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週間国際経済2018(34) No.161 10/16~10/23

今週のポイント解説(34) 10/16~10/23

『文明の衝突』と日中接近

1.『華氏119』

今週は学園祭休校で、9日まで次の授業はない。その間にアメリカ中間選挙の結果が出る。マイケル・ムーア監督の映画『華氏119』が封切りだ。トランプさん個人をこき下ろすものではなく、トランプ政権を生んだアメリカ社会そのものを描いているという。これは観に行かないといけない。

トランプさんは、アメリカ大統領に「なってしまった」。有権者にとっても、トランプさんにとってもハプニングだったというのが大方の見方だ。でも今回の中間選挙の結果如何では、アメリカ社会はトランプ政権を「信認した」ことになる。

映画を見る前に、選挙結果を知る前に、記しておこう。トランプ政権を生んだアメリカ社会、でもトランプ現象は「トランプ発」ではない。排他的なポピュリズム、反多元主義や反グローバリズム的傾向は、「トランプ以前」に潮流となっていた。

その潮流を解説しようなどという僭越なことはしない。いつものように、ふと思いついたことを書くだけのことだ。東西冷戦崩壊以降、世界はどこに向かって来たのだろうか。また、どこに向かっていくのだろうか。

思い巡らしていると、とても不思議なことなのだけれど、熱心に読んだわけでもく、たいして影響を受けたわけでもなく、ただ流行だから読んだ2冊の本が頭に浮かんできた。それが、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』と、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』だった。どちらも冷戦後世界の定義を試みた、1990年代のベストセラーだ。

2.『歴史の終わり』

フクヤマさんが『歴史の終わり』を世に出したのが1992年、当時の世相はと言うと、1989年にベルリンの壁が崩れ、マルタ島で米ソ首脳が「冷戦終結」を宣言した。1990年に東西ドイツが統一し、1991年にはソ連が解体して消滅した。

だからこの本に対するメディアの評論は単純明快だった。つまり東西冷戦は「東側」が負けて「西側」が勝ち、西側民主主義と自由主義を超える政治体制はもう出てこないから、歴史は終わったのだと。ぼくは自分の無学を棚に上げて、この論を小馬鹿にしていた。

でも、その読み方はあまりにも浅い。この本の正式なタイトルは『歴史の終わりと最後の人間』、政治哲学分野の書物だ。なかでもヘーゲルの「認知を求める闘争」を論旨の背骨にしている。認知を求めるとは、他者に認められたいという願望だ。

この心理は人間に普遍的に備わっているもので、「優越願望」と「対等願望」の2つあるという。自分は他人より優れていることを認めさせてリスペクトされたいという願望と、自分より良い待遇を受けている他人と対等に扱われたいとう願望だ。そしてこれは、リベラルな民主主義が抱える矛盾だと指摘している。つまり、ヘーゲル弁証法的にこれらは民主主義を否定しかねないのだ。

ぼくはマイケル・ムーアさんの映画を観に行こうとして、どうして『歴史の終わり』を思い出したのかが少しわかった。トランプさんの、人種排外主義(白人至上主義)、エスタブリッシュメント(既得権益層)批判、そして「アメリカを再び偉大に」。なるほど「優越願望」と「対等願望」が暴走して民主主義を否定しているのではないかと。

歴史は、終わってなどいなかったのだ。

3.『文明の衝突』

「END」の次は、「CLASH」だ。フクヤマさんはハーバード大学でハンチントン教授の教え子だった。そしてこの本の元になっている論文は『終わり』の翌年1993年に発表された。『衝突』は1996年に刊行され、日本語訳が出たのは1998年だ。

『終わり』と『衝突』の対比は、まずなによりもハンチントン教授は「普遍的な文明などありあえない」と断じているところだ。そして冷戦後の世界では、イデオロギーにかわって文明がアイデンティティとなり、このアイデンティティの追求が文明間の紛争ににつながっているという。

だから西欧的価値観を普遍的なものとして押しつければ、世界は「西欧VS非西欧」という対立の構図になるから、衝突を避けるためには文明の多様性を受け入れなさいと主張している(ただし、西欧文明の優越性はどこまでも前提になっている)。

ふつうに共感できそうなものだけれど、それだけではベストセラーにならないだろう。注目されたのは、ハンチントン教授はとくに中国文明とイスラム文明の勢力が拡大し、西欧に敵対すると見ていた。だから、西欧は軍事力の優位を保ち、民主主義と人権尊重を他の文明に強制し、非西欧移民の西欧流入を制限しなくてはならないと主張する。

それが、ハンチントンさんの言う「受け入れ」であり「共存」なのだ。ぼくは、やっぱり自分の無学を棚に上げて、分厚い本を読んで損をしたという記憶が残っている。

4.『文明の衝突と21世紀の日本』

ふと頭に浮かんだのは、こちらの本だったのかもしれない(集英社新書、2000年)。とくに印象的だったのは、「一極・多極体制」についての見解だ。グローバルなパワーの構造は、冷戦時代の米ソ二極体制から、唯一の超大国アメリカと、7つか8つの主要な地域大国、そして各地域のナンバー・ツーなどで構成されるようになったという。

この構造は、超大国と主要な地域大国のあいだに対立を促す傾向にある。また主要な地域大国のあいだで協力的な関係が助長されるかもしれない。そこでアメリカは、各地域のナンバー・ツー地域大国と、その地域における主要な地域大国の支配力を制限することで利益を分かち合うことになる。

次がその「おおまかな見取り図」だ。独仏連合に対するイギリス、ロシアに対するウクライナ、インドに対するパキスタン、ブラジルに対するアルゼンチン、イランに対するサウジアラビア、インドネシアに対するオーストラリア、そして中国に対する日本などだ。これは、わかりやすい。ただ困ったことに、その後の現実によってますますわかりやすくなってしまったのだ。

さらに困ったことに、ハンチントン教授は「文化と文明の観点からすると、日本は孤立した国家である」と言うのだ。日本が特異なのは、日本文明が日本という国と一致している(他のすべての文明には複数の国が含まれる)ので、日本は「家族を持たない文明」であると。こうなると日本は他の社会と義理がないそうだ。

5.自国第一主義アメリカの孤立

簡略化されすぎた図式は、わかりやすすぎて、むしろ誤解や曲解を生むことに注意しなくてはならない。『終わり』も『衝突』も、ブームのあと多くの批判の的になったのもそのためだ。ただなんらかのパラダイム・シフトを説明するにおいて、簡略化された図式が役立つことを否定することはできないと思う。

実際にの一極・多極体制の「おおまかな見取り図」は、例えばBRICsの台頭や、例えば「パリ協定」や「イラン核合意」のように主要な地域大国との国際協調を前進させたことはオバマ外交の特色だったことや、例えばイギリスのEU離脱にもロシアのウクライナ侵攻にもアメリカの存在感がとても薄かったことなどを説明するときに参考になるだろう。

ところでぼくはなぜ、マイケル・ムーアさんの映画に行こうとして『衝突』が頭に浮かんだのだろう。単純に、トランプさんが文明の衝突を激化させていると感じたからかもしれない。イスラム圏からの入国制限やエルサレムへの大使館移転など、オバマさんの国際協調レガシーも一蹴してしまったことなどで。

だとするとトランプ政権は、ハンチントン教授の世界図式をいっそう深化させているということなのだろうか。いや、ぼくはむしろ、新しいパラダイム・シフトの始まりを刺激しているようにも見えるのだ。

アメリカの分裂は、トランプさんにとって自身の支持層固めだ。しかしそのために人権尊重、言論の自由、三権分立など、アメリカが普遍的価値観だとしていたものを破壊しようとしてきた。フクヤマさんの「終わり」を終わらせている。主要な地域大国だけではなく、その支配力を制限するためのナンバー・ツー地域大国、あるいはそれに続く国々とも対立している。

そもそもアメリカは、単一の文明で構成されてはいない。それまでの普遍的価値観を破壊してしまえば、アメリカ人にとって「自国第一主義」における「自国の利益」は、四分五裂していく。

こうしたアメリカの分裂は、アメリカの孤立化を意味する。国内が多極化し、そのそれぞれが世界で孤立し、他の文明はアメリカに「家族の義理」を感じなくなっていくだろう。

6.日中接近

やっとこの項にたどり着いた。10月26日、安倍さんが習近平さんと会談した。日本の首相が北京に行って首脳会談をするのは7年ぶりのことだ(国際会議出席のついでに何度か会ってはいるが)。

今年は日中平和友好条約40周年だからだと、片付けるわけにはいかない。というのも、日中国交正常化40周年は2012年の9月だった。そのときは日中首脳の相互往来はなかった。無理もない。2010年9月に尖閣沖で中国漁船衝突事件があって、2012年には日本政府は尖閣諸島を国有化した。安倍政権が発足して以降、日中関係は最悪だった。

少し長くなるが、経緯を整理してみよう。内閣府調査によると、今では日本人の中で中国に「親しみを感じている」人の比率は18%程度だ。でも1990年代は50%以上が親しみを感じていた(それを聞いて大半の学生たちは驚く)。

そして1997年のアジア通貨危機を契機に、東アジア域内の経済協力が必要だという反省から「東アジア共同体」ブームが起こった。ところが2001年小泉首相の靖国参拝から日中関係が冷え切った。2008年リーマンショック、2009年に民主党政権ができたこともあって、やはり日中関係は大切だと再認識された。そこに2010年の尖閣事件が起きたのだ。

歴史認識と領土問題が、日中関係を引き離した。すると2000年初めまでは日本の通商戦略は日中韓FTAが軸となっていたが、その中国と韓国抜きのTPPへと軸が移った。尖閣情勢も過熱し、安倍政権はアメリカとの集団的自衛権を容認する安保法制を成立させた。

 ハンチントン教授の図式が、東アジアでははっきりと浮き上がっていた。中国と日本はGDP世界第2位と第3位の経済大国で、互いに最大の貿易相手国だ。その首脳間の相互往来が、7年間もなかったのだから。

7.パラダイム・シフトの始まりなのか

米中貿易戦争は、日本経済にとっても深刻な打撃だ。その日本も来年早々からアメリカと2国間通商交渉を始めなければならない。トランプさんが、日中を接近させたようなものだ。

地域ナンバー・ツーはたいへんな目に遭っている。ウクライナは見捨てられている。EUを離脱するイギリスにも救いの手を差しのべない。パキスタンも軍事援助を止められそうだ。サウジアラビアも怪しくなってきた。トランプさんは、これらナンバー・ツーをほったらかして、むしろ地域大国とのディールに忙しい。そのほうが、票になる。

日中首脳会談に対する日本経済新聞の解説(10月28日付)、その見出しを拾ってみよう。「日中首脳、実利を優先」、「安保・歴史は先送り」、「打算の接近、どう生かすか」、なかなかいい感じだ。

国際関係は「好き嫌い」ではない。ウィン・ウィンの「損得」だ。歴史認識や領土問題も大切だが、すべてに優先的な前提ではない。政権の人気取りに振り回されるのもこりごりだ。実利の経済協力の結果、歴史認識が変化していく実例はいくらでもある。

日本でも中国でも、この北京での首脳会談に対するメディアの扱いは、不自然なほど地味だ。アメリカも静観している。日中はトランプさんに気を遣い、トランプさんも自分と習近平さんとのディールの手札を残しておきたい。

ドイツのメルケルさんは求心力を失い、イギリスはEUとの離脱交渉で譲歩を得ることができるかもしれない。アルゼンチンはブラジルといがみ合う余裕などまったくない。サウジアラビアもパキスタンも、孤立より隣国との関係改善を選ぶ可能性が大きくなってきた。それぞれの地域の地政学的リスクが小さくなって、損をする権力はあっても国民はいないだろう。

なにがトランプ政権を生んで、トランプ政権はなにを生むのだろう。ぼくの思いつきはネットにアップされる。言い訳できない安心感を持って、映画を観に行こう。中間選挙の報道を見よう。そして、教室で学生たちと会おう。

日誌資料

  1. 10/16

    ・米財政赤字17%増87兆円(7790億ドル)18会計年度 <1>
    減税で6年ぶり水準 20年度試算1兆ドル超えも 長期金利に上昇圧力
    ・海外直接投資、世界で41%減(1-6月、国連調べ) 米企業、本国に利益還流
  2. 10/17

    ・NY株反発547ドル高 好決算、買い戻し優勢に 日経平均一時400円上げ
    ・トランプ氏「FRB、最大の脅威」 利上げ再びけん制
    ・日米貿易交渉1月にも トランプ政権、議会に開始通知
    ・訪日客拡大足踏み 9月、5年8カ月ぶり減 台風・北海道地震響く
  3. 10/18

    ・米、日中の為替監視継続 財務相報告書「貿易不均衡を懸念」
    中国の「為替操作国」指定は見送り 「6カ月かけ再審査」
    ・輸出22カ月ぶり減 9月貿易統計 関空、台風被害で58%減
    ・英離脱「12月が合意期限」 EU交渉官、加盟国に伝達 移行期間延長も
    英産業界「忍耐の限界」 離脱交渉停滞に危機感
  4. 10/19

    ・上海株、4年ぶり安値 海外勢、資金引き上げ 止まらぬ動揺 <2>
    人民元も10年ぶり安値圏 1ドル=7元巡り攻防も
    ・中国、6.5%成長に減速 7-9月 09年以来の水準 <3> <4>
    はや貿易戦争の風圧 生産・投資落ち込み
    ・NY株327ドル安 中国経済先行き懸念
  5. 10/20

    ・増税時、政府「できることは何でも」 財政健全化の遅れ懸念
    キャッシュレスでポイント還元など消費冷え込み回避に躍起
    ・英離脱、移行期間延長で与党亀裂一段と 強硬派は反発
    アイルランド問題、消えた2案 通関手続きで対処・全土が関税同盟残留
  6. 10/21

    ・新興国市場動揺一段と 債券発行3年ぶり減 相次ぐ債務不履行 <5>
    米金利上昇で環境悪化 通貨安警戒 新興国利上げ相次ぐか
  7. 10/22

    ・トランプ大統領、中距離核廃棄条約の破棄表明 「中ロが戦力増強」
    ・サウジ外相 死亡記者の殺害認める ムハンマド皇太子関与は否定
    ・障害者雇用3700万人水増し 中央省庁28機関 検証委が報告書
  8. 10/23

    ・TPP11、1月中旬にも発効 6ヵ国以上が国内手続き完了する予定
    ・トランスジェンダー排除へ 米、行政上の性定義で検討 保守派にアピールか
    ・「米中間層10%所得減税」 トランプ氏表明、選挙意識
    ・野村HD、3メガ銀出資で中国政府系とファンド設立

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