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週間国際経済2023(14) No.348 05/03~05/10

今週のポイント解説 05/03~05/10

債務上限引き上げ問題とトランプ・リスク

性的暴行で賠償命令

前アメリカ大統領であり、次期大統領選に立候補を表明しているトランプさん。NY連邦地裁が、20数年前に百貨店の試着室でトランプ氏に性的暴行を受けたとする女性の訴えを認め、500万ドル(約6億7500万円)の損害賠償の支払いをトランプ氏に命じました。ぼくはこの記事が世界経済時事問題で今大きな材料となっていると言い、学生のみなさんの顔には「?」が浮かびました。

トランプ氏は3月30日、不倫関係にあったポルノ女優に支払った口止め料を不正に会計処理したことを含む34件の罪状で起訴されています。アメリカで大統領経験者が起訴されるのは初めてということです。

さて、ここからが問題です。この起訴を受けてトランプ氏の大統領候補としての共和党内支持率が52%と8ポイント増えて、2位の21%を大きく引き離しました。共和党支持層の77%が起訴を「政治的偏見」と回答したのです。不思議ですね。

債務上限問題

アメリカでは連邦政府の国債発行(債務)の上限を法律で定めています。この上限を引上げる(もっと国債を発行できる)ためには議会の承認が必要です。政府が無制限に支出を増やせないようにしているのですが、これまで何度も引き上げが繰り返されてきて最終的に議会が引き上げを認めなかったことはありません。でもここで野党は予算の見直しなど条件闘争に挑みます。

今会計年度も、その上限に近づいてきました。イエレン財務長官は、6月1日までに債務上限引き上げが出来なければ政府が債務不履行(デフォルト)に陥ると再三警告しています。デフォルトというのはアメリカ国債の償還や利払いができなくなる状態ですから、行政サービスが停止し、政府職員や軍人の給与が払えなくなり、また国債利回りが大幅に上昇して金利が上がり、ローン金利やクレジットカード金利が高くなって消費と投資に打撃を与え、失業者が急増することになります。

こうしたデフォルト危機は過去にもありましたが、おおむね大統領が民主党で、議会では共和党多数というねじれた状態で発生します。というのも民主党は「高福祉・高負担」の大きな政府、共和党は「低負担・低福祉」の小さな政府を基本的な政治理念としているからです。今回も下院多数の共和党が、債務上限引き上げの条件として気候変動対策や低所得者向け補助などの予算削減を要求しています。

いつもならこの交渉はプロレス(プロレスラーはたいへんだという意味を含む)だと見られていました。かりにデフォルトにでもなろうものなら野党も激しく批判されるでしょうから。しかし今回は落としどころが見えないまま、イエレン財務長官が警告する6月1日が近づいています。バイデン氏も一時、G7欠席にも言及したほどです。

ねじれ議会と野党内野党

バイデン大統領は民主党です。昨年11月の中間選挙で下院(定数100)は民主党50対共和党49(無党派1)となりましたが、議長が副大統領のハリスさん(民主党)なので与党多数です。下院(定数435)は民主党213対共和党222となって野党多数、いわゆるねじれ議会です。またこれほどの僅差は歴史的に希なのです。僅差になれば少数勢力が発言力を増します。たとえば下院では共和党議員のうち5人が民主党側につけば与党の意見が通ります。

想定外の混乱が起きたのは1月の下院議長選出のときでした。アメリカでは大統領が執務できなくなったときには副大統領が、その副大統領もできなければ下院議長が代行します。通常、下院多数の政党トップの院内総務がすんなりと選ばれます。共和党下院院内総務はマッカーシーさんです。

いざ投票してみると、なんと共和党議員のうち19人がマッカーシーさん以外の議員に投票したため、過半数者不在で再投票になったのです。こんなこと100年ぶりの事態でした。下院議長が選ばれなかったら議会が開けません。それから計15回も再投票が繰り返されました。163年ぶりということです。163年前といえば南北戦争勃発直前ですよね。

この造反議員20名前後は、すべて共和党内の保守強硬派とされる「自由議連(フリーダム・コーカス)」に所属していて、かれらに共通しているのがトランプ氏に対する忠誠心なのです。かれらは下院議長選出に協力することと引き換えに、かれらのうち1人でも議長解任動議ができること、また下院議事運営委員会13人の構成は民主党4人、共和党9人なのですが、この共和党9人のうち3人を自由議連が得たのです。つまりこの3人が拒否すれば過半数に達しないということです。

トランプ派は、こうして「野党内野党」として議会の事実上のキャスティングボートを握ったということなのです。マッカーシーさんは彼らの意向を無視することができません。与野党交渉とは言っても「ボス交」ではなくなっていて、そのために債務上限引き上げ問題が泥沼化しているのです。

トランプ支持層

トランプ氏は、性的暴行やポルノ女優不倫だけでなく、脱税でも調べられていますし、なにより連邦議会占拠暴動を煽った疑いや、大統領選挙結果報告に圧力をかけた疑い、さらには国家機密文書の持ち出しなどでも捜査されています。どうして人気があるのでしょう。

トランプ派と一口にいっても、そこに共通項を見いだすのは難しいと思います。その中には陰謀論者、人工妊娠中絶や同性婚に反対する人たち、白人至上主義者、銃規制反対論者、とにかくエリートが嫌いな人たち、などなどが混ざっています。よく「犬笛政治」と呼ばれますが、それぞれの犬(犬と言っては失礼ですがこれは例えです)にしか聞こえない笛を吹いて支持を得るということのようです。ですから様々な醜聞や嫌疑も、トランプ氏が「フェイクだ」言えばそれを信じ、「魔女狩りだ」といえば怒りを覚えています。

でも、もちろんアメリカ全体では多数派ではありません。議会下院でも自由議連は4分の1ほどです。それでも次期大統領戦の共和党候補になるかもしれません。共和党内にも反トランプはいますが、かれらは民主党ともトランプ派とも戦わなければなりませんから。

だからといって、トランプ氏がまた大統領になるとしたらそれは「まさか」です。アメリカでは実刑を受けて刑務所に収監されていても大統領になれますが、それは極端な話です。共和党支持者よりも民主党支持者よりも多いのが「無党派層」です。かれらが、バイデンも嫌いだがトランプだけはだめだからバイデンにしよう、ということにもなり得るのです。

安心してはいけません。これがトランプ・リスクをより大きくする背景なのです。つまりトランプ氏は自分のためにどうしても大統領になる必要があり、しかし追い詰められているのです。

「デフォルトさせればいい」

NY連邦地裁がトランプ氏の性的暴行を認定したのが5月9日、その日バイデン大統領はマッカーシー下院議長と会談しましたが、債務上限問題に進展はありませんでした。その翌日10日、トランプ氏はCNNテレビ主催の共和党支持者との対話集会に参加しました。

性的暴行を訴えている女性とは「会ったこともない」(一緒に写っている写真があります)、自分が大統領になればウクライナ戦争を「24時間以内に終わらせる」、2020年大統領選挙で落選したのは「大規模な不正があったから」と言いたい放題。でも拍手喝采です。

そこで債務上限引き上げ問題について質問されると、「デフォルトさせればいい」と答えたのです。「いずれにせよデフォルトに陥ることになる」と念を押しました。このメッセージは間違いなく共和党内強硬派に届くでしょう。

先の表(大統領経済諮問委員会試算)にもあるように、債務上限引き上げ問題は瀬戸際で合意されたとしても経済に少なくない打撃を与えます。イエレン財務長官が警告する6月1日を過ぎれば打撃は深くなり、その影響は世界経済全体に広がります。

来年11月の大統領選挙に向けて、アメリカ政治は動き始めています。立候補者トランプ氏の言動には注目が集まり、トランプ氏に対する裁判も続々と開かれます。この債務上限引き上げ問題のような混乱が、これからも繰り返されるでしょう。

経済学で言うところの合理的選択。その前提は、事実とか常識とかが社会的に共有されていることなのです。今のアメリカ社会は、その前提を失っているようです。

日誌資料

  1. 05/03

    ・物価高倒産が過去最高 昨年度463件 価格転嫁、米欧の半分
    日本の転嫁率20.3%、米国48.5%、欧州58.1% 賃上げ機運しぼむ恐れ
    ・米地銀、止まらぬ株安 預金減少懸念、28%下落も FRC破綻で選別進む
  2. 05/04

    ・米フロリダで「反ESG法」 投資・債券発行に制限 保守州で拡大も
  3. 05/05

    ・米FRB、0.25%利上げ(3日)インフレ抑制を優先 打ち止めも示唆 <1>
    金融不安止められず 利上げ後、地銀株急落 物価安定、両立難しく
    ・欧州中銀、0.25%に縮小(4日) 総裁「利上げは止めない」
    ・AIの安全性「企業に責任」 米方針、主要4社に要請へ <2>
  4. 05/06

    ・米雇用、4月25万人増 市場予測上回る 失業率3.4%に低下
    ・WHO コロナ緊急事態宣言終了
    ・英地方選、与党敗北へ スナク政権、初の審判で打撃 EU離脱後成長描けず <3>
  5. 05/07

    ・金高値圏 揺らぐ「ドル1強」新興国中銀ウクライナ侵攻後買い 制裁リスク念頭
  6. 05/08

    ・日韓、関係改善が軌道に 首脳会談(7日)首相「安保協力を強化」 <4>
    尹氏「歴史より未来」 日韓、米同盟戦略に呼応 半導体供給網で協力
    ・アルゼンチン、通貨安止まらず ドル流出防止へ人民元決済導入
  7. 05/09

    ・原油が年初来安値圏 国際価格 ロシア産輸出、高止まり <5>
    ・3メガ銀、中途採用4.5倍 今年度、21年度比 三菱UFJは新卒並み
    ・米債務上限、政争の具に 不履行リスク高まる 大統領、下院議長と会談へ <6>
    ・米銀、融資姿勢悪化一段と 商用不動産向け、リーマン時に迫る
    ・米、中国発「シーイン」を標的 人権侵害・情報漏洩を懸念
    ・実質賃金3月2.9%減 物価高で目減り続く(12ヶ月連続減)
    3月消費支出1.9%減 2ヶ月ぶりマイナス 食料押し下げ
  8. 05/10

    ・米景気に3つの崖 軟着陸へ迫る試練 米銀、大規模緩和のツケ
    銀行は融資を厳格化 細る家計の余剰貯蓄 政府債務で駆け引き
    ・米債務上限 進展なく 大統領、G7欠席に言及 下院議長と12日再協議
    ・NY連銀総裁 年内利下げ観測けん制 再利上げも示唆
    ・トランプ氏、性的暴行認定 NY連邦地裁 6億円賠償命令
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