週間国際経済2025(10) No.416 06/08~06/23

今週の時事雑感 06/08~06/23

そして、みんな嘘つきになった“12日間戦争”で

みんな嘘をついている。まるで安物のミステリーを読まされている気分だ。嘘つきトランプを「嘘つき!」と指弾できない諸々の事情があって、トランプの嘘を飲み込むために、みんな嘘をつくようになってしまった。この嘘を固めるために嘘をつき、しかし嘘は嘘で固めることができるのか。そうか、それはトランプが大統領就任演説で発した不気味な言葉、あの“常識の革命”なのか(⇒時事雑感№407参照)。

6月13日、イスラエル軍はイランの核関連施設を含む数10カ所の軍事目標に先制攻撃を加えた。イランが核兵器を組み立てる極秘プログラムが進行中で危機が目前だったからだとイスラエル軍当局はいう(本当か?)。アメリカ連邦政府のCIAを含む16の情報機関を統括するギャバード米国家情報長官は、3月の上院公聴会で「イランが核兵器を製造していないと評価している」と証言している(どっちかが嘘をついている)。

このイスラエルの先制攻撃についてルビオ米国務長官は「アメリカは関与していない」と声明に記した(本当か?)。しかしイランの報復攻撃については「アメリカが支援している」ことが明らかになっている。トランプは6月15日にはイランとの交渉が予定されているから、イスラエル側にイランへの攻撃を望んでいないと伝えていたと報じられた(イランを油断させるトリックじゃないのか?)。イスラエルの先制攻撃の直後には「イランはすべてを失う前に合意しなくてはならない」と表明している。

イスラエルの先制攻撃は、何年も前から準備されてきたものだと、イスラエルメディアが伝えている(6月15日付日本経済新聞)。工作員が潜入してミサイルやドローンをイラン国内に配備し、作戦開始とともに攻撃を仕掛けたという。どうりで、13日にはイラン革命防衛隊の司令官やイラン軍参謀総長および多くの核関連技術者が一気に殺害されている。そういえば昨年9月にはヒズボラの指導者が、10月にはハマスの最高指導者が殺害されている。何年もかけて準備して、この機会を逃せばもう後はない。それはすなわち、トランプにとってもラストチャンスだということだ。イスラエルの計画はトランプに届いていた。トランプはイランの最高指導者ハメネイ師を直近数日間に殺害するイスラエルの計画を却下していたくらいだから(ロイター通信)。そそのかされたというのなら、そうなのだろう。

いずれにせよ、トランプとネタニヤフが詳細に相談して共謀した先制攻撃だとしか思えない。なぜならイスラエルは、自力でイランの核関連施設を破壊することができないことを知っている。どうしてもアメリカ軍のバンカーバスター(地下貫通弾)が必要だ。しかし一発では地下施設まで届かないらしい。しかも目標は数カ所ある。バンカーバスターは重いからB2爆撃機一機に2発しか積めないという。ならば事前にイランの防空システムを破壊しておく必要があるだろう。イスラエルの先制攻撃は、それこそがミッションだったのではないか。準備が整ってからトランプは6月17日、米軍によるイラン核施設攻撃を検討していると言い出した(これがラストチャンスだ)。

19日には2週間以内に決めると表明、ネタニヤフがイスラエル単独でイラン核施設を攻撃すると示唆、トランプはイスラエルにそれを停止させるのは「実現困難」と述べて、英独仏によるイランとの協議について「欧州では解決できない」と明言した(つまり俺様でなければこのヤマは片付かない)。そこでついには自国インテリジェンスのトップであるギャバード国家情報長官のイラン核兵器否定証言(3月)について、「彼女は間違っている」とこれを一蹴した。そして22日、イラン3カ所の核施設をバンカーバスターで空爆した。作戦名は「ミッドナイト・ハンマー」だという。英語が苦手なぼくは、なるほど「闇討ち」だと誤訳したうえで妙に納得したりしたのだった。

まだまだ嘘は重ねられる。じつはこのアメリカ軍のイラン空爆をテレビニュースで見ながらぼくは、細かいことが気になっていた。だれか専門家が解説してくれないかと何日も待っていた。というのも3カ所のイラン核施設のうち、イスファハンとかいう施設にはバンカーバスターではなく巡航ミサイルトマホークで攻撃していたのだ。ここでは遠心分離機の製造を担い濃縮ウランの多くが保管されているというのは新聞報道などで知った。それだけになぜ。すると1週間後、米CNNがイスファハンだけにバンカーバスターを使わなかったのは、核施設が地下深くにあり効果が乏しいためだったと報じたのだ。

ちょっと待て。25日の記者会見でトランプは「イランの濃縮ウラン施設を完全に機能不全にした。完全に破壊した」と言い張っている。というのも24日には米国防総省の国防情報局がイラン核施設への攻撃は「核開発を数ヶ月遅らせた」だけという初期評価をまとめていたのだ。ヘグゼス国防長官はこの評価に対して、予備的なもので信頼性は低いと言うのだが、ヘグセスはかりにも国防長官だ。君は、イスファハン攻撃にバンカーバスターを使わないという判断に決裁をしたはずじゃないのか。

ここでちょっと、そもそも論を問いたい。これでトランプは「12日間戦争」を停戦させたとピースメーカーぶっている。共和党議員のなかにはノーベル平和賞まで口走る輩が出る始末だ。ピースもなにも停戦もクソも、2018年にトランプ政権が「イラン核合意」から離脱しなければ、この戦争は起きなかったのだ(専門家たちは誰も言ってくれない)。

2015年にイランの穏健派ロウハニ政権と米英独仏に中ロを加えた合意は理性的で知的だったとぼくは思う。イランの核規制はIAEA(国際原子力機関)の規定より厳しいものだった。これでイランの核平和利用という面子を保ち、イランのIAEA査察による義務履行の見返りとしてイランへの経済制裁を解除した。当時ヨーロッパでは対イラン投資ブームが起きていた。それをトランプは「不十分だ」という一言で経済制裁を再開してしまった。そんなことがなければ今の、イランが濃縮度60%以上のウランを400キロ以上貯蔵しているという地政学的リスクは現出していなかったのだ。それでもイランはNPT(核兵器不拡散条約)にとどまり、ウラン濃縮度60%にとどめて(90%以上で兵器化)、つまり交渉再開を受け入れる態勢を保っていたのだ。

そのトランプが、イランとの核交渉を提案する書簡をハメネイ師に送ったのが3月5日だった。トランプが7日にFOXテレビのインタビューでそのことを明かしたときは、少し意外だった。唐突に感じたからだ。でも当時は「トランプ不況」が警戒され始めていた頃だ。ビットコインは1ヶ月で2割安になるし、ホワイトハウスではゼレンスキー氏と口喧嘩になるし、NY株は2日で1300ドル安になるし。苦境脱出のために、例によってなんでもいいから何かレガシー探しをしているのだろうと見ていた。当初ハメネイ師は「呼びかけは世界を欺く策略だ」とトランプの嘘を警戒していたが、昨年7月には改革派のペゼシュキアン大統領が就任し、米欧にたいして融和的な外交政策への転換に意欲を示していた。

そして4月12日に、アメリカとイランはオマーンで核問題を巡る高官協議に臨むのだが、初めからトランプは協議が決裂すればイランが「深刻な危機に陥る」と警告していた。「必要なら軍事力を行使する」、さらには「イスラエルが深く関与する」とまで言及していた。ぼくはガザでもウクライナでも何もできないトランプの焦りからくる恫喝かなと思っていた。ましてやトランプ自らが離脱した合意の再交渉なのだから、もとの合意以上にイランが譲歩しなければ成立しない。しかしうかつにも、書簡の中で交渉期間は「2ヶ月」だと伝えていたことには、注意を払わなかった。トランプの言う期限には根拠がないことばかりだからだ、と言いたいところだが、それは言い訳にもならなかった。

そうだったのか、この日から2ヶ月が過ぎた6月13日に、イスラエルは先制攻撃を仕掛けたのだった。予言通りでもない、それは計画通りだったのか。

「ミッドナイト・ハンマー」作戦は、綿密だった。B2爆撃機は中西部ミズーリ州の空軍基地から大西洋に飛び立ったのだが、同時期に同基地から太平洋側にも「おとり部隊」を数機飛行させている。B2爆撃機はイラン上空まで複数回の給油を受けて、軍用航空機125機以上が参加している。この計画は数ヶ月前から極秘に進められていたという(6月24日付同上)。つまり交渉が始まる前から、いや交渉を呼びかける前から、「夜中にハンマーで殴る」予行演習を進めていたのだった。

トランプは平和的に外交で問題を解決する気が、さらさらなかったのだろう。シナリオはこうだ。イスラエルがアメリカの関与なく先制攻撃を仕掛け、イランが報復し、アメリカが(広島、長崎のように)力で収束させ、停戦に合意させた。しかもこれでイランの核開発計画は「数十年遅れる」(トランプ)。

さて、みんな嘘をついている。安物のミステリーはこれからが第2幕だ。「ミッドナイト・ハンマー」は他国の主権を武力で侵害した完全な国際法・国連憲章違反だ。それが嘘で固められている。そのことを、ドイツもイギリスも、もちろんNATOも知っている。でもトランプを「嘘つき!」と指弾しない。その嘘を飲み込んで、嘘を重ねている。どうやらこのミステリーは決して安物ではなさそうだ。

トランプは6月23日、イスラエルとイランが「完全な停戦で合意した」とSNSに投稿した。そしてNATO首脳会議(ハーグ)に参加する。待ち受けるNATOのルッテ事務総長は24日、アメリカ軍のイラン空爆を「素晴らしい行動で、誰も踏み切れなかったことだ。われわれ全員がより安全になった」と手放しで称賛した。これが「おべっか」が過ぎると一部で批判されているのだが、ぼくは「おべっか」ではなく「嘘つき」だと思うのだ。なぜならだれも「より安全に」なってはいないし、そのことをルッテ氏は知っているのだ。22日にはイギリスのスターマー首相が「イランが核兵器を開発することは決して許されない。アメリカはその脅威を和らげるために行動した」と理解を示した。BBC放送は、イギリスはこの空爆について事前に知らされていたという。

ドイツはこの問題について、ドイツ人らしくもなく思考を止めた。メルツ首相はイスラエルの先制攻撃に対して「我々のために汚れ仕事をしてくれている」と称賛し、内外からの批判には「ドイツ国家の存在理由はイスラエルを守ること」と言い切ってしまった。フランスのマクロン大統領は、フランス人らしくもなく言いたいことを我慢しているようだ。6月16日に開幕したG7首脳会議(カナダ)では、初日にトランプが退席帰国する中で、G6はウクライナ支援もイスラエルとイランに自制を呼びかけることも引っ込めて、なんとイスラエル支持とイラン敵視を表明したのだった。

こうして”普遍的価値観”を共有する西側首脳たちはNATO首脳会議に臨んだ。昨年秋にNATO事務総長に就任したばかりのルッテ前オランダ首相にとっては初の大舞台だ。おべっかも嘘も重ねて、防衛費の対GDP比5%目標などと引き換えに、NATO第5条(1つのNATO加盟国への攻撃を全体への攻撃とみなす集団的安全保障を定める)についてトランプの「これを支持する」という、まったく当たり前の言質をなんとか獲得した。

G7およびNATOという枠組みを維持するためには、ウクライナ支援を継続するためには、そうするしかなかったということなのか。そのようにして、かろうじて維持されたNATOとは、はたしてどういった価値を守るための安全保障体制なのだろう。国際法と国連憲章こそが安全保障の要であった時代を、ここで過去のものとしようとしているのか。

トランプの嘘を飲み込んで、その嘘に嘘を重ねて、それらの嘘を固めるために、みんな嘘つきになった。トランプの非常識を欧米の常識として共有する“常識の革命”がこの「12日間戦争」で起きたということが、苦々しくも永く歴史に記されるのだ。

日誌資料

  1. 06/08

    ・「影のFRB議長」波乱要因 トランプ氏、早期指名示唆 米国売り再燃リスク
  2. 06/10

    ・ロス移民デモ 海兵隊動員 トランプ政権 州兵派遣に続き
  3. 06/11

    ・移民デモ、米24都市に拡大 ロス中心部 夜間外出禁止
    ・FRB議長候補 飛び交う観測 ベッセント氏浮上の報道も
  4. 06/12

    ・中国軍機、45メートル異常接近 太平洋上 空母監視中の自衛隊機に
    ・米、原潜協定見直し AUKUS 豪州の調達不透明に
    ・男女平等日本118位 順位横ばい、政治分野後退 女性管理職少なさも響く <1>
    ・景況感5期ぶりマイナス 大企業4~6月 米関税が重荷 車・鉄鋼が押し下げ
    ・相互関税の猶予延長示唆 米財務長官「誠意ある交渉なら」
    ・英予算、国防費が圧迫 さらに拡充なら増税も
  5. 06/13

    ・イスラエル、イラン攻撃 各関連施設も標的に 米国務長官「関与せず」
    ・年金改革法が成立 年収の壁撤廃 働き控え解消図る
  6. 06/14

    ・首相「1人2万円給付」参院選公約 子供・非課税世帯は4万円
    ・米不法移民12.9兆円納税 メキシコ、経済貢献を強調
    ・トランプ氏「攻撃望ます」 イスラエルへ事前に伝達
    ・イラン、イスラエルに報復 ミサイル攻撃、60人負傷 <2>
    NY株769ドル安、原油急伸 中東緊迫 金は最高値に迫る
  7. 06/15

    ・USスチール買収成立 日鉄、18日手続き完了へ 完全子会社化で決着 <3>
    トランプ氏、実利優先 買収承認に転換 関税政策の「成功例」
    ・イスラエル先制 用意周到 イランに工作員、事前に武器配備 <4>
  8. 06/16

    ・G7「1強+6」が招く停滞 6ヵ国の経済力、米との開き拡大 <5>
    トランプ氏、枠組み軽視 サミット開幕へ
    ・強権トランプ氏 力を誇示 首都34年ぶり軍事パレード
    「王様いらない」全米でデモ 200以上の団体が実施
    ・イスラエル、攻撃全土に テヘラン省庁も標的 イランは昼間も反撃
    ハメネイ師殺害計画 トランプ氏が却下 ロイター通信
  9. 06/17

    ・イラン体制転覆の野心 ハメネイ師殺害計画 核開発加速誘う怖れ <6>
    ・中東混乱「6週間で終了」 市場に楽観論 米株高・原油下落 海峡封鎖なら一変
  10. 06/18

    ・日銀、国債購入の減額半分に 総裁「市場の安定配慮」 <7>
    金融正常化を堅持 追加利上げ「年内」の観測 米関税や参院選注視
    ・イラン、弱まる継戦能力 崩れた防空、ミサイル装置3割失う 水面下で停戦模索か
    ・G7 トランプ氏が翻弄 初日で帰国、関税議論は回避 日欧首脳が協調演出
    ・中国、カザフで6ヵ国首脳会議 中央アジアと資源供給網 G7に対抗、連携を確認
  11. 06/19

    ・米、核施設攻撃を検討 数日内 イラン、反撃準備 協議にらみ駆け引き
    ・「我々のために汚れ仕事」 独首相、イラン攻撃を称賛
    ・「G7マイナス1」消化不良 停戦への道筋示せず 韓印、対米交渉できず
    ・米金利、4会合据え置き FRB 利下げ「年内2回」維持 議長「物価さらに上昇」
    ・中国、米国債保有1.1%減 4月末 大量売却観測打ち消す <8>
  12. 06/20

    ・核施設攻撃を「最後通告」 トランプ氏 対話余地は残す
    ・USスチールに新製鉄所 日鉄会長「米投資の新たな形」 日米連携で中国対抗
    ・中東衝突拡大 回避探る 英仏独、イラン外相と協議へ イラン、米と対話方針
    ・スイス利下げ、ゼロ金利に 欧米主要中銀で3年ぶり 通貨高進みデフレ圧力
    ・トランプ氏 FRBに2.5%利下げ要求 パウエル議長に「愚か」
  13. 06/21

    ・米攻撃判断「2週間以内」 対イラン 欧州は仲介外交急ぐ
    英独仏、イランと協議継続 外相会談 核問題、米と交渉促す
    トランプ氏「欧州は解決できず」強調 攻撃停止「実現は困難」
    ・イスラエル 武力行使に固執 イラン核施設 単独攻撃を示唆
    ・物価高、国内要因中心に 5月3.7%上昇 円安から人件費シフト <9>
    ・レアアース、米向け8割減 中国5月輸出 世界供給網に打撃
    ・「米利下げ来月にも」 FRBウォラー理事 慎重な理事と温度差
  14. 06/22

    ・国防費「GDP比5%必要」 米、アジア同盟国に基準 財源確保が壁
  15. 06/23

    ・米、イラン核施設空爆 3カ所攻撃地下貫通弾も 領内に初 中東、衝突拡大恐れ
    トランプ氏「和平か惨劇か」 介入回避の姿勢一転 イスラエル郵政で野心 トルコの仲介不発
    イラン「米は国際法違反」
    トランプ支持層静観 対象絞る攻撃に容認論も
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