「 2020年 」一覧

週間国際経済2020(14) No.225 05/13~05/21

今週のポイント解説(14) 05/13~05/21

WHO総会とトランプさんのジャイアンぶり

1.より大きな悪

基本、トランプさんにとって習近平さんはディール・パートナーだ。だから中国を褒めるときは必ず習近平さんを名指しで称賛する。中国を批判するときは、絶対習近平さんの名前を出さない。また、1月15日の米中貿易「第1段階合意」は、トランプさんにとって公約実現の大切な売りだ。だからそれを「歴史的な取引だ」と誇張する。

だが、アメリカには原理的な対中強硬派がいる。大統領補佐官のナバロさんが筋金入りの代表だ。副大統領のペンスさんは共和党内対中強硬派を代表し、国務長官のポンペオさんはさしずめ情報機関の代表。かれらのイデオロギー的拠点がハドソン研究所といったところだろう。彼らにとって中国は取引相手ではない。特に2018年3月全人代で「2期10年」規制が撤廃されて「長期1強」となった習近平さんは、脅威でしかない。

アメリカ全土に新型コロナ感染が拡大し、再選を目指すトランプさんには「より大きな悪」が必要になってきた。ビュー・リサーチ・センターが3月に実施した国民意識調査では、中国に不快感を抱くとの回答が66%に達していた。そこで民主党大統領候補にバイデンさんの指名が確実になり、バイデンさんが中国に対して融和的だというキャンペーンが始まる。トランプさんは、「北京バイデン」と呼び出した。あいかわらず直球だ。ナバロさんは「大統領選挙は中国に対する国民投票になるだろう」、これもまた直球だ。

ここでトランプさんと対中強硬派の利害が完全に一致したかといえば、そうでもない。ぼくが気になったのは4月18日の記者会見でトランプさんが、コロナ・パンデミックについて「中国が故意に引き起こしたなら報いを受けるべきだ」と警告したことだった。つまり、「故意に引き起こした」とトランプさんに提言する勢力がいるということだ。でもトランプさんは、「たぶん彼らは(公表するのが)恥ずかしかったのだろう」と、なにげに「故意」を否定していた。

ナバロさんやハドソン研究所は、中国が故意にコロナを拡散させたと断言するようになる。このころトランプさんのコロナ対策についての世論調査では、「評価する」が3月には60%台だったものが、15%以上下落して40%半ばになっていた。ナバロさんは「中国に対する国民投票」だというが、次第に「コロナ対策についての信任投票」になりつつあった。

トランプさんは、さぞ焦ったことだろう。4月30日には「気が変わった」と言って中国にコロナ拡散の報復を検討していると語り、5月6日にはコロナ被害を「真珠湾や9.11よりもひどい」と言い出した。また「中国で食い止められるべきだった」としているが、どうやらより「故意」説に傾いたように見えた。このあと、対中強硬派は主導権を握ったようだ。ファーウェイ制裁強化も中国の対米投資規制強化も(この問題はあらためて取り上げる)、大統領選挙に有効かどうかといった問題を超えている。

ぼくは4月はじめから5月にかけて、トランプさんと対中強硬派のあいだに「より大きな悪」について温度差があったと思っている。この温度差を埋めたのが「WHO(世界保健機関)批判」だったのではないか。4月7日、トランプさんは「WHOは中国寄りだ」と強く批判し、14日にはWHOへの資金拠出を停止すると表明した。

2.新型コロナ・ワクチンに特許制限

新型コロナ感染が発生して最初のWHO総会が5月18日に開幕した。トランプさんは台湾のオブザーバー参加を要求して揺さぶりをかけた。もちろんそれが実現できるとは思っていない。中国は全人代開幕を目前に控えている。台湾の参加を支持している加盟国は全194ヵ国中43ヵ国。でもこれでWHOの「中国寄り」を印象づける作戦だ。それだけではない、トランプさんにはWHO脱退の名分が必要だった。

今総会の最大の課題は、新型コロナ・ワクチンを開発した企業の特許権に制限をかけることだった。これはEUや日本が総会に提案していた。5月20日付日本経済新聞によると、WHO協定には「強制実施権」があり、これが発動すると特許権者の許可がなくても第三者が特許技術を使える。「公共財」として安くワクチンを供給することを目指したものだ。

パンデミックの中、ワクチンには量産が求められる。精製のノウハウや複雑な設備が欠かせないという。5月15日時点で世界で8種類が治験まで進んでいて、うち4種類を中国勢が占めている。しかし総会直前の18日、アメリカ医薬ベンチャーのモデルナが初期の治験が有望だったと発表した。

トランプ政権もワクチン開発には熱を入れている。4月30日には、ワクチンの有効性が確認できる前に生産体制を整えるように資金を支援する「ワープ・スピード作戦」が明らかになった。トランプさんは「これまで見たことがない近道で開発したい」(5月1日付同上夕刊)と、大統領主導の国家計画として成功に意欲を示した。先行する中国を意識したものと報じられていた。

※詳しくは⇒補足説明①

コロナ感染に対する初期対応に失敗したトランプさんは、どうしても感染収束に対するリーダーシップが必要です(それは中国も同様でしょう)。そのためにはワクチンと治療薬です。そしてそれは間違いなくビッグ・ビジネスになります。もちろん大統領選挙には効果的でしょう。

すでに3月にはワクチン開発を進めるドイツ企業に対して10億ドルの資金提供の見返りにアメリカへの移転やワクチン独占を求めたという疑惑が発覚し、ドイツ政府が抗議しています。オックスフォード大学とイギリス政府によるワクチン開発にもやはり10億ドルの支援をし、生産されたワクチンの3割がアメリカに供給されると伝えられました。フランスの製薬大手も資金提供を理由に「アメリカに最も多く事前発注する権利がある」としています。これら資金提供はすべてアメリカ厚生省の生物医学先端研究開発局(BARDA)からのものです。BARDAはジョンソン・エンド・ジョンソンにも多額の支援をしています。

治療薬はどうでしょう。日本で有名なのはアメリカ製薬大手ギリアドが開発した「レムデシビル」ですね。厚労省は何と4日間で治療薬としての審査を終えて承認しました。これはもちろん前例のない、驚くべき速さだということです(ついでに日本製のアビガンは承認されませんでしたね)。

そしてなにより驚いたのが、トランプさん自身がまだ未承認で深刻な副作用も指摘されている抗マラリア薬「ヒドロキンクロロキン」を毎日服用していると公表したことです。

本当かどうかはわかりません。でもトランプさんはこの薬を「ゲームチェンジャーになるかもしれない」と積極的に国民に勧めてきました。これはアメリカの食品医薬品局もWHOも使用しないように警告しています。

WHO総会は、ワクチンに特許制限をかける決議案を採択し、19日閉会した。アメリカはこれに「慎重姿勢」を決め込んでいる。反対するわけにもいかないのだろう。仮に中国が最初に開発に成功すればその特許には制限をかけたいし、アメリカが逆転すれば制限は嫌だ。

どうすればいいのか。そこはトランプさんの得意技だ。WHOを脱退すれば済むことだ。

3.WHO脱退、アメリカの条件

トランプさんはWHO総会開幕の18日、WTOが「中国寄り」の運営を改めなければ脱退すると示唆し、テドロス事務局長宛に4ページにわたる書簡を送りつけた。そして30日以内に改善がなければ資金拠出の恒久停止と脱退もあり得ると警告した。

最大の難問は、ウイルスが具体的にどこからどのように広がったのかを調べろということだ。たいへんだ。中国は全力で証拠を隠している。ウイルスサンプルは破壊され、WHOの武漢市への立ち入りも拒んでいる。「30日以内」は、無理だ。

新型コロナの感染爆発で武漢市が都市封鎖されるころ、アメリカはある意味でWHO以上に「中国寄り」だった(⇒ポイント解説№224)。中国のウイルス封じ込めについてトランプさんは、「習近平主席に感謝したい」(1月25日)、「習近平主席は成功するだろう」(2月7日)、「習近平主席はこの問題に懸命に取り組んでいる」(2月26日)。かりに中国が証拠隠滅をしたとすれば、じゅうぶんな時間的猶予をトランプさんは与えたと思う。

※詳しくは⇒補足説明②

MARS(中東呼吸器症候群)が広まったとき、テレビでは連日そのウイルスの保有宿主(感染源動物)はヒトコブラクダだとやっていたのを鮮明に覚えています。ヒトコブラクダの前はコウモリだとか、SARSもエボラもコウモリだとか、とてもコウモリが怖くなりました。

新型コロナのときもコウモリだと、それを武漢市の海鮮市場で売っていたと言うではあありませんか。中国の人はコウモリが怖くないのかと信じられませんでした。そんななかで、次の小さな小さな記事を見つけたのです。

内容にも驚きましたが、なにより驚いたのはこのことをテレビが取り上げたことも知りませんし、新聞記事としてこのあと見ることがなかったということです(誰か大きな力が抑えているとうがっていました)。ですからアメリカ政府が「ウイルス研究所が発生源だ」と騒ぎ出したとき、「そうなんや」とすぐに信じたほどでした。「これはえらいことになるな」と。

でもその後、アメリカNBCニュースなどによると、ポンペオさんが入手した情報というのは国防総省の下請け機関によるもので、専門家はこれを「デタラメ」と断じたというのです。なんでもその報告書はSNSの投稿や商業衛星画像が材料だというのです。本当でしょうか。わかりません。

今までも「どうしてこんな大切なことが」と思えることが永遠にわからなくなったことがたくさんあります。フセインさんの裁判とか、ビンラディンさんの殺害とか。今回は、どうなるんでしょ。確実なことは、「30日以内」には絶対にわからないということでしょう。

その後トランプさんやポンペオさんが、武漢のウイルス研究所から感染が拡大した、「その証拠はいくらでもある」と言い出した。アメリカ軍は「わからない」、アメリカの専門家も「人工的なものでなない」と言う。もしや、イラクの「大量破壊兵器」と同類なのかと。いつしかポンペオさんが「発生源は不明」と手のひらを返してしまった。

謎だ。トランプ政権は自ら「証拠」としたものを公表したうえで、WHOに真相解明を求めるべきだろう。

4.WHO資金拠出停止

アメリカはWHO予算の約15%を拠出する最大のスポンサーだ(2位はビル・ゲイツさんの慈善財団で約10%)。といっても4億ドル(約430億円)を超える程度だ。でもこれがなくなると本当に困る。誰が困るかといえば、テドロスさんというよりもまず、貧しい途上国だ。

WHO拠出金は、加盟国分担金とその他プログラムを指定した任意の拠出金で構成される。アメリカがこれを恒久停止すれば、最貧国のコロナ対策支援が大幅に減額されかねない。ぼくはWHOに限らず国連機関が、中国に限らず「大国寄り」であることを無条件で認める。でも、大国に忖度しながらも途上国支援に関してどこに劣らず貢献してるのも国連機関だということも認める。

ぼくもテドロスさんが習近平主席におべっかいを使っているという印象を否めないでいる。でも問題の所在は、WHOの「中国寄り」ではなく、国連機関の「アメリカ離れ」なのだと思う。記憶に新しいのは「パリ協定」離脱だ。その前にトランプさんはユネスコから脱退し(反イスラエル的だという理由だ)、国連人口基金やパレスチナ難民救済事業機関への拠出金を停止あるいは凍結している。WTO(世界貿易機関)などはトランプ政権が上級委員会の人員の補充を拒否したため機能が停止している。そもそも国連全体の運営予算を減額している。

ぼくはこうしたトランプさんの「自国第一主義」と国連の「アメリカ離れ」が、中国の国連への影響力拡大コストを軽くしていることを心配している。WHOについてトランプさんは4億ドルの拠出金を停止するとか10分の1にするとか脅すのだが、WHO総会演説で習近平さんは新型コロナ対策に今後2年間で20億ドルを拠出すると発表した。これで中国は、国連を通じた途上国の新型コロナ対策支援にとって「救いの神」となるつもりだ。

トランプさんが無理難題でWHOを吊し上げて、何%かでも彼の支持率が上がるのだろうか。だとしたら、そんなアメリカが得るものは、失うものはなんだろう。そして何よりも、コロナ・パンデミックと戦う世界が失うものは、そんなものとは引き換えにならないくらい大きいのだ。

日誌資料

  1. 05/13

    ・コロナ世界にデフレ圧力 米消費者物価、11年ぶり下落率 4月前月比 <1>
    ・「経済再開急げば制御不能リスク」 ファウチ所長、感染第2波を警告
    ・経常黒字32%減 3月 旅行収支の黒字幅87%減 貿易黒字も85%減
  2. 05/14

    ・習氏、年内訪韓へ 中韓首脳、電話協議で一致
    ・FRB、追加策を検討 失業率「5月がピーク」 NY株続落516ドル安
  3. 05/15

    ・緊急事態宣言39県解除 首相「県またぐ移動自粛を」
    検査・医療備え欠く PCRは1万件に届かず ピーク時にICU不足も IT化も遅れ露呈
    ・米、中国株投資を停止 連邦職員の年金基金 米中摩擦激しく
    ・米失業保険申請3600件 8週累計、5人に1人離職
    ・EU移動制限緩和 観光業、条件付きで再開 人数に制限、予約制に
    ・中国、工業生産3.9%増 4月 4カ月ぶり増 半導体けん引 <2>
    ・米に最先端半導体工場 台湾TSMC 米中覇権争いに影響
  4. 05/16

    ・「中国との関係、遮断も」 トランプ氏 大統領選へにじむ焦り
    ・米、ファーウェイ制裁強化 中国、米企業に対抗措置も
    ・米、4月鉱工業生産11.2%低下 過去100年で最悪 小売売上高も16.4%減
  5. 05/17

    ・中国強硬 世界で摩擦 東・南シナ海で活動活発 全人代へ国内アピール
  6. 05/18

    ・GDP実質3.4%減 1~3月年率 2期連続マイナス 昨年度、5年ぶり減<3>
    ・米コロナ検査1100万件突破 官民一体で取り組み加速
  7. 05/19

    ・ファーウェイ、スマホ生産打撃 TSMCが新規受注停止 米中供給網分断リスク
    ・検察庁法案、今国会は断念 政府・与党 定年延長、世論が反発
    ・オバマ氏、バイデン氏支援 政権を公然批判、対決鮮明
    ・WHO総会 台湾の参加見送り 中国、反対崩さず
    ・米社ワクチン抗体確認 新型コロナ 治験7月最終段階に 安全確保に課題<4>
  8. 05/20

    ・WHO、ワクチンに特許制限採択 安く広く普及目指す 米は慎重姿勢
    ・欧州、対コロナへ共通債務 60兆円、独が方針転換 南欧支援、実現なお曲折も
    ・ナスダック 中国勢の米上場制限へ 監査状況厳しく審査 対立激化飛び火<5>
    中国企業、資金調達に壁 政府、国内誘導へ緩和策
    ・フェイスブック SNSに通販機能 中小出店しやすく
    ・ウォルマート、通販74%増 2~4月 コロナで宅配需要 ネット売上伸び最高
  9. 05/21

    ・韓国検察 元慰安婦支援団体を捜索 不透明な会計処理巡り
    ・ベトナム、EUとFTA 「脱中国」外資の受け皿に
    ・台湾、脱中国依存を加速 政権2期目始動 「一国二制度」拒否
    ・4月の輸出21.9%減 10年半ぶり下落幅 自動車は半減
※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf