「 2023年 」一覧

週間国際経済2023(22) No.356 07/10~07/18

今週のポイント解説 07/10~07/18

デジタル課税と法人税の最低税率

「恒久的施設なくして課税なし」

企業が海外事業で収益を上げれば課税される。では、誰が課税するのか。非居住者や外国企業の所得に対する課税については、国内法や政府間租税条約で規定するのだが、そこには国際的な規範が必要だ。

現在、国際課税ルールとしてはOECDモデル条約および国連モデル条約があるが、その原則が「恒久的施設なくして課税なし」。これは1928年の国際連盟モデル条約が原型となっている。つまり生産や経営拠点として施設がある国の政府が課税する。反対に、そうした施設がなければ課税できないということだ。

さて「恒久的施設(Permanent Establishment:以下PE)とは何だろう。またその「あるなし」とはどのように規定されているのだろう。経産相のホームページに詳しい、詳しすぎて分かりにくい。かなり複雑だ。支店PEとか建設PEとかはわかるとして、それぞれに除外規定があり、代理人PEとかになると法律の素人のぼくにとって理解することは容易ではない。また保険業などはOECDモデルと国連モデルでは扱いが違う。

さておき、1世紀近く前の原則だ。はじめはシンプルでも、国際経済の複雑化に応じて規定も複雑化してきたのだろう。また、複雑化の原因が「税逃れ」対応だということも理解できた。しかし「恒久的施設なくして課税なし」という原則そのものが実態にそぐわなくなってきたのだ。「税逃れ」対応はイタチごっこだし、そもそもIT企業にはそうした「恒久的施設」がない市場でも営業ができる。OECD(経済協力開発機構)2012年、この原則の見直しを含む国際課税ルールの再検討に着手した。

デジタル課税

税逃れ対策とデジタル課税は同時に提起された。OECDが国際課税ルール見直しに着手したのは2012年だが、この年アメリカ巨大IT企業GAFAが法人税率の低いアイルランドに利益を集めて税率を圧縮していることが発覚した。これをEUが問題視したのだが、なかなか議論が進まない。グーグルの課税逃れを追求し続けていたフランスが、ついに2019年7月に独自のデジタル課税を単独で導入した。

トランプ大統領はこれを「マクロンの愚行」と激怒し、OECD交渉から離脱した。しかしフランスの独自課税にイギリス、イタリアが続いた。こうなるとGAFAも困る。どうせなら統一基準があったほうがましだ。しかも当時、アメリカ世論はGAFA規制に大きく傾いていた。8月のサミットで米仏はデジタル課税について一定の合意をし、10月にOECDは新たな枠組み案を公表した。

その枠組みというのが、恒久的施設の有無にかかわらず利益の一部にかかる税を、その企業の国別の売上高に応じて各国で分け合うというものだった。

その後2021年6月にG7財務相会合共同声明で、デジタル課税について具体的な数字が公表された。巨大IT企業の利益率10%を超える部分に課税し、そのうち少なくとも20%を「消費者がいる市場国」に課税権を与えるというものだ。これを10月にOECD加盟国が合意した。

そして7月12日、日米欧に中国、インドを含む138カ国・地域の国際課税ルールを改める多国間条約の大枠を、OECDが成果文書として発表した。売上高200億ユーロ(約3.1兆円)を超え税引き後の利益率が10%を超える企業を想定し、下の図にあるようにその10%を超過する利益の25%に課税する権利を、サービス消費者がいる国・地域に配分する。今年年末までに各国が署名し、2025年に発効することを目指している。

OECDの試算によると、税収増は130~360億ドルになり、特に低所得や中所得国が恩恵を受けるというのだから小さくない。これからもデジタル化はおおいに進展するだろうから、デジタル税収が課税権のなかった国や地域の財政を支えることになる。こうした前向きな国際的合意は久しぶりのことだ。前向きといえばこのデジタル課税と合わせて、法人税の最低税率を15%とすることも決まった。

「底辺への競争」

法人税の最低税率引き下げは1980年代の新自由主義の波とともに始まり、その後加速していく。OECD加盟国の法人税率の平均は、2000年の32%から2022年には23%程度へと急速に下がっている(7月13日付日本経済新聞)。トネルソンがバストセラー『底辺への競争』を著したのは2000年頃だった。世界が法人税率引き下げや労働基準および環境基準の規制緩和を競うようになり、そのため中間層が崩壊し、社会福祉が最低水準に限りなく落ち込んでいくだろうと警鐘を鳴らした労作だ。

バイデン政権の経済政策理念は中間層の再建だから、トランプ政権下の大型減税を見直すことが大きな柱となる。しかしアメリカだけが先んじて法人税率を引上げることには抵抗がある。そこで国際的に法人税の最低税率導入を呼びかけるようになったのだった。この法人税最低税率15%が具体的に進むと、OECD試算では世界で2200億ドル(約30兆円)の税収増につながるということだ(同上)。

日本の法人税率は、安倍政権下で40%台から23%台にまで引き下げられた。15%よりまだ高い。先進国で法人税率が最も低いのはアイルランドの12.5%だったから、15%というのは妥協の産物に見えなくもない。しかしより低税率の国やタックスヘイブンと呼ばれる極端な低税率地域も存在し、グローバル企業はここに拠点を置き平気で租税回避を続けていた。

グローバル企業は新興国で莫大な利益を上げながら、そこに税金を落とさない。それがまた「底辺への競争」を煽ることになっていた。これではいつまで経っても低所得国の財政基盤が安定することはない。最低税率の国際的協調は、今どうしても必要なことであり、デジタル課税における「恒久的施設なくして課税なし」原則の見直しも含めて世界は100年ぶりの大枠合意に向かい始めたのだ。

問われるアメリカの民主主義

「歴史的」という形容詞は決して大げさではない。ぼくも数年前からこの問題に関心を持ち続けてきた(⇒ポイント解説№210№269など)。しかし喜んでばかりはいられない。大枠合意が条約として発効する要件が明確でなく、とくにアメリカが批准することが前提になりそうだからだ。

アメリカの条約批准には上院の3分の2の賛成が必要だ。しかし上院2分の1議席を持つ共和党は、国内雇用を守るためという理由でデジタル課税には反対している。来年11月の大統領選挙では議会も下院の全議席、上院はおよそ3分の1議席が改選となる。野党共和党のみならず与党民主党内でも不協和音が高まっている。バイデン政権は2月に労働長官人事を指名したが、上院民主党議員3名が反対に回った。産業界の空気を読んだ行動だとされている。

バイデン政権は「民主主義」と「国際協調」を掲げてきた。しかし、民主主義と権威主義との戦争には、民主主義のために経済制裁と武器供与といった国際協調を強いてきた。果てには権威主義との戦いのためにはクラスター爆弾をも供与する民主主義となっている。アメリカの唱える民主主義とはいったい何なのか。日ごとにその姿はおぼろげになり、輪郭も定かではなくなってきている。そう感じるのはぼくだけではないだろう。

世界は今、アメリカに問い直さなければならない。「民主主義の基礎は、税の公平性ではないのか」と。

日誌資料

  1. 07/10

    ・米トルコ首脳電話協議 スウェーデンNATO加盟「早く」
    ウクライナ加盟は「時期尚早」 対ロ停戦前提
    ・「米中の互恵的経済関係は可能」 イエレン米財務長官、訪中成果を強調
    ・経常黒字1.8兆円 5月 資源高一服で輸入額減
  2. 07/11

    ・プーチン氏とプリゴジン氏 反乱鎮圧後に会談 ロシア報道官
  3. 07/12

    ・スウェーデンNATO加盟へ トルコ承認を容認 バイデン氏、トルコ大統領に謝意
    ・「スレッズ」登録5日で1億人 メタ、ツイッターと逆張りの戦略
    過激なコンテンツ避け、企業が安心してユーザーと交流できる基盤作り
    ・円一時140円台、1週間で4円超高 日銀の金利操作修正警戒
    ・熱波・水害、世界で猛威 経済損失「2029年までに420兆円」 <1>
    エルニーニョ発生 今夏、さらに暑く 豪雨45年で3.8倍 最高気温メキシコ49度
    ・企業物価、6月4.1%上昇 伸びは6ヶ月連続鈍化
    ・最低賃金の伸び世界に見劣り 20年末比名目6.5% OECD条約案平均は29%
    日本、物価高への耐性弱く 実質も2.3%増でOECD平均の3分の1
    ・自衛官確保へ待遇改善 有識者報告書 定員の90%台前半しか充足出来ず
  4. 07/13

    ・ウクライナ加盟で温度差 NATO首脳会議 時期明示は見送り <2>
    G7、ウクライナ安全長期保証 新枠組みへ共同宣言
    ・北朝鮮ICBM「米全土射程に」 最長74分飛行で防衛相
    ・デジタル課税「25年発効」OECD条約案 巨大IT対象 税収の米集中是正 <3>
    「恒久的施設なくして課税無し」原則、およそ1世紀ぶり変更 税の公平性前進
    売上高200億ユーロ(約3.1兆円)超で税引き後利益率が10%を超える企業を対象
    法人税の最低税率15%ルールと合わせて 米の自国主義克服カギ
    ・米消費者物価3.0%上昇 6月、12ヶ月連続鈍化
    ・米高官、中国大使と会談 国防対話の再開促す
  5. 07/14

    ・「円安・株高」が逆回転 円上昇138円台 株価3万2000円割れ <4>
    ・米国の輸入、中国首位陥落 メキシコが抜く 上期、15年ぶり <5>
    貿易構造一変 半導体、1年で半減 カナダも中国抜く ASEANシェア、10年で倍増
    ・2大国 保護主義鮮明 米、EV・半導体補助金で中国排除 世界経済に影
    ・中国、雇用回復に影 4~6月輸出4.7%減 米の依存軽減が下押し
    ・男女の賃金格差、平均3割 7100社分析 金融・保険が最大 管理職比率の差背景
    ・米利上げ「あと1回」再浮上 米物価6月3.0%上昇、5月3.2%の日本と逆転<6>
    ・EU、日本食品規制撤廃 福島産など、来月めど
    ・大阪万博、国内勢も足踏み パビリオン工事、申請3割 準備遅れ、調整力不足
    ・ドイツ 対中戦略「付きあい方変える」 経済関係は維持
    ・米卸売物価、6月0.1%上昇 伸び率、3年ぶり低水準
    ・円上昇、一時137円台 米利上げ長期化観測後退
  6. 07/15

    ・米俳優、43年ぶりスト 動画配信報酬やAI利用に危機感
    ・市場、緩む米物価高警戒 リスク資産にマネー 世界株高ITけん引 <7>
    ドル安進行 FRB理事けん制「利上げ2回必要」 資産効果による消費刺激でインフレ圧力
    ・米共和党、対中強硬堅持迫る ケリー特使(気候変動問題)の訪中に照準
    ・JPモルガン最高益 4~6月最終 67%増 金利上昇追い風 <8>
    ウェルズも57%増 利ざや2年ぶりに縮小 焦げ付きコスト上昇 先行きに警戒
  7. 07/16

    ・中国新築住宅 70都市中38都市で下落 6月 物価下押しデフレ懸念も <9>
    不動産関連はGDPの3割 耐久財販売も不振 雇用改善に遅れも
    ・欧、アジア、中東と経済協力 韓国、UAEで原発導入 中仏合弁、サウジが出資検討
    産油国、脱炭素へ技術狙う
  8. 07/17

    ・TPP、英加盟を承認 発効後初拡大 12カ国・14兆ドル経済圏に <10>
    自由貿易拡大難路 米中対立の余波 経済安保に傾く世界
    ・インド・UAE首脳、現地通貨で貿易決済合意
    ・尹氏、ウクライナ訪問 韓国、復興支援に布石 原発・空港再建など
  9. 07/18

    ・中国GDP6.3%増どまり 4~6月実質 上海封鎖の反動 <11>
    中国景気、不動産ブレーキ 収益・雇用の回復遅れ 企業・家計、先行き不安強く
    ・ロシア、黒海穀物合意「停止」 小麦先物価格が一時上昇
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