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週間国際経済2022(1) No.294 1/1~1/12

時事雑感 1/1~1/12

民主主義と専制主義との戦いという妄想

「ポイント解説」から「時事雑感」へ

授業期間中このブログは教材の一部だ。ブログというものは本来、趣味の披瀝だ。先週で今学期の授業は終わったからもうこのブログは教材ではなく、純然たる趣味の披瀝となる。したがって「解説」などと身構える必要もない。春、夏の休業期間中には「時事評論」と題することも試したが、その「評論」の響きも力みに繋がる。脱力して書きたい。そうだ、「雑感」がふさわしい。お付き合いいただけるか甚だ不安だが、4月の新学期開始までぼくは徒然なるままに雑感を披瀝する恥を選ぶことにした。

アメリカはこうした啓蒙思想理論にその政策の基礎を置く最後の大国である

ジョン・グレイ『グローバリズムという妄想』(1999年)、読んだのはもう20年以上前のことだが書庫から探し出すのに苦労はなかった。痛快な読後感が昨年末に蘇った。イギリスの啓蒙思想研究者である著者は次のように指摘する。世界最後にして最大の啓蒙思想体制アメリカは、こう考える。「民主的資本主義」は世界に受け入れられるであろう。グローバルな自由市場が現実になるだろう。世界がつねに内包してきた多岐にわたる経済文化やシステムは時代遅れとなるだろう。それらは単一の、全世界に行き渡る自由市場に併合されるだろう。しかし単一のグローバル自由市場は、普遍的文明という啓蒙思想的企ての最終形態となり、世界経済は新しい種類の体制を増殖させるであろう、と。

グレイ教授の啓蒙思想批判に通底するのは、価値の多元性と文化的多様性こそ世界があるべき本来の姿であるという考えだと、訳者はあとがきに記している。おおいに同感したものだった。しかしその同感は、少し遅れてさらに深まった。

同著が出版された1990年代末の世界では、アメリカが世界唯一の超大国となり史上最長の景気拡大をまだ持続し、アメリカ型システムが世界標準とされていた。しかしその景気拡大はバブルだった。2001年にブッシュ・ジュニア政権が誕生し、「9.11」が起こり、アメリカは対アフガニスタン戦争を強行し、対イラク戦争に拡大していく。開戦の理由は対テロ、自衛から、アメリカには「自由と民主主義」のためにフセイン独裁を打倒する使命があるという啓蒙思想にすり替わっていった。

その最中だ、中国がWTOに加盟したのは。これに対してもブッシュ政権の中枢を占めるネオコンたちはこう考えた。これで中国でも市場経済が進展しやがて民主化していくだろうと。つまりその時点では、アメリカの中国WTO加盟歓迎は啓蒙思想的企てだったのだ。それから20年、アメリカはアフガニスタンから完全撤退し、バイデン大統領は米中対立を念頭に「権威主義者は世界で影響力拡大を図っている」と危機感を表明するようになったのだ。

「民主主義サミット」

そのバイデン氏の危機感表明は12月9日に開幕した「民主主義サミット」における冒頭演説だった。オンラインとはいえ約110ヵ国・地域がアメリカの選別によって「招待」された「Summit for Democracy」つまり民主主義の強化のためのサミットだ。これはバイデン氏の選挙公約のひとつでもあったし、バイデン政権最初の記者会見での「民主主義と専制主義の戦い」という認識に基づいている。ある価値観によって世界を二元化し、良い価値観が普遍的であるためにそうではない価値観と戦うという、そう、啓蒙思想的企てだ。

不評だった。その最初の理由は招待客の選別だ。多くの媒体で指摘されているからここでは繰り返さないが、同盟国でも招待されなかった国もあり、招待されなかった国より民主的でないとされる国が招待される。

結婚式でも招待状の宛先が一番の悩みの種だ。しかしサミット招待に一貫した意図を見つけることは難しい。招待されずに落胆した国(バングラデシュ)もあれば、招待されずにむしろ幸いと表明する国(タイ)もあれば、招待されながら参加を見送った国(パキスタン)もある。結婚式ならば不評で当然だ。

価値観で世界を分けるという妄想

まったく馬鹿げた話のようで、じつはここから大いに学べることがある。民主主義には「規格」がないということだ。例えば世界銀行に「政治の民主化度ランキング」があるように、民主主義体制とは漠然としたグラデーションなのだ。世界ランキング何位から資格があるというものではない。これを選別して権威主義国と戦う民主主義国といった世界を分別すること自体、かなり幼稚な啓蒙思想的企てであり、アメリカの独りよがりの妄想なのだ。

同じことは相手にも言える。バイデン氏は就任当初「民主主義と専制主義の戦い」と表現していた。専制主義(absolutism)も独裁政治(autocracy)もほぼ同義語だ。どちらの英単語をどちらの日本語に翻訳しても誤訳ではない。しかし権威主義(authoritarianism)は、民主主義と全体主義の中間という曖昧ながらも政治学上の用法である。「absolutism」が絶対主義とも訳されるように、権威主義という概念もまた政治学的には歴史的用語だ。代表的なのものはスペインのフランコ体制であり、南米のブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルーなどの軍政時代がこのカテゴリーに分類される。

はたしてアメリカ民主主義が戦う相手は専制主義なのか権威主義なのか。バイデン氏はそれを説明しないし、説明できない。説明する気すらない。無理もない。例え世界銀行が「政治の権威主義度ランキング」作成を試みたとしても、そこでもまた曖昧な漠然としたグラデーションしか映し出されないだろう。

バイデン政権は民主主義のために共に戦う仲間も、戦う相手も明確に区分できないままに、世界を価値観で分けようとする。したがってアメリカが世界を「民主主義と専制主義の戦い」と規定しようとするその企ては、妄想なのだ。

バイデン的企ての真意

主要雑誌は並んで「2022年予測」特集を組み、そこで示されるキーワードはほぼ似通う。コロナ、インフレ、脱炭素、そして米中対立。コロナ変異株への対応も、供給制約に対する金融政策も、もちろん温暖化ガス削減も国際的協調が不可欠だ。しかしアメリカは中間選挙、中国は共産党大会を控えている。二頭の巨象は縄張りを争う。

アメリカ政治は世界に反射する。トランプ政権の「自国第一主義」を反射して世界政治は「内向き」に傾き、その傾斜はコロナ・パンデミックで大きくなっていく。ところがバイデン政権の「同盟重視」は、同盟国を巣ごもりから引きずり出そうとする。引きずり出されようとする場は国際協調ではなく、「民主主義と専制主義」で線引きされた世界だ。

トランプさんの膨大なツイッターのなかで、民主主義と人権は一度も発信されたことがなかったワードだ。それがいきなり国際的イシューとなった理由は、アメリカの国内政治事情にある。バイデンさんは2021年アメリカ大統領選挙の結果を民主主義の勝利だと断言した。そして民主主義と人権という「普遍的価値観」をもってアメリカの分断と対立を克服しようと呼びかける。

そのアメリカの分断と対立克服のために、世界は分断と対立を強いられようとしている。「民主主義サミット」の締めくくりの演説でバイデン氏は、アメリカ国内の保守系各州でマイノリティの投票を制限する可能性が高い投票規制強化法が次々と成立していることに対抗して、選挙の投票権拡大を進める考えを示した。ここでそれを言う。

11月の中間選挙で民主党が惨敗しトランプ派が勢いを増したなら、バイデン氏が約束した来年の次回「民主主義サミット」は、開かれない。

民主主義の危機

民主主義が脆く危ういのはもちろんアメリカだけではない。今年も世界の民主主義が問われる。ドイツではポスト・メルケルが船出し、3月には韓国で4月にはフランス、フィリピンで大統領選挙があり、5月にはオーストラリアで上下両院同時選挙が、イギリスでは統一地方選挙があり、7月には日本で参議院選挙がある。どの国でも民主主義の脅威は権威主義者ではなく、第一義的にはそれぞれの民主主義そのものの脆さであり危うさだ。

ポピュリズムの台頭は権威主義者の陰謀ではなく、民主主義のコピーミスが生んだ変異株だ。ネガティブ・キャンペーンの応酬の果ての不人気投票が次の民主主義を担うのだろうか。劣勢の候補者たちは権威主義勢力のデジタル策動への警戒心を訴え出すかもしれない。こうしてバイデン氏の妄想が、姿を変えたゾンビとしてあちこちを徘徊する。それでは民主主義は再生しない。

民主主義と人権が普遍的価値であるのなら、文字通り「どこであれ」人権侵害を許してはいけない。それが中国だろうとアメリカだろうと、ロシアだろうとイスラエルだろうと、日本の小さな企業の技能実習生に対する暴行だろうと。専制主義であれ権威主義であれ歴史上あらゆる圧政(tranny)の本質は、何らかの文明に統合しようとする企てであり、そして民主主義と人権にとって最大の脅威は、「多様性に対する不寛容」なのだ。

日誌資料

  1. 01/01

    ・食糧高騰、世界揺らす 異常気象・脱炭素で10年ぶり高値 <1>
    格差懸念、政情不安も インフレ、低所得層に重荷
    ・RCEP発効 10ヵ国で先行 韓国は2月1日に発効
    ・米ロ首脳、異例の再協議(30日電話協議) ウクライナ問題、警告応酬
  2. 01/03

    ・原発は「脱炭素に貢献」 欧州委が認定方針 関連投資促す
    ・東南ア、回復へ輸出主導 22年成長率5.1% ADB予測 利上げ遅れで通貨安も
  3. 01/04

    ・「核戦争回避が責務」 米中ロ英仏、共同声明
    ・アップル時価総額3兆ドル 東証1部の半分に迫る 巨大ITにマネー集中 <2>
    ・韓流エンタメ、輸出急拡大 21年1.3兆円、5年で倍増 音楽・ドラマ配信で拡散
    ・22年の10大リスク「ゼロコロナ失敗」首位 米ユーラシア・グループ <3>
  4. 01/05

    ・円急落、116円台に 対ドル、5年ぶりの安値 日米金利差拡大観測で <4>
    ・トヨタ米販売、初の首位 昨年 90年君臨のGM抜く 半導体不足の影響抑制
    ・日豪、共同訓練を円滑化 防衛協力 両首脳6日に協定署名
    ・米、高賃金求め離職相次ぐ 昨年11月、最多の452万人
    ・カザフスタン燃料高デモ 全土に非常事態 ロシア主導機構が派兵へ
  5. 01/06

    ・日銀、量的緩和じわり修正 昨年、国債保有13年ぶり減少 <5>
    ・新興国中銀、脱・ドル依存 自国通貨建てで決済を促進 タイなど、ドル高に備え
    ・EU,原発は「脱炭素に貢献」 独・スペインが反発 仏と温度差
    ・米利上げ前倒しに言及 FRB12月議事要旨 資産早期圧縮も インフレ過熱警戒
    ・北朝鮮「極超音速ミサイル試射」 700キロ先に命中と報道
  6. 01/07

    ・消費支出、11月1.3%減 外出増え巣ごもり消費減
  7. 01/08

    ・市場、米利上げ年4回視野 金融引締め加速警戒 資産圧縮、株価の重荷に
    ・ユーロ圏物価5.0%上昇 12月 最大、欧州中銀が警戒
    ・米長期金利一時1.8%台 2年ぶり高水準に上昇 失業率改善で債券売り <6>
    ・対ロ「基本原則で譲らず」 NATO外相会議 加盟国拡大停止拒む
  8. 01/10

    ・留学生来日できず 入国制限が長期化 人材グローバル化に影
  9. 01/11

    ・米温暖化ガス、6%増 昨年、輸送活発 30年目標達成遠のく
    ・ウクライナ協議継続 米ロ、欧州安保で主張対立
※PDFでもご覧いただけます
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