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週間国際経済2022(4) No.297 02/02~02/12

今週の時事雑感 02/02~02/12

「むちゃくちゃだ」と「すばらしい」

毛沢東選集

もう読むことはないだろう本を「保管」している段ボール箱から取り出した全4巻。大学1年の夏に元町で買ったことをよく覚えている。40数年ぶりの再会だ。このところ古い本をネタにすることが続く。ウンベルト・エーコの『歴史が後ずさりするとき』が洞察しているように、歴史は進歩をやめて「エビの歩き方」を始めているからだろうか(イタリア人は本来前進するべきなのに後退していることをこう表現するらしい)。

「むちゃくちゃだ」と「すばらしい」とは、さらに遡ること1927年、若き日の毛沢東による湖南省農民運動の視察報告だ。農民たちは地主たちを攻撃し、農民協会を唯一の権力機関にした。毛沢東は聞き取り調査の結果、これを「むちゃくちゃだ」と言う連中は地主の利益の側に立ち封建的な秩序を維持しようとする地主階級の理論であり、一方「すばらしい」、これは農民やその他の革命派の理論であると報告している。続けて毛沢東はいわゆる「ゆきすぎ」の問題について、「あやまりをただすには、度をこさなければならず、度をこさなければあやまりはただせないのである」と断言する。

ぼくがこの本を探そうと思いついたのは、もちろん毛沢東を語るためではない。この「めちゃくちゃだ」と「すばらしい」の構図がそのまま現代世界に投影されていると感じたからだ。立場が異なれば同じ事象について両極端の評価が生まれ、双方が相手をただそうと「ゆきすぎ」る。

共同富裕とゼロ・コロナ

毛沢東選集第一巻冒頭の論文は「中国社会各階級の分析」だが、ここに毛沢東思想の原点的特色が表れている。いうまでもなく「所有問題」はマルクス主義の中心的テーマだが、毛沢東にとって階級概念は必ずしも生産手段の所有と相応していない。こうしたことから中兼和津次『毛沢東論』(2021年)は、毛沢東思想は貧しい者が豊かな者を包囲する一種の「貧民革命」の思想だった指摘している。

さて、習近平さんはどんどん自らを毛沢東に寄せて行っている(そのため中国現代史は今、「エビの歩き方」をしているように見える)。習近平指導部の「共同富裕」とは、第一にそれまでの経済成長率至上主義からの転換だということだ。それはこれまでの経済成長率が維持できないという認識、そしてその経済成長の結果として経済格差が深刻なまでに拡大しているという認識に基づいていると思われる。

だからといって大企業に多額の寄付を強制したり、有名女優を脱税で摘発したり、そんなことでは5億人が年収50万円以下で暮らし、少子高齢化が加速していく中国の生活水準が向上するとはとても思えない。ただ、格差の不満が中国共産党に向かうことは避けなければならない。そこで「貧しい者が豊かな者を包囲する」という構図が必要となり、それが毛沢東思想への先祖返りの背景となっているのだろう。(「中国はどうなっているのか」⇒ポイント解説№281および№282参照)。締め上がられる側は「むちゃくちゃだ」と思うに違いないが、はたして貧しい人々はこれを「すばらしい」と受け止めるのだろうか。

「むちゃくちゃだ」といえばゼロ・コロナ対策だ。イアン・ブレマーさんが恒例の「世界の10大リスク」の1位に、このゼロ・コロナの失敗をあげて話題を集めた。それは経済混乱が世界に広がるだろうと指摘されている。たしかに大規模でしかも突然の都市封鎖は「むちゃくちゃだ」と感じることが多い。しかし、もし仮にゼロ・コロナが成功したらどうだろう。つまり他国と比べて感染死亡率が低く、かつ経済的ダメージも小さければ。

この点について書かれたウォール・ストリート・ジャーナル(2月18日付)の「他国が学ぶべき教訓」を読んで、ぼくは不意を突かれた。「学ぶべき」とは、まずは数百万都市全員に対するPCR検査を2日ほどで完了するという中国の検査能力の高さだ。次に、一部地域に対する早期で厳格な規制によって、それ以外の地域に制限がないというバランスだ。そして「教訓」とは、中国が専制主義だからできるのではなくて、感染対策の成功(それが一時的なものであれ)は、市民の政府への信頼度あるいは市民相互の信頼度が高い国に共通するというのだ(ニュージーランドやデンマークのように)。

いや、中国監視社会の恐怖がずいぶんと大幅に割り引かれているものだと納得がいかないのだが、WSJの結論は、この教訓は専制主義が「すばらしい」ということではなく、「アメリカの民主主義をもっと機能させる必要があるということだ」と締めくくる。つまり、市民の政府への信頼度、市民相互の信頼度を問いただしているのだ。

連邦議会襲撃事件

ハーバード大学ケネディスクールの調査によれば、アメリカの30歳未満の35%は「生きているうちに第2の南北戦争が起きる」とみているという。南北戦争とは「エビの歩き方」もそうとうなものだが、おもに南部の白人労働者の右傾化と沿岸部や大都市のリベラル層との分断に対する若者たちの危機感を表している。

ウェストバージニア州選出の民主党マンチン上院議員は昨年末、その民主党が提出した気候変動対策法案に反対票を投じた。今上院は与野党50対50議席だ。一人の造反が「拒否権」となる。「むちゃくちゃだ」。マンチン氏は南部エネルギー業界から受け取る献金額が最も多い上院議員だ。エネルギー業界にとっては「すばらしい」。

1月6日、アメリカ連邦議会襲撃事件から1年経った。「むちゃくちゃだ」、ところが誰にとってもむちゃくちゃだったわけではない。アメリカABCニュースの世論調査によるとアメリカ国民の4人に1人が襲撃は「民主主義を守るため」だったと受け止めている。「選挙を盗まれた」と扇動するトランプ氏の主張が、今もなお多くの国民に支持されている。彼らにとってこの事件は愛国的な自警行動であり、「すばらしい」のだ。

昨年12月に実施されたマサチューセッツ大学の世論調査によると2020年の大統領選挙が「不正だった」と33%が答え、共和党支持者ではそれが71%に達する。その共和党は中間選挙に向けて全国委員会を開き、そこでリズ・チェイニー氏など2人の下院議員の非難決議を採択した。連邦議会占拠事件についてトランプ氏の責任を追及しているからだ。トランプ氏は声明でこれを「すばらしい」と称賛し、共和党上院トップのマコネル院内総務は事件が「暴力的反乱だった」(むちゃくちゃだ)とし、チェイニー氏らを擁護した。

アメリカ政治のこうした「むちゃくちゃだ」と「すばらしい」の分断は、経済格差と人種間対立を背景に、SNS拡散によって焚きつけられ、「あやまりをただすには度をこさねばならない」という毛沢東の教えに、図らずも習っているのだ。

AIアルゴリズムとウーマンラッシュアワー

イアン・ブレマー氏によれば今年の「10大リスク」の1位に中国ゼロ・コロナ、3位にアメリカ中間選挙をあげているが、2位は巨大ハイテク企業による支配だった。ブレマー氏は2月4日付日本経済新聞のインタビューで語っている。「心配なのは子供たちの思考の過程がアルゴリズムによって支配されつつあることだ」、「これは世界をもっと深刻な分断に導く。アルゴリズムは模範的な市民を作ろうとしないからだ」と。

正直に言えば、ぼくはこの論調の方向で、そう、いかにも訳知り顔に今回の雑感を締めくくるつもりだった。でも、やめにした。締めくくることもしない。無責任だが、雑感だから許してもらおう。

投げやりになったのではない、つい見てしまったのだ。休憩にテレビをつけたらウーマンラッシュアワーの村本大輔さんがワイドショーの対談に出演していた。それ自体が驚きだが、村本さんは驚くほど実直に自らの感じ方、生き方を語っていた。初めて知ることも多かった。

村本大輔は「むちゃくちゃだ」そして「すばらしい」。その両面が彼の中では対立せずに危うくも調和している。そこからぼくは、決してAIアルゴリズムなんぞには屈しないヒューマンを感じた。もうそれでじゅうぶんだから、ここで校了だ。

日誌資料

  1. 02/02

    ・欧州安保「米欧が提案無視」 プーチン氏、回答に不満 協議は継続の意向
    ・ユーロ圏失業率、過去最低 12月7.0% 賃上げ波及が焦点
    ・米連邦債務、初の30兆ドルに
  2. 02/03

    ・株式発行、世界で6割減 1月 上場・増資延期相次ぐ 設備投資鈍化に懸念
    ・ユーロ圏物価5.1%上昇 1月伸び最大 緩和縮小の圧力に
    ・「コロナ貯蓄」米で急減 政府支援で拡大→低所得層取り崩し 個人消費に影
    ・米「ロシアの侵略抑止」 東欧に3000人増派決定 ウクライナ侵攻備え
    ・米メタ、純利益8%減 10~12月 初の利用者減 成長鈍化、株一時23%安
  3. 02/04

    ・英中銀、追加利上げ(3日) 年0.5%に 量的引締め来月着手
    ・欧州に緩和修正の圧力 ガス高騰 インフレ長期化懸念 <1>
    ・NY原油、一時90ドル台に 7年4ヶ月ぶり 需給逼迫観測強まる <2>
  4. 02/05

    ・中ロ首脳、相互の立場支持 台湾・ウクライナ 米欧と対決 <3>
    「民主主義を口実に介入許さず」 中国にガス追加供給 米欧日、試される結束
    ・資源高、市場の不安増幅 世界株の時価総額700兆円減 原油、一時93ドル台
    ・米就業者、46万人増 1月、市場予測上回る 人手不足は依然深刻
    ・対中競争法案を可決 米下院 半導体に6兆円補助 国主導でハイテク育成 <4>
    ・米長期金利上昇、一時1.93% 2年ぶり水準 雇用増、予想上回る
    金利上昇圧力、日本にも 0.25%迫る 日銀、臨時国債購入を準備
  5. 02/06

    ・米、国主導でハイテク育成 下院、対中競争法案を可決 半導体・供給網に補助金
    ・勢い増す米賃金上昇 1月5.7%増、インフレ長期化も 雇用堅調、利上げ環境整う
  6. 02/08

    ・米独、対ロ制裁で一致 侵攻なら「ガス管稼働せず」
    ・仏ロ、平和解決で一致 ウクライナ問題「今後数日カギ」
    ・経常収支、1年半ぶり赤字 昨年12月、原油高など影響
  7. 02/09

    ・米貿易赤字、昨年初の1兆ドル超 内需堅調、輸入2割増 保護主義傾向強まる
  8. 02/10

    ・国際商品、1年で5割高 2000年代で最大 供給制約が拍車 世界不安定化要因に
    ・企業物価、1月8.6%上昇 8ヶ月連続5%超上昇 資源高・円安で高水準続く
    ・米共和党、内紛広がる 上院トップ、トランプ派批判 秋に中間選挙
  9. 02/11

    ・米消費者物価1月7.5%上昇 約40年ぶり伸び率 <5>
    ・米長期金利上昇2%台 2年半ぶり水準 円安加速、116円台
    ・日銀、金利抑制策を発動 14日 利回り0.25%で国債購入
  10. 02/12

    ・日米豪印、対中ロの一角に クワッド外相会合 迫られる「二正面」 <6>
    ・米、台湾侵攻抑止を明記 インド太平洋戦略、政権初 中国に対抗
    ・米「48時間以内に退避を」 ウクライナ、緊張高まる 米ロ首脳、電話協議へ
    ・欧州緩和縮小「段階的に」 ラガルドECB総裁、金利上昇けん制
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