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週間国際経済2020(16) No.227 06/01~06/10

今週のポイント解説(16) 06/01~06/10

アメリカではないが、だからといってもちろん中国でもない

1.米中関係を軸としない世界

今、米中協調はありえない。トランプ政権は中国と取引するのではなく、中国を切り離そうとしている。それが、前回の結論だった(⇒ポイント解説№226)。そうしたパンデミック国際社会を理解するために、ここは一度、米中関係を軸とすることなく世界を観察してみる必要があると、ぼくは感じている。

11月の大統領選挙でバイデンさんが勝ったとしても、劇的な米中関係修復は期待できない。バイデンさんが勝つとしたら、それはトランプさんの人種差別扇動という敵失によるところが大きいだろう。つまり「人権」の旗のもとの勝利だ。

ならばバイデン政権は、中国の香港に対する、ウイグル自治区に対する人権侵害を問題にしないわけにはいかない。それは習近平指導部に対して、貿易摩擦よりもさらに核心的な問題を俎上に上げることを意味する。

世界は、過去3年間、米中貿易戦争に振り回されてきた。enough is enouh、人種差別に対してアメリカの傷心も良心も叫ぶ、「もうたくさんだ」。米中経済の制裁、報復、交渉を身を固くして見守るのも、米中デカップリングのどちら側に立つのか迷うのも、enough is enoughだ。

2.トランプ政権の対中政策には付き合いきれない

今年のG7サミットの議長国はアメリカだ。トランプさんは6月下旬にワシントンでの、つまりテレビ会議ではない開催を目指していた。いち早くメルケルさんが欠席届を出した。そこでトランプさんは9月に延期することにしたのだが、なんとそこでロシアと韓国、オーストラリア、インドの4ヵ国を招待する計画を表明した。

ロシアは2014年のクリミア半島併合で当時のG8から追放されている。即座にイギリスとカナダが反発した。当のロシアも、まるで乗り気でない。「中国包囲網」の意図は見え見えだが、そのやり方には付き合いきれない。

そもそもトランプさんが叩いているのは中国だけではない。まんべんなく世界と火種を抱えている。そのなかでもぼくが今注目しているのは、「デジタル税」だ。

巨大IT企業は商圏に拠点を置くことなく事業を展開できるため、莫大な利益を上げながら消費者が居住する国に税金を納めない。低税率国に本社を形式的に登録すれば大幅な節税も可能だ。こんなことをいつまでも放置できないと、OECD(経済協力開発機構)は国ごとの売上高に応じて税収を分配する仕組みを今年の1月にまとめた。

この新ルールで世界の法人税収は1000億ドル増えるという。どの国もコロナ対策で前例のない規模の財政支出を余儀なくされているから急ぎたい。OECDは今年10月までの合意を目指しているが、アメリカがこれに強く反発している。

そこでフランス、イギリス、インド、ブラジルなどが独自のデジタル税導入に動いている。アメリカ通商代表部(USTR)はこれに対して、制裁関税の発動を視野に10ヵ国・地域を調査すると発表した(6月3日付日本経済新聞夕刊)。

11月に大統領選挙を控えるトランプ政権が、このデジタル税のOECD合意はもちろん各国独自の導入も認めるわけがない。このようにアメリカは今、世界のありとあらゆる国々に制裁をかけ、また新たな制裁で脅している。何をどうやって、それらの国とともに中国に対する制裁包囲網を作るというのだろう。

3.「底線思考」、習近平さんは腹を決めた

趙立堅さん、ぼくはこの強面の中国外務省副報道局長が気になっていた。趙さんは3月にツイッターで「米軍が感染症を武漢市に持ち込んだかもしれない」と書き込んだ。その後これを中国外務省が「狂った言論」と打ち消し、趙さんは釈明に追われ訂正した。それが4月7日だった。ぼくは、あぁこの人は消えるんだなと思っていた。ところが、だ。この趙さん、「戦狼外交官」として大活躍し始めた。「戦狼」というのは中国版「ランボー」と言われる大ヒット映画らしい。

4月8日、習近平さんは中国共産党最高指導部会議で「底線思考を堅持しなければならない」と訴えていたという(6月1日付同上)。「底線思考」とは、最悪の事態も想定して行動するという意味だそうだ。5月22日に開幕した全人代では、それまでの「資本主義との協力」という言葉が消えていた。

今年1~3月の中国の経済成長率は前年同期比6.8%減、四半期では初のマイナスだ。全人代では今年の経済成長率の目標設定を見送った。国家主導の中国経済では極めて異例のことだ。李克強首相は活動報告で「雇用」という単語を39回繰り返した。

巨大な人口を抱える中国経済では、高い経済成長率を維持しなければ膨大な失業者増加が避けられない。社会主義的市場経済は、市場経済による物質的生活向上が止まれば一党独裁という上部構造が大きく揺らぐというシステムなのだ。

習近平指導部は、内部の引き締めを優先するようになる。「国家安全法」はその決意の表れだ。香港との「一国二制度」の形骸化は、中国の改革・開放路線、つまり自由貿易市場と国際金融市場との共存という基本政策に急ブレーキをかけたことを意味する。

中国のアメリカへの直接投資は、今年1~3月に2017年の四半期平均の40分の1に急減している。米中貿易は今年になっても3割ほど縮んでいる。トランプ・ディールの終焉は、同時に中国にとってアメリカ経済との相互依存発展という戦略的選択肢の終わりの始まりなのだ。

4.マスク外交と「一帯一路」

中国がマスクや検査キットなど医療品を支援した対象国は約150ヵ国、医療チームを派遣したのは24ヵ国にのぼる。トランプさんの経済制裁を受けている国は多い。シリア、イラン、北朝鮮、ベネズエラ、ニカラグア。またEUなどから人権問題で制裁を受けているいわゆる「強権国」、例えばカンボジアはフン・セン首相が訪中して中国の医療支援に感謝の意を表した。

さらに官民(民はアリババ集団など)あわせて支援を集中しているのがアフリカ諸国だ。5月24日付朝日新聞は、中国がアフリカを重視するのは「1国1票」で運営される、国連など、数の原理が働く国際機関では一大勢力になるからだ、と指摘している。

あたかも救世主がごとく振る舞う中国だが、やはり最初に新型コロナ感染が拡大したことに対する後ろめたさが見え隠れする。新興国は、これを見逃さない。「一帯一路」に参加する国の間で、中国に金融支援を求める動きが広がっている(5月13日付日本経済新聞)。

典型的なのはパキスタンだ。パキスタンは4月になって中国から受けた300億ドル融資の返済期間延長を要請してきた。これにアジアやアフリカで追随する国が出てきた。中国もこれに応え、パキスタン以外にカンボジア、ラオス、ジブチ、スリランカを救済対象に上げているという。

広域経済圏構想の成否しだいでは、習近平さんの指導力が問われる。「一帯一路」参加国が多いほど、中国は金融負担を強いられる。しかし、今の中国にその資金が潤沢であるわけでもない。また、品薄だったからマスクが有り難かったのは、日本だけではない。

5.中国と距離を置く近隣諸国

インドは4月中旬、国境を接する国からの海外直接投資に政府の許可が必要だとする通達を出した。明らかに中国を狙い撃ち(5月1日付同上)にしたものだ。さらにインドは6月4日にオーストラリアとの首脳会談で防衛協力を拡大することで合意した。

同じ頃ベトナムは、EUとの自由貿易協定を国会で承認した。外資系企業の「脱中国」の動きを促し、その受け皿になりそうだという(5月21日付同上)。蔡英文さん2期目を迎えた台湾も、経済の「脱中国依存」を加速すると表明した。

こうして中国と軍事的緊張関係にあるインド、ベトナム、台湾が中国と距離を置く方向に動き出した。フィリピンは6月2日、すでにアメリカに対して破棄すると通告していた訪問軍地位協定の執行時期先送りを決めた。インドネシアは、南シナ海における中国の主張に反対する書簡を国連に送った。

中国近隣諸国は、リーマンショック以降の中国の爆発的な投資と消費の拡大に依存してきた。しかし、コロナ・ショックからの経済回復のための需要を提供するだけの力が中国にはない。その周辺では、潜在していた対中警戒心が再び浮上してきているようだ。

6.中国につかず離れずのヨーロッパ

EUは、この中国のマスク外交を歓迎しながら警戒している。というのもチェコやイタリアは中国政府や中国企業による医療支援を熱烈に歓迎しているのだが、それがEUの求心力低下につながりかねないからだ。またEU加盟交渉が遅延するバルカン諸国への中国の影響力拡大もけん制している。ここには「一帯一路」によるインフラ支援も重なる。

前回、アメリカが中国企業のナスダック上場を制限したことについてふれたが、EUも外国企業による域内企業買収に関する規制を強化する。これも中国企業が念頭にあると報じられた(4月21日付同上)。ただ、そうとも限らない。株安で企業価値に割安感が出ていることからの規制だが、3月26日付日本経済新聞夕刊では、EU域内企業買収防止のためのガイドライン公表が、米系ヘッジファンドに対する警戒によるものとされている。つまり、トランプ流デカップリングに歩調を合わせているわけではないのだ。

生産面からみると、EUも中国依存の見直しが始まっている。ただこれは、ウイルス感染拡大によるサプライチェーン寸断の経験から、EV電池や医療品といった分野での域内生産を進めるという方向性だ。そのもう一方で、フォルクスワーゲンによる中国国有自動車会社への50%出資が注目されたように、中国市場の成長分野へとの「蜜月関係」(5月30日付同上)も深化していると見るべきだろう。

EUを離脱するイギリスでは、最近になって対中強硬論が強まっている。ファーウェイ排除や香港住民に市民権を、などがそれだ。しかしEUは、香港問題でも中国対する制裁については後ろ向きだ。

政経分離というか是々非々というか、とにかくトランプ流に合流するといったリスクをEUは取らない。習近平指導部の核心的領域には踏み込まず、コロナ危機からの経済回復とEU結束の再構築に主眼が置かれた対中政策だ。

7.米中どちらにつくという問題ではない

米中「新冷戦」が始まっているとしても、それは世界を二分しないとぼくは思う。なによりそこには理念が、ソフトパワーが欠如している。トランプ政権に人権や言論の自由といった普遍的価値観のリーダーとしての資格がないことは、いまさら言うまでもない。だからといって中国が巻き返しに成功するとも思えない。脱・中国依存は間違いなく進むだろう。

覇権なき世界、それはたしかに混乱だ。第二次世界大戦前夜の戦間期を想起させるし、「トゥキディデスの罠」論が流行するのも理解できる。でもぼくは、ポスト・パンデミックの世界が「Gゼロ世界」となる方向に投資する。それはチャンスでもあるからだ。

新型コロナが浮き彫りにさせた社会的不条理から、何を学ぶのか。経済格差、環境問題、データ規制、差別と人権。どれもただ覇権国に委ねられるような課題ではない。米中関係を軸としない軸が、今こそ世界に求められているのだと思う。

日誌資料

  1. 06/01

    ・全米デモに州兵5000人動員 黒人暴行死 首都で夜間外出禁止令
    ・韓国輸出5月23%減 自動車や機械落ち込み
  2. 06/02

    ・米、G7にロシア招待 電話協議でトランプ氏 英・カナダ反対
    ・フェイスブック社員、スト 大統領発言「容認」に反発
  3. 06/03

    ・東京都「東京アラート」発動 新規感染34人 夜の繁華街警戒促す
    ・2次補正、予備費10兆円 異例の巨額 使い道、国会の監視届かず
    ・米デモ拡大 三重苦が招く 人種差別⇒コロナ⇒失業 しわ寄せ黒人らに <1>
    トランプ氏、軍投入辞さず 「暴動はテロ」州兵動員迫る 欧州でも抗議集会
  4. 06/04

    ・米、デジタル税で孤立 制裁検討、10ヵ国・地域を調査 国際ルールに壁<2>
    ・緩和マネー、リスク資産へ 景気低迷下の株高、危うさも
    ・米国防長官、軍動員に反対 抗議デモ トランプ氏とずれ 逮捕者1万人迫る
    ・ドイツ、コロナで消費減税 期間限定 追加対策16兆円規模
    ・英首相「香港住民に英市民権も」 中国の国歌安全法に抗議 強まる対中強硬論
  5. 06/05

    ・天安門事件31年 強まる統制 香港、追悼集会を決行
    ・OPECプラス 大幅減産1カ月延長 サウジとロシア暫定合意
    ・消費支出4月11.1%減 コロナ影響 落ち込み最大に 旅行や外食低迷
  6. 06/06

    ・5月米失業率改善13.3%(4月14.7%) NY株一時1000ドル上昇 <3>
    ・出生率1.36 4年連続低下 昨年、出生数90万人割れ
    ・フェイスブック規制強化へ トランプ氏投稿で批判受け
    ・豪印、対中けん制で協定 防衛・経済で首脳合意
  7. 06/07

    ・潜在的失業 日米欧で拡大 休業、理由不明の休職 時短勤務
  8. 06/08

    ・米抗議デモ最大規模に ロンドンなど国外でも
    ・内閣支持率38%に低下 世論調査 第2次政権以降最低水準
    ・日経平均一時2万3000円台 3ヶ月半ぶり「コロナ前」迫る 米雇用の改善好感
    ・経常黒字4月84%減 貿易赤字8倍 旅行収支黒字9割減 <4>
  9. 06/09

    ・米ナスダック最高値 経済再開期待で急回復 ITにマネー流入 <5>
    ・世界マイナス5.2%成長 世銀、今年予測 戦後最悪の景気後退
  10. 06/10

    ・米14州で感染拡大 テキサス、入院が過去最多 デモの密集影響も
※PDFでもご覧いただけます
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