「 2020年 」一覧

週間国際経済2020(29) No.240 10/04~10/10

今週のポイント解説(29) 10/04~10/10

GAFA分割?

1.アメリカ下院報告書

アメリカ議会下院の司法委員会は10月6日、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの巨大IT企業、いわゆるGAFAに対する反トラスト法(日本の独占禁止法にあたる)調査の報告書をまとめた。デジタル市場で圧倒的な支配力を使って競争を排除していると指摘し、分割を含む規制の強化を求めた(10月7日付日本経済新聞夕刊)。

はじめに断っておくが、この報告書に法的拘束力はない。また下院多数の野党民主党がまとめたもので、与党共和党は賛同していない。下院は大統領選挙と同時に全議席改選だから、選挙プロパガンダだという指摘もある。しかし、かりにバイデンさんが当選し、上下院とも民主党過半数になれば、この報告書は大きな重みを持つようになる。

グーグルは検索エンジンで90%以上の世界シェアを持つ。スマホOSでも80%を大きく上回る。フェイスブックはSNSの世界シェアで74%、アマゾンはネット通販で同40%近い。時価総額でGAFA合計5兆ドル、530兆円といえば世界第3位の経済規模をもつ日本のGDPに等しい。

たしかに巨大だ。その独占的地位も明らかだ。でもそれは、今に始まったことではない(⇒ポイント解説№154「GAFAの光と影」参照)。巨大IT規制についてはヨーロッパでは早くから提言されてきた(⇒ポイント解説№181「データ社会の市場と人権」参照)。

アメリカでこの規制論議が浮上したのは、昨年の初の初め頃からだった。その集大成のひとつが、この報告書だ。その意味を、考えてみることにしよう。

2.なぜGAFAを規制しなければならないのか

この問いについてぼくは、その昨年の夏に書いている(⇒ポイント解説№201「データ社会の規制と覇権」参照)。

デジタル市場独占の社会的弊害について、EUを中心にして次の三つが指摘されていた。第一は、公正な競争の阻害。例えば大手通販ネットは出品する中小企業に対して不利な取引条件を押しつけるという懸念(優先的地位の濫用)だ。また大手ネットは使えば使うほど便利だから他のサービスに移りにくい。さらに巨大企業が新興企業を買収していけば、競争の芽が摘まれていく。

第二は、プライバシー、個人情報保護の観点だ。第三が、税金。IT企業は店舗や営業所を置かなくても国境を越えて営業できるから、低税率国に形式的な拠点を置くという税金逃れが横行する。

EUがGAFA規制の声を上げたきっかけは、税金だった。アメリカの巨大IT企業が法人税率の低いアイルランドに利益を集めて節税していることを問題にした(2012年)。同時に重視したのがプライバシー保護、いわゆる「忘れられる権利」だった。ネット上の検索エンジンから個人データの検索結果を削除する権利を欧州司法裁判所が認めた(2014年)。

こうした動きから見ると、アメリカの取り組みはそうとう遅い。トランプさんは、猛反対していた。しかしまず、世論が動いた。2016年の大統領選挙ではロシアのネット介入を許したという事実が発覚した。2018年にはフェイスブックから8700万人の個人情報が流出するという事態が起こった。

そして中間選挙で野党民主党が下院過半数を獲得し、GAFA反トラスト法調査を開始し(2019年6月)、司法省や連邦取引委員会もこれに続いた。民主党の大統領候補のウォーレン上院議員は、ついにGAFA分割を訴えるようになる。

3.反トラスト法の解釈

さて、アメリカ下院報告書が問題にしているのは税金でもなければプライバシー保護でもない。あくまで反トラスト法調査だ。しかしこの反トラスト法は、「値上げなどで消費者が不利益を受けているか」を問うものだ。そのままGAFAに法律を適用することは難しい。そこで、「競争排除によって、結果的に消費者に不利益になっている」ことを問題にし始めた。

およそ1年におよぶ調査に基づいて今年の7月29日、下院司法委員会はGAFAの最高経営責任者(CEO)を呼んで公聴会を開いた。アップルのティム・クックさん、アマゾンのジェフ・ベゾスさん、グーグルのスンダー・ピチャイさん、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグさん、そうそうたる顔ぶれがビデオ会議で参加し、5時間半以上にわたる議会の批判に反論を展開した。これはなかなかのビッグ・ショーだから、全米の注目を集めた。

そして今回、議会下院が報告書をまとめ反トラスト法の強化を提案した。そこで指摘された問題行為は日誌資料の10/07、10/08の一覧表にあるとおりだ。通底しているのは優先的地位の濫用や新興企業の買収、つまり公正な競争の阻害だ。報告書は巨大IT企業に対する規制強化策を示し、競争を回復する取り組みとして「構造的な分離」を提案している。これがメディアの「GAFA分割か?」という見出しとなったのだ。

4.分割されるのか?

それはないだろう、というのがおおかたの予想だ。なんといっても法律的なハードルが高い。ではたんなる議会のパフォーマンスなのか、そうでもない。

よく引き合いに出されるのが、1998年のアメリカ司法省によるマイクロソフトに対する提訴だ。ここでは基本ソフトと応用ソフトの抱き合わせ販売が問題になり、マイクロソフトは企業分割を迫られた。結果、周知のように分割は回避されたものの、マイクロソフトは訴訟対応が重荷になってスマホ事業に乗り遅れたとされている(同10月8日付)。

GAFAとしては、この轍を踏みたくない。訴訟に至るまでに、なんらかの落としどころを探るのだろう。「GAFA叩きは票になる」、ということはそれだけ巨大IT企業に対する世間の風当たりが強いということだ。GAFAのCEOたちは、その風を身にしみて感じたことだろう。

5.どんな意義があるのだろう

GAFAは莫大な利益を上げ、その利益で新興企業を買収してさらに巨大化し、さらに膨らんだ利益で自社株買いに走る。さらにデジタル企業ならではの税の抜け道もある。つまりGAFAは今アメリカで「格差の象徴」ともなっており、格差是正を掲げる民主党にとっては、わかりやすい標的となっている。

下院民主党司法委員会は報告書冒頭で、「過去1世紀にわたって鉄道や石油、電話業界、そしてマイクロソフトといった強力な独占者に直面してきたが、議会は経済や民主主義の不当なコントロールを防いできた」と、その歴史的な意義を強調している。

じつのところアメリカの独占規制は、とりわけ製造業部門での国際的競争力の低下から、寛容というか、緩やかな傾向にあった。それが転換期を迎えているとも指摘されている。それだけ巨大IT企業の独占的地位は、無視できないほどになっているということなのだろう。

もちろん選挙パフォーマンスの色合いは濃い。また、「分割」にまで進むこともないだろう。しかし、反トラスト法の消費者保護の観点に、新興企業をはじめとする中小企業およびその従業員という視点を与えた新しい解釈を示した意義は、大きいと思う。

成り行きは、11月の大統領選挙および上下院議会選挙にかかっている。民主党政権になれば、今回の報告書が法改正の土台となり、規制は強化されるだろう。デジタル課税の問題も、トランプさんの「自国第一主義」から国際協調へと正常化されるだろう。デジタル市場で競争が回復すれば、プライバシー保護はその競争の要件となるだろう。

またそうした競争的市場が、中国の強力な国家主導の企業政策に対抗できるのかといった「体制間の優位性」といった議論も熱を帯びるだろう。しかし同時に、公正な競争やデジタル課税、プライバシー保護といった問題に国際的合意が生まれれば、それこそが中国のデジタル政策に対する圧力となると考えることもできるだろう。

GAFAをどうするのか、それはまちがいなく今アメリカで問われている重大な問題のひとつとなっている。

日誌資料

  1. 10/04

    ・ファーウェイ取引再開申請 ソニーとオクシア、米商務省に 不許可なら業績悪化
    ・先進国に移民減の危機 早まる人口減 成長の制約要因に
    先進国の経済成長を移民が支えてきた 移民の多い国は1人あたりGDPが高い
    移民がゼロなら先進国の人口は今がピーク
  2. 10/05

    ・NY市、再び経済活動制限 学校閉鎖や営業停止 感染増で7日にも
  3. 10/06

    ・パリ、全てのバー閉鎖へ 米英の全映画館閉鎖へ、最大で4.5万人が失業
    ・トヨタ・日産、英に補償要求 関税分、EU交渉決裂なら  <1>
    ・EV・PHV欧州急伸 主要市場でシェア拡大 9月新車販売、独英仏1割強
    ・米最高裁判事指名、深まる溝 共和、承認急ぐ 民主、延期要求
  4. 10/07

    ・トランプ氏、米経済対策協議を停止「大統領選後まで」(6日表明) <2>
    市場動揺 発言二転三転 大統領選へ駆け引き激化
    FRB議長、再び財政出動要求「長期停滞、悲劇招く」
    ・トランプ氏、退院強行(5日) 選挙活動優先 医師団、容体なお注視
    ・米国債金利、上昇強まる 「バイデン氏勝利」観測で
    ・英首相、支持率が急落 野党党首下回る EUと交渉難航で
    ・メルセデスベンツ(ダイムラー)25年までにコスト2割減、EV集中
    ・「巨大IT規制強化を」米下院報告書(6日) 独占抑制へ分割提言  <3>
  5. 10/08

    ・巨大ITに包囲網 変わる「独占」の形 寛容な競争政策、転換期に <4>
    ・経常黒字8月1.5%減 輸出15%減、輸入22%減 旅行収支黒字87%減
    ・トランプ氏、執務室に復帰
  6. 10/10

    ・デジタル通貨来年度実施 日銀、中国先行を警戒 世界で発行準備加速 <5>
    日米欧中銀、共通3原則 発行時の混乱防ぐ <6>
    ・中国、禁輸リストで米対抗 特定企業を標的に 報復の応酬懸念 日本勢に影響も
    ・EU貿易交渉 環境も条件 欧州企業の競争不利防ぐ 対南米FTA合意暗雲
    ・学術会議あり方を検証 行革の対象に 首相「良い方向に」
    ・給与総額5ヶ月連続減 8月、残業代など14%減少
    ・消費支出6.9%減 8月、帰省・旅行の自粛響く
※PDFでもご覧いただけます
ico_pdf