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週間国際経済2018(28) No.155 09/03~09/11

今週のポイント解説(28) 09/03~09/11

ラスト・ベルトとバイブル・ベルト

1.貿易戦争とラスト・ベルト

トランプ氏を大統領選挙に勝たせ、その後もトランプ政権の支持基盤として「ラスト・ベルト」という言葉は広く知られるようになった。rust(錆)、使われなくなった機械や工場を意味し、かつてアメリカ製造業の拠点であった中西部から北東部を指す。

主要都市、デトロイトそしてピッツバーグと言えばすぐに連想できるように、自動車、鉄鋼そして石炭の街だ。かつてここは、どちらかといえば労働組合の支持を背景とした民主党の票田だった。

トランプ候補がこの地で支持を集めえたのは、ひとえに「保護貿易」を訴えたからに他ならない。ラスト・ベルトからメキシコへの生産移転、日本や中国からの輸入、それを徹底的に敵視した。

一方的な鉄鋼輸入制限、地球温暖化に関する「パリ協定」離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直し、そして中国との貿易戦争。これらの「犬笛」(特定の利害関係者にしか聞こえないという意味で使われる)が、この地域の支持を引き留めた。

今回の大統領選挙の投票率は50%台、希に見る僅差でトランプ氏は勝利した。単純計算でトランプ候補に投票したのは有権者の25%程度だということができる。トランプ政権1年目の支持率は史上最低水準だが、それでも40%前後を維持している。

この「岩盤」と呼ばれる支持基盤は、もちろんラスト・ベルトだけでまかなえるものではない。

2.キリスト教福音派

保守的なプロテスタント右派とされるキリスト教福音派を信仰する人は、アメリカ全人口の30~35%を占めるといわれる。そのうち黒人福音派は8%ほどで、彼らは民主党支持層。残る白人福音派は共和党支持層で、全人口の4分の1を占めている。

レーガンもブッシュ親子も、この人びとを支持基盤としてきた。ところが、トランプ共和党候補がこれを自動的に引き継ぐというわけにはいかない。トランプ氏は2度の離婚歴があり(ほぼこれだけでアウトだ)、数多くの女性スキャンダルに包まれ、おまけにカジノも経営していた。

ただ、「幸運」にも、対抗馬はヒラリー・クリントンさんだった。ヒラリーさんはフェミニズムの旗手であり、中絶権利の強力な擁護者だ。白人福音派は反ヒラリーで固まる。トランプ氏はここにつけこみ、選挙中に中絶禁止派(プロライフ派)に宗旨替えしたのだが、それでもネガティブ要素が多すぎる。

そこでマイク・ペンスを副大統領候補に指名した。ペンスさんは保守的な福音派のなかでも保守的な政治家として知られている。

さらに「在イスラエル米大使館をエルサレムに移転する」と公約した。福音派は聖書に忠実だとされ、聖書の一節を「神がイスラエルをユダヤ人に与えた。世界が終末を迎えたときエルサレムにキリストが再来する」と解釈しているという。

こうしてキリスト教福音派の80%以上がトランプ候補に投票したといわれている。

3.バイブル・ベルト

保守的キリスト教の影響力が強いのは、アメリカ中西部から南東部にかけて「バイブル・ベルト」と呼ばれる地域だ。つまり南北戦争当時の南部連邦の中心だった州で構成されている。信仰とは関係ないのだろうが、歴史的背景からいわゆる白人至上主義者の拠点が多く存在している。

「リー将軍の銅像」撤去を巡って、バージニア州起きたで白人至上主義者とこれに対するカウンターの人々との衝突は象徴的な出来事だった。これについてもトランプ大統領は白人至上主義者を擁護したと受け取られる発言をしている。

常識では理解できない「メキシコの壁」も、アメリカ社会を否定するような移民排斥も、この地域の特定の人々の支持を得るための「犬笛」だということだろう。

憂慮すべきは、アメリカの分裂だ。しかしトランプ氏は、対立が深まれば深まるほどに自分に対する支持が固まると考えているようだ。そして彼は、そのアメリカ内部の対立を世界に拡大させている。

4.反イスラムの拡散

今年の5月、イスラエル建国70周年に合わせて在イスラエル米大使館はテルアビブからエルサレムに移転された。よく知られているように、エルサレムはユダヤ教、イスラム教、キリスト教の3つの宗教の聖地だ。互いにそれは譲れないのだから、エルサレムは国連の管理下に置かれている。トランプ氏は、世界中のムスリムを敵に回した。

あからさまな親イスラエル外交姿勢は、そのイスラエルと対立するイランとの「核合意」からの離脱にも表れた。それはイスラエル大使館移転の1週間前のことだ。これで中東の緊張は一気に高まった。

それでも中国を叩けば叩くほど、イスラムを叩けば叩くほど、共和党支持者のなかのトランプ支持率は高まっているのが現実だ。だからイスラム叩きは国内の移民排斥から中東へ、それだけでは止まらない。

8月になってトルコとの対立が激化した⇒ポイント解説№152「トルコ・ショック」参照。9月になるとパキスタンに圧力をかけ始めた。3億ドルの軍事協力資金提供を停止し、IMFによるパキスタン経済支援にも反対すると決めた(9月4日付日本経済新聞)。

トルコもパキスタンも、人口の95%以上がイスラム教徒だ。トルコはシリア、イラクと1200㎞の国境を接している対中東最前線に位置している。パキスタンはアフガニスタンと隣接している。

トランプ氏はイスラム圏からの移民排斥をテロ対策だといいながら、アメリカと世界の対テロ安全保障上の最重要拠点国との対立を深めている。支離滅裂だ。でも、中間選挙にはこれが有利に働くのだろう。でも、アメリカとイスラム圏との間には修正が危ういほどの亀裂が刻まれる。

5.イスラム圏の対中傾斜

この亀裂が、イスラム圏の中国への傾斜を強めることに作用している。トルコはIMFへの支援要請を拒み、「一帯一路」への協力の見返りに中国国有銀行から計36億ドルの融資合意を取りつけた(8月22日付同上)。パキスタンはこの8月にカーン政権が発足したばかりだ。いきなりのアメリカからの圧力から、やはり中国の協力によるインフラ整備に頼らざるを得ない。「一帯一路」の一部である中パ経済回廊は総工費620億ドルの事業だ。

さらに中国はアフリカ諸国に対する影響力を固めようとしている。9月3日、「中国アフリカ協力フォーラム」が北京で開幕した。習近平氏は開幕演説で600億ドルの経済協力を表明した。「一帯一路」への参加を求め、「投資にはいかなる政治的条件もない」と付け加えることを忘れなかった。

トランプ氏は国内支持基盤を固めるために、反イスラム的政策を乱発するのだが、共和党支持者たちは知らないのだろうか。イスラム教人口は2020年には世界人口の4分の1を占めるようになる。出生率も経済成長率も高い地域が多い。

パキスタンのイスラム教人口は、10年後にはインドネシア(現在約2億人)を抜いて世界最大になるといわれている。トルコも世界第8位の約7100万人。そしてじつは、アフリカには中東よりイスラム教人口が多い。ナイジェリアとエジプトにそれぞれ7500万人以上、アルジェリアとモロッコには3000万人以上が暮らしている。
 

トランプ氏が得るかも知れないものの反面で、アメリカが失うだろうものの大きさが、この問題にも表れているといえそうだ。

日誌資料

  1. 09/04

    ・トルコ物価17.9%上昇 8月通貨安、利上げ焦点に <1>
    ・就活ルール廃止に言及 経団連会長「日程采配に違和感」 首相は維持求める
    ・米、パキスタンに圧力 軍事援助330億円停止 アフガンのテロ対策に不満
    ・アフリカに6.6兆円支援 中国、53ヵ国と首脳級会合
    ・米住宅市場 失墜を警戒 中古販売4カ月連続減 <2>
  2. 09/05

    ・アマゾン時価総額1兆ドル 米株、ハイテク依存強まる <3>
    ・NAFTAに為替条項 米・メキシコ合意
  3. 09/06

    ・米の対中輸出7月8.2%減 貿易戦争、大豆落ち込む
    ・GAFAに資金集中 時価総額「占有率」13%、10年で5倍
  4. 09/08

    ・日米貿易、新合意なければ報復も トランプ氏示唆
    ・米の対中関税第3弾 アップルウォッチ対象に 成長有望分野業績に影響も
    ・韓国、文氏の支持率40%台に低下 経済政策に不満
  5. 09/09

    ・中国、米からの輸入鈍化 8月2%増どまり 貿易戦争の影
    ・新興国不安アジア波及 インドネシアルピア下落 中国先行き懸念を背景に
    ・米、石炭復活の道、多難 発電コスト10年で2割増 <4>
  6. 09/10

    ・日本経常黒字7月14.4%減 原油高で貿易収支赤字に
    ・北朝鮮、ミサイル抜き行進 建国70年行事(9日) トランプ氏が評価
  7. 09/11

    ・米・EU通商協議 「車関税ゼロ」、EUは前向き 米をけん制 <5>
    ・トルコ5.2%成長に減速 4~6月 通貨安・物価高の悪循環
    ・正恩氏、米に再会談要請 トランプ氏に書簡 米、開催へ調整

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