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週間国際経済2020(13) No.224 05/02~05/12

今週のポイント解説(13) 05/02~05/12

トランプさんは何と戦っているのか

1.「より小さな悪」

読んだのはずいぶん前だと思っていたが、訳本が出たのは2011年だった。マイケル・イグナディエフの、『許される悪はあるのか』(刊行は2004年)だ。9.11同時多発テロのあと、テロとの戦いのためにはどの程度まで人権停止が許されるのかという話だ。カナダ自由党の党首でもあった著者の立場はリベラルだ。ただしリベラルが理想主義に走らないために「より小さな悪」はどこまで許されるのかという議論を試みていた。

もちろん、そうした人権停止が常態化したり政治が腐敗しないようにという慎重かつ詳細な考察が記されているのだが、ぼくは大きな悪と小さな悪の選択という前提に馴染めず、その内容が消化できないまま読了とした。

今になってふとそれを思い出したのは、たしかにウイルス感染という大きな悪と私権制限という小さな悪という対比からなのだろうけど、それはきっかけにすぎない。ぼくはどうも、昨今のより小さな悪は許されるという政治的風潮の蔓延を恐れているのだ。むしろ、政治権力者たちが「より大きな悪」を強調することによって自らの「悪」を「より小さく」見せるという政治手法を好んで選択している危うさを感じていたのだ。

例えば、現政権にも問題はあるが前の政権と比べればマシだとか、気にくわない国をやっつけるためには必要だとか。イグナディエフも「より小さな悪」を許す選択は「道徳的リスク」であり、それはやがて「より大きな悪」に転じる可能性があると指摘している。より小さな悪はさらに矮小化され、それは連続して発生するようになり、政権の腐敗は加速する。また、それを問題にする人たちと問題にしない人たちの間に対立が生まれ、それが民主主義を蝕み、結果として「大きな悪」との戦いをも弱体化させる。

トランプさんは、何と戦っているのだろう。中国に新型コロナ感染拡大の責任がないとは言わない。しかしそれをフレームアップし、ついには断交をほのめかすまでにヒートアップさせている。トランプ政治は憎悪・分断・対立を成功体験としている。彼にはつねに「より大きな悪」が必要だった。そしてより小さな悪のほうが大きくなればなるほど、より大きな悪はさらに大きくなる必要がある。

また心配なのは、根拠が希薄な中国バッシングがむしろ中国の反転攻勢の口実となり、行き過ぎた対中制裁は、中国政府にとってそれが「大きな悪」となって国内の「より小さな悪」を選択する「道徳的リスク」にもなりかねないことだ。

いずれにせよ、米中「コロナ戦争」の過熱はパンデミックと人類との戦いにおいて協調を後退させ、かつポスト・コロナの世界経済回復にとっても重い足かせとなろうだろう。

さかのぼって、経緯を整理してみよう。

2.「習近平主席に感謝したい」

トランプさんの1月25日のツイートだ。「中国はウイルス封じ込めに真剣に取り組んでいる。われわれはその努力と透明性をおおいに評価している。習近平主席に感謝したい」。トランプさんは1月15日、中国との貿易交渉「第1段階合意」に署名し、「不公正な貿易から米国を守るという公約を守った」とご満悦だった。1月23日には、武漢は都市封鎖が発表されていた。

当時、ウクライナ疑惑を巡るトランプ大統領弾劾手続きが進行していた。トランプさんには対中交渉の成果を誇張する必要があった。2月5日、アメリカ上院はトランプ大統領に無罪評決を下した。さあ、大統領選挙だ。トランプさんの売りは株価と雇用だ。これをどうやって秋まで持続させるかだ。中国には合意通りアメリカの農産物を大量に買ってもらわなくてはならない。株価を下げるような材料は、あってはならない。

2月7日、「習近平主席は成功するだろう。われわれは中国支援に向け緊密に協調している」。2月10日、「4月にはウイルスは消滅している」。2月24日、「ウイルスはアメリカではコントロールできている」。2月28日、「感染者は、数日中にゼロになるだろう」。まだ習近平指導部に対する称賛は変わらない。韓国、イタリア、イランで感染拡大は深刻なレベルになっていた。

3月4日、アメリカ下院は感染抑制に83億ドル(約9000億円)の予算案を可決した。トランプ政権は当初25億ドルの予算を求めていたが、与野党から「不充分」との声が出て3.3倍に積み増した。とっくにマーケットはアメリカでの感染拡大を警戒している。

3月11日、WHOが新型コロナ感染について「パンデミックとみなせる」と表明した。あわててトランプさんはヨーロッパからの入国を禁止し、13日に国家非常事態宣言を宣言した。22日にはアメリカの感染者数は3万人を超えて中国を抜き、NY州をはじめ7000万人が外出禁止となった。

コロナ対策の初期対応は明らかに失敗だった。トランプさんは24日、「自動車事故でももっと人が亡くなっている」、「復活祭(4月12日)までに外出禁止をやめて経済活動を再開させたい」。根拠なき楽観論を改める気配は、まったくなかった。少なくともこの時期まで、トランプさんは「コロナと戦うリーダー」という姿からほど遠かった。

3.アメリカは中国の政府発表をもとに政策を立案しているのか

トランプさんは、この3カ月の初期対応の失敗を、中国の情報隠蔽のせいにしている。、新型コロナの脅威に関して情報機関から最初に報告を受けたのは1月23日だったとトランプさんは言うのだが、関係者はもっと前だったと言う。ワシントンポスト紙は匿名の米高官の発言を引用し、トランプ大統領は1月と2月に新型コロナの危険性について情報機関から繰り返し警告を受けており、その回数は10回以上になると報じた(4月27日付)。

2月25日には、アメリカ疫病予防センター(CDC)は新型コロナについて「国内のコミュニティーで感染が広がるのは時間の問題だ」と強く警告していた(2月26日付日本経済新聞夕刊)。その翌日26日に、トランプさんは会見で「アメリカ人へのリスクは極めて低いままだ」と力説し、中国に対しても「彼(習近平主席)はこの問題に懸命に取り組んでいる」と評価している(同2月28日付)。株価の不安材料を消し、中国が対米輸入を大幅に増やすという合意が進展するというメッセージだ。

3月16日、NY株は過去最大の3000ドル近い下げ幅を記録した。今思えばこの日から、トランプさんはツイッターで新型コロナを「中国ウイルス」と呼び始めたのだった。

3月25日の主要7ヵ国外相会議で共同声明が見送られたのは、ポンペオ米国務長官が「武漢ウイルス」という呼称を主張したからだと報道された。4月になってトランプさんは「WHOは中国寄りだ」と批判するようになり、14日にはWHOへの資金拠出を当面停止すると表明した。

この頃から、トランプ政権による中国バッシングは加速していく。じつはぼくは、その節目が4月8日、民主党大統領候補にバイデン氏が指名されることが確実になったことだと思っている。

4.「ジョー(・バイデン)は中国に甘い」

サンダースさんの撤退によって、民主党大統領候補はバイデンさんに固まった。トランプさんの標的がロックオンされた。アメリカの国民意識調査では、3月の時点で中国に不快感を持っているという回答が7割に迫るようになっていた。オバマ政権で副大統領だったバイデンさんには対中政策において穏健なイメージが強い。バイデンさんの息子さんは中国ビジネスに関わっていたそうだ。

なんでもいいからバイデンさんと中国をイメージ的に結びつけよう。トランプさんは露骨に「中国はジョーに当選して欲しいんだろう」と放言し、バイデンさんの過去の発言をキリトリして対中弱腰イメージをネットで拡散させる。あげく「私を敗北させるために中国はできることはなんでもするだろう」(4月29日ロイター通信)。トランプ支持団体は「バイデンは何十年も中国を擁護してきた」というテレビCMを5月1日から流し始めた。

それでも有権者支持率ではバイデンさんがトランプさんを6%から8%リードしている。民主党最大の弱点は、左派と中道派の分裂だった。しかし撤退した左派サンダースさんの持論は国民皆保険だったが、コロナ禍のなかで、それは決して左派的ではなくなった。むしろオバマケアを撤廃させたトランプさんにとって逆風だ。中道派は政策的に左派に歩み寄り、サンダース支持層はバイデンさん支持に歩み寄った。

中国は「大きな悪」だ。アメリカ国民の70%近くはそう感じている。その中国がバイデンを大統領にしようと企んでいると煽る。アメリカでのコロナ感染拡大については、「ウイルスについて言うならば、世界のどの国もコントロールできていない」(3月24日)と、トランプさんは言う。つまり「より小さな悪」だと。

それでも支持率は回復しない。「大きな悪」はさらに悪く、「より小さな悪」ですら中国に責任がある、しかも重大な責任があるとしなければならない。5月以降、中国バッシングはエスカレートする。次回は(より優先して取り上げるべき出来事がない限り)、この問題の5月以降の動向を観察することにしようと思う。

日誌資料

  1. 05/02

    ・米30州、経済一部再開 行動制限が終了 感染再拡大に懸念
    ・韓国、8年ぶり貿易赤字 4月輸出24%減、自動車など
  2. 05/03

    ・世界の企業、4割減益 1~3月 日欧、7~8割減 航空・自動車総崩れ<1>
    ・新興国、止まらぬ資金流出 100日で10兆円超 リーマン危機の4倍
    ・正恩氏、3週間ぶり動静 北朝鮮、「健在」アピール
  3. 05/05

    ・追加対策、首相「速やかに」 緊急事態31日まで 期限内解除も <2>
    延長におわび「責任痛感」 アナログ行政 遠のく出口
    PCR検査「目詰まり」 首相、体制不備認める
    ・米、大型減税を検討 トランプ氏「雇用立て直す」
  4. 05/06

    ・米、対中貿易27%減 1~3月 コロナで停滞 合意暗雲
  5. 05/07

    ・ユーロ圏マイナス7.7% 今年の成長率、欧州委予測
    ・独、経済再開へ緩和加速 新型コロナ 大型店も営業 プロサッカー、今月後半に
    ・自宅療養、ホテルの2.3倍 厚労省調べ 1,984人、移行進まず
  6. 05/08

    ・米、コロナで対中摩擦再燃 「拡散に責任」関税や賠償請求 <3>
    ・レムデシビルを承認 厚労省 国内初のコロナ治療薬 審査、4日間
    ・中国輸出、プラス転換 4月3.5% 日本向けは3割増 マスク、パソコン
    ・消費支出3月6%減 コロナ打撃 5年ぶり落ち込み <4>
  7. 05/09

    ・米失業率14.7% 戦後最悪 4月、雇用は2050万人減
    ・家賃3分の2助成合意 与党、中小向け「月50万円まで」 第2次補正編成へ
    ・NY株455ドル高、ハイテク株5連騰  米、実体経済と乖離鮮明
  8. 05/10

    ・温暖化ガス、コロナで急減 今年、リーマン時の6倍(IEA試算) <5>
  9. 05/11

    ・世界企業、守りの資金確保 需要蒸発に対応 過去最高水準
    ・英、外出制限を緩和 まず建設・製造業 小売りは来月 仏、百貨店など営業
    ・中国新車販売4.4%増 4月 22カ月ぶりプラス 政府支援、背景に
  10. 05/12

    ・中国、米へ直接投資9割減 1~3月 貿易戦争・コロナ受け
    ・デジタル課税、乱れる協調 新興国など独自の動き コロナで税収懸念
    ・NY州、15日に経済再開 7条件、地域分け まず製造業など
    ・トヨタ・ホンダ、北米生産再開 11日、約50日ぶり
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