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週間国際経済2024(27) No.401 09/29~10/12

今週の時事雑感 09/29~10/12

石破茂、オタクの正論

9月27日、自民党総裁選挙の投開票の結果、石破茂さんが選ばれた。その同じ9月27日、米シンクタンクのハドソン研究所のウエブサイトに石破さんの寄稿が掲載された。ぼくは不思議でならない。総裁選投開票日に、なぜその日にハドソン研究所への石破論文が掲載されたのだろうか。いつ脱稿したのかはわからない、ウエブサイトとはいえ英文への翻訳もあるだろう。しかし掲載日は決まっていたはずだから、偶然であるはずがない。

石破さんは、この間違いなく物議を醸すであろう論文を、米シンクタンクに“英文”で、つまり日本国内だけではなくアメリカをはじめ広く海外で読まれる形で発表した。謎だ、おおいなる謎だ。各種メディアは総裁選をドラマチックに扱い、連日その舞台裏や駆け引きについてたくさんの政治評論家やジャーナリストや研究者が解説してくれたが、誰もこの謎を解いてはくれない。

その石破論文だが、まず「アジア版NATO」、これは石破さん20年来の持論らしい。なぜアジアでの集団防衛の枠組みにNATOの名を借りる必要があるのだろう。NATOと同じ仕組みなら、交戦権を認めない日本国憲法を改憲しなくてはならないと思うのだが、石破さんはそこには触れない。なんでも一時はここに中国の参加の必要性を明言していたこともあったというが、今回は対中国の抑止力だという。そこまで骨子が変われば「20年来の持論」とは、ふつう言わない。しかもそのアジア版NATOでは、アメリカの核シェアや持ち込みを検討するという。それを総裁選公約に滑り込ませていたのだから驚く。直後のノーベル平和賞をどう受け止めたのだろう。

そして日米安保条約改定および日米地位協見直しだ。2004年8月の沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落事故の当時、石破さんは防衛庁長官だった。それだけに関心が高まる、しかしその提案とは、なんとアメリカに自衛隊の訓練基地を置くことだと言う。意味が分からない。

じつはぼくは石破さんについて、総裁選のたびにメディアで紹介される「国民的人気」がよくわからない。オタクで正論を吐くからとからしい。するとこの論文も「オタクの正論」なのだろう。どちらにせよ国民的議論どころか自民党内でもしかるべき議論がされた代物ではない。そんな代物をなぜ、総裁選投開票日に米シンクタンクに英文で掲載したのか。総裁になって総理になるつもりの人物が、ただでさえ内向きのアメリカに不信感を与え、対米外交に自ら障壁を設けるだろうか。アメリカだけではない、アジア各国からも警戒されるだろう。首相になれば、いきなり外交上の高いハードルとなりかねないのだ。それも情勢が緊迫する安全保障政策だ。いくらなんでもそれくらいのこと、防衛族議員の石破茂が分からないはずがないだろう。

これが謎でなくてなんだろう。でも、専門家たちは誰も答えてはくれない。だから素人のぼくは乱暴な仮説を立ててしまった。「石破茂さんは、総裁選に勝てるとは思っていなかった」と。それ以来ぼくは、この仮説に囚われてしまっている。

どうやら石破さんは、安倍さんあるいは安倍派という強い主役があっての敵役だったのだろう。そこが「国民的人気」であり、同時に「自民党内不人気」だった。自民党総裁選では地方票が1位でも、決選投票で議員票がまるで集まらないというわけだ。それが、安倍派がすっかり弱体化してからは、主役なき敵役ということになるから、存在感は薄くなる。

岸田さんが突然総裁選不出馬を表明した8月14日には、すでに小泉進次郎総裁で早期解散総選挙という筋書きが岸田さんと菅さんあたりで出来上がっていたような気がする。石破さんはその筋書きを感じ取り、そこで自身の存在感を改めて「防衛オタク」として示そうとしたのではないかと、ぼくの仮説はさらに仮説を積み重ねる。

そう、ところが小泉さんは残念なことに討論が得意ではない。インタビューに短い言葉で答えることや、一方通行の選挙演説とかは達者でも、討論が苦手な総理は困る。それが隠しきれなくなった。同時に、小泉さんを神輿に担ぐ最大の理由は「刷新感」で、そこで刷新されてしまうのは、裏金議員、統一教会議員、ようするに安倍派だ。

議員はもちろん地方でも、安倍派の危機感が小泉シナリオに対抗するための高市さん支持の広がりにつながる。麻生さんも菅さんたちの小泉シナリオを看過するわけもなく、高市さん支持にまわる(河野さんは無残だった)。とはいえ、高市さんの刺激的なナショナリズムは、代表が交代したばかりの公明党との連立にきしみを生みかねない。さらには裏金議員、統一教会議員に支えられた総裁は、非裏金議員にとって選挙の顔としてあまりに不都合だ。この力学が自民党内不人気の石破さんに、議員票が集まる背景となった。

もちろんこれも素人の仮説だ。そしてこれら仮説の積み重ねが至るところの結論は、岸田さんや菅さんや麻生さんといった脚本家が書いた台本すべてがボツになったということだ。つまり自民党の、総裁選によるメディアジャックから支持率アップの早期解散総選挙をいう作戦は、迷走した上で、失敗しているのだ。

さて、首班指名を受けた石破さんは組閣後「納得と共感内閣」と呼んでくれと言う。いや、ぼくの経験則だが、オタクの正論はおよそ納得と共感からはほど遠いものだ。そしてここが肝心なのだが、そのオタクが正論を捨てれば、誰も納得などしないし共感するわけがない。

石破さんは、予算委員会は必要だと言っていたのに、首相就任から戦後最短で衆議院を解散した。この日程は、小泉シナリオで公明党とも合意していたのだろう。つまり小泉さん仕立てのウイナーズ・ブレザーを着せられた石破さんが不格好に映るのは無理がない。しかしこれで石破さんは「国民的人気」を失った。それが「国民的不人気」に転じることを恐れて、裏金議員=安倍派への選挙ペナルティを追加した。これで「自民党内不人気」どころか、明らかな「自民党内敵対勢力」を抱えることとなった。

そのうえで、10月7日の衆院代表質問では、それまでの石破的「正論」のほとんどを、まさに自民党的に修正してしまった。なんという体たらくだ。ぼくにはやはり、石破さんが「勝てるとは思っていなかった」(総理総裁になるとは思っていなかった)ことから、どんどん転んで泥だらけになっていったように見えるのだ。

そもそも衆院解散の大義がない。菅さんや岸田さんたちはその日程だけ用意して、理由までは考えていない。早くやるほど負けが小さくなるから、とも言えない(これが小泉さんなら、聞いたこととまったく違うことを堂々と答えていたことだろう)。しかも総選挙になれば、争点は安全保障ではない。アジア版NATOも日米地位協定改定も「一朝一夕では実現しない」で逃げた。だったらなぜ、わざわざその持論を世界に披露したのか。持論と言えば、金融課税強化も「現時点で具体的に検討することは考えていない」、だと。10月2日には植田日銀総裁との面談後に「個人的には現在、追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と言ってしまい、円相場は急落した。この問題を党首討論で突かれると、金融政策に対する政府の「口先介入は厳に慎まなければならない」と言ったクチで「期待を申し上げることはある」とやってしまった(それが介入なんだよ!)。

石破さんの「オタクの正論」は、プロ野球やJリーグでいえば、監督になる予定のない解説者の辛口コメントのようなものだったのかもしれない。いや、それも信念を持って語っているという意味で同じだ。しかし監督就任直前なら辛さも変わるだろう。監督になってからの作戦選択が、解説者時代に「言っていたこと違う」ならばそれは叩かれる。

さて総選挙となれば「政治とカネ」だ。そして総選挙となれば裏金議員の公認問題が当然注目される。驚くべきことにそれもまったく準備がなかったようだ。しかし裏金議員に選挙に関わるお咎めが追加されなければ、非裏金議員が迷惑する。そこで非公認を見繕って比例復活なしとした。これで意図的かどうかは知らないが、「安倍派切り捨て」は決定的になった。その報復が怖いから、当選したら公認するとか要職につけることもありうるとか。いや、選挙後の「安倍派残党」は怨念で結束するのだろう。安倍昭恵さんが羽生田さんや世耕さんの応援に駆けつけている。高市さんを担ぐとはかぎらない。

なんというドタバタだろう。本人も周りも用意していなかった石破政権(仮説)。それでもいいかとタカをくくれたのは、どう転んでも与党過半数は固い、それだけ「多弱」野党はだらしがないという油断からだった。この油断とはすなわち、有権者軽視だ。

その野党はどうだろう。野党間の選挙協力が進んで小選挙区で候補一本化ができたなら、野党過半数は現実的だ。でもその一本化自体が非現実的だ。解散が早すぎて時間がないからではない。年初からいつ解散があってもおかしくなかったし、半年前には年内総選挙は確実だったのだから。時間がないからではない、党利だ。与党は弱っている。選挙に名乗りを上げない手はない。そして「政治とカネ」以外に党独自の訴えが必要だ。そう物価対策だ。

野党の物価対策は、金融緩和を維持、減税、給付金の3本柱だ。経済学部のレポート課題にしてみようか。物価対策と言いながら、この3つの柱すべて物価上昇を刺激する政策だ。それも公約責任が軽い政党ほど、減税幅と給付金額が大きくなる。それが票になれば数議席になるかもしれない。でも野党間協力は遠のく。「多弱慣れ」だと、ぼくは思う。

そして野党連立の軸になれるとしたら立憲民主党なのだろぅけど、代表に野田さんを選んだ。野田さんは「中道保守」、つまり野党連合の軸となることを捨てている。共産党外しだけではない、まず安保政策で自民党政権からの継続性を重視すると言う。原発ゼロもぼやかした。そうして穏健保守層から自民党離れと支持を広げる戦略で、これもまた党利だ。

さて、選挙結果はどうなるのだろう。今日は金曜日、あさっての日曜日にはわかる。さあ、そこからどうなるのだろう。石破さんたちはまたやってしまっている。自民党非公認候補、つまり裏金議員の党支部への2000万円支給が発覚した。自公与党過半数割れもありうるところまで来てしまった。そうなれば自民党は割れずに済むのか、連立再編は避けられなくなるのだろうか。

大混乱だ。大混乱だがしかし、「これまで通り」で良いわけがないのだから、この大混乱から可能性を見つけよう。大連立はないだろうが、意外と石破さんと野田さんは馬が合いそうだ。政治とカネ、選択的夫婦別姓、年収の壁などなど、とっくに片付けておくべきだったことを与野党で合意していけばいい。金融緩和頼みの財政拡張派や、取って付けたような新自由主義論者とかがおとなしくなっているうちに、金融正常化と財政健全化という宿題に、次の選挙、次の選挙と振り回されることなく落ち着いて取り組まないと手遅れになる。そうなれば、日本の政治もポピュリズムの餌食となるだろう。

いや、ここは悪い心配事はやめて、めったにないことだ、そうだ総選挙を楽しもう。石破さん、ここぞ「正論」の出番ですよ。

日誌資料

  1. 09/29

    ・石破氏 日米安保条約改定を提起「核持ち込み検討」米研究所に寄稿 <1>
    ・米EV優遇策不発 対中関税100%に上げ ラストベルト復権狙うも需要は低迷
  2. 09/30

    ・10月株価政策見極め 総裁選後に円高・株先物急落 米中の景気重視支え
    ・米、ヒズボラ指導者殺害擁護 大統領声明「正当な措置」イスラエル制御できず
  3. 10/01

    ・石破相場、初日1910円安 日経平均 今後の政策注視
    ・イスラエルが地上侵攻 レバノン国境「限定的」 対ヒズボラ新段階
    ・利下げ「急ぐ必要ない」FRB議長 米経済の堅調さ強調
  4. 10/02

    ・ユーロ圏物価1.8%上昇 9月 2%割れ、3年3ヶ月ぶり
    ・イラン、イスラエルに攻撃 ミサイル180発 ネタニヤフ氏、反撃指示
    求心力維持へ強行 応酬の激化は望まず NY原油一時5.5%高 日経平均一時700円超安
  5. 10/03

    ・米大統領がイスラエルの報復容認 核施設攻撃は支持せず
    ・首相が利上げ慎重発言 円急落、一時147円台 日経平均一時1000円高
    ・米新車販売9月12%減 日本車も減少 価格高騰と高金利で
  6. 10/04

    ・保護主義が招くEV不況 中国勢突出 摩擦生む 安い電池作れず、排除裏目
    トヨタ、北米EV生産延期 26年前半に SUVは日本から輸出
  7. 10/05

    ・OPECプラス、減産12月縮小確認 シェア5割割れに危機感
    ・米雇用25.4万人増 9月 予想大幅に上回る 失業率低下4.1% <2>
    米雇用、薄れる失速懸念 大幅利下げ観測後退 円下落、一時149円台 NY株反発
  8. 10/06

    ・Xなき日常 ブラジル当局と対立、停止1ヶ月 3割「メンタル改善」2割「使わず」
  9. 10/07

    ・首相、代表質問で「石破色」修正 衆院選意識、現実路線に <3>
  10. 10/08

    ・韓国、外国人受け入れ3倍 少子化で年間上限拡大16.5万人 日台と人材争奪
    ・経常黒字最大、3.8兆円 8月、海外からの配当収入増 貿易収支は赤字
    ・実質賃金小幅マイナス 8月0.6% 消費支出1.9%減
    ・北海原油80ドル突破 8月以来の高値 中東緊迫で <4>
  11. 10/09

    ・中国株に世界マネー回帰 上海株10連騰 大型財政出動に期待 <5>
    ・衆院解散、総選挙へ 15日公示27日投開票 自民、12人を非公認 不記載議員
    ・欧州、酒・自動車株が下落 EV追加関税 中国の対抗措置懸念
    ・グーグル分割 選択肢 米司法省 独占是正案を提出 巨大テック支配問題視
    ・米14州・地域 TikTok提訴 容姿加工、自動再生 「若者の精神衛生に有害」
  12. 10/10

    ・ASEAN、26年から5年計画 脱炭素や越境決済に重点 7億人市場統合へ加速
  13. 10/11

    ・ドイツ、連続マイナス成長へ ロシア産ガス断絶 中国の内需不振
    ・米ハリケーン経済打撃 失業保険の申請急増 円上昇、一時148円台
  14. 10/12

    ・ノーベル平和賞 日本被団協に 「核戦争から次世代守る義務」
    ・ホルムズ海峡 石油船2割減 中東情勢緊迫 市場は封鎖を警戒
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