「 2020年 」一覧

週間国際経済2020(27) No.238 09/20~09/26

今週のポイント解説(27) 09/20~09/26

TikTok狂想曲(その2.)

1.カプリッチオ

ぼくがはじめてこのTikTokについて書いたのはお盆休みだった(⇒ポイント解説№233)。トランプさんが7月31日に、TikTokの国内利用を禁止すると言い出した。これは当時、7月23日のポンペオ米国務長官の演説の流れのなかで理解することが自然だった。ポンペオさんは「私たちが共産主義の中国を変えなければ、彼らが私たちを変える」と、切羽詰まったことを力説しだした。

だからTikTok利用者の個人データが中国共産党に渡れば、アメリカの安全保障上の大きなリスクになるからこれを禁止すると。この論理は拡大されて、対話アプリのウィーチャットも、その他中国製アプリも、クラウドサービスも、果ては海底ケーブルも、どれもこれも「共産主義の脅威」だということになり、これら5分野を排除するとアメリカ国務省が指針を発表したのだ。

ぼくはこの騒動を「デジタル・マッカーシズム(赤狩り)」と呼んだ。ポンペオさんの危機意識は、中国のデータ管理に対するアメリカ議会の警戒心を背景にしている。しかし、これら中国企業は世界的なシェア、契約件数などでトップクラスにある。だから簡単な話ではない。中長期にわたる難題だ。

ところがトランプさんの空気の読み方は、どこまでも自己中心的だ。この問題を大統領選挙に利用できると考え、その方向で仕切りだした。8月2日にマイクロソフトがTikTokのアメリカ事業買収を検討していると発表すると、トランプさんは「買うのはかまわない」と言いだし、しかしその売却益はアメリカ政府に渡せと言うのだ。

ぼくが「狂想曲」と表現したのは、この事態は形式が一定しない、気まぐれで移り気な性格、まさにカプリッチオを聴いている気分になったからだ。どうやら、そのときの気分は案外まとはずれでもなかったようだ。

2.狂想曲第2幕

ここまでが8月17日配信のブログのおさらいで、これを第1幕としよう。新しい登場人物がIT企業のオラクルだ。オラクルの創業者はトランプさんの支援者として知られている(IT業界では珍しいことだ)。トランプさんは8月18日、TikTokアメリカ事業売却先として「オラクルはよい会社だ」と候補に挙げた。27日、小売り最大手のウォルマートが買収検討を表明した。マイクロソフトと連携して交渉を進めるという。

なるほどアメリカで1億人のユーザーを抱えているのだから、魅力があるのだなと思っていた。すると中国が8月28日、「輸出禁止・輸出制限技術リスト」の改定を発表した。ここにアルゴリズム技術が追加された。アルゴリズムは膨大なデータ分析の計算方法だが、国内人口が多く、しかもプライバシー保護のハードルが低い中国では開発の速度が群を抜いている。

TikTokをまるまる売ってしまうと、そのアルゴリズム技術も持って行かれてしまう。そこで「輸出禁止」にしようということのようだ。ここで売却交渉は行き詰まったかに見えた。ところが、一括売却をあきらめてアルゴリズム技術を切り離し、かつTikTokを運営している中国企業バイトダンスがアメリカ事業の一部を保有し続けるといった案が浮上する。

バイトダンスは9月13日「マイクロソフトには売らない」と言ってきた。中国政府の技術流出警戒に配慮してのことだろう。結果的に買収合戦はオラクル勝利と14日、欧米メディアが報じた。

3.狂想曲第3幕

9月15日、トランプさんはTikTokのアメリカ事業見直し案を検討すると表明した。オラクルの創業者会長を「本当に素晴らしい人だ」と持ち上げた(エリソン会長はトランプ陣営選挙資金の大スポンサーだ)。見直し案というのは、事業統括本社をアメリカに置き、かつ中国側(バイトダンス)が支配権を維持するという折衷案だ。

9月18日、アメリカ商務省はTikTokのアメリカ国内での提供を20日から禁止すると発表した。対話アプリのウィーチャットも同日から禁止。つまり禁止しておいてから売却交渉を有利に進めようというトランプ流ディールだ。

面白かったのは、その18日にTikTokのダウンロードが急増し、配信順位でなんとあのズームを抜いてトップになったのだ。もちろん駆け込みもあるだろうが、ツイッターでは「表現の自由を守るためにダウンロードする」という投稿が相次いだという。

結果的に9月19日、TikTokの中国を除く事業を分離して設立する新会社にオラクルが12.5%、ウォルマートが7.5%あわせて2割出資するということで基本合意したと報道された。同日トランプさんは、これを「原則承認」したと明らかにし、アメリカ商務省はアプリ配信禁止を20日から27日に延期すると発表した。

トランプさんはその日(その日だ!)、選挙集会で「素晴らしい合意に近づいている」とご機嫌だった。新会社はテキサス州に置いて新たに2万5000人を雇用すると言う(テキサス州は大統領選挙で接戦の大票田だ)。

「利用者も喜ぶ。みんなハッピーだ」と強調する。ユーザー1億人といわれる若者たちの反発を回避できたこともうれしいのだろう。もちろんオラクルもウォルマートも新会社を上場すれば莫大な創業者利得を得る。でも、そうしたうま味のないウィーチャットは予定通り全面的に禁止するという。トランプさんは、ディールに勝ったと、さぞかしハッピーだったことだろう。

もう、お気づきだろう。そう、この「みんなハッピー」がまさにカプリッチオなのだ。だってそもそもの話は、アメリカの個人情報が中国政府に流出することが安全保障上のリスクだということだったのに、トランプさんは事業売却が選挙に有利になる「取引」材料に使ってしまっているのだ。

4.狂想曲第4幕

トランプさんは自分が仕切るために、議会頭越しに「大統領令」でTikTokの利用を禁止した。この大統領令は、これまでクーデターやテロなど特殊な事態にいくつかの権限を大統領に認める「国際緊急経済権限法」を根拠にしている。個別企業の制裁に使うのは、かなり異例なことだ。

トランプさんはこの大統領令が大好きだ。独断で、ことを仕切ることができるからだ。プライバシー保護などなどを議会で時間をかければ、大統領選挙に間に合わない。これが、狂想曲第4幕の幕を開けることになる。

まず、対話アプリのウィーチャット利用者が8月21日、トランプ大統領をカリフォルニア州の連邦地裁に提訴した。表現の自由が侵害されたという主張だ。続いて8月24日、TikTokのアメリカ運営会社が、利用を禁止した大統領令を「憲法違反」だとして、連邦地裁に禁止の差し止めを求めた。

ウィーチャットとTikTokの利用が禁止される9月20日、まずカリフォルニア州の連邦地裁がウィーチャットの提供を禁止する大統領令の執行を一時的に差し止める命令を下した。続いて9月24日、ワシントンの連邦地裁がアメリカ政府に対してTikTokの配信禁止を延期するか、追加の資料提出などで禁止の論拠を説明するように命じた。さらに配信禁止措置予定日だった27日、禁止措置の一時差し止めを命じた。

一時差し止めというのは、表現の自由など憲法に違反しているかなどを判断するには時間がかかるということだ。例えばカリフォルニア州の連邦地裁は「中国の脅威は考慮すべきだが、ウィーチャット固有の証拠は少ない」との見方を示した。

新聞報道などでは、「米大統領令に司法の壁」との見出しが躍った。トランプさんは「議会」頭越しに大統領令で問題を仕切ろうとするのだが、「司法」の壁に突き当たった。議会および与党共和党も、こうしたトランプさんの独断専行に強く反発している。

5.第5幕は大統領選挙のあとに開演されそうだ

トランプ流ディール、禁止で脅かして交渉を有利に進め、問題の本質的解決より自分の支持率を優先する。どうやらその賞味期限は切れてきたようだ。それは同時に、安全保障と経済を絡めて制裁するという対中国戦略そのものが見直される転機ともなっている。

そもそもトランプさんは、「データ管理」とりわけ「プライバシー保護」の国際的取り組みに背を向けている。アメリカの巨大IT企業GAFAなどの不利益になると、強く反発している。もちろん、中国のプライバシー感覚が世界で横行することは御免被りたい。しかし中国以外の国のプライバシー保護がデータ時代にふさわしい水準だとは誰も思っていない。

こうした問題を解決するためには、気まぐれで移り気なカプリッチオは馴染まない。それはそのまま、これら問題の本質的解決に「トランプ流」は馴染まない、ということを示しているのかもしれない。

日誌資料

  1. 09/20

    ・中国、外国企業に取引制限 TikTok米禁止で報復か
    「ビジネス以外の目的で中国企業との取引をやめた」「差別的な措置で損害を与えた」企業に
    ・世界株投信に1.6兆円流入(1-8月)日本の個人マネー海外志向に <1>
    日本の公募投信の残高に占める海外株の割合は15年前は1割以下
    これが34%まで上昇し、日本株の3倍近くに 家計の国際化進む
    ・米研究、危うい中国排除 留学生に依存 中国、「独立」へ着々 <2>
  2. 09/21

    ・TikTokと基本合意 オラクル ウォルマートと2割出資  <3>
    トランプ氏、雇用を優先「原則承認」 大統領選控え打開演出 中国側の出方焦点
    ・ウィーチャット禁止認めず 米連邦地裁 大統領令、一時差止め
    大統領令に司法の壁 トランプ政権に逆風も
  3. 09/22

    ・欧州で感染再拡大 英仏など規制再強化 欧州主要株価指数4%前後大幅安
    NY株、一時900ドル安(下落率3%超え) 円は一時104円、半年ぶり円高
  4. 09/23

    ・国連総会(22日)コロナ下の秩序、米中応酬
    トランプ氏「中国に責任を」 習氏「多国間主義を歩む」
    ・WHOワクチン構想(COVAX)156ヵ国参加 共同買い付け、公平供給
    ・中国CO2排出「60年までにゼロ」 習主席、国連総会で表明
    ・デジタル庁年内基本方針 菅政権、初の閣僚会議 首相が指示
    ・米、コロナ死者20万人超(世界は96万6000人)  <4>
    夏休み中の人の移動の増加や、学校再開が本格化したため
  5. 09/24

    ・カリフォルニア州、ガソリン新車35年までに販売禁止 車産業に影響
    山火事被害 州内排出温暖化ガスの50%以上が運輸部門 全米新車販売の11%
    ・JPモルガン 資産25兆円を英から独に EU離脱に備え
    ・解雇・雇い止め6万人超 コロナ関連 先月末から1万人増
  6. 09/25

    ・米政府TikTok配信禁止 「延期か追加説明を」米連邦地裁命令
    ・EUがデジタル通貨規制案 事前承認や罰金制導入 リブラをけん制
    裏付け資産 監督方法課題
  7. 09/26

    ・米大統領選、法廷闘争も 郵便投票巡りトランプ氏視野に
    結果判明遅れなら政治混迷 最高裁人事、決着左右か
※PDFでもご覧いただけます
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