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週間国際経済2021(4) No.254 01/31~02/09

今週の時事評論(4) 01/31~02/09
(「今週のポイント解説」改め)

バイデン政権は中国とどう向き合うのだろう(ポスト・トランプその2)

1.考察する前に整理しておくこと

第一に、バイデンさんは「結束」を強調する。アメリカの分断と対立の深い淵から浮き上がってきたのがトランプ支持の7400万票だった。だからバイデン政権は当面アメリカの、とりあえずは共和党の「脱トランプ」を促そうとする。さて中国に対する強硬姿勢について、民主党と共和党は対立していない。そこに対立軸を持ち込むことは避けたいだろう。

第二に、トランプ政権は大統領選挙の結果が出た後にも対中規制を連発した。中国軍関連企業の株式購入を禁じ、台湾と初の経済対話を開催し、ウイグル自治区産の綿花製品輸入を禁じ、中国共産党員のビザ有効期限を短縮し、新たに中国産半導体企業やドローン企業への輸出を禁じた。思いつく限りできる限りのことをやった。つまり、バイデン政権がすぐに追加できることはあまり残っていない。

第三に、トランプさんは大統領選挙に不正があったとして政権移行手続き拒み、外交安全保障上の情報が、新政権に引き継がれることを遅らせた。バイデン・チームのスタートは、そのぶん遅延されるだろう。

第四に、バイデン政権第一の課題は新型コロナ対策と中間層および低所得者層に対する経済支援だ。まずは外交問題ではなく内政に集中しなくてはならない。さらにバイデン外交の指針は「中間層のための外交」だ。アメリカ中間層の対中警戒心は、強い。

以上のことからぼくは、バイデン政権の対中政策は動かない、いや動けないと思っている。

2.戦略的忍耐

バイデン政権が始動した直後の1月25日、サキ大統領報道官は記者会見で対中政策について「過去数ヶ月と同じだ」と語り、「自国第一主義」から同盟国との協調への転換を目指しながらも、そこでは「戦略的忍耐を持ちながら」と述べた。

「戦略的忍耐(strategic patience)は、オバマ政権の対北朝鮮政策のキーワードとしてよく知られていた。北朝鮮が具体的に非核化に取り組むまで交渉には応じないという意味だった。この言葉に、世界は少しざわついた。ホワイトハウスは誤解を招きかねないと火消しに走り、サキさんも数日後「深読みしないで欲しい」と強調した。

結局これはサキさんの思慮の浅い言葉の誤用だったということになったようだ。誤用?「戦略的忍耐」という言葉も懐かしいが、サキさんはそのオバマ政権当時の国務省報道官だった。本当に「うっかり」だったのか。

ぼくのうがちすぎだろう。でもぼくには、それがバイデン政権の対中政策の「本音」に聞こえる。さらにうがちを重ねれば、そこに中国に対するメッセージが含まれているように聞こえた。バイデン政権からは動かない。中国が好ましい方向に動け、と。

3.同盟国は財産

バイデンさんは2月4日、外交演説に臨み「同盟国は最も素晴らしい財産だ。外交主導とは同盟国と協力することだ」と、国際協調路線への回帰を宣言した。そして中国は、「重大な競争相手」であると、「脅威」から「競争相手」へと認識を変え、さらに「利益になるのなら協力する用意はある」と呼びかけた。

具体的な政策は、駐ドイツ米軍削減の凍結だ。トランプ政権はドイツの国防費負担が不十分だとして、駐独米軍の規模を3分の2に縮小するとしていた。この方向ならば、トランプ政権による在日米軍、在韓米軍維持費負担倍増要求も取り下げられると期待されるだろう。

同盟国たちは、これを手放しでよろこんでいいのだろうか。たしかにトランプ「自国第一主義」は厄介だった。彼にとって同盟国かどうかに関わらず「貿易黒字国」が制裁対象だったからだ。対中制裁も、同調しなければ自らが制裁対象になるからしぶしぶ付き合っただけのことだ。いやむしろ、アメリカ自国第一主義は同盟国の対中接近を促した。

しかしバイデン政権は、トランプ政権のような貿易が黒字か赤字かといった幼稚なもめ事はしない。「人権」であり「法の秩序」、すなわち普遍的な価値観なのだよ同盟国諸君、と来た。再び協力し合おうではないか「財産」諸君、ということだ。

4.君たちは何ができるのかね?

バイデン外交演説の直前、2月1日にミャンマーで軍事クーデターが起きた。ASEAN各国は内政不干渉原則で静観した。中国も非難しない。ヨーロッパは批判はするがクーデターだとは断定していない。しかしアメリカは、これをクーデターと認定し、ミャンマー政府に対する援助制限を示唆した。

ここからが大切だ。アメリカ国務省高官はしかし、アメリカのミャンマー政府向け援助の規模はそもそも「非常に小さい」とし、「我々よりもミャンマー国軍と緊密に接触している国がいることに感謝したい」と語った。それは日本とインドだと(2月3日付日本経済新聞夕刊)。

そしてバイデンさんは2月8日、インドのモディ首相と電話協議をし、日本とオーストラリアを交えた4ヵ国協力を通じ、自由で開かれたインド太平洋の推進に向けて緊密に協力すると申し合わせた(2月9日付同上夕刊)。ミャンマーはこの自由で開かれたインド太平洋にとって地政学的要所だ。この地域で中国と真っ向から対立しているのはインドとオーストラリアだ。日本はこのクアッド(Quad)にしっかりと組み込まれてしまっている。

5.仮称「戦略的忍耐」の本質

女性初のアメリカ財務長官に就任したイエレンさんは「中国の不公正な慣行に対抗する」と強調するが、その前提は「中国は最も重要な競争相手だ」という認識だ。黒人初のアメリカ国防長官に就任したオースティンさんは「中国は最も憂慮すべき競争相手だ」と指摘する。競争相手、通常competitorという言葉に敵意は含まない。

バイデン政権は中国との競争のために自国経済の回復を優先する。中国には何もできないから、なにもしない。制裁関税もバイデンさんが何もしなくても、企業と消費者がなんとかしろと圧力をかけるだろう。アメリカの輸入は、急増している。高い関税率は負担だ。

ドイツのメルケルさんは、トランプさんとそりが合わなかった。メルケルさんは大統領選挙が終わるまでじっと我慢する作戦だった。しかし相対的に中国に接近しすぎると批判されていた。とくにEUと中国の投資協定を強引に推進したことには世論の逆風が吹いている。

前国務長官だったポンペオさんは、任期最終日に中国政府のウイグル族弾圧は「ジェノサイド」、国際法上の犯罪である民族大量虐殺だと認定した。ポンペオさんが何を言っても驚かない。でも次期国務長官である、家族にホロコースト生き証人がいるブリンケンさんがそのジェノサイド認定に同意した(1月19日公聴会)のだから重みがまるで違う。さて、ドイツはどうするのか。ドイツ人の歴史認識が大きく揺さぶられる。

1月26日付の新聞で、ドイツが海軍所属のフリーゲート艦を日本およびオーストラリアに派遣し、インド太平洋に長期滞在させる検討に入ったという記事を見たときは驚いた。周知のようにドイツは海外派兵に慎重だし、しかもアジアに。極めて異例だ。

ドイツだけではない。フランスはインド洋に仏領を持ち「我々もインド太平洋国家」(外務省報道官)と言いだし、EUを離脱して孤立を恐れるイギリスは空母クイーン・エリザベスをインド太平洋に送る。

6.尖閣と台湾

「ひとつの中国」に関わるタブーに、トランプさんはズカズカと踏み込んだ。バイデンさんにはその轍がある。大統領就任式に台湾駐米代表が出席したが、これは1979年の断交後初めてのことだ。また、コロナ・パンデミックによるIT関連需要の高まりで、半導体争奪戦が世界的に熱を帯びている。世界最大の半導体供給地は、そう台湾だ。

尖閣諸島に日米安保第5条適用。1月24日の日米防衛相電話協議でオースティン米国防長官がこれを明言した。1月28日の初の日米首脳電話協議でもバイデンさんが改めてそれを確認した。各種情報によると、これらは日本側から引き出した言質ではなさそうだ。どちらもアメリカ側から言及があり、なおかつホワイトハウスの発表でも明示された。

そして2月3日、バイデン政権になって初めてアメリカのミサイル駆逐艦が台湾海峡を通過した。2月6日、武器使用が認められる海警法が施行されて初めて中国海警局の船2隻が尖閣周辺領海に侵入した。さて、日本はどうする。

アメリカは中国の「核心的利益」である台湾問題に積極的に関与しようとしている。半導体需要の高まりと自由で開かれたインド太平洋構想によって台湾の、したがって尖閣の戦略的位置づけも変わる。しかし尖閣は日本の施政の下にある。日本が防衛の意思と行動を示すことが日米安保第5条適用の前提条件だ。さて、日本はどうする。

7.ビナイン・ネグレクト

戦後国際金融市場の勉強で学ぶ言葉だ。ニクソンショック以降、ドルの価値は大きく変動する。しかしアメリカは自ら積極的に動くことなく、不安定な為替レートに困惑する西側主要国の対応を待つ。これを「優美な(あるいは慇懃なる;benign)無視(neglect)」と呼ぶ。

そんな金融用語が頭に浮かんだ。トランプ政権の対中政策は、すべてトランプさんが先手で動いた。同盟国はそれを見て困ったり、合わせたりしていた。バイデン政権になって一番の変化は、アメリカは動かない、同盟国が動かなくてはならない。それがバイデンさんの同盟国重視なのか、それが国際協調路線なのか、とても不安になる。

8.そして米中首脳は電話で話した

2月10日、バイデンさんは習近平さんと電話会談をした。バイデン政権にとって首脳会談は12ヵ国目だ。まずはお隣さんのカナダとメキシコ、イギリス。継いでトランプさんが仲違いしていたフランス、ドイツ、NATO。それからロシア。アジアに移って日本と韓国。そしてオーストラリア、インド。用意周到に準備してさて10日、つまり春節入りの前日に、バイデンさんはまず習近平さんに新年のお祝いの言葉を届けた。

米中首脳電話協議の内容は、米中それぞれ食い違う発表をしているが、共通する最大の特徴は「協力できるとは協力しよう」ということだ。それが「地球環境問題」であることは暗黙の了解だ。あれ、なにかおかしいぞ。人権問題は?不公正な経済慣行は?台湾と尖閣は?

いやバイデンさんは1月27日、次の大統領令に署名している。「地球温暖化にともなう気候変動問題を、アメリカの外交と国家安全保障の柱とする」と。なるほどそれがバイデン外交のレトリックなのか。

「アメリカは戻ってきた」(2月4日バイデン大統領外交演説)。なに都合のいいこと言っているの。どうやら当面、外交に先手なしがおすすめだ。

日誌資料

  1. 01/31

    ・中ロ製ワクチン途上国に浸透 米欧遅れ間隙縫う 影響力拡大へ攻勢
  2. 02/01

    ・英、TPP参加申請 発足国以外で初 共通ルール拡大に追い風 <1>
  3. 02/02

    ・ミャンマーでクーデター(1日) 国軍「非常事態1年」 米欧、一斉に非難
    ASAN各国は静観「内政不干渉」で 中国も非難せず
  4. 02/03

    ・緊急事態延長を決定 栃木除く10都府県、来月7日まで 時短は段階縮小
    ・ユーロ圏GDP0.7%減(10-12月) 通年は最悪の6.8%減
    ・アマゾン売上高44%増(10-12月)初の1000億ドル超
    アルファベット最高益、43%増 動画広告が好調
  5. 02/04

    ・米「共闘買い」に規制論 SNS扇動・空売り焦点 財務相、当局幹部集め会合へ
    ・総人口、最多の42万人減 外国人流入6割減 昨年概算 人手不足感根強く<2>
    ・新START5年延長 米ロ、合意を発表 核軍縮 中国参加の枠組み棚上げ
  6. 02/05

    ・バイデン氏中ロに対抗 外交演説(4日)「同盟国は財産」 <3>
    「中国、重大な競争相手」 脅威に対抗 同盟国重視 駐独米軍削減を凍結
    ・米駆逐艦、台湾海峡を通過 新政権で初、中国は反発
    ・日銀、最大の国内株保有者 昨年末始めてGPIF上回る
    ・フォード、EV・自動運転に3兆円投資 GMに対抗
  7. 02/06

    ・米コロナ追加対策「速やかに」 バイデン氏、与党単独可決も示唆
    ・尖閣周辺に中国船 海警法施行後で初
    ・米の貿易赤字昨年最大 5.9%増、巨額財政支出で輸入活発 <4>
    ・米就業者4.9万人増 1月、市場予測(10万人程度)下回る
  8. 02/07

    ・米中、初の外交トップ協議 「台湾含むアジア」安定を 米、中国に要求
  9. 02/08

    ・昨年経常黒字13.8%減 旅行終始黒字8割減 輸入15%減で貿易黒字大幅増
  10. 02/09

    ・日経平均30年半ぶり2万9000円 急ピッチの上昇、過熱感も <5>
    ・米印首脳が電話協議 日豪含む4ヵ国で「自由で開かれたインド太平洋」協力推進
    ・ビットコイン急騰 テスラ、1600億円分購入 他の仮想通貨にも波及
※PDFでもご覧いただけます
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