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週間国際経済2021(35) No.285 10/18~10/28

今週のポイント解説(35) 10/18~10/28

不都合な真実2.0

1.不都合な真実

あれからまだ15年ほどしか経っていなかったのですね、『不都合な真実』。クリントン米政権で副大統領を務めたアル・ゴアさんが制作した地球温暖化の実態に警鐘を鳴らすドキュメンタリー映画、のちに本にもなりましたがそれが2007年。アカデミー賞も取ったし、この映画が評価されてゴアさんはノーベル平和賞にも選ばれました。

ブームに弱いぼくはもちろん映画も観ましたし、本も読みました。なるほど「不都合」だと感じました。たしかに真実だろうけど認めたくない、目をそらしておきたい、そんな真実ってありますよね。なぜなら、それまでの自分自身の思考回路や行動様式を大きく変化させなければならなくなるからです。ぼくの場合、生活スタイルもそうでしょうが、それまでの国際経済に対する分析枠組みというか、資本主義そのものの問い方というか、それらを根本から見つめ直さなければならない切迫感に襲われたものです。

もちろんそのずいぶん前から、二酸化炭素排出による温暖化効果によって地球気候変動が発生していることは広く合意が形成されていました。国際的な取り組みも進み、京都議定書が調印されたのは1997年のことです。でも、もうここまできているのか、と。

そう、焦ったのは国際世論も同じです。ヨーロッパが先頭を走り、アメリカもオバマ政権のときに重い腰を上げ、中国をも巻き込み、主要国は次々と温暖化ガス削減に向けた政策目標を打ち出し、カーボン・ニュートラルは時代の合い言葉になっていきます。

しかし現在、「不都合な真実」はさらにバージョンアップされているようです。温室効果ガス研究の先駆けとなった真鍋淑郎さんが今年、ノーベル物理学賞を授与されたのも、何かの巡り合わせのような、そんな気分になります。

2.それでは足りない

地球温暖化は加速し、もう後戻りできない臨界点(Tipping point)まで待ったなしです(⇒ポイント解説№229)。国際的合意である「パリ協定」、そこでは「産業革命前からの気温上昇を1.5度にとどめる」ことを目標にしています。そのためには二酸化炭素排出量を2030年まで毎年7.6%削減する必要があるとされていました。

ところが国連の事務局は10月25日、各国が提出した2030年の削減目標ではその30年には2010年比16%増になると指摘、現行目標のままでは気温上昇は今世紀末に2.7度になる可能性があるという報告書を公表しました。翌26日には国連環境計画が、温暖化ガスを実質ゼロにするとした50ヵ国・地域がその約束を果たしても、気温上昇は2.2度になるという試算を公表しました。これらは10月31日からイギリス、グラスゴーで始まるCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締結国会議)での議論の材料となります。

そして2050年に温暖化ガス排出を実質ゼロにするためには、エネルギー供給源を30年時点で石炭を20年比で5割に、石油を2割にそれぞれ減らす必要があると国際エネルギー機関(IEA)が見解を示しています(10月14日付日本経済新聞)。IEAはその脱炭素に向けて今後2030年までに年間4兆ドル(約450兆円)の投資が必要だと言います。これは2016~20年平均の3倍超にあたる金額です。このIEAの世界エネルギー見通しは「COP26のガイドブック」と位置づけられています。 

そのCOP26は昨日から始まっています(11月2日執筆中)。次回、その具体的内容を整理して考えることになると思います。今の時点で明らかなことは、画期的に思えた各国の温暖化ガス削減目標はしかし残念ながら、「それでは足りない」ということなのです。

3.エネルギー価格投機

先に見たようにIEAは、カーボン・ニュートラルのためにはエネルギー供給源として化石燃料を大幅に削減し、2050年には再生可能エネルギーが67%を占め、太陽光は20倍強、風力は15倍になる必要があると考えています。そしてそのためには毎年4兆ドルの投資が必要だということです。投資マネーが、再生エネ市場に向かうのは当然でしょう。

ただしこのエネルギー供給源構成は、突然変わるのではありません。再生エネが3分の2になるまで化石燃料にそれなりに依存するわけです。しかし対化石燃料投資は激減するでしょう。同時にコロナ感染収束とともにエネルギー需要は急増します。化石燃料の供給は増えず、需要は増えるわけですからエネルギー価格が高騰するのは市場の法則です。

問題は、そうした実体の需給から乖離して原油および天然ガス価格が大幅に急騰していることです。原油価格はコロナ前水準を超えて上昇し7年ぶりの高値を付けています。とくに比較的ガス排出量が小さい液化天然ガスは、年初から10倍近くに跳ね上がっています。これは欧米金融政策の正常化を前にした、緩和マネーの投機的動きへの言及なしでは説明が足りないと思うのです。

10月20日付日本経済新聞では「ガス高騰、背後に機械取引」という記事がありました。機械取引といってもHFT(超高速取引)、マイクロ(100万分の1)秒単位のアルゴリズム取引です。AIが分析した情報で小刻みに注文を繰り返し、売値と買値の差額を収益として積み上げていると紹介されていました。

エネルギー価格の急騰がインフレ圧力となり、経済回復の腰折れリスクとなる可能性についてはこのブログでも何度も指摘していますよね。今回のテーマで指摘しておかなければならないことは、こうした天然ガス価格の高騰が石炭依存への逆行をもたらしかねないということです。たとえばアメリカのエネルギー情報局は、2021年のアメリカの石炭火力の発電量が前年比プラス22%、7年ぶりに増加に転じるという見通しを公表しました。

金融正常化と同時に金融規制を強化することは不人気であり、かつリスクも大きいかもしれません。しかし脱炭素の道のりでは、化石燃料需給の歪みや各国の足並みの乱れなどによってエネルギー価格の変動幅が拡大し、投機がこれを著しく増幅させる可能性があります。ですからぼくは、金融規制もまた脱炭素に不可欠な要素だと考えています。

4.不都合のしわ寄せ

この冬、北半球ではラニーニャ現象の影響で例年以上の気温の低下が予想されています。たとえばアメリカでは今冬、家計が支払う天然ガス代が前年に比べて30%増、電気代は6%増えると見通されています。

今年に限った話ではありません。再生エネが主力になるまで、脱炭素はエネルギー価格を押し上げる作用が働くでしょう。ガス代や電気代だけではありません。日用品や食料および運賃にも値上げ圧力がかかると思われます。そのしわ寄せは低所得者層にのしかかり、あらたに「エネルギー貧困」を生みかねないのです。

EUの欧州委員会は10月13日、エネルギー価格の高騰を受けて、加盟国に低所得者のエネルギー関連支払いを一時的に免除・軽減するなど家計支援するよう促しました。フランスはガス料金の変動を来年4月まで凍結し、22年の電気料金上昇幅を4%以内に抑える対策を決めています。イタリアも再生エネ普及のために料金に上乗せされている賦課金の徴収を一時停止するほか、低所得者向けに資金支援します。

このように、再生エネ転換コストが低所得者の過大な負担とならないようにする対策も、重要なエネルギー政策の一環なのです。またそうであることが脱炭素への転換を促進することになります。

もちろん不都合のしわ寄せは、新興国とりわけ低所得国にとって大きな負担となります。環境問題とは人権問題であり、温暖化加速は格差拡大と同軌でした。

5.日本の不都合

福島第一原発事故による原発停止を受けて、安倍政権は原発再開を目指し、それまでは石炭火力に依存する政策を推し進めてきました。その間、再生エネ転換は停滞したままでした。この問題はただ政権のみの責任ではなく、内閣支持率に表れているように日本の選択でした。結果、日本の電力単位当たり二酸化炭素排出量は主要国で突出しています。そのツケを、今から支払うことになってしまっているのです。

前回のCOP25では日本の石炭依存に批判が集まりました。さてCOP26ではどうでしょう。資源高騰に円安も重なって、家計および企業の負担は深刻です。日本では液化天然ガスの備蓄は国内需要の2週間分しか貯蔵能力がないそうです。再生エネ転換が遅れれば、欧米の国境脱炭素税による非関税障壁に囲まれるでしょうし、日本株はESG投資の選別から除外されてしまいそうです。

この問題は、これまでも繰り返し指摘してきましたが、また回を改めて、あるいは次回にでも考えることにします。

日誌資料

  1. 10/18

    ・中国、4.9%成長に減速 7~9月 素材高・コロナ響く <1>
    外需堅調も内需不振 雇用に影 習指導部の規制も影響
    ・米カナダ軍艦 台湾海峡通過 中国「挑発には反撃」
  2. 10/19

    ・人手不足、英国経済に重荷 供給網混乱、EU離脱で拍車 物価に上層圧力 <2>
    ・供給制約、早期利上げ迫る 英「11月にも」 米、来年2回見込み
  3. 10/20

    ・輸出、自動車が4割減 部品調達で減産 9月全体は13%増
  4. 10/21

    ・原油、7年ぶり高値 需給逼迫 NY一時84ドル台 NY株も一時最高値 <3>
    ・ネットフリックス会員440万人増(7-9月)45ヵ国2億人に イカゲーム」ヒット
    ・米経済「一部で鈍化」 地区連銀報告 物価上昇は顕著
  5. 10/22

    ・再生エネ比率倍増 30年度電源構成、基本計画決定へ 原発維持「国が責任」
    再生エネ36~38%、19年度実績から倍増 原発20~22%、3倍超でハードル高く
    ・デジタル課税で「妥協案」 欧州、独自課税中止 米、制裁発動せず
    ・米次期駐日大使が公聴会 日本に防衛費増迫る 自民党公約「GDP2%」に触れる
  6. 10/23

    ・国内物価1年半ぶりプラス 9月0.1%上昇 米欧との差大きく <4>
    ・NY株、2ヶ月ぶり最高値 米企業の決算好調マネー呼ぶ インフレなど懸念 <5>
  7. 10/24

    ・液化天然ガス備蓄能力に限界 国内2週間分、輸入増やせず 厳冬なら在庫払底も
  8. 10/26

    ・米、企業年金にESG基準 法規制改正 収益優先から転換
    ・緩和一転、世界で利上げ 32ヵ国 インフレ圧力、警戒広がる <6>
    ・投機マネー円安招く 円売越額、2年10ヶ月ぶり大規模 短期売買で相場乱高下も
    ・テスラ、時価総額1兆ドル レンタカー向けEV10万台をハーツから受注
  9. 10/27

    ・中国、TPP加盟へ攻勢 ASEAN首脳会議 「経済の融合」訴え秋波
    ・アルファベット68%増益 7~9月 売上高、7.4兆円で最高
    ・台湾の国連機関参加へ支持 米国務長官が呼びかけ
  10. 10/28

    ・シェルに会社分割提案 米、「物言う株主」 低炭素事業を独立
    ・サムスン 半導体の営業益8割増 7~9月 スマホや家電減益補う
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