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週間国際経済2022(35) No.328 11/03~11/10

今週のポイント解説 11/03~11/10

トランプ的なものの終わりの始まり

トランプ的なものの陰り

2016年のアメリカ大統領選挙では共和党トランプ候補が民主党クリントン候補に勝った。まさか、だった。まさかというのは、トランプ候補はまったく政治経験もなく、選挙序盤では泡沫候補と思われていたからだ。その「まさか」は、なぜ起こったのか。

第一に、ラストベルト。五大湖周辺を中心とする工業地帯は労働組合も強く長く民主党の地盤だったが、競争力の低下から活気を失い「錆びた街」と呼ばれるようになっていた。トランプ候補は、中国、EU、日本など対米貿易黒字国がアメリカに失業を輸出しているとし、一方的な関税引上げで雇用を守ると約束した。公約通りトランプ政権は大幅な関税引き上げを実行したが、製造業の競争力は回復しないまま、今となっては輸入品にかけられた高関税がインフレ要因となって労働者家計を苦しめている。

第二に、福音派。プロテスタントのなかでも保守的な福音派は、アメリカ宗教別人口の4分の1を占めるという。彼らは人工妊娠中絶や同性婚に反対し、イスラエルを支持している。民主党のヒラリー・クリントンは女性と性的マイノリティの人権擁護者だから大統領にしたくない。トランプ候補はこれを徹底的に利用し、敬虔な福音派であるペンス氏を副大統領候補とすることで支持を固めた。

トランプ政権は、在イスラエル米大使館をエルサレムに移し、また連邦最高裁に保守的な判事を3名送り込んだ。こうして保守派多数となった最高裁は今年6月、50年近く「中絶は女性の権利」としていた判決を覆し、中絶の合法性を州法に委ねるとした。こうなると、福音派にとってトランプ氏に期待することはもう残っていない。それどころか本来好ましくない人物であるトランプ氏の権力濫用、脱税疑惑、連邦議会襲撃事などに対する批判が蓄積されている。ペンス元副大統領も、はっきりとトランプ氏と距離を置くようになっている。

第三に、「犬笛政治」。音が聞こえるものには届く笛を吹いて、コアな支持層を獲得した。銃規制の緩和、白人至上主義者の擁護など。しかし銃乱射事件の悲劇が頻発する。「Black Lives Matter」運動が燃え広がる。また地球温暖化はフェイクだとしてエネルギー産業の支持を得ようともした。しかしウクライナ戦争で原油価格が高騰し、今やバイデン政権も化石燃料依存に傾斜している。

そして第四として、大型減税公約だった。しかし今空前のインフレ下、大幅な利上げを繰り返しているなか、そのインフレを刺激するさらなる減税はまともな政策とは言えない。

つまりどれもこれも、いわゆるトランプ的なものには陰りが見えていた。「アメリカを再び偉大に」(Make America Great Again:略称MAGA)のスローガンに熱狂するトランプ派勢力を立て直さねばならない。その軸となったのが「2020年大統領選挙で不正が行われバイデンが票を盗んだ」とする陰謀論だった。こうして「選挙否定論」がMAGAを再結集させた。

トランプは次期大統領戦立候補を急いだ

アメリカ中間選挙では政権批判票が増える。わずかな例外を除いて与党が議席を減らす。しかもバイデン政権の支持率は低く、不支持率は50%を超える。さらに大統領選挙と比べて投票率がかなり低くなるから、規模が縮小したMAGA派でもムーブメントを起こすことが可能だ。共和党内に限ればもちろん無視できない勢力だ。

トランプ氏は共和党幹部でも、議員ですらないが、共和党候補予備選に大々的に介入する。連邦議会襲撃事件に批判的な候補にはトランプ派対抗馬を立てる。実績があってトランプ派の支援が必要のない候補にも推薦印を付ける。そして多数の「選挙否定論者」を応援して予備選を勝ち抜かせた。たしかに、MAGA派には勢いがあった。

専門家もメディアもこぞって共和党の圧勝、いわゆる「赤い波」(共和党のシンボルカラー)を予想していた(もちろんぼくも)。トランプ氏はこの「波」に乗って2024年次期大統領戦の共和党候補に名乗りを上げる算段だった。投票日前からその算段をほぼほぼ明言し、11月15日には「重大な発表をする」と支持者たちに約束していた。

なぜ、そこまで急ぐのだろう。通常の大統領選候補出馬表明より半年も前倒しだ。専門家たちが揃って指摘するのは、第一に疑惑追及の封じ込め、第二にライバル立候補の出足をくじくことだという。

赤い波は起きなかった

民主党のシンボルカラーは青、「青の防波堤」が赤い波を押しとどめたと報じられた。上院では与党民主党が議席過半数を維持した。下院では僅差で議席過半数を野党共和党に譲ったが、大善戦だった。

州権論(地方分権)の色濃いアメリカでは、二大政党の支持州が固定しやすい。リベラルな青い州と保守的な赤い州、どちらとも言えない「スイング・ステート」は激戦州と呼ばれる。大統領選挙ではここが勝敗を左右する傾向が見られる。

さてMAGA派「選挙否定論」候補は、これら激戦州で大敗したのだった。つまり、支持政党のない無党派層が「反MAGA」に動いたのだと分析されている。そのなかでも「Z世代」と呼ばれる1990年代半ば以降に生まれた若者たちの票が、決してバイデン支持ではないがそれ以上にトランプ不支持であるがゆえに民主党候補に流れたという。

さてトランプ氏は、約束通り11月15日にフロリダの私邸で数百人の支持者を集めて(大好きな大規模集会ではなく)、次期大統領選挙の共和党候補に出馬すると宣言した。あからさまなトランプ系と見られていたFOXテレビでさえ、彼の演説途中で中継を止めた。

メディアは、注目すべき人物をあっさりと切り替えたのだ。トランプ推しなくフロリダ州知事選で圧勝した共和党のデサンティス氏などだ。各種調査機関によれば、次期大統領選挙の共和党候補として望ましいのはトランプ氏よりデサンティス氏だとする意見が上回った。共和党内部でも「トランプがはしゃがなければもっと勝てた」とする声が噴出している。

トランプ氏の賞味期限は切れたのだと思う。しかし「トランプ的なもの」は、どうだろう。

分断と対立

トランプ的なものといえば「分断と対立」だ。アメリカ社会に内在する分断と対立がトランプ現象としと露呈し、トランプ的なものがその分断と対立の溝を深めた。したがってトランプ復活のエネルギーもまた分断と対立であり、その究極が「選挙否定論」だったといえる。

ではなぜ、トランプ的な企ては今回失敗し、アメリカ民主主義は分断と対立の修復に一歩進むことができたのだろう。ぼくは以前から気になっていることがある。SNS空間が、社会の分断と対立を実体よりかなりフレームアップしているのではないかということだ。

例えば、アメリカで非妥協的なイシューとされている人工妊娠中絶についてだ。最高裁判断の変更を受け、州議会共和党多数の保守的な州、例えばケンタッキー州ではさっそく中絶を禁止する州法を施行していたが、その是非を問う住民投票が中間選挙に合わせて5つの州で実施されていた。結果、そのケンタッキー州を含め保守色が強いとされる4州で中絶を認める民意が示された(11月11日付日本経済新聞)。

記事では「中絶規制の強弱については共和党も一枚岩ではない」としている。そうなのだろう。保守的なプロテスタントたちは自身の信仰は守るが、他者の事情を無視してまでそれを裁こうとはしていないのではないか。

銃規制でも、銃保持の権利は譲れないが購入や携帯に一定の規制はあってもよいのではないか。できれば白人優位社会を維持したいが、国境に壁を作ることなどより適正な移民政策が望ましいのではないか。イスラエルに極端に肩入れして中東情勢が不安定になるのは困るのではないか。大統領選挙で不正があったというツイッターを信じてリツイートしたけど、だからといって連邦議会を襲撃し、選挙を否定するなんてやり過ぎだ。しっかりと調査して証拠が欲しい。もちろん極端な人はいる。でもかれらこそが世論、なのではない。

ねじれ議会(下院は共和党、上院は民主党)はたいへんだろうけど、中間選挙が終わればいつものことだ。バイデン政権も初めは「分断と対立の克服」とか言っていたけど「トリプル・ブルー」(ホワイトハウス、上下院すべて民主党)がために、いくつかの予算も法案も単独可決していた。来たる議会では民主党は下院では「非MAGA」共和党議員数名と妥協できるよう努力すればいいのだから、むしろそれが民主的な議会運営というものだろう。

「青い防波堤」となったZ世代の若者たちも、そこを期待しているのだと思う。

そう、民主主義とは「許容誤差」に対する寛容こそが土台となるのだ。そうした正常への回帰に踏み出したとき、トランプ的なものの終わりが始まるのだ。

日誌資料

  1. 11/03

    ・国の予算2割過大 20・21年度 公共事業3割繰り越し 予備費3年で27兆円
  2. 11/04

    ・FRB、4連続0.75%利上げ 金利到達水準「より高く」今後はペース減速も <1>
    経済に負荷懸念 不況の兆し、世界の8割 英中銀も0.75%利上げ 年3%に
    ・米貿易赤字、9月7.2%増 6ヶ月ぶり 欧州・中国への輸出減
    ・アマゾン、採用を凍結 数ヶ月間 景気後退を警戒 「経済普通ではない」
    米人員削減10月13%増 企業・政府 1年8ヶ月ぶり高水準
  3. 11/05

    ・経済対策8割が借金 2次補正 国債増発22.8兆円
    ・米雇用26.1万人増 10月、市場予測上回る 失業率は3.7%
  4. 11/06

    ・米、金融・テックに課税強化 最低でも利益の15%負担義務 日本企業も対象に
    ・マスク氏、広告減に焦り ツイッター、「活動家が圧力」 人員5割減
    ・米、半導体の対中規制追随要請 まず日本・オランダ <2>
    米技術に頼らず作れる製品 商務長官が名指し 近く本格協議か
  5. 11/07

    ・脱炭素「段階移行」に資金 世界の機関投資家 基準緩め変化促す
    ・COP27(第27回国連気候変動枠組み条約締結国会議)途上国の温暖化被害損失支援
    初めて正式議題に 先進国が議論で合意
  6. 11/08

    ・実質賃金6ヶ月連続減 9月1.3%マイナス 物価上昇響く
    ・米中間選挙投票開始 共和党、下院奪還の見方
    ・中国、輸出入マイナスに 10月 ゼロコロナ響く 米欧景気も減速 <3>
    ・マスク氏「共和党に投票を」ツイッターで無党派層に 中立性巡り波紋も
    ・仏原発の発電量急減 ストや不具合で半分停止 欧州、冬の電力綱渡り <4>
    ・インドネシア5.7%成長 7~9月 4四半期連続5%超え
  7. 11/09

    ・米中間選挙 民主は「中絶」共和「インフレ」 候補者のツイート分析 <5>
    ・米中間選挙 下院は与党敗北の歴史 議席増、過去2回だけ <6>
    ・経常黒字58%減 上期(4~9月)円安・資源高で貿易赤字9.2兆円過去最大
    ・2次補正、28.9兆円決定 国債22.8兆円 電気・ガス代抑制
    ・中国卸売物価1.3%下落 10月 1年10ヶ月ぶりマイナス
  8. 11/10

    ・メタ、1.1万人削減 社員の13% 19年末4.5万人 今年9月8.7万人
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