをしたり膨張した保有資産を縮小したり、緊急避難的な禁じ手を撤廃したりするための技術論だけではなく、金融政策の限界を示し、本来の物価の安定を見守るという応分の役割に徹することに戻ることだと思うからだ。その範囲で出来ることはやる、政治から独立して出来ないことは拒む。そうした態度が中央銀行の信認に、ひいては物価の安定に寄与するのだと。

植田氏はあまり関心がないだろうけど、植田氏のアベノミクスに対する評価もまた、言外に見えたりするのだった。

日誌資料

  1. 02/12

    ・ロシア単独で原油減産 OPEC、穴埋めせず 一時2%以上上昇
    ・動画配信野火鈍化、EC1桁成長に コロナ特需企業反動に苦しむ インフレ追い打ち
  2. 02/13

    ・米家賃上昇 負担感強まる NY市、収入の68.5%で最高
    ・米軍、飛行物体を撃墜 カナダでも確認 北米で今月4つ目
  3. 02/14

    ・「植田日銀総裁」国会に提示 政府サプライズ人事 副総裁に氷見野氏、内田氏
    来月半ばまでに承認 10年緩和の出口担う 市場のゆがみ限界に
    ・GDP年率0.6%増 10~12月実質 2四半期ぶりプラス 昨年1.1%増 <1>
    ・トルコ・シリア死者3.5万人 地震1週間 建設業者らに逮捕状
    ・「北朝鮮スパイ」大規模摘発へ 韓国尹政権、野党支援の労組に切り込む
  4. 02/15

    ・米消費者物価6.4%上昇 1月、市場予想上回る 伸び鈍化続く
    ・中国籍兆候「確認されず」 米政府高官 撃墜の3飛行物体巡り
    ・インド航空大手、米欧から470機 過去最大級の取引合意
  5. 02/16

    ・訪日客 進む消費回復 1月150万人 中国除きコロナ前の7割 <2>
    ・貿易赤字、最大の3.4兆円 1月 円安・資源高響く 輸入は17%増 <3>
    ・米小売売上高3%増 1月 3ヶ月ぶりプラス 市場予想超えで金利高進む
  6. 02/17

    ・中国、米国債保有減続く 12年半ぶりの低水準に 昨年末 米中対立でドル離れか
    ・韓国、最大野党代表の逮捕状請求 総選挙へ与野党攻防
  7. 02/18

    ・米中対立回避へ対話模索 バイデン氏、習氏と協議意向
    撃墜の3飛行物体「中国の証拠なし」 対立ではなく競争望む「新たな冷戦は望まない」
    ・日銀、弱まるリフレ派勢力 政権が距離、植田氏も見解に相違
    ・欧州ガス50ユーロ割れ 1年5ヶ月ぶり 貯蓄率高く暖冬で消費少なく
  8. 02/19

    ・名目GDP、ドイツが肉薄 日本、世界3位危うく インド逆転も <4>
    ・中国「エネ消費」再起動 原油、年後半100ドル観測 世界のインフレ左右
    ・欧米と途上国 ロシア包囲で溝 アフリカ2割超「親ロ」 小麦・肥料の輸入依存
    ・米、中国と対話再開探る 訪台計画や台湾総統選 緊張の高まりに備え
  9. 02/20

    ・戻らぬ働き手1000万人 先進国 コロナ前比、求人とミスマッチ <5>
    ・北朝鮮、ミサイル2発 EEZ外に落下 「戦術核の手段」主張
    ・新興国、債務危機広がる IMF支援残高最大 G20、財務相会議で協議
    ・日韓、元徴用工解決へ協議 外相会談 朴氏「政治決断が必要」
  10. 02/21

    ・米大統領、侵攻後初の訪問「ウクライナ支援で世界結束」 ロシアに事前通告
    ・「中国、対ロ武器支援を検討」 米国務長官 中国外交トップに警告
    ・国債、売り圧力やまず 海外勢、1月最大の4.1兆円 日銀新総裁に試練 <6>
    ・ロシアGDP2.1%減 昨年、欧米の制裁響く 2年ぶりマイナス
    ・イスラエル入植に「失望」安保理議長声明を採択 米国も同調
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