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週間国際経済2021(39) No.289 11/21~11/27

今週のポイント解説(39) 11/21~11/27

日本の台湾コスト

1.中国が6年以内に台湾侵攻?

今年の3月に開かれたアメリカ上院聴聞会でインド太平洋司令官のデービットソンさんが、「中国が6年以内に台湾を侵攻する可能性がある」と主張して注目されました。ぼくの違和感はとりあえず2つ、まずなぜ「6年以内?」、しかもデービットソンさんは4月に退任する人なのに、でした。

しばらくしてデービットソンさんは、9月に日本経済新聞のインタビューで「6年以内」について説明しています(9月23日付)。中国国家主席の任期は5年、習近平さんは2期10年という憲法の規定を変えて、来年秋に3期目に入ると見られています。すると2027年、つまり2021年から6年後は4期目という「執権再延長の山になる」ということでした。どうやらこの「山」を越えるためには「台湾統一」という悲願を達成しようとするだろうという、まぁ「説」ですね。

とはいえ、ありそうな話には聞こえます。するとデービットソンさんの後任のアキリーノ司令官がやはり上院聴聞会で、中国の台湾侵攻は「大半の人が考えているよりはるかに近いと思う」と述べました(3月26日付日本経済新聞)。「大半の人?」、かなりの多数がデービットソン「説」を支持しているということですよね。

だとしたらたいへんなことです。アメリカ軍のアジア太平洋シフトを加速さるための「説」かも、と思ったのですが、気になるのがデービットソンさんは「これまでの戦略を維持するという合意がなされている」というのです。ただ「補完」は必要だと。その補完とは、アキリーノさんは「日本が地域における抑止力の土台」だと指摘しているのです。

2.台湾防衛の義務

軍隊というものは、軍事的緊張があると政府を説得しなければ予算を増やしてもらえません。またアメリカ外交というものは、やはり軍事的緊張を示すことでその地域でのプレゼンスを強化させてきました。そしてオバマ政権以降、トランプ政権もバイデン政権も、中東から撤退してアジア太平洋にシフトするという戦略は一貫しています。

これまでアジア太平洋の軍事的緊張とは、なんといっても北朝鮮の核・ミサイルでした。トランプさんなどはすわノーベル平和賞も、なんてくらいの張り切りようでしたが、「完全なる非核化」にこだわるあまりゼロ成果に終わります。支持率も上がらず、大統領選挙のアピール材料にすらなりませんでした。しかも北朝鮮問題には、中国の協力が不可欠です。

そこで台湾、ですか。たしかにアメリカでは北朝鮮より台湾のほうがはるかに支持率に影響します。中国系アメリカ人にとって最大の関心事のひとつですから。もちろん中国海軍の海洋進出という軍事戦略上の重要性も高く、台湾は世界最大の半導体製造集積地ですから脱中国サプライチェーン再編においても台湾は戦略的地域です。したがって、アメリカ経済界の関心も大きいでしょう。

ところが、ここには決定的な問題があります。というのも、北朝鮮の核・ミサイルは韓国、日本というアメリカの同盟国に対する脅威です。しかし台湾はアメリカの同盟国ではありません。

1979年の米中国交正常化とともにアメリカは台湾との国交を断絶しました。「ひとつの中国」原則ですね。でもアメリカは同時に台湾関係法を成立させ、アメリカは台湾の自衛力強化に武器供与などで協力するものの、防衛の確約はしていません。「あいまい戦略」と呼ばれています。この中途半端さが、アメリカの対アジア外交の特徴のひとつでもあります。

3.バイデンさんの失言癖?

バイデンさんは、オバマ政権副大統領のときから数々の「失言」で物議をかもしていました。失礼ながらご高齢でもあります。アメリカ軍のアフガニスタンからの撤退バタバタのときにも「失言」騒動がありました。バイデンさんは(アフガニスタンは見捨てたけど)、NATOの防衛義務は「神聖なる約束だ」として「日本、韓国も同じだ」、そこまではいいとして続けて「台湾も同じだ」と発言したのです。あわててホワイトハウスが「アメリカの台湾政策は変わっていない」と火消しに追われたという顛末でした。

10月にも同じようなこと、つまりアメリカには台湾防衛の義務があると発言して、またホワイトハウスが撤回しています。そしてこともあろうに11月16日の米中首脳オンライン会議の直後に、主語が不明瞭なまま「(台湾は)独立している」とも受け取れかねない発言をしました。さすがに11月19日付日本経済新聞は、「確信犯か」と書いています。

だとしたら、これはもう瀬戸際戦術ですよね。台湾問題は中国にとって「核心的利益」です。ぼくももう「失言」だとは思えなくなっています。中国を抑制するためのアピールなのでしょうか。でも真意は、そしてどこまで本気なのか、わかりません。

4.米中ガードレール

さてその11月16日の米中首脳オンライン会議ですが、大方の予想通りほとんど噛み合っていない内容でした。ただ、バイデン政権ではこれまで2回の電話協議はありましたが、オンラインとはいえ顔を合わすわけで、やたらと互いに笑顔だったことが印象的でした。バイデンさんが手を振れば、習近平さんも手を振って答えるなど、少し気持ち悪かったです。

そこで唯一、合意があったとすれば、「偶然の衝突回避」でした。バイデンさんが「衝突に発展しないようにガードレールを設ける必要がある」と振ると、習さんも「前向きに発展させたい」と応じます。これを受けて米中は、年内にも国防トップの対話を実施する方向で調整に入りました。これもバイデン政権で初めてのことです。

アメリカは中国共産党の重要会議(6中全会)開催中に議会代表団を送り、その移動に軍用機を使用しました。かなり煽っていますよね。レッドラインというのは越えてはならない一線ですが、ガードレールとなればぶつかることを想定したものですから不気味です。

5.台湾有事と尖閣有事は不可分

そもそもの話として、ここでおさらいしておきましょう。尖閣諸島は1972年の沖縄返還まではアメリカ軍の施政下にありました。当時、蒋介石国民党統治の台湾はアメリカの同盟国でした。その台湾が尖閣の領有権を主張しています。そこでアメリカは尖閣が日本の施政下にあるものの、領有権については中立という、ここも「あいまい戦略」を採用します。その後、米中は国交を正常化して「ひとつの中国」原則、そこで台湾は中国だがら尖閣も中国だという論理が出てくるわけです。しかし日中国交正常化交渉でも尖閣領有権については、日中も「あいまい」にすることにしていました。

ところが尖閣領有問題が激化していくと、日本政府は繰り返し「尖閣は日米安保条約の対象」であることをアメリカに確認するようになります。日米安保条約では「領土」ではなく「日本の施政下にある」ことが対象ですから。でもそれは日米の論理であって、中国からすれば台湾統一とは尖閣を含むものなのです。

再びでもそれは中国の論理ですから、日本にとって尖閣防衛と台湾有事は別次元の問題でした。ところが今年4月の日米首脳会談で、「台湾の平和と安定の重要性を強調する」と共同声明に明記したのです。初めてのことでした。これを受けて『防衛白書』では「台湾情勢の安定が日本の安全保障に重要」だと初めて明記するようになります。

ましてや集団的自衛権容認の新安保法制のもとでは、台湾有事でアメリカ軍が行動を起こした場合、自衛隊はこれを支援しないわけにはいきません。すると中国はそれを前提として行動するでしょう。つまり、中国は最初にどこを攻撃するのかというリスクを、日本は負うことになるのです。

6.強まるアメリカの対日要求

最近の動きを時系列で並べてみましょう。10月20日、次期駐日大使に指名されたエマニュエルさんは上院公聴会で日本の防衛費増額は「不可欠だ」と表明しました。ここで自民党が衆院選公約としてこれまでGDP比1%以内としてきた防衛費を「2%以上も念頭に増額を目指す」と明記したことにも触れています。この「GDP2%以上」公約が日本で騒がれなかったことも、謎です。その2日後、ジャパン・ハンドラーとして有名なアーミテージ元国務副長官が、台湾情勢を踏まえて「日本は防衛費倍増を」と強調しています。

11月17日にはアメリカ議会の超党派諮問委員会が中国に関する報告書を公表し、中国に対抗するために中距離ミサイルの配備について日本との協力が望ましいと圧力をかけてきました(11月18日付同上)。しかも台湾有事では、中国が在日米軍へ先制攻撃を仕掛ける可能性があるとも分析しています。この対中ミサイル網構想は今年の3月に検討が始まったという報道があったのですが、記事ではなんと日本の外務・防衛当局が歓迎していると報じられていました(3月5日付)。中距離ミサイルが日本に配備されれば、北京を含む中国全土が射程に入るのですよ。11月19日、アメリカのアジア戦略を担当するキャンベルさんは、日米豪印の枠組み「Quad(クアッド)」について、2022年の主催国は日本になることで合意したと語りました。

11月19日付では、政府が在日米軍駐留経費の日本側負担の増額へ調整に入り、さらに2021年度補正予算では防衛費を7000億円計上するとのことです。これで日本の防衛費は6,1兆円で対GDP比は1.09%になります。これを2%にするというならば、消費税率で換算すれば3%近くの引上げになります。この防衛費補正予算では戦闘機に搭載する空対空ミサイルや魚雷などにも投じられるそうですが、こんなものどこでどう使うのでしょう。

謎なのは、台湾有事への備えというならば、その有事の際の邦人退避についてはどうするのでしょう。台湾には約2万5000人の日本人がいます。日本は台湾と国交がありません。政府高官は「具体的な計画がない」と明かしているということです(11月26日付同上)。

7.やっぱり安部さん、あなたたちですか

今回はこれで校了と思って休憩していたら、ふとヤフーニュースが目に入りました。安部元首相が1日、台湾のシンクタンクが主催する会合にオンラインで講演し、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事」と述べたというではありませんか。あわてて朝日新聞デジタルでも確認しました。驚きました。

日本にとっても「ひとつの中国」は対アジア外交の大前提です。バイデン政権も繰り返しそれを再確認しています。安部さんの発言は、その大前提も慎重に積み重ねてきた「あいまい戦略」も全部ちゃぶ台に乗せてひっくり返したようなものです。ぼくは思わず、「影が薄くなって焦ってる芸能人の炎上狙いみたいやないか」と突っ込んでしまいました。

さらに今朝2日付朝刊では、日本経済新聞のインタビューで安部さんはさらに詳しく語っています。どうやら安部さんは、いや「安部さんたち」は、たとえ外交の可能性を大きく損ねても、ひたすら防衛装備増強に頼ることが「抑止力」だと信仰しているようですね。

いずれにせよ、ただでさえ過重な「日本の台湾コスト」が、これからさらに膨れ上がっていくようで、とても心配です。これからも注意深く観察しないと。「こんなはずじゃなかったことは、知らぬ間に進む」、そんな歴史上の実例はたくさんありますから。

日誌資料

  1. 11/21

    ・欧州コロナ規制逆戻り オーストリアは都市封鎖 ベルギーは在宅義務化
  2. 11/22

    ・中国・ASEAN、対話開始30周年で首脳協議 習主席が主催し出席 <1>
    習氏、ASEAN抱き込み 外交関係格上げ 孤立回避へ重視鮮
  3. 11/24

    ・米大統領、FRB議長にパウエル氏再任「インフレの脅威に対処」 安定・継続重視
    ・米、石油備蓄放出へ 価格抑制 異例の措置 日中などと協調 <2>
    「ガソリン価格下がる」効果に自信
    ・岸田首相 石油国家備蓄初の放出表明 米と歩調
    ・米感染、1ヶ月で4割増 感謝祭控え、往来に警戒
    ・欧州死者、5割増の恐れ WHO 来春までに70万人と予測(現在約150万人)
  4. 11/25

    ・備蓄放出、市場に響かず NY原油2%上昇高止まり 逼迫解消へ規模不足の見方
    ・デジタル通貨で企業決済 大手銀行やNTTなど74社、来年にも <3> <4>
    取引数秒、低コスト まず電力売買
    ・サムスン、米に半導体工場 テキサス 2兆円投資、先端品量産
    ・独次期首相に社会民主党のシュルツ氏 緑の党など3党連立合意
    ・欧州、コロナで規制強化 感染再拡大で伊・独、未接種者の行動制限
    ・米政権と共和党州知事 ワクチン義務化で対決鮮明 両者引かず法廷闘争続く
    ・米量的緩和縮小、加速も FOMC11月議事録 高インフレ警戒 拙速、懸念する意見
    ・米消費支出物価5%上昇 10月、31年ぶり水準 原油高など響く
  5. 11/26

    ・米中、国防トップ対話へ バイデン政権初 年内にも、衝突を回避
  6. 11/27

    ・経済対策 追加歳出31兆円 補正予算案 赤字国債22兆円 <5>
    補正で膨らむ予算、常態化 緊急性低い事業も相次ぎ計上 使途の点検。監視不可欠
    国債残高1000兆円突破へ 10年で1.5倍 財政悪化の底に見えず
    防衛費最大の7700億円 当初予算と合わせ6.1兆円 GDP比1%超
    ・電気料金、来春も上昇へ 来年1月、ガスも値上げ LNG高騰で家計に重く <6>
    ・EU、中国重視から転換 ASEM(アジア欧州会議) 民主主義国と協力表明
    仏など台湾との関係強化 対中投資協定棚上げ インドとFTA交渉開始望む
    ・太陽光パネル急騰3割高 中国で電力不足、工場稼働低下 再生エネ戦略影響も
    ・南アで新変異型「オミクロン型」 各国警戒 英など直行便禁止 香港でも確認
    ・日経平均747円安 新変異型を懸念 NY株急落、905ドル安 欧州株も全面安
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