今週の時事雑感 01/01~01/21
トランプの非常識と“常識の革命”
1月20日、トランプの大統領就任演説は予想通りのMAGA構文だった。支持者集会の演説ではやたらと「かつてない」が多い。never before 、ever seen…と、どうしても耳に付く。今回も何度も何度も繰り返された。もうこれだけで、格調は消える。オバマさんの演説が大学入試レベルなら、これは中学の期末試験レベルだ。ダメ出しをしているのではない。これはトランプが熱狂的に支持される秘密のひとつでもあるのだ。繰り返しは大切だとヒトラーも言っていた。
スピーチライターは付けてないのかな、いや逆にかなり凄腕のライターだったりして。同時通訳付きで見ていたのだが、「黄金時代、偉大で強く、新時代の幕開け、神に救われた、誇りはかつて無いほど…」、見続ける気が失せたとき、突然の違和感に襲われた。とても不気味で、大げさでなく背筋が寒くなった。
「本日私は一連の歴史的な大統領令に署名する。これによりアメリカの完全な再興(restoration)と常識の革命(revolution of common sense)を始める。すべては常識にかかっている(I’ts all about common sense)」。根拠はないが、直感的にこの一文はトランプの言葉ではないと思った。それくらい違和感が半端なかった。
「一連の歴史的な大統領令」というのは彼の公約のことだ、すなわちMAGAたちとの約束だ。同時にそれはMAGA以外の有権者への決別宣言だ。ぼくは、いやMAGA以外のアメリカ人のほとんどは、この一連の歴史的な大統領令ひとつずつすべてを批判することができる。そしてその批判に共通しているのは、それらがどれも「非常識だ」ということだ。経済学の常識から外れているし、社会的規範、法の支配から見ても国際的合意から鑑みても非常識だ。もしぼくが、これからも書き続けるとしたら、その大半はこれらの批判で埋めなくてはならないのかと思うと、ほんとうにユウウツだ。正直ウンザリする。
演説は続く。化石燃料採掘を増やすことでインフレを抑える、非常識だ。関税引き上げによる税収を所得税・法人税減税の財源にする、非常識だ。不法移民は刑務所や精神病院から抜け出している、非常識だ。人種とジェンダーを社会に持ち込む政策を終わらせる。性別は男と女の2つのみとする、非常識だ。パナマ運河を取り返す、非常識だ。
演説が終わっても、トランプの非常識は連続し、さらに過激になっていく。グリーンランドを購入する、非常識だ。旅客機と軍用ヘリの衝突事故は雇用の多様性政策に原因がある、非常識だ。ウクライナ支援はウクライナ資源との取引だ、非常識だ。ガザからパレスチナ人を追い出してアメリカがそこを所有して「中東のリビエラ」に変える、非常識極まりない。
どれもこれも、どこまでも「トランプの非常識」なのだ。ところがトランプのアメリカ第一は、アメリカの再興は、すべては常識に、「常識の革命」にかかっているのだとトランプは言うのだ。その革命とは、トランプの非常識が常識となり、こちらの常識が非常識となることなのだ。この「常識の革命」という言葉がとても不気味で、大げさでなくぼくの背筋が寒くなったのも当然だった。
選挙期間中なら、トランプの非常識はMAGAへのウケ狙いにすぎなかった。有権者の3割を獲得すれば選挙には勝てるのだから。しかし大統領になり、議会上下院で多数となり、最高裁の多数決も握った、そのトランプが企てる「常識の革命」なのだ。非常識の大波がMAGAを越えてこちら側に押し寄せて、世界を濁流の渦に巻き込もうとしている。
そんなことを、たんにトランプの特異なキャラクターによるものと片付けてよいのだろうか。根拠のないぼくの直感、「常識の革命」はトランプの言葉でなない、そうだとしたら誰の言葉なのだろう。誰の、それはグループなのか、勢力なのか、それとも時代なのか。
「常識の革命」はすでに始められている。1月29日夜に首都ワシントンで旅客機と軍用ヘリの衝突事故が起きたその翌日、トランプは「多様性を重視する政策が原因だ」という見方を示した。バイデン政権のDEI(多様性、公平性、包括性)政策によって「連邦航空局は重度の知的障害や精神疾患を抱える職員を積極的に採用している」ことによって「安全性を最低レベルに引き下げた」と主張した。もちろんなんの証拠もない。そのことを報道陣に問われると、こう答えた、「常識があるから分かる」と。トランプはこの非常識な発言を、常識ゆえだと断じているのだ。
ぼくは大統領選挙テレビ討論会(9月10日)を思い出した。トランプは突然脈絡無く「オハイオ州のスプリングフィールドではハイチ移民が犬を食べている、猫を食べている、ペットを食べている」と言い出した。ハリス候補は「なに言ってんだか」風に笑う。ABCの司会者は「当局者への取材によるとそうした報告はない」とファクトチェックを入れた。それを遮ってトランプは「テレビで私の犬が食べられたという人がいた」と反論を繰り返す。
このテレビ中継は6700万人が見たと言われている。このトランプ発言の動画は数日後には2700万回再生された。バンス副大統領候補もXに「ペットが食べられた」と投稿し、イーロン・マスクも同様の情報を投稿し、それらは5000万回以上閲覧されたという。マスクが閲覧優先アルゴリズムを操作していることはツイッター時代から指摘されていた。
そうなんだ、「常識の革命」の第一段階はファクトチェックを無力化すること、次にSNSアルゴリズムを操作して意図的に情報を拡散させることなのだ。メタがファクトチェックを終了した。トランプはTikTokも手中に収めるつもりだ。
こうなると、DEIもSDGsもましてやESG投資なんか、SNS上で袋叩きに遭うのだろう。もともと企業イメージアップのための「常識」であったものが、イメージダウン攻撃の標的となる。「常識の革命」だ。トランプは就任式直後に連邦政府と関連機関のDEIプログラムを廃止する大統領令に署名した。それ以前にトランプ当選以降、ウォルマートが、マクドナルドが次々とDEI取り組みを見直すと発表した。また、脱炭素をめざす国際的な銀行連合(NZBA)からアメリカ大手銀行すべてと、ついにFRBも脱退した。
さて、このように「常識の革命」は始まっている。しかし、続くだろうか。果てに、トランプの非常識が常識になることはあるのだろうか。ぼくは、今はまだ楽観的だ。
まず、トランプ政権にその革命力量が足りない。ホワイトハウス閣僚はトランプのイエスマンで固められたという。ぼくは常識のイエスマンはともかく、非常識のイエスマンがイメージできない。また非常識なトップに対する忠誠心というものがイメージできない。かれらはなにでつながるのだろう。
例えばイーロン・マスクとバンス副大統領の非常識はそれぞれ独特だ。とくにマスクの非常識はかなりハイスペックだ。ルビオ国務長官とヘグゼス国防長官の非常識も、ましてやベッセント財務長官とラトニック商務長官とでは、互いに互いを非常識なやつだと感じているに違いない。スーザン・ワイルズさんはさぞかし辣腕なのだろう。しかし選挙と行政は違う。目的はひとつではないからだ。そして彼らは利己的な利害でトランプに関わっている。その利害は対立が避けられない。「非常識を共有」することはあり得ないからだ。
内輪だけではない、対外的にも自国第一、「力による平和」が効果的だとは思えない。なぜならトランプ政権の外交手段は「関税」しか見当たらないからだ。安全保障に関するアメリカへの信頼も、自由と民主主義というソフトパワーも、その両方をトランプは「タリフマン」となることで失った。アメリカ外交の遠心力は、グローバルサウスの求心力に転化していくだろう。関税引き上げの恫喝がすべての国民経済に有効なわけではない。むしろその濫用はアメリカ経済、企業および消費者にとって有害だ。少し時間はかかるだろうけど、いずれMAGAたちもそのことに気がつくだろう。
そしてMAGAたちは、いつまでもどこまでもトランプの非常識を共有できるだろうか。素朴な信仰心からMAGAである人々が、どこまでも多様性に対して不寛容であるとは思えない。マイノリティへの優遇を不当な逆差別だと感じていても、だからといってそのマイノリティたちを侮辱し排斥することを「良し」としている人ばかりでもない。ポリティカル・コレクトネスが行き過ぎだと反発して、ただその揺れ戻しの中でMAGAに分類されていただけの人も多いだろう。
そもそもの話、常識とは相対的な概念だということが前提にある。気候風土、信仰、歴史、伝統などなどから、常識とは「それぞれ」だ。こちらの常識と違うあちらの常識が非常識なのではない。ただ、ぼくたちが忘れてはいけないのは、多くの献身と犠牲を通じて「常識」は進歩してきたということだ。弱者や少数者を弾圧するための常識が非常識になっていった。紛争より協調が、汚染より環境保全が尊いという「常識」。それが広く、より広く共有されていって、常識はcommon senseとなっていったのだ。
トランプ現象は「常識の反革命」なのだ。なぜトランプはかくも急ぐのか。思いつくのはまず、「恩赦」だ。トランプはトランプ被告であり、トランプ大統領である期間は裁判も判決も先延ばしされているだけだ。トランプ被告が収監を免れるためには圧倒的な支持が必要なのだ。トランプは知っている。先の選挙は圧勝と伝えられているが、じつは投票率では極めて僅差であったことを。MAGAの中には選挙中「どちらかといえばMAGA」であっただけの有権者も多かったこと。民主党のオウンゴールにずいぶんと救われてことも。
トランプが被告である罪状はどれも、トランプが非常識であることが主な内容となっている。それが罪に問われなくなることで彼の個人的な「常識の革命」は完遂する。だからトランプは大統領就任直後に2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件で訴追された約1600人に対する恩赦を与えた。この襲撃で、5人の警察官が殉職している。
この事件で服役したパメラ・ヘムフィルさんは「MAGAおばあちゃん」と呼ばれていた。彼女は恩赦を拒否した。「恩赦を受け入れることは、議会警察官、法の支配、そして私たちの国に対する侮辱になる」からだと述べた。「あの日、私たちは間違っていた」と。これが、常識だ。
こんなトランプの利己的な「常識の革命」のために世界は混乱しているのだろうか。いや、ぼくがこの「常識の革命」という言葉はトランプの言葉ではないと直感的に感じたのは、トランプの特異なキャラクターの背後に、それが何者なのかあるいは時代なのか、「常識の反革命」が見え隠れしているからなのだろう。ぼくたちはこれからしばらく、連日のように繰り出されるトランプの非常識を、いちいち問い続けなくてはならなくなってしまったのだが、それは同時に、私たちのコモンセンスを深く問い直し続ける作業でもあるのだろう。
日誌資料
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01/01
- ・縮まぬ金利差 円売りの芽 円、対ドルで4年連続下落 <1>
- ・韓国大統領に拘束令状 現職で初、内乱容疑 尹氏弁護士「捜査権なく無効」
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01/03
- ・日鉄「生産能力10年維持」 USスチール買収後 米政府に提案 懸念払拭狙う
- ・米、移民排除で物価高の影 農業・家事従事 不法入国2割弱 <2>
- 移民は労働力人口の19%超、不法移民は4.4%(推計) 強制送還なら人手不足に
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01/04
- ・日鉄にUSスチール買収中止命令 バイデン氏「安保上の懸念」
- 米国の「象徴」買収、壁高く 日鉄、大統領選に翻弄
- USスチール再建困難に 株一時8%安 製鉄所閉鎖に現実味
- ・韓国大統領 拘束できず 捜査機関 安全懸念で「不可能」 令状執行中止
- ・テスラ、世界販売減 昨年 米中苦戦、成長の転換期に
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01/05
- ・日鉄、米提訴で打開狙う 買収中止命令「政治的な判断」 <3> <4>
- 対中国勢 競争力強化を主張 米政府「脱中国」と矛盾 外資細り国益損なう恐れ
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01/06
- ・日鉄、民事訴訟で主張補完 「大統領と労組結託」 <5>
- ・マスク氏、技術者ビザ擁護 トランプ支持者と対立
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01/07
- ・車OS、グーグル独走 移動データ 次世代車で収益源 各社依存高まる
- ・トランプ氏「(関税引上げるのに)なぜ今売る?」USスチール巡り 否定的な見解
- ・BRICSにインドネシア正式加盟 「グローバルサウスの協力深化に貢献」
- ・トルドーカナダ首相辞任へ 在任9年超 物価高で支持率低迷
- ・10大リスク「Gゼロ」1位 ユーラシア・グループ予測 <6>
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01/08
- ・日鉄会長会見「結論ありき、政治介入」 買収へ全面対決
- ・米長期金利に上昇圧力 4.6%台 財政拡張・インフレ懸念 日本にも波及
- ・デンマーク領グリーンランド トランプ氏、購入へ圧力 拒否なら「高関税課す」
- 軍事力行使も排除せず
- ・トランプ氏、メキシコ湾は「アメリカ湾」が適切
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01/09
- ・メタ、投稿管理の方針転換 フェイスブックやインスタ ファクトチェック終了
- トランプ氏の「検閲」批判 誤情報増加の恐れ 広告、ブランド毀損懸念
- ・米銀、気候変動枠組み撤退 2050年温暖化ガス実質ゼロ銀行連合から
- 多様性目標も廃止の動き マクドナルド、管理職30%マイノリティなど
- 米企業、染まる「トランプ色」
- ・ウクライナ停戦「半年で」 トランプ氏 「就任後24時間」後退
- 「難しく、厄介な問題だ」 NATO加盟国国防費は「GDP比5%にすべきだ」
- ・FRB、トランプ関税警戒 12月議事要旨 利下げ判断には時間
- ・グリーンランド購入発言 トランプ氏に欧州反発 独首相「国境は不可侵」
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01/10
- ・トランプ政策ドル離れ助長 「威嚇外交」で依存低下懸念 人民元シフトの可能性
- ・ロス山火事「過去最悪」バイデン氏 保険金請求100億ドル突破も
- ・ICC(国際刑事裁判所)制裁法案を可決 米下院 同盟国も資産凍結の恐れ
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01/11
- ・日マレーシア首脳会談 安保協力 中国念頭に海上訓練拡大
- ・世界の気温1.6℃上昇 24年単年、「パリ協定」目標を超過 <7>
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01/12
- ・日本インドネシア首脳会談 高速警備艇供与で合意
- ・英中が経済・金融対話 5年ぶり 英経済苦境で融和鮮明
- ・米利下げ休止論一段と 12月雇用、予想大幅に超す 市場、6月に先送りの見方
- トランプ政権政策不透明感も要因 長期金利上昇、強まる株割高感 日米株の上値重く
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01/13
- ・日鐵の買収破棄期限延長 USスチール巡り 米当局 6月まで要請認める
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01/14
- ・半導体投資1.5兆円下振れ 24年度 EV・スマホ失速 振興策で設備過剰 <8>
- ・中ロ、核燃料で揺さぶり 対米禁輸切り札に 代替に時間 原発維持にリスク<9>
- ・エヌビディア、政権を批判 半導体輸出規制見直し案 トランプ氏に緩和期待
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01/15
- ・米、石油・LNG輸出最高 昨年、欧州の購入増 トランプ氏、取引材料に
- ・米SEC、マスク氏提訴 ツイッター株取得開示遅れ
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01/16
- ・韓国 大統領拘束 内乱疑い、現職で初 尹氏、供述拒む 極まる分断
- ・訪日消費8兆円、過去最高 昨年、アパレル市場に並ぶ 成長けん引 <10>
- ・米インフレ懸念和らぐ NY株ほぼ全面高 円高、一時155円台
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01/17
- ・ガザ停戦合意 まず6週間 米・カタールが仲介 双方人質解放へ
- イスラエル、極右政党反発
- ・中国、実質5%成長に減速 昨年 不動産不況で減速 9年ぶり名目を逆転 <11>
- 強まるデフレ圧力 不動産不況で内需不足
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01/18
- ・習氏、トランプ氏と電話協議「台湾問題、慎重対処を」
- ・日銀、政策委員の過半が利上げ支持 市場見極め最終判断
- ・米依存 日本企業に危うさ 売上げ対中2割減、対米1割増 <12>
- ・金融当局の気候変動枠組み FRB、政権交代前に脱退
- ・ロシア・イラン、戦略条約 首脳会談「軍事技術協力を発展」
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01/19
- ・「トランプ株高」再来せず 大統領選から米3%高、日本0.1%安 高関税、冷や水
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01/20
- ・韓国 尹大統領を逮捕 内乱容疑 支持者、反発し暴動 与党支持率、野党上回る
- ・トランプ氏、就任前に演説 「米、4年間の衰退に幕」 化石燃料の開発拡大
- ・TikTok、米で再開 停止から一夜「トランプ氏と協力」
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01/21
- ・日銀1月利上げ市場織り込む 予測「8割」に上昇、円買い戻し