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週間国際経済2021(20) No.270 06/08~06/14

今週のポイント解説(20) 06/08~06/14

リカバリー・ギャップ

1.感染「出口」にリスク

ワクチン接種の広がりにともなって、世界のあちらこちらからかつての生活を取り戻しつつある映像や情報が届くようになりました。とはいっても残念ながらワクチン在庫が偏在している国に限られますが。

コロナ・パンデミックの衝撃は予断をはるかに超えるものでしたから、そこからのリカバリーには様々な不均衡が発生して当然なのでしょう。これまでもポイント解説では、需要の回復と供給制限、インフレ圧力が高まる中での金融緩和・財政支出拡張、少子化加速と財政赤字拡大などについて、それらを独立したイシューとして取り上げてきました。また格差の広がり、あるいは需給ギャップ、雇用のミスマッチなどについても指摘してきました。

こうした事象を一括りにする言葉が見当たらないので、ぼくはそれを「リカバリー・ギャップ」と呼ぶことにしました。事態の先行きが前向きであることは否定しませんが、その「出口」を前にこうしたギャップが激しいものになればなるほど、また新しいリスクが大きくなっていきます。それらの直近の動向とその特徴を、ここで整理しておくことにしましょう。

2.ワクチン接種の偏り

まず国別、地域別偏りです。オックスフォード大学の調査によると6月3日に世界のワクチン接種累計回数は20億回を超えたのですが、その半数は中国とアメリカであり、世界人口の20%を占めるアフリカ大陸は全体の1.7%でしかありません。財政力と医療インフラの格差を浮き彫りにしたものだと言えます。五輪の5つの輪は五大陸を表すものですが、そのオリンピックで五大陸間の格差が露呈されることは残念でなりません。

次にアメリカ国内での偏りです。人種格差は以前にも取り上げました。5月中旬の集計では、ワクチン接種率は白人42%に対して黒人28%にとどまっていると。それが5月末には白人65%、黒人56%に増えています(どちらも米カイザー・ファミリー財団調べ)。一見、人種差は縮まっているのですが、これは白人の接種率が伸び悩んでいる結果なのです。

同財団によると「絶対に接種しない」と答えた人は、共和党員の27%、農村部住民の24%、福音派キリスト教徒の23%、つまりトランプさんの支持基盤で突出しているのです。そしてこれらの傾向は地域別差(州による差)となって表れ、共和党州知事の地域でワクチン接種が進んでいないという傾向に反映しています。そして困ったことに、共和党州知事地域は経済再開が比較的早いのです。

6月15日付日本経済新聞夕刊では「米の感染減ペース鈍る」として、4月には1日当たり300万回以上のワクチン接種があったが、最近では100万回前後にとどまり、それはアメリカ国民の3分の1近くが接種を拒んでいるからだと。さらにデルタ株(インド株)が拡大し、すでに感染の約10%に達しているとの指摘もあると報じています。

このようにワクチン接種の偏りというリカバリー・ギャップは、パンデミックの出口を再び閉じてしまうリスクとなっていると言うことができるのです。

3.アメリカ雇用需給ミスマッチ

4月アメリカの非農業部門求人件数は前月から約100万人増えました。これは統計開始以来最高の数です。しかし全体の採用数は約7万人しか増えていません(日誌資料06/09参照)。この需給ミスマッチの要因として、これまでも指摘したように低賃金で感染リスクが高い求人が多いこと、失業給付金特別加算などで就労意欲が削がれていること、さらに学校再開の遅れで子育て世代が復職できないでいることがあげられています。また労働市場の逼迫で、自発的離職者数が増え、就労者に占める割合が2.7%と過去最高になったと、あわせて報じられています(6月9日付同上夕刊)。

こうした状況を受けて、アメリカ25州(全人口の4割)で失業保険給付への特別加算を連邦政府方針の9月までの延長を待たずに打ち切ると宣言しました。はたしてこれで雇用需給ミスマッチが解消されるか、ぼくは疑わしいと思います。なにしろこれだけ人手不足なのに、求職しながら就業できない失業者は依然として膨大な数に上るのですから。

ぼくがなるほどわかりやすいと思ったのは、FRB副議長のクラリダさんの説明です(5月下旬、6月5日付同上)。「危機前と比べると就業者数は約800万人減少している。毎月50万人の就業増があったとしても800万人分を回復するのには22年8月までかかる」というものでした。アメリカの就業者数は4月28万人、5月56万人増えてはいますが、この労働市場の需給ギャップの解消には、まだ相当の期間を要することは間違いないでしょう。そこに先に見たワクチン接種の偏りというギャップが重なり、またこのリカバリー・ギャップが次に見る物価のギャップに繋がるのです。

4.K字物価

コロナ禍経済動向で、この「K字」は随所でキーワードとして登場してきました。株式市場ではコロナゆえに上がる株と下がる株、景気回復局面にさしかかると「K字回復」、そして今問題になっているのが「K字物価」です。

物価と言えば、これまで長期に渡る異例の金融緩和にあってもデフレが克服されないことが経済学者や経済政策当局者にとって謎であったり難題であったりしてきました。でもぼくなどでも見当がつくことがあります(謎を解くというほどのことではありません)。まずはデジタルですね。ネット・ショッピングで商品の最安値を探すことは造作ありません。次に、中国が比較的安い製品を世界中に輸出していたことです。またこのふたつ、デジタル化と「世界の工場」中国は相互に関連しながら物価の上昇を押さえ込んでいました。

ですから中国でもしインフレが起これば、世界はアメリカ発と中国発のふたつのインフレの波に巻き込まれることになりかねません。その中国で、5月の卸売物価指数が前年同期比で9.0%上昇しました。しかし消費者物価指数の伸びは1.3%にとどまっています。この現象を6月10日付日本経済新聞夕刊は「庶民の不満を懸念する政府が価格統制を強めているのが一因で、企業の採算悪化につながっている(一部省略)」と指摘しています。なるほど中国は価格を、市場をゆがめているのだな、良くないなと思っていました。

ところが翌日の朝刊です、「国内物価、K字に」。日本の5月の企業物価指数は前年同期比4.9%高く、これは13年ぶりの伸び率です。しかし消費者物価指数は0.1%下落しているのです。ある意味「K字」度は中国以上です。もちろん中国と違って日本では政府が統制をしているわけではなりません。企業が適切な価格転嫁ができないでいるのです。でも誰の判断であれ、これは企業収益を圧迫しますから、それが雇用や賃金にしわ寄せがいくことに変わりはありません。

これは困ります。原油価格、穀物価格などたしかにそれら国際価格の急上昇が消費者物価に転嫁できなければ雇用と賃金の回復に悪い影響が出そうです。さらにぼくが心配なのは、円安です。アメリカの金利がじわじわ上昇し、昨年は円高トレンドで年末には1ドル=103円までになりましたが、今年になって円安に転じ1ドル=110円前後になっています。この影響で輸入物価が高い水準で上昇しています。

緊急事態宣言が解除され、ワクチン接種も加速して、自粛から「出口」にかすかな光が差してきましたが、そこで食材、エネルギー、半導体など基礎的物資の価格が高騰すれば、たとえそれらが一時的なものであったとしても、経済回復の足かせとなるでしょう。

5.東京オリンピック・パラリンピック

キャップ、ずれ、食い違いと言えばこの話題は避けて通れませんよね。どの世論調査でもおおむね中止が最も多く、できることなら延期という声を合わせると過半となり、実施を支持する人たちも無観客を条件にしています。とてもよくわかります。1年半におよぶコロナ禍を耐えて人々は、国家的な高揚感や巨大イベントの刺激より「かつての生活」を心から待ち望んでいるのです。そのためには感染収束が前提ですから、わざわざ今そのハードルを上げたくないのです。

ましてや日本の医療や行政が期待外れというか、思っていたより貧弱だという現実を突きつけられましたから、リカバリーのためには今こそ持てる医療資源と行政能力を感染収束に集中して欲しいのです。世界中から人が移動し、1ヶ月近くにわたって開催される非日常的な祭典運営と感染収束は両立しないと理解しているのです。

エリート・アスリートたちも心苦しいでしょう、不本意でしょう。しかし多くの市井の人々は本当に苦しく不本意を強いられているのです。パンデミックからの「出口」に向けて、世界は「民主主義、自由、人権」という理念のもとでの結束を目指しています。SDGsへの共感も広がり始めています。そうした潮流とのギャップを痛感します。

いつの間にか開催が前提になり、いつの間にか有観客が前提になり、やれば盛り上がり(盛り上げて)「成功」だと言い張る。それはやはり、見るに堪えないギャップです。

日誌資料

  1. 06/08

    ・東南ア、苦渋の中国接近 「ミャンマー」など協力要請へ 中ASEAN外相会議<1>
    ・アップル アプリ個人情報自ら監視 時期OSに搭載
    利用者がデータ収集制限 ターゲティングなど広告前提の「無料」影響も
    ・韓国地裁 元徴用工の賠償請求却下「国際法違反招く」 18年最高裁と異なる判断
    ・米パイプラインへのサイバー攻撃 身代金の一部奪還 司法省
  2. 06/09

    ・米求人、経済再開で最高 4月928万件 採用は微増 需給にミスマッチ <2>
    ・米、接種率に地域・人種差 夏に感染拡大懸念も
    白人65%、黒人56% 「絶対に接種しない」共和党員27% キリスト教保守派23%
    ・中国卸売物価9.0%上昇 5月 リーマン時以来の伸び 資源高映す <3>
    最終製品に転嫁進まず 統制で価格ゆがむ
  3. 06/10

    ・米失業給付金の特別加算 25州(全人口4割)前倒し終了へ
    ・米上院、対中競争法案を可決 半導体補助金に5.7兆円
    ・米インフラ計画決裂 2兆ドルを1.7兆ドルに譲歩も 共和党、財源に増税に反対
    ・トランプ政権のTikTokなど禁止令 バイデン氏が撤回 司法判断を追認
    ・エルサルバドルがビットコインを法定通貨に 法案可決、世界初
  4. 06/11

    ・銀行の仮想通貨保有規制 バーゼル銀行監視委 資本積み増し求める
    ・国内物価、K字に 企業、13年ぶり伸び率(10%)消費者、節約志向で下落(0.1%)
    ・米英、新大西洋憲章で合意 両首脳会談、中ロに対抗
    ・米家計金融資産、最多に 3月109兆ドル、株高追い風 <4>
  5. 06/12

    ・中国、データ統制強化 データ安全法成立 工場やEV対象広く
    ・米、巨大ITに規制強化 下院議員 独禁法改正案を発表 <5>
    自社製の優遇禁止 M&A合法性証明 IT競争政策の転機に
    ・米欧金利、物価高でも下落 「一時的な要因」、「インフレの兆し徐々に」
  6. 06/13

    ・インフラ支援で新構想 G7、「一帯一路」に対抗 首相「中国に深い懸念」 <6>
  7. 06/14

    ・G7(主要7ヵ国首脳会議)共同宣言「台湾海峡の平和と安全」明記
    中国に強い懸念 「民主主義、自由、人権」で結束
    ・ネタニヤフ氏が退陣 イスラエル 8党連立新政権発足
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