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週間国際経済2023(26) No.360 09/01~09/12

今週のポイント解説 09/01~09/12

分断から多極化へ

分断される世界

米中貿易戦争から米中デカップリング、民主主義対権威主義、ウクライナ支援と対ロシア制裁。この数年間、世界は分断され、分断を深めてきた。そしてこの分断は、そのどちらか一方の勝利によってのみ終結するのだという思考に、世界は支配されているかのようだった。

こうした二元論に基づいて現実世界を描写することに今、大きな反省が求められている。それはどこまでも「強国の論理」であり、その強国が強国たり得た背景では不均等発展が進行していたからだ。どちらの側なのかが問われるなかで、そのどちらでもありませんという「異質な」存在、世界はそれが気になっていたのだけれど、それをどう「取り込むか」という対象にすぎなかった。

しかし、対立のどちらでもない存在は、明らかな第三極となっていく(⇒ポイント解説№329「“新第三世界”外交」および№340「グローバル・サウス」など参照)。8月から9月にかけて、この第三極は周辺から徐々に中心に移動しはじめ、その内部でも主導権を巡る闘争があり、分裂を前提として相互に利害関係が錯綜している。

まさに「多極化」と呼ぶに相応しい様相だ。そしてそれは、米中それぞれの相対的地位の低下と表裏の関係にある。

深まる分断

8月はまだ、分断が主軸だった。その典型が日米韓首脳会議だ。8月18日、日米韓首脳はキャンプデービッドに集い、「歴史的な場所で歴史的な瞬間」(バイデン大統領)を共有した。ここでそれまで北朝鮮への対応であった日米韓の枠組みは、「インド太平洋およびそれを越えた地域で協力する」関係だと、共同声明に記されるものとなった。中国を念頭に置いたものであることは言うまでもない。

日米安保と米韓同盟が緊密に連携するための情報共有と意思疎通を、有事のみならず平時においても「制度化」し、脱中国サプライチェーン構築という課題も共有し、そのために首脳および閣僚の会談を毎年開催する。それまでのファーストネームで呼び合う個人的信頼関係ではなく、誰がトップとなろうとも揺るがないものにしようというのだ。つまり、東アジアにおける分断を固定化しようとする企てだ。

対する中国は8月23日、南アのヨハネスブルグで開催されたBRICS首脳会議を主導した。冒頭で習近平氏はBRICS拡大を提案し、加盟を申請していたアルゼンチン、エジプト、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の6ヵ国を正式に招待することが決まる。

BRICSとは、2001年にゴールドマン・サックスのエコノミストが、当時経済成長が著しかった新興国の代表としてブラジル、ロシア、インド、中国4ヵ国の頭文字を並べただけの語呂合わせで、その後に南アフリカが加わったことで複数形のsが頭文字のSになったものだ。つまり何か戦略的課題を共有した集まりではない。2009年になってようやく首脳会議を開催し、以降それは定例化されているのだが、遠目には親睦の域を出るものではなかった。

したがって「拡大」の意義も見えにくい。見えにくいからインドもブラジルもあえて反対はしなかった。しかし中国にとっては意義というか、意図がある。自らの主導的枠組にグローバル・サウスを巻き込んで、アメリカと対抗しようとする意図がまずひとつ、そして同時に、来たるG20の議長国インドとのグローバル・サウスへの影響力争いという意図だ。

多極化外交

このように、グローバル・サウスがあってこその多極化だ。したがって第三極の主導権は、対グローバル・サウス外交にかかってくる。ドタバタ劇の結果、中国外相に復帰した王毅氏は、着任1ヶ月で5ヵ国を回った。南アフリカ、トルコ、シンガポール、マレーシアそしてカンボジアだ。シンガポールのリー首相との会談では「アメリカは世界最大の不安定要素だ」と強調し、トルコのエルドアン大統領からはNATOのアジア太平洋進出を「支持しない」との言葉を引き出したという(8月26日付日本経済新聞)。

グローバル・サウス主導権争いには、ASEANの大国インドネシアも強い意欲を示す。インドネシアはBRICSに加盟申請はしていない。しかしジョコ大統領はBRICS拡大会議に出席し、「今日私がここにいるのはグローバル・サウスの仲間のリーダーとしてである」と語った。そしてその南アフリカを訪れる前にケニア、タンザニア、モザンビークを回り、様々な経済協力を約束している。このアフリカ訪問でジョコ氏が強調したのが、1955年のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)が持つ歴史的意義だったという(8月29日付同上)。

アメリカの影薄く

来年11月の大統領選に向けた日程調整によって、バイデン氏には外交余力が乏しくなっている。だからといって9月5日にジャカルタで開かれたASEAN関連首脳会議を欠席したのは大きな誤りだった。バイデン外交の柱の一つは「インド太平洋」戦略であり、その最大の焦点は中国の南シナ海進出だ。その当事者であるASEANの最重要会議をパスしたのだから、彼に対する信頼は大きく損なわれた。

しかもバイデン氏は、G20出席の帰路にベトナムを訪れて首脳会談に臨んだ。南シナ海領有問題やミャンマー問題で揺れるASEANにとって、ましてや議長国インドネシアにとって、今回の関連首脳会議は「ASEANの結束」を呼びかけるための最重要課題だった。ここを頭越しにベトナムだ。やはりトランプ政権の「二国間外交」と変化が見られないのではないかと。

さらにベトナム共産党最高指導者チョン書記長は、欧米寄りとされていたフック国家主席を更迭解任し、昨年10月には北京を訪れ習近平氏の国家主席3期目をいち早く祝った「親中派」と目される指導者だ。バイデン政権の対アジア外交に一貫性はあるのか、疑わしい。

それでももちろんG20首脳会議には出席する。その最大の成果は習近平氏との首脳会談実現、のはずだった。そのためにブリンケン国務長官もイエレン財務長官も北京に派遣した。しかし習氏は欠席だった。民主主義国のリーダーを自認するバイデン氏が、それを世界に承認させるためには「ボス交」が不可欠だ。ロイター通信が習氏のG20出席見送りの可能性を報じると、バイデン氏は「出席して欲しい」とワシントンで語り、欠席が確実になると「失望している」と述べている。

おそらくバイデン氏には米中首脳会談以外にG20出席に期待する成果がなかったのだろう。そう見なされること自体、アメリカ外交にとって大きな失点となっている。

影もない中国

習近平氏がG20を欠席した。これは半分驚き、半分納得。リーマンショック以降、G20は中国にとって最も重要な国際舞台のひとつだったから、驚きだ。一方、中国国内では外相交代、ロケット軍幹部交代、そして国防相が消息不明。中国共産党にとって最大の脅威は国外ではなく党内にある。何かが起きていると憶測を呼ぶのも無理がないという意味で、納得だ。

そしてASEAN関連首脳会議を目前にした8月下旬、中国政府は南シナ海の大半を中国領と記載する地図を公表した。習氏がこれにどこまで関わったかは不明だが、もちろんASEAN加盟国は一致してこれに猛反発した。

こうしたなかで、代理としてG20に出席した李強首相は気の毒だった。首相になる前は上海市長、党中央の経験もない。事実上の国際会議デビューがG20、「君、誰」の扱いだ。しかも、直前まで積極的な多極化外交を展開していた王毅外相も随伴していないのだから謎だ。李強氏が個別に会談した首脳は国別ではイギリスとイタリアだけ。そのイタリアのメローニ首相から「一帯一路」からの離脱を告げられた。イタリアはG7で唯一の一帯一路構想覚書締結国、しかも陸のシルクロードの終結点だ。習氏が出席していても、イタリアは同構想からの離脱を告げていたのだろうが。だとしたら習氏にとって大恥となっていた。

過去10年間、中国の国際的発言力増大の勢いは、この一帯一路によって支えられていたが、しかし同構想は陰りを隠せないのが現状だ。9月7日付日本経済新聞に、「中国、焦げ付く一帯一路」という記事があった。投資額は縮小し、コロナ・パンデミックによって沿線国経済が不振に陥り、不良債権が急増している。

この一帯一路構想を支えた資金源は、中国の急増する貿易黒字と海外からの対中投資によって膨張していった外貨準備だった。しかし貿易黒字も対中投資も急減し、ドル高人民元安(人民元は対ドルで15年9ヶ月ぶりの安値)、そして国内からの資本逃避などによって、その外貨準備高はピークだった2014年の3.99兆ドルから今年8月末には3.16兆ドルにまで急減している。

そこに追い打ちをかけるように、G20開幕日にアメリカが一帯一路に対抗する構想を打ち上げた。インドから中東を経由して欧州まで鉄道・海上輸送網で結ぶインフラ計画だ。すでにインド、サウジアラビア、EUと覚書を結んだと公表された。そう、東の起点はインドなのだ。

G20議長国インド

ニューデリーで9月9日に開幕したG20首脳会議、その開幕日にいきなり首脳宣言が採択された。とりまとめが難航すると予想される中で、議長国インドのモディ首相が押し切った格好だ。とりまとめが難航すると予想されたというのは、もちろんウクライナ侵攻に関する言及だ。昨年11月にインドネシアで開催された前回のG20サミット首脳宣言では、「ロシアによる侵攻」と明記し、「ほとんどの参加国は戦争を非難している」と国連決議を引用する形でまとまった。しかし今回、ロシアを名指しで非難する表現は盛り込まれなかった。もちろんウクライナは失望と不満を示した。

しかしモディ首相主導の首脳宣言は、「G20は地政学や安全保障の問題を議論する場ではない」ときっぱりと言明した。この言明には当為が認められる。そもそもG20サミットの正式名称は「金融・世界経済に関する首脳会合」だ。リーマンショック後の世界金融危機を受けてもはやG7だけでは対応できないゆえに、アジア通貨危機(1997年)のあとに創設された「G20財務相・中央銀行総裁会議」を首脳会議に格上げし、それを定例化したものだった。それでもG7は「主要20ヵ国」とは呼ばせなかった。

今回の首脳宣言の骨子は、食料やエネルギー価格の高騰で「世界経済の成長と安定に逆風が吹いている」と指摘し、「2030年までに再生エネルギーを3倍にする」とし、そして今後のG20については「国際的な意思決定における途上国の発言権を強化する」と盛り込むことを忘れなかった。

そのG20議長国は、今回のインドから来年はブラジル、そして南アフリカと、つまりBRICSというかグローバル・サウスでバトンがリレーされるのだ。

多極化のなかの多極化

多極化の柱であるグローバル・サウスのなかで、多極化のなかの多極化と呼ぶべき動きがあることにも注目したい。そのひとつは今回G20に新たに正式メンバーとして加盟したアフリカ連合(AU)だ。AUはアフリカ55ヵ国・地域で構成されている。今回のG20にAUを代表して参加したのがアフリカ最大の経済規模を持つナイジェリアだった。

9月6日付日本経済新聞によると、AUそしてナイジェリアはG20に加盟を「申請」したという。G20に加盟申請という前例はない。さらに同記事では、ナイジェリアはBRICSには新規加盟申請をしていないということだ。ナイジェリアに限らずアフリカの多くの国は、中国から借金をしてロシアから軍事支援を受けている。そうした関係から距離を置き、G20を通じていわゆる西側との連携を強めたいと考えているというのだ。

次にサウジアラビア。サウジアラビアはG20開幕直前の9月5日、7月から続けている日量100万バレルの自主減産を12月まで3ヶ月延長すると表明した。これを受けて国際原油価格(WTI)は10ヶ月ぶりに1バレル90ドルを上回った。ロイター通信によるとサウジアラビアのムハンマド皇太子はロシアのプーチン大統領と電話協議をしていたという。つまりロシアと足並みを揃えた減産継続だということだ。

これはようやく落ち着きを見せ始めたインフレを再燃させ、大統領選に臨むバイデン政権を揺さぶるという意図があるとの指摘がある。サウジアラビアは、見たように8月にBRICSに正式加盟している。ここで原油価格に対する影響力を誇示して政治的発言力を高めようとしていると言うのだ。

最後にキューバ、そしてG77だ。G77は、国連における南北問題の話し合いのために1964年に開発途上国77ヵ国で形成された。これに中国が加わってG77+中国となり、現在は132ヵ国が参加している。議長国は持ち回りで、今年はキューバだった。

9月16日、そのキューバで開催された「G77プラス中国」には100ヵ国以上が参加し、そのうち31ヵ国は首脳が出席した(9月18日付同上)。今回注目されたのは、近年中南米で続々と誕生した左派政権だ。キューバはこれら左派政権と中国との連携を深めることでアメリカと対抗しようし、ブラジルのルラ大統領やホンジュラスのカストロ大統領がこれに応えた。

「アメリカの裏庭」だった中南米で新興国が集まり、かれらは「新興国にとって不公平な国際秩序がもたらす課題に深い懸念を表明する」という共同声明を採択した。

多極化世界のリスク

冗長になってしまった。言い訳をすれば、たとえ最低限の描写をと心掛けても、それだけこの1ヶ月、世界の多極化の動きは激しかったのだ。さて、そこにどのようなリスクがあるのだろうか。

多極化と言えば、なんとなく世界秩序に多くの支点が増えたような錯覚をしがちだがしかし、増えているのは支点ではなく力点あるいは作用点だとぼくは思う。イアン・ブレマー風に言えば「Gゼロの世界」、それがより複雑化した姿なのかもしれない。

タモリさんは、今の日本を「新しい戦前」と呟いたが、この世界の混沌とした多極化を「戦間期」、つまり第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代と類比することは大切なことだと思う。覇権国の不在、過度な経済制裁と経済のブロック化による国際分業の断裂、国際機関の機能不全、国際通貨の信認低下、経済ナショナリズムとポピュリズム。

今は「新しい戦間期」、なのだろうか。そこに多くの共通点がありながら、似ているけどしかし決定的に違うのは、現在人々はその時代を反省し教訓を学んでいるということであるはずなのだ。

<お知らせ>

来週から後期授業が始まり、このブログも副教材として活用します。したがってテーマおよび内容は、学生のみなさんが時事問題に関心を持って理解していただくことが趣旨となりますので、よろしくお願いいたします。

日誌資料

  1. 09/01

    ・インド、消費・サービス好調 4~6月GDP7.8%増 インフレの影響注視 <1>
    ・BRICS拡大、早くも暗雲 アルゼンチン野党が参加反対
    ・習氏「G20見送り」報道 米大統領「出席に期待」
  2. 09/02

    ・米雇用、8月18.7万人増 失業率3.8%、過熱感薄まる
    ・「隠れ債務」対策に30兆円 中国、地方債の発行枠 借り換えで返済負担減 <2>
    ・中国公表地図に東南ア反発 南シナ海大半を領海扱い 首脳会議前に疑心暗鬼
    インドも係争地巡り抗議
    ・ブラジルGDP3.4%増 4~6月、穀物生産が拡大 10四半期連続プラス <3>
  3. 09/03

    ・米景気軟着陸 高まる期待 雇用伸び鈍化、コロナ前水準に <4>
    市場、利上げ終結の見方増加 消費の持続力焦点
    ・EV輸出、中国比率8倍 5年で BYDや東風、けん引
  4. 09/04

    ・NATO加盟国 国防費増に苦戦 「GDP2%以上」達成は3分の1 財政厳しく
    ・ウクライナ国防相更迭へ ゼレンスキー氏声明 汚職疑惑で問責か
  5. 09/05

    ・消費支出5ヶ月連続減 7月5.0%マイナス 食料落ち込む
    ・ASEAN首脳会議開幕 南シナ海問題焦点 ミャンマー対応も議題に
    グローバルサウス主導狙う 「結束を」呼びかけ
  6. 09/06

    ・中印、主役の座巡り神経戦 習主席、異例のG20欠席 権威維持へ内向き強める
    ・サウジ、年末まで減産延長 原油10ヶ月ぶり高値 インフレ再燃懸念 <5>
    世界経済揺さぶる ロシアと足並み、米を挑発 市場支配力を誇示
    ・円下落、147円台後半 米金融引締め長期化観測
  7. 09/07

    ・ASEAN、米中に不信感 バイデン氏欠席 中国「地図」に反発
    ・インドで「国名変更」論議 G20関連招待状に「バーラト」ヒンズー至上主義反映か
    ・中国、焦げ付く「一帯一路」 コロナ影響、沿線国の経済不振 <6>
    提唱10年、投資額は縮小 原資の外貨準備横ばい
    ・米、劣化ウラン弾を供与 ウクライナに 10億ドル支援表明
  8. 09/08

    ・ASEANに投資5.6兆円 首脳会議閉幕 実利優先、港湾など93件
    安保議論は素通り バイデン氏欠席に失望感
    ・円売りに弾み147円台後半 海外と金利差拡大22年ぶり 政府、口先介入を強化
    ・中国の貿易黒字4ヶ月連続縮小 8月 人民元、15年9ヶ月ぶり安値
    ・実質賃金7月2.5%減 16ヶ月連続マイナス 下落幅が拡大
    ・アップル時価増額28兆円減 中国政府「iPhone禁止」報道で <7>
  9. 09/09

    ・ゼロゼロ融資や社保猶予 コロナ特例終了 資金繰りの壁 <8>
    8月 企業倒産、最大の54%増
    ・人民元15年9ヶ月ぶり安値 対ドル、米との金利差拡大で <9>
    中国、過度な変動阻止へ 輸出低迷も一因
    ・欧州、ウクライナ支援倍増 米国超える累積20兆円 軍事・人道で長期枠組み
  10. 09/10

    ・G20サミット開幕 「経済成長と安定に逆風」首脳宣言を採択 <10>
    インド主導、侵攻に避難無し ロシアへ配慮にじむ アフリカ連合加盟で合意
    再生エネ30年までに3倍
    ・インド・欧州間輸送網、中東経由 米・EUが支援へ インフラ整備、中国対抗
  11. 09/11

    ・李強氏、国際会議デビュー 中国首相、個別会談少なく
    ・インド国名「バーラト」表記 首相、呼称変更へ本気か
  12. 09/12

    ・グローバルサウス G20主導に手応え 西側・中ロに妥協迫る
    ・イタリア「一帯一路」離脱へ 習氏不在、中国影薄く
    ・米、対中でベトナム接近 ベトナム、両国関係「最上位」に昇格 <11>
    南シナ海安保抑止期待 首脳会談、半導体で思惑一致
    ・米消費者59.8%「ローンが困難に」 8月調査、比率最高
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