週間国際経済2024(26) No.400 09/15~09/28

今週の時事雑感 09/15~09/28

№400。「週間国際経済」をブログの形でアップし始めて通算400回になった。じつは年初、この400回までは頑張ろうと考えていた。10年間続けたし、閲覧総数も20万回を超えたしと。そういった区切りでもないと、やめる踏ん切りがつかない。それだけ、続ける意義も見当たらないということでもある。学生たちも、こんな長いモノ、なかなか読んではくれないから、授業で使うことも少なくなった。こうして人様の役に立つものでもないし、自己満足と言うけど、満足などしたことがない。

でも、どうだろう。書いていた人間が書くことをやめたとき、いきなり傍観者の席にはじかれてしまうような気がする。そう、書くことは例えばデモや集会に参加するような、自発的な社会参加の一形態なのだと考えれば、億劫になってはいけない。ということで、おそらく溜息交じりに401回目を更新して、せっかくの区切りを見過ごしてしまうのだろうか。

ネタニヤフ被告とトランプ被告

ぼくがトランプ被告を「被告」と呼び続けるのは、かれが「候補」だったり「前大統領」であるよりも本質的には「被告」であることのほうが、アメリカ民主主義に深刻な影響を与えていると思うからだ。まずトランプ被告は、不倫の口止め料支払いに関する事業記録改ざんの罪状34件で有罪となったが、これはアメリカ大統領経験者に対する初めての有罪判決だということだ。次にトランプ被告は、2021年のアメリカ連邦議会襲撃を促したとの疑いで起訴された件で、大統領の公務には免責が認められるべきだと主張し、そのトランプ被告が3名の保守派判事を送り込んだアメリカ最高裁判所はこれを認める判断を示した。

さらにトランプ被告はこれら裁判が、民主党政権による「魔女狩りだ」(対立候補弾圧)と主張するのだが、それこそがかれが「候補」である動機付なのだ。そしてこともあろうに次期大統領に就任することで、これら罪状において自らに「恩赦」を与えようとしている。

こうしてトランプ被告が「被告」であることによって、アメリカ社会における法の支配という普遍的価値観を大きく卑しめ、煽り立てられた憎悪は選挙結果のいかんによらずアメリカで燃え続け、それが国際社会を不安にしているのだ。

同じようにネタニヤフ被告は、「被告」であることが彼のエスカレーションの動機となっている。彼は2019年以降、収賄、詐欺および背任の3つの事件で起訴されている。彼はこれら全てを全面的に否認し、「右派の強力な首相である私を引きずり下ろすための」、まさしくトランプ被告同様、「魔女狩り」だと表明している。彼と彼の政党は総選挙で過半数を取ることができず、より極端な右派政党と連立政権を組んで政権を維持している。そうして首相の地位にある限り、裁判を遅延させ、収監を先送りさせようとしている被告、なのだ。

トランプ被告とネタニヤフ被告の置かれた境遇に類似性はあるが、彼ら二人の間に個人的共感があるとは思えない。ただ、彼らの政治的利害は一致している。トランプ被告が国連決議に反してアメリカ大使館をエルサレムに移転するのは、ネタニヤフ被告を支えるためではなく、アメリカの保守系プロテスタント福音派の支持を得るためだった。ヨルダン川西岸のユダヤ人入植は国際法違反ではないと容認したことも、ゴラン高原はイスラエルに主権があると主張することも、トランプ被告が自らの支持基盤を固めることが目的だった。そのためには平気で「力による現状変更」を認めてしまうのだった。

しかし、結果的にこれらは窮地のネタニヤフ被告の背中を支えた。これに反してバイデン氏は、バイデン氏は根っからのシオニズム・シンパだが、個人的にはネタニヤフ被告のことをかなり嫌っているに違いないし、公然と批判している。というのもネタニヤフ被告は司法の権限を制限し、こともあろうに最高裁判決を議会の過半数で覆せるようにするという「司法改革」を企んだのだ。

だからネタニヤフ被告は、11月のアメリカ大統領選挙でトランプ被告が勝つことを心から祈っている。そのためにはどんなことをしても役に立ちたいと考えている。そして何よりも、それまで当面は首相であり続けなくてはならない。そのためにはこの連立内閣を維持しなくてはならない。だから「停戦」はできないし、むしろ戦闘を拡大しなくてはならない。

バイデン氏がどれだけネタニヤフ被告を嫌おうと、アメリカはイスラエルと支持しなくてはならない。しかしアメリカ世論は、世界の世論はガザに同情し、イスラエルに兵器供与を続けるバイデン政権を批判する。バイデン政権は、ガザ「停戦」を仲介し実現しなくてはならなくなっている。イスラエル国内では7割を超す有権者が、ガザとの停戦後にはネタニヤフ被告は退陣するべきだと考えている。そこでネタニヤフ被告は、戦う相手をイランに広げる。相手がハマスだけでなくイランならば、アメリカはイスラエルを支援し続けなくてはならなくなるからだ。

そのイランでは、劇的な変化が起きていた。強権的で対米強硬派とされていたライシ大統領がヘリコプター事故で死亡し、その後の大統領選挙で知名度がまったく低い改革派のペゼシュキアン候補が当選した。この新大統領は対米関係改善に転換して経済の立て直そうと主張していた。謎が多すぎるし不自然だが、とりあえずは歓迎するべき変化だろう。

しかし、そのイランで、それもライシ前大統領の葬儀に参席していたハマスの最高指導者ハニヤ氏が殺害された(7月31日)。イラン政府はイスラエルによる暗殺だと発表し、報復を宣言した。ハニヤ氏は、アメリカ、エジプト、カタール仲介によるイスラエルとの停戦交渉の当事者だ。彼の殺害は、停戦交渉の事実上の破綻を意味する。ハマスの新しい最高指導者には、強硬派のシンワール氏が選ばれた。

それでももちろんバイデン政権は停戦交渉を推し進める。できることなら大統領選挙前に停戦を実現したい。まずはイスラエル側が受諾できる停戦案を作り、ハマスを説得しようとするが難航する。調停案ではイスラエル軍のガザ駐留を求めているからだ。しかしその間イランは、「報復を急がない」と停戦交渉を注視する。

9月になってイスラエルでは、人質の解放と停戦をネタニヤフ被告に要求する大規模デモが発生する。イスラエルの有力労働組合はゼネストを準備する。イギリス政府はイスラエルへの武器輸出を一部停止した(9月2日)。イランのペゼシュキアン新大統領は9月16日に初めて記者会見に臨み、アメリカとの直接対話に前向きな姿勢を示した。ネタニヤフ被告は、再び追い詰められていた。

9月17日、レバノンの親イラン民兵組織ヒズボラの戦闘員が所持するポケットベルが一斉に爆発した。このポケベル製造には偽装されたイスラエルのフロント企業が絡んでいると報道された。9月20日、イスラエル軍がレバノンの首都ベイルートを空爆し、空爆はレバノン全土に拡大されていく。ヒズボラは「戦争突入」を宣言する。9月28日、イスラエル軍はヒズボラの指導者ナスララ師を殺害したと発表した。その後、ナスララ師は停戦を呼びかける予定であったことが明らかになるが、バイデン政権はイスラエルのナスララ師殺害を「正当な措置」だと擁護する大統領声明を発表した。イスラエル軍は、イエメンの親イラン武装組織フーシにも空爆した。そして10月1日、ついにイスラエル軍はレバノンに地上侵攻を始める。

ついにイランが、イスラエルに180発のミサイルを発射した。アメリカのあるシンクタンクは「イスラエルがイランを八方ふさがりに追い込んだ」と見る(10月3日付日本経済新聞)。親イラン組織の指導者がイスラエルに相次ぎ殺害され、イランは求心力を維持するために報復を強行せざるを得なかったというのだ。

さてこれでついに、イスラエルはイランに報復するターンを得た。バイデン政権はイスラエルに「報復する権利がある」と容認した(10月2日)。ただし核施設への攻撃は支持しないと明言した。ところがバイデン氏、3日に石油施設への攻撃は支援するのかと問われ「議論している」と述べたのだ。これだけで原油価格はNY市場で5%上昇した。

国際原油市場はいまのところ冷静だ。イラン原油はアメリカの経済制裁対象だし、OPECプラスは12月の減産縮小を確認している。とはいえイランによるホルムズ海峡封鎖というリスクを世界市場の想定から消すことはできない。

アメリカ大統領選挙の最終盤に石油価格が高騰してインフレが再燃すれば、民主党ハリス候補にとって大打撃となるだろう。つまり何が何でもトランプ被告に勝って欲しいネタニヤフ被告は、対イラン報復によってアメリカ大統領選挙に大きな影響を与えることができるのだ。そこにトランプ被告は10月4日、イスラエルの報復攻撃について石油施設どころか、核関連施設を攻撃するべきだという考えを示した。驚くべきことに、「核をまず攻撃して、残りのことは後で考えればいい」と。

この二人の被告はやはり、刑務所に収監されたほうがいい。前大統領だとか次期大統領候補だとか現職首相だとかでなければ、とっくにそうなっている二人だ。なぜ権力者は法の前に平等ではないのだろう。そのために世界は今、正気を失いかけているのだ。たった二人の被告が収監を免れようとすることで、毎日どれほどの数の子供たちが追加的に命を失っているというのか。

日誌資料

  1. 09/15

    ・米100%関税でも中国EV競争力 電池供給網、巻き返し難路
  2. 09/16

    ・G7、AI悪用リスク監視 健全活用へ国際基準 グーグルなど参加
    ・ドイツ、国境全てに審査導入 不法移民対策厳しく 極右躍進の世論にらむ
    ・働く高齢者、最多の914万人 昨年、65歳以上の4人に1人が就業
  3. 09/17

    ・トランプ氏、再び「暗殺未遂」ゴルフ中、銃所持の58歳男拘束
    ・円相場一時139円 金利縮小に連動 米大幅利下げ観測 景気先行き懸念 <1>
    ・イラン大統領 米と直接対話否定せず 敵視政策の撤回要求
    ・米利下げ幅 揺れる市場 0.5%予想急増、7割迫る「景気対策、FRB後手」見方
    ・貿易赤字、8月6952億円 2ヶ月連続赤字
  4. 09/19

    ・FRB、0.5%大幅利下げ 4年半ぶり政策転換
    ・アップル3位転落 世界スマホ販売8月 小米2位浮上 首位はサムスン
    ・家計の金融資産過去最大 6月末2212兆円 株式伸びるも現預金が51%
    ・USスチール 日鉄、買収計画を再申請 米大統領選後に可否
  5. 09/20

    ・米、利下げ局面へ転換 議長「後手に回らず」 <2>
    米景気軟着陸へ大幅利下げ 軸足、物価から雇用へ 市場の混乱回避狙う
    ・「強いドル」転換の見方 投資マネー、新興国へ <3>
    ・消費者物価2.8%上昇 8月 コメ29%、電気代も伸びる
    ・NY株、初の4万2000ドル台 大幅利下げで買い広がる <4>
  6. 09/21

    ・日銀、金利据え置き 総裁「時間的に余裕」 揺れる利上げペース
    ・世界株高、米景気に楽観論 日経平均568円高
    ・イスラエル、レバノン首都空爆 ヒズボラ幹部ら14人死亡
    ・米最大級の労組、大統領選で分裂 幹部はトランプ氏、激戦州支部はハリス氏
    ・台湾野党、防衛費増に反発 少数与党、予算可決厳しく 東アジア安保に影響も
  7. 09/23

    ・日産、PHV自社開発 EV失速で戦略転換 ホンダは三菱から調達
  8. 09/24

    ・レバノン空爆、死者490人超 全土に拡大、標的1300カ所
  9. 09/25

    ・ヒズボラ「戦争突入」宣言 イスラエル、幹部を殺害
    ・中国、景気刺激へ追加緩和 預金準備率・住宅ローン金利下げ
    デフレ回避は不透明 中国変調、世界経済に影 原油・鉄鉱石など市況悪化
    ・新興国、通貨防衛に奔走 「ドル1強」に徒労感強く 米国中心に距離
  10. 09/27

    ・金、年間の上昇幅最大 昨年末から600ドル超高、2700ドル台に <5>
    ・OPECプラスが増産へ 通信社報道 原油先物、一時4%安
  11. 09/28

    ・自民党総裁に石破氏 決選投票、高市氏破る 派閥の影響なお影響
    高市氏、保守色警戒招く 麻生氏の誤算 小泉氏、討論力「頼りない」急失速
    ・英、G7初の石炭火力ゼロ 30日、最後の発電所停止 3割依存の日本に逆風
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