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週間国際経済2023(8) No.342 03/16~03/25

今週の時事雑感 03/16~03/25

ウクライナ戦争後をうかがう中国外交

ウクライナ戦争後なんて、まだ

ロシアは勝てそうもないが負けそうでもない。ウクライナはクリミアを含めた全領土を奪還するという。戦争の終わりがイメージできないことが、戦争を泥沼化させている。ましてや戦争後なんてとんでもない。はたして、そうだろうか。むしろ、戦争後はどうなるのか、その見通しがないから、停戦はありえないものとなっているのではないか。

とはいえウクライナ、ロシア双方とも戦闘継続能力には不安がある。同時にウクライナにとって戦後復興、ロシアにとっては制裁下の経済立て直しの見通しに不安がある。終わりからの始まりが見えなければ、終わりの始まりもまた見えないのだ。

さらに停戦仲介に向けた外交努力を示すことは、国際秩序再編のイニシアティブにも関わってくる。

西側は外交を失っている

ドイツは、主力戦車レオパルト2をウクライナに供与することを決定した時点で、外交の選択肢を失った。フランスのマクロン政権は、年金改革に対する国内世論の猛反発に遭い、支持率を20%台にまで落としている。ウクライナ産穀物の黒海輸送仲介で注目されたトルコのエルドアン大統領は、大地震への対応で批判され、5月の大統領選に向けて強い逆風を受けている。

昨年12月のG7首脳協議の共同声明では、ウクライナのインフラ施設の復旧はロシアが支払うべきだと明記された。つまり西側は負担する気がないということだ。もちろん対ロシア制裁も続けるだろう。こうした合意を5月のG7首脳会議で議長国日本が覆すとは思えない。やはり昨年の12月、フランスがウクライナの越冬を支援する会議を開いたが、ドイツもイタリアも参加しなかった。支援疲れが、EUの足並みを乱している。

対ウクライナ支援額では国別で圧倒的なアメリカだが、バイデン政権は中間選挙で下院過半数を共和党に渡した。下院任期いっぱいの12月末までに民主党はウクライナ支援を増額させたが、会計年度(9月まで)の関係でこの予算は夏までのものだ。共和党トランプ派の「フリーダム・コーカス」所属議員はウクライナ支援に否定的だ。かれらの造反で下院議長選挙を10数回やり直しさせられた下院共和党トップのマッカーシー氏は「白紙小切手は切らない」と言明している。

ウクライナ戦争は、たしかに終わりが見えない。しかし、持続性もまた見えにくいのだ。中国外交は、この西側の「行き詰まり」の隙を突いた。

中国の「仲裁案」

戦争開始1年を迎えようとする2月になって、西側では中国による対ロシア武器支援を警戒する声が高まりだした。2月18日にブリンケン米国務長官が中国外交トップの王毅氏に警告し、21日にはG7外相声明でロシアへの軍事支援は「厳しい代償に直面する」と重ねて警告した。20日に侵攻後初めてキーウを訪問したバイデン氏は、21日ポーランドで演説し、「強権主義者に譲歩してはならない」と訴えた。ロシア、だけではなく強権主義者たちなのだ。つまり中国を含む。敵の姿を膨らませて、我々の結束を求める、アメリカ外交だ。

出足払いだった。ウクライナ侵攻から1年となる2月24日、G7首脳がオンライン会議を開催し、中国を念頭に第三国による対ロシア軍事支援の停止を訴えたところに、中国外務省が中国独自の12項目からなる仲裁案を発表した。

その内容は、ありきたりで実現性に乏しく、かつ玉虫色だ。しかし、凡庸だからこそ反論の余地を残さない。曰く敵対行為をやめて和平交渉を始めなさい。核兵器は使用してはいけない。原発を攻撃してはならない。黒海穀物輸送を促進しよう。みんなが心配していることの全部乗せだ。領土はどうするのか、国際法と国連憲章を遵守しなさい。模範解答だ。

西側は慌てたことだろう。NATOのストルテンベルグ事務総長は「中国は信用されていない」、ブリンケン米国務長官は「だまされるべきではない」と、しかし具体的内容には触れない。考えてみよう、西側ではない核大国が核使用をやめろと言い、西側ではない安保理メンバーが国連憲章を守れと言ったのだ。これを黙殺できるものだろうか。

中国の仲裁案はさらに、一方的な対ロシア制裁を止めるよう呼びかけることでロシアの関心を引きつけ、まだ誰も言っていない「戦後復興の推進」を最後に付け加え、中国が建設的な役割を果たすと強調することで、ウクライナの関心を引きつけた。

なにより、ロシアの継戦能力には中国の支援が欠かせない。ウクライナにとっても、ゼレンスキー氏が言うように「中国がロシアに武器を供与しないと信じたい。これは一番大事なことだ」。だから中国の仲裁案に一定の評価をし、「私は習氏と会うつもりだ。両国に有益で世界の安全保障に寄与する」という言質を中国に与えた。

これで整った。習氏はプーチンに会いに行く。3月20、21日、モスクワでの10時間にわたる中ロ首脳会談で、プーチンの中国仲裁案「評価」を引き出し、共同声明で「対話が最良の道」と明記した。

ウクライナ戦争後の国際秩序再編

仲裁者として、プーチンを説得できるのは習近平ただ一人だという存在感を世界に示したことは、国際秩序再編を見据える中国外交の前提ではあるが、全体の中のワンピースにすぎない。

3月10日、イランとサウジアラビアが外交を正常化し、双方の大使館を再開することで合意したと両国国営メディアが報じ、この協議は北京で開かれ仲介したのは中国だと伝えた。共同声明も3ヵ国の連名で出された。

大掴みにここで指摘しておかねばならないことは、第一に、この地政学的リスクの和解にアメリカがまったく関与していないということ。それどころか中国が主導できた背景には、中東地域のアメリカに対する不信感があったということだ。そしてイラクもオマーンもエジプトもこれを歓迎し、UAE(アラブ首長国連合)は中国が果たした役割を高く評価している。当然、イスラエルに対しても大きな外交圧力となるだろう。

指摘しておかねばならないことの第二は、ウクライナ戦争後の資源市場における中国の、さらには人民元の存在感についてだ。昨年12月8日にサウジアラビアを訪問した習近平氏は9日、リヤドで開かれた湾岸協力会議(GCC)首脳やアラブ諸国首脳との会議に参加し、「石油や天然ガス貿易の人民元決済を展開したい」との意欲を表明した。ここから生まれた世界市場における新しいキーワードが、「ペトロ(石油)人民元」だ。

資源国には産業構造が中央集権的になりがちなことから強権的な国家が多い。つまりドル制裁の対象となるリスクが常に潜在する。ドル一点張りは危ない。実際、制裁を受けたロシアでは脱ドルが進むことは当然だが、代わって資源貿易では人民元建て決済が急増した。中国の国際銀行間決済システム(CIPS)や上海石油ガス取引所のプラットフォームとしての役割が、かつてなく注目されるようになっている。

そもそも戦後のドル覇権は、石油覇権と強く結びついていた。こうした「OPECプラス」の脱ドルは、アメリカの覇権の土台に少なくない動揺を与えるだろう。

あと2つ、今回簡潔に指摘しておきたいことがある。ひとつは、「人民元札束ビンタ」的な中国外交に対する警戒感について。3月7日、IMF(国際通貨基金)はスリランカに対する29億ドルの支援を理事会で承認した。債権者である中国の協力が確約されたからだという説明だった。

先進国の急激な利上げで新興国通貨は大幅に下落し、ドル建て対外債務が膨張している。グローバル・サウスの盟主に名乗りを上げているインドは、新興国債務の削減を求めていた。中国が率先して債務再編に応じたことは、グローバル・サウスのみならず、ウクライナやベラルーシあるいはカザフスタンなどの「一帯一路」構想に対する不安を軽減し、期待を膨らませる効果があるかもしれない。

2つめは、中米ホンジュラスの中国との国交樹立、台湾との断交だ。台湾独立派である蔡英文政権の7年間で、台湾と外交関係を結んでいる国は22ヵ国から13ヵ国に減った。中東のみならず中南米でもアメリカから距離を置き、中国に接近する動きが顕著だ。

習体制3期目

3月10日、習氏は3期目の国家主席に選出された。すでに共産党総書記、中央軍事委員会主席を兼ねている。幹部は習派で固めた。さて、これまでの極端な内外への強硬姿勢に変化は起きるのだろうか。

中国経済の成長鈍化は避けられないと思う。人口構造の転換期(労働人口減、高齢化)に西側の脱中国サプライチェーン推進が重なる。そこに「戦狼外交」は適合しないと考えたならば、グローバル・サウスに対してはもちろんのこと、ヨーロッパに対しても融和姿勢を印象づけていくだろう。習主席は全人代閉幕演説では、10月の共産党大会で言及していた台湾への武力行使の可能性について、いっさい触れることはなかった。

中国外交が変化したとして、それがどれだけの効果を上げるかはまだわからない。ただ、西側外交が追い込まれつつあることはたしかだろう。バイデン政権は、ウクライナ支援を継続するためにも議会の共通認識である中国への警戒心を背景に、ロシアと中国を一括りにすることで民主主義の結束を訴えてきた。台湾海峡および朝鮮半島での緊張激化も、そうした流れのなかで読むことができると思う。ただ、西側同盟国の負担は、かつてないほどに重くなっている。

米国家安全保障会議のカービー広報調整官は3月17日、中国の仲裁案はロシアを利するとして、こう述べた。「いま停戦すれば、ロシアによる占領を事実上承認し、ロシアの利益と領土を武力で征服しようとする試みを認めることになる」と。つまり、今の停戦はあり得ないし、したがって仲裁もしないということだ。そう言うしかないだろうし、そうするしかないのだろう。分かる。分かってもらえるだろう。しかしこの「分かる」はすなわち、西側外交に対する失望にも繋がる。

西側と言えば、5月に広島でG7首脳会議が開催される。岸田氏も念願のウクライナ訪問を果たした。議長として、いっそうのウクライナ支援と台湾有事に対する警戒をコンセンサスとしてまとめることに成功するだろう。

しかし、それはいったい世界のどこに響くのだろうか。

<お知らせ>

来週から授業が始まります。前期授業には経済学部以外の学生も履修できる「世界と経済」という科目を担当します。したがって副教材として再開される「ポイント解説」は、かなり入門的な内容となります。授業休みの間、この平板で冗長な閑話「時事雑感」にお付き合いいただきありがとうございました。

日誌資料

  1. 03/16

    ・クレディ・スイス、株価最安値 中銀から最大7兆円調達
    ・ホンジュラス大統領 中国との国交樹立指示 台湾は翻意求める
    ・北朝鮮、ICBM級発射 EEZ外、北海道沖に落下
  2. 03/17

    ・欧州中銀、0.5%利上げ 3会合連続 インフレ抑制を優先
    ・日韓、関係正常化で一致 首脳会談 アジア安保再構築 シャトル外交再開
    日本、輸出管理を緩和 韓国、WTO訴え撤回 軍事情報協定(GSOMIA)回復へ
    ・ファースト・リパブリック銀行支援 米大手11行4兆円預金 資金繰り不安に対応
    ・FRB融資、最高20兆円 米銀向け リーマン時超える
  3. 03/18

    ・米銀時価総額60兆円消失 SVB破綻1週間 市場の混乱続く
    ・仏政権、年金改革で窮地 法案強行採決に野党反発 デモ200人逮捕
    ・米、ウクライナ侵攻で中国仲裁に深い懸念 政府高官「ロシアを利する」
  4. 03/19

    ・日独、経済安保軸に協力 初の政府間協議 供給網・脱中国狙う
  5. 03/20

    ・先進国排出量推計に異論 民間分析、衛星データ活用 <1>
    ・サウジ、イラン大統領招待 受諾の意向、外交正常化で
    ・日米欧、ドル供給強化 6中銀協調 金融不安に対応
    ・中国、財政赤字最大74兆円 今年15%増 社会保障費の膨張続く <2>
  6. 03/21

    ・UBS、クレディ・スイスを救済買収 危機封じへ当局主導 <3>
    資本増強「AT1債」全損に 残高、推計30兆円 世界への波及懸念
    ・岸田氏インドで講演 途上国インフラ支援750億ドル モディ氏、G7出席意向
    ・タイ下院解散、総選挙へ 投票は5月 国軍影響排除に野党大勝が条件
  7. 03/22

    ・中ロ首脳共同声明 「一つの中国」支持 経済連携 対米結束を誇示 <4>
    習氏対ウクライナ「和平協議を」 プーチン氏、中国案評価
    ・岸田首相キーウ訪問(21日)「揺るぎない連帯」ゼレンスキー氏と会談 <5>
    ・スリランカ支援承認 IMF、3900億円 債務再編、中国も協力へ
  8. 03/23

    ・物価高支援累計15兆円 世帯の2割に3万円 エネ負担減に9兆円
    ・英消費者物価10.4%上昇 2月、4ヶ月ぶり野火拡大
  9. 03/24

    ・米、0.25%利上げ継続 インフレ対応を優先 金融不安で「停止も議論」 <6>
    物価と金融不安 抑制苦慮 利上げで債券含み損80兆円 銀行の脆弱性露呈
    ・スイス中銀、0.5%利上げ クレディ「危機に歯止め」 英、利上げ0.25%に縮小
    ・増える非正規、日本突出 昨年26万人増2101万人 賃金上昇に重荷
    ・米、中国への情報流出追及 議会広聴課 TikTokトップは否定 禁止売却案に反論
    ・消費者物価3.1%上昇 2月 1年1ヶ月ぶり鈍化 政府による電気・ガス抑制で
  10. 03/25

    ・仏、反年金改革110万人デモ 治安部隊と衝突 英国王、訪問を延期
    ・欧州銀くすぶる信用不安 ドイツ銀株5ヶ月ぶり安値 独首相火消し「心配ない」
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