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週間国際経済2019(6) No.174 02/22~03/04

今週のポイント解説(6) 02/22~03/04

ファーウェイの逆襲が始まる?

1.「憲法違反」で提訴

3月になって突然動き出した。ファーウエイの孟晩舟副会長は3月1日、カナダ当局による逮捕前の拘束は憲法上の権利の「重大な侵害」にあたるとしてカナダ政府などに損害賠償を求める訴えを起こしたと、現地カナダ紙が3日に報じた。

ついで4日、ニューヨーク・タイムズはファーウエイがアメリカ拠点を置くテキサス州の裁判所でアメリカ政府を提訴する準備を進めていると報じた。そして7日、ファーウェイの郭平副会長が深圳の本社で記者会見をし、トランプ政権が成立させた「2019年度国防権限法」でファーウェイ製品を排除したことは、「いかなる証拠も提示せず、三権分立の原則に背き、憲法の精神に反する」と提訴したことを発表した。

あの中国が、カナダやアメリカに対して憲法や三権分立を盾に訴えを起こすという事態を想像した人がいるだろうか。でもたしかに、それだけカナダやアメリカの行為はいささか乱暴だったと言えるのかも知れない。逮捕なく拘束、裁判なく制裁、人権尊重や証拠主義という規範に基づいているようには思えない。

法律的解釈は専門家にお任せするとして、ぼくが興味を持ったのは、こうしたファーウェイの反撃が唐突だったことだ。それまで「やられ放題」だった感があっただけに。これは、逆襲の始まりなのだろうか。だとすれば、アメリカは分が悪いように見える。

2.二度目の「休戦」

ファーウェイが司法手続きによる反撃に出たのは3月になってすぐだった。そこにはいくつかの転機が背景にあったと思われるのだが、わかりやすいのが3月1日を期限としていた米中貿易交渉の期限が延期されたことだ。

トランプ政権は2月24日、3月2日に予定していた中国に対する追加関税引き上げの延期を表明した。トランプさんは中国がアメリカの知的財産権を侵害しているとして、すでに2500億ドル分の中国製品に10%の制裁関税を課しているが、このうち2000億ドル分は2019年1月から関税率を25%に引き上げるとしていた。しかし昨年12月1日、これを90日間猶予して、米中で協議を続けることにして、その期日が3月1日だった。

トランプさんはツイッターで、米中貿易協議は「合意にとても近づいている」と、根拠も示さず主張し、フロリダの別荘で習近平さんと首脳会談をして合意を目指すと言う。でも最大の課題は、中国政府が莫大な補助金でハイテク産業を育成する「中国製造2025」だが、中国はこれを譲る気配がない。

他の分野では、中国はずいぶん譲歩している。貿易不均衡については今後6年間でアメリカから大豆や液化天然ガスなど1兆ドル規模の輸入を拡大すると約束した。競争的な通貨切り下げもしない、知財保護も強化する、中国市場に参入する外国企業への技術移転強要があればこれを取り締まる、などだ。こうした動きをトランプさんは「合意に近づいている」と評価しているのだろう(日誌資料<1>参照)。

つまり中国もトランプさんもともに、ここらへんで手を打ちたいと思っている。その理由は明らかだ。制裁関税を引き上げたらたいへんなことになるからだ。まず間違いなく世界の株価は大きく下落するだろう。

次期米大統領選挙の共和党候補になれるかどうか危ういトランプさんは、株価の動きにとても敏感だ。中国も景気減速が明らかな中、3月5日には全国人民代表大会(全人代、国会に相当)が開幕する。その直前に制裁関税が発動されて打撃を受けたならば、指導部は米中貿易戦争の敗戦という責めを受けるかも知れない。

3.「合意」を認めたがらない勢力

3月3日付のウォール・ストリート・ジャーナルは、トランプさんが関税引き上げの見送りどころか、すでに課している10%の制裁関税も撤廃する可能性に言及していると報じた。米中貿易戦争は米中双方の経済的体力を衰えさせていることは明らかだ。トランプさんは現時点での中国の譲歩を「戦果」として終戦させたいのだろう。ならば、習近平さんも握手するだろう。

でも、アメリカにとって貿易戦争の最大の目的は、中国のハイテク産業への補助金をやめさせることだった。この問題については何も進展が見えない。たしかに5日の全人代政府経済報告に立った李克強首相はいっさい「中国製造2025」という言葉を使わなかった。この問題に触れないというのは、アメリカに対する配慮でもあるだろうが、政策に変更がないとうことでもある。

米中貿易交渉のアメリカ側責任者であるライトハザーさんは、交渉延期が決まった直後の議会証言で、たとえ合意があっても知財侵害是正圧力を継続すると強調したことは前回のポイント解説でも取り上げた⇒ポイント解説№№173

この「ねじれ」が問題だ。トランプさんの公約は貿易赤字の縮小だから、中国が対米輸入を1兆ドル増やし、人民元安誘導をしないと約束すれば合意したいだろう。しかし貿易戦争を支持している勢力は貿易収支ではなく、米中ハイテク産業の競争力逆転を恐れているのだ。そしてそれがアメリカの安全保障を脅かすと主張しているのだ。だから「中国製造2025」への政府補助金を止めなければならないし、ファーウェイを世界市場から排除しなければならないと考えている。

このように戦略はねじれているが、制裁関税という戦術は一致していた。そして、この戦術は有効ではないし、むしろ有害だということが明らかになってきた。それが二度目の休戦をもたらした。だとすれば、ファーウェイもやられ放題を耐える必要もなくなったということなのかもしれない。

4.ファーウェイ排除のジレンマ

トランプさんは米中貿易戦争「合意」に向けてファーウェイ排除見直しにも言及している。2月21日のツイッターで「米国は進んだ技術を排除するのではなく、競争を通じて勝利したい」と(どのクチが言ってるのか)。これに先だってペンス副大統領はミュンヘン安全保障会議で演説し、ファーウェイ名指しで排除を同盟国に呼びかけた。あきらかな「ねじれ」だ。

ファーウェイ排除の理由がスパイ行為ならば、証拠を示して被害機関が訴えることから始めるべきだろう(ドイツ紙が指摘しているように)。アメリカはその「おそれ」だけで排除し、他国にもそれを要求している。それが通用すると思っているのだろう。

このファーウェイ排除にいち早く応じたのがニュージーランド、オーストラリア。アメリカの要請でファーウェイ副会長を拘束したのがカナダ。秘密情報部長官がファーウェイ警戒を公にしたのがイギリス。つまり「ファイブ・アイズ」だと⇒ポイント解説№170で紹介した。

ところがその後、複数のイギリス紙がイギリスの情報当局がファーウェイの5G(次世代通信規格)参入について「リスクは管理可能だ」と判断していると報じた(2月18日付日本経済新聞夕刊)。

中国のファーウェイ包囲網崩しも始まった。オーストラリアに対しては石炭輸入の通関手続きを停滞させ、ニュージーランドにはサケの輸入に圧力をかけている。オーストラリアもニュージーランドも最大の貿易相手国は中国だ。圧力が石炭とサケにとどまる保証はどこにもない。

アメリカはまた、ファーウェイ排除を安全保障協力をてこにロシアの脅威にさらされている東欧に圧力をかけている。しかし、ハンガリーは反発し、スロバキアはファーウェイを脅威とはみなさない方針を示している(2月15日付同上)。

中国と東欧の関係は良好だ。インフラ整備などの支援をはじめ、経済協力協議枠組みを東欧16ヵ国と築いてきた。ただ、ポーランドは対米傾斜を強めている。チェコでは政権内部で意見が分かれている。

こうした温度差のなかで、ポンペオ国務長官は「(ファーウェイ排除に応じなければ)米国務省がその国と協力することが難しくなる」と露骨に脅迫した。これに対してハンガリー政府は「ファーウェイの大口契約者はイギリスとドイツだ」と、東欧小国だけに対する圧力に不満を表明している。

さて、こうした綱引きを決するのは政治力なのだろうか。ぼくはグローバル市場だと見ている。

5.世界市場はファーウェイを排除できない

ファーウェイと言えば、スマホ、基地局、5G規格だ。ほとんどすべてで先頭を走り、しかも製品価格は競合メーカーより2割から3割も安い。

スマホでいえば、2018年の出荷シェアではサムスンが20.8%で首位を守ったが、出荷台数は8%減、2位のアップルは14.9%、ファーウェイは出荷台数を33%伸ばして14.7%を占めた。ファーウェイはさらに2019年のスマホ出荷台数を2~3割増やすと言う。

世界のスマホ市場が飽和状態のなかで、なぜファーウェイだけが伸びるのだろう。それは5G需要を開拓する力があるからだ。今年半ばには5G対応折りたたみスマホを投入する構えだ。欲しい人は多いだろう。そしてそれがシェアを伸ばせば、次世代通信規格でファーウェイは「スタンダード」の地位に就く。

2月25日に世界最大の携帯見本市「MWC19バルセロナ」が開幕したが、やはり主役はファーウェイだった(2月26日付同上)。5Gは動画配信など個人向けサービスだけでなく、遠隔医療や自動運転など次世代デジタル経済の基礎になる。その中核が基地局で、欧州通信大手はインフラ整備コストと「政治判断」との間で揺れているという。

すでにファーウェイの基地局は、欧州・東欧・アフリカで40%、アジア太平洋で30%のシェアを持つ。3割も安いコストと、競合メーカーの2倍の研究開発投資が強みだ。価格と技術力ではどこもかなわない。ノキアなどライバル企業はアメリカのいう安全保障上のリスクを盾に、セキュリティ面での信頼性を売りにするほかない(2月25日付同上夕刊)。

一方、スマホ分野のライバルであるアップルは、5G戦略では沈黙したままだ。3月1日に開かれた株主総会でも5Gについて語られることはなかった。半導体供給先のクアルコムと特許紛争で関係が悪化していることが影響しているという(3月3日付同上)。

その点、ファーウェイは傘下に半導体メーカーを持っている。5G市場が本格的に動き出すまで、もう数ヶ月も残されていない。

6.排除の論理はアメリカ企業にとって有益なのか

結局、この問に立ち戻る。アメリカの通信大手もコストと技術力で大きく勝るファーウェイを排除したままでは次世代デジタル経済の波から取り残されてしまう懸念がある。どこまで、いつまでファーウェイを抑え込めば追いつくことができるというのだろう。

アメリカは中国のハイテク産業の足元を見て、半導体の輸出を制限している。するとファーウェイは対米依存を脱するために5G向け半導体の独自開発に乗り出した。米クアルコムの2倍の通信速度を確保し、自給率を7割程度にまで高めるという(1月25日付同上)。

なんというか、アメリカはファーウェイを排除しているようで、ファーウェイと5G市場から排除されている格好だ。中国との通商協議の責任者ライトハザーさんは、知財侵害制裁として中国からの自動車輸入に現行の関税27.5%を40%に引き上げると勇ましいのだが、悲鳴を上げているのはアメリカの自動車会社だ。

もうそろそろ拳を降ろしたらいかがだろうか。アメリカ経済の減速は明らかだ。昨年10~12月の成長率は2.6%、7~9月の3.4%からブレーキがかかった。最大の理由は、米中貿易戦争が逆風となって企業が設備投資をためらっていることだが、これは法人税減税がアメリカ産業の競争力向上に振り向けられてはいないという中長期的懸念も生んでいる。

それでも安全保障上のリスクを回避するためのコストだと言う向きもあるだろう。それについてもぼくは、納得がいかないことがある。

スパイ活動といえば、元NSA(米安全保障局)職員のスノーデンさんは、NSAがファーウェイのシステムに侵入して機密情報を得たと暴露している。そもそも米国法は外国人のデジタル通信を令状なしで監視することを認めているという(2月5日付同上)。

アメリカの言い訳は、「アメリカ政府は入手した情報を民間企業に提供することはない」(同上)から、国有企業に横流しする中国とは違うということらしい。NSAとアメリカ軍需産業との間には節度ある一線が存在していると、もしかしたらその話を信じる人もいるかもしれない。

とにもかくにも。トランプ政権が、グローバル市場にどれだけ冷戦思考を持ち込むことができるのか、ファーウェイはその試金石となっているようだ。

日誌資料

  1. 02/22

    ・ファーウェイ排除 トランプ氏見直し示唆 対中貿易交渉の材料か
    ・米軍、一部シリア駐留 トランプ氏、全面撤収撤回
  2. 02/23

    ・自動車・部品追加関税ならばEU、米に報復も 対象、総額2.5兆円
  3. 02/24

    ・米中、輸入拡大・為替で合意 閣僚協議を2日延長 来月にも首脳会談
    ・日産、米での生産拡大 高級車エンジン 新NAFTAに対応
  4. 02/25

    ・米、対中関税上げ延期 トランプ氏、貿易交渉を延長
    ・「核実験ない限り満足」 トランプ氏、北朝鮮非核化急がず
    ・辺野古移設に反対7割 沖縄県民投票 知事、首相と会談へ
  5. 02/26

    ・米中ひとまず「休戦」 トランプ氏、関税上げ留保 <1>
    景気・株価へ波及警戒 産業補助金隔たり 中国、全人代前の「敗戦」回避
    ・ファーウェイ2~3割増 19年スマホ出荷 「5G需要を開拓」
  6. 02/27

    ・米財政は「持続不可能」 FRB議長、債務拡大に警鐘
    ・ネット通販大手一斉調査 公取委、アマゾンや楽天 「地位乱用」の実態把握
  7. 02/28

    ・米朝首脳会談(27日ハノイ)トランプ氏「非核化急がず」
    ・口止め料「トランプ氏指示」元側近コーエン被告議会証言
    ・パキスタン、インド側空爆 空爆に報復、印軍機も撃墜 印「空爆は対テロ措置」
  8. 03/01

    ・米朝、非核化合意できず(28日) 完全な制裁解除、米が拒否 <2>
    トランプ氏「核の廃棄不充分」 交渉継続には意欲「正恩氏と関係良好」
    北朝鮮外相が反論「要求は制裁一部解除」
    ・米通商代表「米中合意後も圧力継続」 知財侵害是正へ検証協議
    ・米成長率2.6%に減速 10~12月 消費堅調も住宅投資減 <3>
    米景気先行き懸念強く 企業、投資にためらい
  9. 03/02

    ・トランプ氏元側近証言 異例の3日間 民主、疑惑追及に自信 <4>
    ・米債務上限再び火種 2日に復活、国債増発困難に 巨額の財政赤字懸念
  10. 03/03

    ・RCEP日中印など閣僚会合 年内妥結へ仕切り直し
  11. 03/04

    ・米韓、軍事演習を縮小 米朝協議継続に余地 北朝鮮「対話を継続」
    ・ファーウェイ副会長 カナダ政府を提訴「拘束は不当」賠償請求
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