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週間国際経済2020(32) No.243 10/25~10/31

今週のポイント解説(32) 10/25~10/31

マーケットはとっくにポスト・トランプ

1.激戦と混乱の中の株高

これを書き始めたのが7日の土曜日。アメリカ大統領選挙の結果が出てからにしようと考えていたぼくは浅はかだった。アメリカのメディアも当確を報じない。日本では、なぜか予想が当たるとか外れたとかを重視するものだから「まだわからない」と慎重だ(なかには当てたら儲けものみたいな人もいるけど)。それどころか、投票の結果が出ても決まらないという解説が多い。訴訟や数え直し、最高裁までいくとか議会で選出することになるケースとか。それほど激戦だったし、混乱している。異例の事態だ。

そうしているうちに日曜日になり、バイデンさんが勝利宣言をしたというニュースが入った。だからといって今、アメリカ大統領選挙の総括をするつもりはない(まだ早い)。今回は、マーケットがいち早くポスト・トランプに動いたということについて話をしたい。

投票日の翌朝、4日のアメリカ株式市場は一時上げ幅800ドルを超え、前日比367ドル高で終えた。5日も続伸し542ドル高、この流れを引き継いで日経平均は6日、29年ぶりの高値となる2万4325円の終値をつけた。結局11月第1週(2~6日)のNY株価は前週末比7%高となった。それだけではない、国債も金も買われ、ビットコインまで値を上げた。

投資家たちは何を材料にして、運用リスクを取ろうとしたのだろうか。

2.バイデンが勝って、議会が「ねじれる」

マーケットは、大統領はバイデンさん、議会選挙では下院が民主党、上院は共和党と読んだのだ。どうして政権交代と議会のねじれが、株高になるのだろう。

前回2016年アメリカ大統領選挙開票後のマーケットは、どう動いたのだろう(⇒ポイント解説№78、4年前のもので恐縮です)。まずNY株価は急落した。理由は簡単だ、トランプ候補の勝利は「まさか」だったからだ。しかしその直後に急騰した、その理由は議会選挙で下院も上院も共和党が過半数を獲得し、アメリカ政治は「トリプル・レッド(すべて共和党)」となったからだ。

するとそれまでまともに相手にされていなかったトランプ候補の公約(Campaign promise)、20%以上の法人税減税や1兆ドル規模のインフラ投資などが、にわかに現実味を帯びだしたのだ。

今回は、その正反対だ。マーケットは「ブルー・ウェイブ(すべて民主党)」ではないことを歓迎したのだ。だったらトランプさんが勝ったら、もっと株は上がったのか。そんな「if」は市場に存在しない。でも、マーケットに「トランプ疲れ」があったことはたしかだ。トランプ政権はサプライズが多すぎる、先が読めない。国益より自分を大切にする。マーケットの常識から大きく外れた彼のパフォーマンスは、投資家たちにとっていつもリスクだったのだ。

3.分断と対立を反映した経済政策の両極化

NY株価の10月の月間下落率は5%だった。大統領選挙投票前日は、けん引役のハイテク株が大幅安になった。投資家たちは、とりあえず利益を確定することにした。

トランプさんは、テレビ討論会で白人至上主義ついての質問を受け、プラウド・ボーイズ(有名な極右グループ)に対して「スタンドバック、スタンドバイ」と呼びかけた。これは軍隊用語で「銃を控えて準備せよ」という意味らしい。だから極右たちは歓喜した。何が起こるかわからない。マーケットも、「一歩引いて準備」していたのだ。

アメリカ社会の分裂と対立は、大統領選挙とともに過熱していた。バイデン民主党は富裕層と大企業に対して大幅な増税を主張し、トランプ共和党は大型減税を約束する。その規模は、どちらもケタ違いだ。新型コロナ対策も地球温暖化対策も、正反対だ。

もとよりアメリカ民主党は「高負担・高福祉」、共和党は「低負担・低福祉」、それゆえの二大政党だ。どちらも行き過ぎないように政権交代をするのが、アメリカの議会制民主主義だ。しかしその選択が今、両極化している。

バイデンさんは、民主党のなかで中間派だ。長く議会の調整役としての実績もある(オバマ政権は議会融和を目指したからこそのバイデン副大統領だった)。しかしブルー・ウェイブの勢いは凄まじい。このブレーキが、上院における共和党過半数。

ベストな選択がない中で、マーケットが望んだ「セカンド・ベスト」が、バイデンが勝って、議会がねじれる、だったのだ。

4.それは誰にとっての「セカンド・ベスト」なのか

ブルー・ウェイブの最優先課題は、コロナ感染予防対策だ。そのためには大規模な財政出動が避けられない。財源として富裕層への所得税や法人税を増税するといっても、支出が先行して収入は後だ。だから財政赤字が急増して国債発行が膨張する。すると、米国債価格が下落し長期金利が上昇するだろう。その結果、株価は下がるだろう。これを投資家たちは恐れていた。

だから上院多数の共和党が頑張れば、財政出動規模が抑えられ、低金利が続く。法人税増税も先送りされ、GAFA分割論も停滞し、脱炭素も時間を稼げる。株は、買いだ。

マーケットは、いや投資家たちは、「いいとこ取り」をつないで株高ストーリーを編んでいる。脚本家はAIアルゴリズムだ。株高?その時価総額の50%以上は所得上位1%が保有しているのだ。

有権者たちの熱気は、そんなことを求めているのではない。

5.ポスト・トランプはそんなに甘くない

そんなことは投資家たちもわかっている。実際6日のNY株価は66ドル安で引けた。かれらが期待した「ねじれ」も、上院議員選挙は現時点(月曜日朝)で非改選を含めて100議席中48対48となっている。でも、かれらは短期の運用収益を上げればそれでいい。ただ、混乱激化による暴落は困る。

3大テレビネットワークが、トランプさんの記者会見放送を途中で終わらせたことには驚いた。是非はともかく、マーケットもメディアもポスト・トランプに向かっていることの影響は過小評価してはいけないだろう。

トランプさんの岩盤支持層も、熱量を維持できるとは思えない。福音派など保守的キリスト教は、前回「ヒラリーはだめ」という消去法でトランプさんを支持したに過ぎない。共和党も「脱・トランプ党」の動きが加速しそうだ。2年後には中間選挙がある。

ぼくは、ポスト・トランプの動きは止まらないと思う。でも、多くの人が思っているように、ポスト・トランプはそんなに甘くない。もちろん、選挙不正を巡る訴訟による時間の浪費も心配だが、なによりもトランプさんが7000万票以上獲得したという事実が重い。ポスト・トランプは、トランプ・ブーム冷却化の先に待っているのではない。

第一に、「経済」か「コロナ」か、という対立の克服だ。いや今、経済はコロナなのだ。トランプ支持者の多くは、移動の制限、営業の制限を心底恐れている。バイデン政権が誕生したら、コロナ感染予防対策が最優先されることは間違いない。そこでトランプ支持者を説得することは並大抵のことではない。

第二に、分断と対立の克服だ。トランプ政権が煽ったことはたしかだが、その背景に深刻な構造的問題があることが、あらためて明確になった。

第三に、「自国第一主義」の克服だ。アメリカの社会格差は、グローバル化の恩恵の偏重によって拡大したという面が否めない。選挙人獲得の赤と青の州の地域的偏在が示しているように。「内向き」の熱狂には、根拠があるのだ。

つまりポスト・トランプは、anything but Trump、トランプ政治の否定だけで始まるものではない。そしてそれはアメリカ独自の問題を抱えながら、同時に21世紀国際社会が抱える問題でもあるだろう。

アメリカ大統領選挙前後のマーケット動向について話をするつもりが、つい先走ってしまった。それは「ポスト・トランプ」という言葉を選んでしまい、その言葉の重さに押されてしまったからだと思う。この言葉は、これからもっと丁寧に議論していくべきことだと思う。

アメリカの混乱を笑う資格のある者など、どこにもいない。

ぼくの、いや僕たち世代の社会意識は、どこかでアメリカのカウンター・カルチャーの洗礼を受けている。そのためか僕たちは、いやぼくは、どこかで、そしてどこまでもアメリカ民主主義に対するリスペクトの火を消すことができないでいる。ぼくにとってポスト・トランプとは、この火を再びともしながら、世界を見つめなおす作業でもあるのだろう。

日誌資料

  1. 10/25

    ・巨大ITに風圧一段と SNS運営トップ、来月も公聴会 フェイスブック焦点
    ・米、新規感染最多に 新型コロナ8.3万人、7月上回る 冬の流行厳重警戒
  2. 10/26

    ・内閣支持11ポイント減63% 学術会議「説明不十分」7割 世論調査
    ・温暖化ガス「2050年ゼロに」 菅首相、初の所信表明
    ・スペイン、再び「非常事態」 イタリアも飲食店制限 コロナ第2波
  3. 10/27

    ・米上院 最高裁判事にバレット氏承認 米司法、保守派が多数確立
    大統領選の不正、トランプ氏の納税記録開示、人工中絶、医療保険などに影響
    ・NY株、一時965ドル安 終値650ドル安(2.3%) コロナ再拡大懸念
  4. 10/28

    ・中国、2035年に全て環境車 新車、EVなど5割、残りはHV <1>
    ・マイクロソフト最高益 7-9月30%増、クラウドサービス利用拡大
    ・ファイザーのワクチン 治験結果の公表、米選挙後に延期
  5. 10/29

    ・仏、全土で再び外出制限 欧州コロナ拡大止まらず 独は飲食店閉鎖へ
    ・ボーイング、1.4万人追加削減
  6. 10/30

    ・中国、2035年「1人当たりGDP先進国並みに」 中間層を拡大 <2>
    ・米GDP、7-9月33%増(前期比年率) コロナ前には届かず、前年同期比2.9%減
    3兆ドル財政出動で家計臨時収入がGDPの5%超に相当 しかし「財政の壁」
    中小企業の雇用維持策7月末に期限切れ 取り残される低所得層
    ・ネット表現の自由、漂流 SNS3社トップ、公聴会で証言 米議会は同床異夢 <3>
    米上院で28日、共和党「検閲だ」 民主党「放置が問題」 批判回避、負担に
    ・巨大IT3社最高益(7-9月~ アルファベット、フェイスブック、アマゾン
    ネット利用拡大追い風 アマゾンは純利益3倍 アップルは増収減益
  7. 10/31

    ・欧米経済、遠い正常化 ユーロ圏、7-9月は前期比年率61%成長 <4>
    前年同期比は4.3%減 正常化半ばで感染再急増 財政にも限界
    ・NY株、10月5%安 コロナ・選挙警戒 3月以来の下落幅
    ハイテク株が下げ主導 30日はアップル前日比6%安、アマゾン、ネットフリックスも大幅安
    ・TikTok利用禁止を差し止め 米地裁 ダウンロード禁止はすでに差し止め
    ・政府、出入国制限緩和 11月1日から帰国後2週間待機免除
    日本人と日本在留資格をもつ外国人 短期出張、移動制限が条件
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