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週間国際経済2018(30) No.157 09/19~09/25

今週のポイント解説(30) 09/19~09/25

世にも不思議な「貿易戦争」の基本

1.「保護貿易」は「アメリカ・ファースト」なのか

国内産業が輸入品と価格面での競争で苦しんでいるのなら、輸入品に高い関税をかけて保護してあげようとうのだ。いいことのように聞こえるから、支持されるかもしれない。でも、この関税は誰が負担するのだろうか。

トランプさんが最初に保護した鉄鋼を例に考えてみよう。輸入鉄鋼には25%の関税がかけられた。おかげでアメリカ産の鉄鋼が売たれとしても、それは輸入品より高かったものだ。またアメリカでは作っていない鉄鋼は関税のぶん高くなる。実際にアメリカ国内の鉄鋼価格は4割ほど高くなった。

すると鉄鋼を使う国内産業はそのぶんコストが高くなる。代表的な産業は、自動車と住宅だ。どちらもアメリカ経済の好不調を左右する業界だ。利益を減らしたくなければ増えたコストを価格に上乗せする。それで売れなくなれば自動車や住宅を売っている人たちが困るし、今まで通り売れたとしたら、それは消費者が価格上昇分を負担していることになる。

そのうち自動車や住宅の売り上げが減っていけば、アメリカの鉄鋼会社は安売りをしなくてはならなくなる。保護関税がけられる前より利益が減ることもありうる。

すでに問題になっているのはパイプラインだ。シェール・オイルを消費地に送るパイプラインは、そのシェール・オイルの供給増に対して不足している。だから増設しなければならないのだが、鉄鋼が高い。仕方なく車で運ぶとしてもコストが増える。そのぶん石油代は高くなる。

そもそも関税とは、輸入に課せられた税金だから輸入業者が支払う。一部例外もあるが、海外旅行のおみやげにかかる関税を旅行者が支払い、旅行先のおみやげ屋さんが払うわけではないということと同じことだ。

いずれの場合も、高くなった関税を負担するのは結局のところ国内の消費者だ。

2.報復関税は認められている

一方的に関税を高くすることはルール違反だ。ルールを決めているのはWTO(世界貿易機関)だが、トランプさんはまるで気にしない。だったらWTOを脱退してやる勢いだ。 ところで一方的関税引き上げを受けた国は、それと同等の関税で報復することをルールで認められている。お互いに損をするだけだから、やめておきましょうという考えにもとづいている。

中国はアメリカ産大豆に報復関税をかけた。アメリカの大豆は大半を中国向け輸出に依存している。州によっては9割以上を中国に輸出している。大豆価格は大幅に下落し、アメリカの大豆農家は大きな打撃を受けた。

中国は大豆の大半を輸入している。アメリカから輸入する大豆が関税分高くなるのだから、中国の消費者は高い大豆を買わなければならなくなる。みんなが損をしている。

3.知的財産権侵害

トランプさんが中国輸入品に高い関税をかけるのは、中国が知的財産権を侵害していることに対する制裁だと言っている。知財侵害といっても単純なパクリ問題ではない。

中国に進出する企業に技術移転を強制している、中国がアメリカ企業を買収して技術を奪っている、サイバー攻撃で産業スパイをしていると言っているのだが、なにより問題視しているのが「2025」政策だ。

習近平さんは、2025年までに中国のハイテク産業技術の高度化・国産化を目指し、巨額の補助金を与えている。このままでは自由競争のアメリカは、技術水準で中国に追い抜かれてしまう。だから補助金をやめろと要求している。でも中国はここは譲れない。

かりに、中国が譲れば日本も困る。「2025」では省人化ロボットや半導体などが中心になっているのだが、この製造装置や部品は日本企業が中国に輸出している。日本の輸出増大に占める比重も高い。これを中国政府が補助金で買っているのだから、その補助をやめれば日本企業が打撃を受ける。

4.サプライ・チェーン

このように、「米中貿易戦争」と呼ばれるものは、米中2国間の問題ではない。

アップルはスマホのほとんどを中国で作っている。例えば1台300ドルのiPhoneならば中国からの輸入300ドルだが、その製造原価は半分の150ドルほどで、付加価値の高い半導体や液晶パネルなどは日本や韓国が作っている。中国の取り分は数ドルだといわれている。つまり、みんなで売上を分け合っているのだが、それを中国から出荷してアメリカに入荷するものだから、統計上は米中貿易だということになる。

この中国との貿易赤字を「収奪」だとトランプさんは言うのだが、この貿易で一番分け前が大きいのはアメリカ企業だ。インテルのように中国の自社工場からアメリカに輸出している例も多い。

こうして築き上げられたグローバルな供給網(サプライ・チェーン)を、標的になっている中国を外して再構築するのには、かなりの時間とコストがかかる。特に品質管理が高い水準で求められる自動車などではたいへんなことになる。しかたなく企業は、関税引き上げ分を価格に上乗せするほうを選ぶ。結果として、消費者の負担が増える(9月26日付日本経済新聞)。

5.報復に対する報復

トランプ政権は9月24日、中国の知財侵害制裁の第3弾として約2000億ドル(約22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税を課すと発表した。第1弾は340億ドル、第2弾は160億ドル、第3弾との合計で2500億ドルになった。中国からの輸入総額は約5000億ドルだから、その半分が制裁関税の対象になる。

こうなると、いったいどのアメリカ国内産業を保護するのかわからない。トランプさんは、「(中国の)報復に対する報復だ」と、相変わらず言語明瞭意味不可解だ。この第3弾に中国が報復すれば、残りのすべての輸入品に25%の追加関税を課すと、発動の1週間前に脅かしている(18日)。

ただその前日(17日)には、「最終的には習主席と私とで解決することを望む」という声明を出している。恫喝して手を差しのべ譲歩を迫る、シンプルなディールだ。対して中国は、アメリカとの貿易問題を巡る閣僚協議を拒否した。「関税の脅しの下では交渉できない」と。

それはそうだろう。トランプさんの取引は、最後は習近平さんが面子を潰せということなのだから。こうなると、泥沼だ⇒ポイント解説№153

6.マーケットの「慣れ」と「警戒」

こんなたいへんなことが起きているのに、NY株式市場は好調だ。貿易戦争は心配の種だが、対中制裁第1弾、第2弾は大過なくやり過ごせたし、今回の第3弾も「思ったほどではない」。というのは、トランプさんは制裁関税の税率を25%だと言っていたのだが、クリスマス商戦(アメリカの年間消費の4分の1を占める)に配慮して10%にしたと言うものだから、NY株価は8カ月ぶりに最高値を更新した(9月21日)。

そして、ドル高・人民元安によって、まだ中国からの輸入品はたいして値上がりしていない。人民元は貿易戦争が始まる前の昨年4月から7%強も下落している。今年の5月から7月まででも4%ほど安くなっている。これに対してドルは、昨年末から8%ほど上昇し、16年ぶりのドル高になっている。だから中国からの輸入品に10%の関税をかけても相殺されている。

そしてなにより、アメリカの景気が好調だ。トランプ減税によって個人消費も企業投資も過熱気味だ。4~6月の経済成長率(実質GDP増)は4%を超え、約4年ぶりの水準になった。この勢いが、貿易戦争のマイナスを上回っていると市場は見ている。

でもこれは、投資家たちの「短期楽観・中長期警戒」、つまり今のうちに稼いでおこうという心理の表れだと思う。

貿易戦争が長期化すれば、制裁関税は10%は25%になり、制裁対象は2500億ドルから5000億ドルになりかねない。ドル高が進めばアメリカの貿易赤字は改善されないし、新興国からの資金流出リスクも高まる。景気が過熱すれば金利も上がり、減税効果も来年後半から剥がれてくるとの見方が大勢だ⇒ポイント解説№151

7.仲介者の不在

長引けばリスクは大きくなっていく、それはみんな分かっている。でも落としどころが見えない。それが最大のリスクだ。どんな愚かなことでも、止めなければ止まらないのが歴史の教訓だ。

アメリカの野党民主党も、製造業労働者の支持を奪還するためには、対中関税引き上げを正面から批判できない。中間選挙がどのような形で終わっても、米中ハイテク戦争は妥協点が見つからない。

米中経済は世界GDPの4割を占めている。IMF(国際通貨基金)は、この貿易戦争で米中の実質経済成長率が2019年にそれぞれ0.9%程度下押しされるという分析をまとめた(9月25日付同上)。貿易戦争はモノの動きだけではなく、企業の新規投資が手控えられ、金融機関による融資も慎重になるからだという。

反グローバル化、自国第一潮流の世界で、なにが心配かというとそれは「仲介者の不在」だ。WTO(世界貿易機関)の紛争処理能力は著しく低下している。WTO改革も、その方向性はアメリカを引き留めるためにアメリカの言い分に耳を傾けようという状態だ。

EUも、イギリスの離脱が「無秩序」なものになりそうで混乱している。ドイツのメルケル首相も国内の求心力を失いつつある。日本は、火の粉を払うのに精一杯だ。実質的に日米FTA交渉が始まったのに、これはTAG(物品貿易協定)だとか、世界では通用しない「造語」で論点をごまかしている有り様だ。

こうした混乱を、トランプさん一人の責任に押しつけてはいけない。ヨーロッパの分裂、アジアの反目、そこにトランプ・ディールがつけ込む隙を与えたのだから。

日誌資料

  1. 09/19

    ・対中追加関税、輸入の半分 米、24日に第3弾 中国、報復を決定
    米国内にインフレ圧力 部品・材料の価格上昇 車や家電の完成品値上げも
    トランプ氏けん制 報復なら「全品目25%」
    ・日本貿易赤字2カ月連続 8月、輸出増も原油高響く <1>
  2. 09/20

    ・南北首脳会談 非核化なお条件付き 北朝鮮、寧辺廃棄に言及
    ・安倍首相、自民総裁3選
    ・日銀総裁、出口「物価2%達成後」 緩和修正効果、時間かけ点検
    ・家計金融資産2.2%増 6月末1848兆円、投信横ばい
    ・在留外国人、最多263万人 6月末 技能実習や介護で増加 <2>
    ・中国李首相、対話解決訴え 対米摩擦、人民元下げ否定 市場開放も約束
    ・「米中摩擦で打撃」米社7割 米民間団体調べ
    ・米・カナダ、貿易協議再開 米「妥結期限変えず」
    ・仮想通貨67億円分流出 テックビューロ、不正アクセスで 金融庁立ち入りへ
    ・アルゼンチン成長急減速 4~6月4.2%減 6期ぶりマイナス 干ばつ・通貨安
  3. 09/21

    ・英離脱、10月合意断念 EU首脳会合 「無秩序」に現実味 <3>
    ・NY株8カ月ぶり最高値 米中摩擦、警戒感和らぐ
    米企業好調、マネー呼ぶ 今年2割増益 世界で突出
    ・消費者物価0.9%上昇 8月、サービス価格が寄与
  4. 09/22

    ・メイ英首相、EUに譲歩要求 「合意なき離脱、準備も」
    ・中国、米との貿易協議拒否 関税第3弾に反発 米紙報道
    ・働く高齢者が過去最多に 807万人 4人に3人は非正規  <4>
    ・ウォルマート「日用品値上がり」 対中関税で米政府に書簡
    ・米、ロシア軍事産業も標的 制裁、軍事装備品調達の中国高官指定
  5. 09/24

    ・産油国、増産見送り イランが協議欠席 供給不安一段と <5>
  6. 09/25

    ・貿易戦争危険水域に 米中、関税第3弾発動 輸入品5~7割対象 <6>
    24日、トランプ政権が約2000億ドル(22兆円)相当の中国製品に10%の追加関税
    中国も600億ドル相当の米国製品に5~10%を上乗せする報復関税実施
    ・トランプ氏、全品目拡大も示唆 出口なき消耗戦 首脳決着、予断許さず
    ・IMF分析 米中成長率2019年に0.9%下押し 企業の資金調達に影
    ・日米首脳会談(23日) 北朝鮮非核化へ連携
    ・トランプ氏「近く米朝会談」(24日) ポンペイ国務長官が調整進める
    ・米韓首脳会談 米朝「近く発表」 開催へ協力確認 終戦宣言でも協議

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