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週間国際経済2019(14) No.182 05/03~05/11

今週のポイント解説(14) 05/03~05/11

米中チキン・レース

1.「理由なき反抗」

子どもの頃に見たジェームス・ディーン主演の映画だ。喧嘩の決着を付けるためにそれぞれ車に乗って崖に突っ込む。先に降りた「臆病者」が負けだ。興奮して寝床で考えた、ぼくならどうするだろう?すぐに答えが出て、興奮も冷めた。「もちろん先に降りるわ」。どちらも崖から落ちるか、どちらも落ちないで済むか、なんといっても「勝った」ほうは崖から落ちてしまうかもしれないのだ。

考えるまでもない。でも、米中の貿易戦争はついにそのチキン・レースとなって、どちらも降りる気配がない。どちらも度胸があるからだろうか。そうではない。どちらも、降りるに降りられなくなっているのだ。

2.手札を切りまくるトランプさん

日本では10連休が終わろうとしている5月5日、トランプさんは中国からの輸入2000億ドル(約22兆円)にかけている関税(いわゆる制裁関税第3弾)を、現行の10%から25%に5月10日から引き上げると、突然表明した。そしてその10日、実施した。通告からわずか5日間の猶予しかなかった。5月9日と10日には米中閣僚級協議が予定通り行われたが、合わせてわずか3時間ほどで終了した。

世界中の株価が続落するなか、5月13日に第4弾が表明された。トランプ政権はさらに約3000億(約33兆円)ドル分の中国製品に最大25%の関税を6月末以降に課すという。

第4弾の対象は、それまでアメリカの家計への影響が大きいとして除外されていたスマホやノートパソコンなどの「中国依存型消費財」が中心になる。発動されれば輸入コストの増加が消費者の負担にのしかかり、インフレ圧力がいっきに高まる。またこれら製品はアメリカ企業を含む国際的な分業体制のもとで生産されており、これまでの供給網(サプライチェーン)への影響が避けられない。

それでもトランプさんは、中国への打撃の大きさを選んだことになる。しかしその打撃は中国以外の外国企業が受けることになる。5月15日付日本経済新聞によれば、650ドルのiPhoneを1台売って中国企業が手に入れるのは8ドルあまり。利益の大半は設計と販売を担うアップルが手にして、残りは部品を提供する日本、韓国、台湾の企業が分かち合う。

それでは、ということか、5月16日にはアメリカ商務省がファーウェイへのアメリカ製品の輸出を事実上禁じる規制を正式に発効させた。関連会社を通じた調達を防ぐため、日本企業を含む世界の関連会社68社も対象になり、違反すればアメリカ企業との取引が禁止され、刑事罰も科せられる。

ファーウェイは世界92社から年間約7兆円の部品を購入しているという。制裁関税第4弾で中国の輸出主力に総攻撃をかけ、さらには中国ハイテク産業の心臓部を撃つ。これは最強の「切り札」だといわれるが、トランプさんはわずか10日あまりの間に、3回続けて切り札を含めて手札を切りまくったのだ。

3.なにがトランプさんを崖に向かって走らせるのか

トランプさんの公約は貿易赤字の削減だった。トランプさんの「経済学」では、貿易赤字は外国企業によるアメリカ国民の収奪だからだ。しかし学校で習う経済学は違う。貿易赤字を含む経常収支は、(国内貯蓄)-(国内投資)+(財政収支)に等しい。だからトランプさんのように減税して消費と投資を刺激すれば、貿易赤字は増える。

それでも中国は、いちおうトランプ経済学に表向き付き合っていた。農産品や天然ガスのアメリカからの輸入を増やしましょうと。これにいったんトランプさんはご満悦だった。これに対中強硬派たちは「いや、違う違う」と慌てた。標的は中国の知的財産侵害なのだと。

中国はどんな知財侵害をしているのか。それは中国に進出する企業から技術移転を強要したり、中国企業がアメリカ企業に投資して技術を共有したり、サイバー攻撃や産業スパイなどだという。

中国は、ここでもつきあって、そうですね、技術移転の強要は法律で規制しましょうと。アメリカが中国企業の対米投資を規制しても、しかたがないですね。スパイだとして中国人技術者などが拘束されても見過ごしていた。

でも、そんなことをしていても、ハイテク技術分野での中国のアメリカ追いつき追い越しは到底抑えることができない。だから、中国政府のハイテク産業に対する「補助金」が知財侵害だと、ここに標的を定めた。

こうしているうちに、米中貿易戦争はトランプさんの一人舞台ではなくなっていく。異端視されていた対中強硬派がホワイトハウスの中枢に居座るようになり、与党はもちろん野党の民主党まで応援するようになる。そして、トランプさんの支持率は急上昇するようになった。

さて、トランプさんは、もう降りられない。次期大統領選挙の共和党候補争いは年明けから本格化する。手札を温めている余裕はない。

それにしても中国はやけに落ち着いているように見える。制裁関税第3弾の税率25%への引き上げを突きつけても、閣僚級協議の中国代表は笑顔でワシントンにやってくる。そうなんだ。習近平さんは憲法を改正して、任期が事実上なくなった。すくなくとも次も確実に再選される見通しだ。

4.いやいや、習近平さんも降りられない

アメリカが問題にする中国の産業補助金は、中国の「国家資本主義」の根幹だとメディアは言う。ぼくはこの言葉の使い方に違和感があるが、中国共産党自身が使う「社会主義的市場経済」(これも違和感がすごいが)と補助金の関係はこんな感じだ。

中国政府が各省の地方政府に財政的支援を行い、これを使って企業を誘致したり地元産業にテコ入れする。その成果を持って地方幹部は共産党内の序列を上げていく。

さて、これが鉄鋼だったり住宅だったりしているうちはまだよかった。リーマンショック以降に中国はこの方式で4兆元にのぼる投資をつぎ込んだが、これは世界の需要を補ってきた。鉄鉱石も石油も、国内賃金上昇による消費財も、インバウンドも。

でも、これがハイテク産業に集中されるとなると話が違ってくる。この分野でのアメリカの覇権を脅かすからだ。中国にも言い分がある。そもそもアメリカが中国へのハイテク製品の輸出を規制するから、中国は「自力更生」していかねばならなかった。そこで習近平さんは「中国製造2025」の旗を掲げたのだった。

ここは降りられない。でもアメリカとの全面衝突は避けたいから、お付き合いのそぶりは忘れなかった。進出企業の技術移転強要や産業補助金についてもWTOルールに照らし合わせて改革していくと。それはそれで中国の構造改革にとっても必要だった。地方幹部の競争は、過剰投資をもたらして不効率だという認識があったからだ。

しかし、この認識は中国共産党内の「改革派」のものでしかない。「保守派」は抵抗する。これまでそれが既得権益だったからだ。習近平さんはこの保守派たちを腐敗分子として大量に粛正してきたが、息を潜めている不満分子はいくらでもいる。

そこにトランプさんが手札を切りまくる。そのタイミングはトランプさんの事情なのだが、中国にとってはなんともタイミングが悪い。今年の6月は「天安門事件」30周年を迎える。習近平さんの「中核」だとか「自力更生」だとか、多くの中国人民にとって憎悪の象徴だ。

保守派たちが、このタイミングを見逃すわけがない。このままだと永久に干されたままだ。そこに米中閣僚級協議の原案が送られてきた。改革だらけだ。見逃せないけど既得権益を前面にだすとまた腐敗分子としてやっつけられてしまう。

だから中国共産党の正統性を前に出そう。そう、我々の原点はアヘン戦争による「南京条約」という不平等条約からの解放ではなかったのか、と。党中央は、こんな内政干渉を受け入れるのか、と。

大義名分を握られた習近平執行部は、米中協議の合意文から産業補助金問題を含む構造改革部分を白紙にしてアメリカに送り返した(5月16日付日本経済新聞)。トランプさんは、怒った。「中国が約束を破った」と。怒って制裁関税第4弾、ファーウェイ禁輸と手札を全部切ってしまった。

5.問題は「崖」までの距離だ

降りたいけど、降りられない。もう相手との勝負ではない。身内の手前、降りることができなくなっているのだ。とりあえず、崖にむかって車を走らせるしかない。

トランプさんには、手札が残っていないように見える。中国も報復をすると言ってはいるのだが、具体的な措置は明らかにしていない。なるべく崖までゆっくり走るつもりなのだろう。なんとも迫力不足のチキン・レースなのだが、それだけに互いの車が持つかどうか。

さて、トランプさんは制裁関税第4弾発動の時期を6月末以降だとしている。その6月末に大阪で開催されるG20首脳会議を意識しているのは明らかだ。トランプ・ディールは、相手を追い込んでボス交で譲歩を勝ち取る、なんとも単純な取引だが、それはもう通用しなくなっている思う。

習近平さんは、ベトナムの米朝首脳会談を見ていた。トランプさんは金正恩さんをさんざん期待させて「ちゃぶ台返し」をして見せた。こんなことをされてはたまらない。もはや事前交渉に意味はない。

もしかしたら、このチキン・レースは崖までの距離が米中で違うかも知れない。つまりトランプさんは1年あまり、習近平さんには少なくともそれより長い。いやいや、ぼくが心配しているのはお二人が崖から落ちることではない。世界経済の崖までの残り距離なのだ。

日誌資料

  1. 05/03

    ・米金利据え置き FRB(米連邦準備理事会) 利上げ停止長期化も
    ・5G特許出願、中国が最大(34%) 自動運転など主導権狙う <1>
    ・GAFA陰る成長 1-3月、増収鈍化 中核事業、互いに浸食も
    フェイスブック、グーグル、アップルが小売りに アマゾンは広告に
    共通の課題はコスト上昇 プライバシー保護 不正コンテンツ監視
    ・ファーウェイ2位に浮上 1-3月のスマホ出荷シェア19%、前年同期比50%増
    1位サムスン23%、3位アップル11.7%(前年同期比30%減)
    ・新興国危機に備え強化 日中韓・ASEAN 円も元も交換対象
  2. 05/04

    ・米失業率49年ぶり低水準 4月就業者26万人増、予測上回る 雇用、景気下支え
    ・英地方選、与党大敗へ EU残留派伸びる メイ首相に辞任圧力
    ・フェイスブック、過激主義者排除 投稿選別と表現の自由、議論も
  3. 05/05

    ・子ども人口38年連続減 14歳以下1530万人、少子化止まらず <2>
    ・北朝鮮が「飛翔体」発射 飛距離最大200キロ ロケット砲か
  4. 05/06

    ・対中関税5月10日に25%に上げ トランプ米大統領がツイッターで表明(5日)
    ・米欧企業2年半ぶり減益(1-3月) 自動車・ITが苦戦 中国勢は微増益
  5. 05/07

    ・米、「中国、過去の合意後退」 知財・補助金で対立か
    米産業界が猛反発 「国民・企業の負担理解を」 「たった5日目の通告で…」
    NY株乱高下 日経平均、一時310円安 連休明け初取引 米中摩擦を警戒
    ・日朝会談「条件付けず」 安倍首相、米大統領と電話協議
  6. 05/08

    ・米、産業補助金に圧力 中国経済の要 あす協議、迫る期限 <3>
    ・米中経済に追い打ち 関税の応酬「チキンレース」 消費者の負担大きく <4>
    全体の46%雅掃除機や冷蔵庫など「機械・電気機器」 15%が家具
    世界市場不安心理強く 日経平均一時370円安 NY株・上海株も下落
    ・トランプ氏支持率最高に 民間調べ46% 共和党支持者では91%
  7. 05/09

    ・イラン、核合意履行を一部停止 濃縮ウランを制限量を超えて貯蔵する方針
  8. 05/10

    ・米、対中関税25%に上げ 5700品目2000億ドル分 閣僚級協議は継続
    中国「報復措置取る」 米、背再拡大も視野 歩み寄り難しく
  9. 05/11

    ・国の借金1103兆円で最大(3月末) 18年度末比15.5兆円増
    ・幼保無償化法が成立 施設整備追いつかず「待機児童ゼロ」実現遠く
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